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第16話 地獄

 ※このエピソードはホラーテイスト、グロテスクな表現があります。

 苦手な方は読み飛ばしてください。


――強制参加?転送まで3秒?


 思考が追いつくより早く、警告音とカウントダウンが迫る。


 3、2――


(せめて……ナイフだけでも!)


 反射的にベッド脇へ手を伸ばす。

 ナイフの柄を掴んだ瞬間――


 1。


 視界が、白く焼けた。


 眩しくて目を開けていられない。


 次の瞬間――


 世界が、変わっていた。


 目の前にあった部屋は消え、

 俺は“知らない街”に、立っていた。


 夕暮れ――

 空は赤く染まりかけ、石造りの建物が鈍く光を反射している。

 どこだ……?日本じゃない。すぐにそう悟った。


「なんだ今の光は……!」 「見たか!?光の中から……!」


 広場のような場所。

 ざわめきと、怒鳴り声。

 無数の視線が、俺一人に向けられている。


 その目は恐怖と困惑に満ちていた。

 まるで、怪物でも見るような顔。


(……やばい)


 喉が焼けるほど乾く。

 全身が粘ついた汗に包まれ、心臓が早鐘のように鳴る。


 どこだ?

 ここはどこだ?

 今、何が――


「お前……どこから出てきた?」


 その声に、反射的に顔を上げる。

 目の前にいたのは、50代ほどの男だった。


 髭をたくわえた顔、肩幅が広く、落ち着いた物腰。

 驚くほど――はっきりとした日本語だった。


「ここは……どこだ!」

 混乱のまま、俺は怒鳴っていた。


「パリだ。光が見えたと思ったら……お前が、いた」

 語気の強さに、男は一歩たじろぎつつも即答する。


 パリ。


 その言葉が、脳に遅れて突き刺さる。

 フランス。ヨーロッパ。

 さっきまで日本の部屋にいた俺が、今、パリの街に立っている――?


 そんな現実感のない理解を飲み込む前に、背後がざわついた。


 男の後ろ――通りの向こうから、大勢の人が“こちらに向かって”走ってきていた。


 怒鳴り声。悲鳴。泣き声。

 目の焦点を失ったまま突進してくる群衆。


 その光景を見た瞬間、俺の背筋が凍る。


 ――何かがおかしい。


 視線を街へと移す。


 そこには、まるで映画の一場面のような地獄が広がっていた。


 破裂音と同時に、どこかの車が信号無視のまま歩道に突っ込み、

 窓ガラスを砕き、店の棚をなぎ倒しながら止まることなく走り抜けていく。


 人々は無秩序に逃げ惑い、

 誰かが倒れれば、それを踏みつけながら走るしかない。


 親が子どもを抱え、泣き叫びながら群衆の壁をかき分けている。

 助けを求める男がいた。腕を押さえ、血を流していた。

 けれど、誰一人として足を止めない。


 世界は今――壊れている。


 サイレンが鳴る。だが、警官は見えない。

 救急車の姿もない。


(まるでパニック映画だ)


 耳の奥がキーンと痛む。

 その瞬間、ミッションの文字が頭に浮かぶ。


【強制ミッション】


 ——逃げなければ。


 ——戦えば、死ぬ。


 直感がそう告げていた。

 まるで身体の奥に埋め込まれたセンサーが、危機を警告しているかのように。


 目の前の髭の男も、何かが迫ってくる“異常”に気づいたのだろう。

 口を開いたまま、表情が凍りついていた。

 その眼が、わずかに震えている。


 空気が変わる。


 肺に重しが乗ったような圧迫感。

 皮膚が、粟立つ。

 生理的な拒絶反応――本能が、恐怖の正体を先に察知している。


 そして、音。


 遠くで何かが“弾ける”。


 ――パァンッ!


