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第27話 攻撃と防御


 次の日、俺はノウシスへの正式所属のための書類にサインをして、

 それが終わると、さっそく訓練場へと向かうことになった。


 着いてみると、そこにはずんぐりとした体格の老人が仁王立ちして待っていた。

 まるで映画に出てくるバイキング、あるいはドワーフのような風貌。白髪交じりの長髭に、ごつごつとした筋肉。明らかに“普通の老人”ではない。

挿絵(By みてみん)

「マティアスから話は聞いておる。……ほれ、そこにある武器から好きなものを選べい」


 彼の名は、エイリク・トールヴァルド。

“轟斧<ごうふ>のエイリク”の異名を持ち、ノウシス本部の戦闘訓練を担当しているのだという。


 訓練場には、世界中の武器が整然と並んでいた。

 剣、槍、斧、弓、ヌンチャクに鞭、果てはブーメランのようなものまで。


 けれど俺は、迷わず一振りの刀を手に取った。


「これにします」


 選んだのは、日本刀だった。


「……お主が日本人なのは聞いとるが、それは素人には難しいぞ。そこの剣にしとけい」


「これでお願いします」


 明夫さんに借りた日本刀のことが忘れられなかったからだ。


「……すきにせい。まったく、死んでも知らんぞい……」


 最後の方は独り言のようにぼやいていた。


「一度持ち物に入れて、ライブラの画面で装備せい、」


「そうすると、ちぃとやそっとじゃ壊れん。そういうもんじゃ」


「なんで壊れにくくなるんですか?」


「そんなもん、わしゃ知らん。神の気まぐれじゃろうが」


 ……この人、教える気あるのか?


 とにかく、言われた通りに試してみる。


 たしかアイテムを入れるのは――“カプサ”。


 心の中で刀をしまうイメージを念じながら、言葉を口に出す。


 空間がビニールの膜のようにゆらりと歪み、そこに刀を差し入れると、すっと吸い込まれるように消えた。


 ライブラの画面を見ると、たしかに「日本刀」と表示されていた。


 日本刀を選択すると装備とでたので、装備を選んだ。


「……終わりましたけど」


「よし。そしたら、“装備せよ”と念じながら『武装展開』じゃ」


 言われた通りに声に出す。


 ――“武装展開”。


 すると、次の瞬間。


 腰に“重み”を感じた。

 左腰に、日本刀が――鞘ごと、自然に装備されていた。


「……すげぇ」


「そうやって装備するだけで化け物に対しての攻撃力があがるんじゃ」


「装備を外したいと念じ『解除』と唱えれば消える。収納と装備を繰り返せる。

 またミッション開始時に武装展開と唱えれば、ライブラの操作の必要なくミッションに参加もできる……忘れるでないぞ」


 エイリクは満足げに腕を組む。


 魔法じみた仕組みだけど、これは間違いなく“命を守る術”だ。


(……ようやく戦える準備が整ったってことか)


 訓練場に置かれた武器の数々を見渡していて、疑問が浮かんだ。


「……あの、銃とか、バズーカみたいな武器ってないんですか?」


 すると、エイリクが振り向きもせずに答えた。


「ない」


 間髪入れずの即答だった。


「……使っちゃダメとか、そういう決まりがあるんですか?」


「いや、使ってもよい。じゃが――意味がない」


「意味が……?」


「近代兵器は“加護”を得られんのだ。ライブラに入れても、力は宿らん」


「加護……」


 エイリクは巨大な斧を片手に、口元だけで笑った。


「ライブラに一度収めた“原始的な武器”――剣、斧、槍、弓――そういうものには、ライブラの加護が宿る。」


「じゃあ……銃や爆弾は?」


「火薬が嫌いなのかのう。加護は得られん」


 エイリクがぽつりと呟くように言った。


「なるほど……」


「低ランクの魔物であれば、火薬でも倒すことはできる。だが、それ以上の者は、加護がないと傷一つつかん」


「加護のある武器で斬れば、魔物の再生を抑えられる。そういう仕組みじゃな」


(なるほど……前に戦ったオークは、たまたま再生力が低かったから、何とかなったのか)


 静かに頷きながら、過去の戦いが脳裏をよぎる。


「ただ加護の武器であっても再生力が強いもの、防御力が異常に高いものには苦戦するがの」


 俺は思わず背筋が寒くなるのを感じた。


「結局はレベルやスキルが重要ってことですか?」


「その通りじゃ。刀はお主にやるから武器の扱いを学び強くなれい!」


 がははははは


「あと、その言葉遣いはやめよ……むず痒くなるわい」


 それから午前中はエイリクに教わった。


 訓練の内容は実践形式に近かった。

 訓練用の木人を相手に斬撃の角度やフォームを確認した。


「おらぁ!力じゃない、体重をのせるんじゃ!」


 エイリクの声が飛ぶたび、訓練場の空気が震える。

 最初はうまく斬れなかったが、少しずつ動きが整っていくのが自分でも分かった。


 ”攻撃は最大の防御”とエイリクは言っていた。


 ♦


 昼食を終えて訓練場に戻ると、そこにはまた別の老人が立っていた。


 エイリクと同様、バイキングかドワーフのような風貌。だが雰囲気はまるで違う。

 背筋をぴんと伸ばし、無言でこちらを見つめているその姿は、まるで動かぬ岩のようだった。

挿絵(By みてみん)

「お前が、今日から訓練を受ける新入りか」


 低く、重みのある声。


 彼の名は――ハーコン・ビョルクマン。

 不動のハーコンの異名を持つ彼は、盾の使い手として、ノウシス本部で防御指導を担当している男だ。


「どのような攻撃を受けても傷一つつかなければ負けはせん。

 防御を極めれば、相手の隙も見つけれるのである」


 ”防御こそ最大の攻撃である”


 なんかエイリクと真逆のことを言っている気がするが……


 ハーコンの訓練では、重い盾を構え続けながらの防御動作、反射のタイミング、カウンターの取り方などが中心。

 模擬の攻撃を受けながら反撃の隙を狙う実技は、想像以上に体力を消耗した。


「集中せよ。盾とは“構える意志”そのものである」


 ぶっきらぼうな言葉の中に、確かな技術と経験が詰まっていた。


 ハーコンに指導を受け練習をしていると


「どうじゃ励んどるか?」


 振り向くとエイリクが立っていた。


「防御などせんでよい、攻撃こそ最大の防御と言ったであろう!」


 エイリクがどんっと大股で近づいてきて、肩をいからせる。


「何を!攻撃など何の役にもたたんわ!防御こそ最大の攻撃である!!」


 ハーコンも負けじと前に出てきて、胸をどんと張った。


 二人の距離、約30センチ。近い。やたら近い。


「お主の教え子は皆、敵に近づく前に傷だらけである!」

「そっちこそ、盾ばかり磨かせて、攻め手を忘れさせてどうする!」


「我が訓練は心を鍛えるのである!盾を構えるというのは覚悟の表れである!」

「戦で心など後回しでよいわい!先にぶん殴ったほうが勝つんじゃ!」


(……あれ、これいつ終わるの?)


 俺はそっと一歩、後ろへ下がった。


「この前の訓練でもそうじゃ!わしの教え子がスケルトン三体を一振りで――」

「ほう?うちの教え子は、ノーダメージで十体を捌いたのである」

「嘘を申すな!!」


「事実である!なあ、吉野!」


 いきなり俺に振られた。


「え、えっと……いや、あの、その……」

(そんな話聞いてないよ)


「吉野は,わしに先に教わったんじゃ、な?吉野!」

「いやいや、吉野は今わしの訓練中である、のぅ!吉野!」


 視線が交差する。


 俺の両肩に、それぞれバイキングのゴリ押しがのしかかる。


(どっち選んでも詰みじゃないかこれ……!)


 その時だった。


「エイリク、ハーコン。喧嘩はいけませんよ」


 まるで天の声のような、やわらかな声音が頭上から降ってきた。


 視線を上げると――

 マチルダ先生がにこやかに立っていた。


 だが、その背後にふわりと揺れる黒いオーラのようなものは、目の錯覚じゃなかったはずだ。

挿絵(By みてみん)

 俺は見た。

 エイリクもハーコンも、一瞬、肩を震わせるのを。


「先生これは違うのである。エイリクのやつが守りを疎かにしよるのだ!だから仕方なく!仕方なくである!」

「いやいや! ハーコンこそ攻撃を馬鹿にしよるのです!それは武人として看過できぬ――!」


 ピキィ……と空気が凍る音がした(気がした)。


「……」


「……」


 二人は固まった。

 そして、お互いをちらりと見てから――


「防御と攻撃どちらも大切である」


「攻撃と防御どちらも大切よのう」


「仲良く……ね?」


 マチルダ先生の笑顔は、とても、優しい。

 でも、決して逆らってはいけない空気がそこにはあった。


「もちろんですじゃ」


「とうぜんである」


 やたら素直な返事が二重に響いた。


 その後、急に二人は丁寧な態度に変わり、

 まるで聖人のように、俺に防御と攻撃の両方をバランスよく指導してくれた。


(……ありがとう、マチルダ先生)


 訓練の最後、ふたりは並んで俺の肩をたたき、エイリクから話し出す。


「よし、今日はもう終いじゃ!あとは酒じゃ!」


「それは良い考えである!」


「そうじゃろう、そうじゃろう」


「今日は主が払う番である」


「なにを言う!昨日はわしが払ったではないか!」


「違うわ!それは一昨日のことである!」


 言い争いが始まった。


「またかよ……」


 こうしてノウシスでの訓練初日は終わったのだった。

 

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