 建物の屋上から何かが崩れ落ちる音。

 金属が引き裂かれるような、耳の奥を引っかくような不快な音が、風と共に流れてくる。


 ギギ……ギャリ……。


 何かが“這って”いる音だった。


「逃げろ!」

 俺は、叫んでいた。反射的に、叫んでいた。


 髭の男はハッと我に返ったように、顔をこちらに向ける。


「どこへ……どこに行けばいいんだ?」


「どこでもいい、建物の中でも路地でも!とにかく身を――」


 ――ぐちゃ。


 言い終える前に、黒い影が俺と男の間を**“通過した”。**


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。


 そして、俺たちの間に、何かが落ちていた。


 ゆっくりと視線を落とす。


 人だった。


 手足が、あらぬ方向に曲がっている。

 肋骨のあたりから、赤黒い液体が広がっていた。

 頭部は、すでに……潰れていた。


 呼吸が止まる。心臓が喉にせり上がる。


 俺は、震えるまま空を見上げた。


 そこには――**“それ”**がいた。


 だが、それはただの翼ではない。

 肉厚で血管が浮き上がり、膜が不気味に波打っている。

 飛ぶたびに、空気を引き裂くような不吉な音が響く。


 手足には、ナイフのように鋭く伸びた黒い爪。

 その爪先からは、滴るように何か黒ずんだ液体――血のようなものがポタリ、ポタリと地面に落ちている。


 頭には、二本の角。


 表面には古代文字のような刻印が走り、その根元からは赤黒い蒸気が立ち昇る。


 根元からは、赤黒い蒸気が絶え間なく吹き出している。


 皮膚は、まるで石像。

 だがそれは均一な彫刻ではなく、あちこちが**“割れている”。**

 その隙間から、まるで闇そのものが覗いていた。


 そして、顔――。


 目が、笑っていた。

 だが口元は歪み、唸るような低い音を喉から漏らし続けている。


 ――ガーゴイル。


 俺の知っている“装飾像”とは、まるで別物だった。


 よく見ると、空に何体もいた。


 それぞれが人間を攫<さら>っては落とし、拾っては潰している。


 遊んでいる。

 獲物としてではなく――玩具として。


 その地獄のような光景に、思わず足がすくんだ。


「パパ――ッ!」


 甲高い声が響く。


 反射的に振り返る。


 若い金髪の女性が、建物の隅に追い詰められていた。

 背後には、ゆっくりと滲み出すように、何かが現れる。


 ――人じゃない。


 薄暗い路地の入り口に立つ“それ”を見た瞬間、

 俺の喉は、ぎゅっと音を立てて閉じた。


 その身を包むは、ボロ切れのような服。

 裂け目から覗いた四肢は――白骨だった。


 乾いた骨が、月明かりに鈍く反射している。

 だが、それはただの骨ではない。


 関節の隙間から、黒い煙のようなものがゆらりと立ち昇っていた。

 動くたびに、軋む音が周囲の空気を震わせる。


 ギ……ギギ……。


 そいつは、盾と剣を携えていた。


 ――スケルトン。


 その眼窩――空洞の奥に、赤く燃える光が宿る。


 気づけば、体が動いていた。


 ダンッ!


 スケルトンの背後へ駆け、思い切り体当たりする。


 骨の騎士は体勢を崩して前のめりに倒れ込んだ。


 手探りで足元の石を拾い上げる。

 拳大の、ごつごつとした岩塊。


「うおおおおおおッ!!」


 叫びながら、全力でスケルトンの頭部へ――叩きつけた。


 ガッ!!


 骨が砕ける音。

 白い破片が飛び散り、頭部が半分ほど陥没する。

 赤い光が、一瞬だけ揺らいだ。


「行くぞッ!」

 俺は女性の腕を引きながら、叫んだ。


「ま、待って! パパも……!」


 振り返ると、あの髭の男――肩で息をしながら立っていた。


「くそ……わかった、行くぞ!」


 視界の隅で、何かが“ゆっくりと”起き上がる。


(まさか……)


 振り返ると、さっき砕いたはずのスケルトンが――

 半分割れた頭部を引きずりながら、ゆっくりと立ち上がっていた。


 その動きは鈍い。だが……確実に俺たちを見ていた。


 ギギ……ガキ……


 まるで死神のように。


 俺は、親子を連れ、物陰に隠れながら必死で駆け出す。


 悲鳴と爆音が響く瓦礫の街を横切りながら、近くの建物を目指す。


 その途中――


 ようやく辿り着いた建物の扉に手をかけた瞬間――


 ガン!


 中から、扉が**“内側から”押さえられていた。**




 建物の前で、俺たちは立ち尽くしていた。


 ――閉まっている。


「開けてくれ!中にいるのは分かってる、お願いだ!」

 俺はドアを拳で叩く。皮膚がじんじんと痛むほどに。


 内側には確かに“人の気配”があった。

 窓の隙間から、怯えた顔がこちらを覗いている。


 だが、開く様子はない。


(頼む……!早く!)


 そのとき――


 ピチャリ。


 足元に、冷たい感触が広がる。


「……ん?」


 俺が顔を伏せると、靴の周囲に水たまりのようなものが、いつの間にか広がっていた。


 水?……違う。


(嫌な予感――)


 瞬間、俺は反射的に飛び退いた。


 ずるん。


 その“液体”は、ドアのわずかな隙間から中へと滑り込んでいった。


 ――そして次の瞬間。


「ぎゃああああああッ!!」


 中から、悲鳴。


「……なんだ……今の……?」


 恐る恐る、俺は視線を上げる。


 ――いた。


 天井。


 薄暗い天井板の隙間から、何かが**“滴って”いた。**


 ポト……ッ バシャッ!


“それ”は、落ちてきた。


 ――スライム。


 柔らかいはずの身体が、落下と同時に人間の頭に吸い付いた。


「ああああっ!うわああああああ!!!」


 周囲の者が悲鳴を上げる。

 だが、助けるどころか、誰もが一歩も近づけなかった。


 スライムに覆われた男が、もがく。

 指先で顔をかきむしり爪が折れ、皮膚が裂ける。


 スライムが男の血で朱に染まっていく


 それでも、剥がれない。

挿絵(By みてみん)

 スライムはまるで“意志”を持った液体のように、

 鼻の穴、口元、まぶたの隙間から侵入し――


 肺に、水を満たすように、ゆっくりと“溺れさせていく”。


 泡が膨らんでは、弾ける。

 咳き込み、喉を震わせ、叫びが濁音になっていく。


 そのまま、男の身体が震え、痙攣し、沈黙した。


 中にいた数人が同じように、一人、また一人と崩れ落ちていく。


 もう、誰もドアを開けようとはしなかった。


 店の中は、奴らの――


“ランチボックス”だ。


 ガラス越しに覗いたその店内は、

 獲物を味わう**“食卓”と化していた。


 スライムは、うごめきながら、静かに“次”を探している。


 その惨劇に、俺たちは言葉を失った。息すら、許されない空気だった。


「おい!向こうに……車が見える!」

 髭の男が叫ぶ。


 視線を向けると、路地の先。ポツンと停まる一台の車。


 ドアが、開いていた。


「行こう!」

 俺は頷き、走り出す。


 走りながら名前を交換した。

 父がアドン。娘が――エマ。


 道の両脇。

 地獄。


 道端に転がる男の死体。

 腹部が裂け、内臓が引きずり出されている。


 路地裏では、泣き叫ぶ子供を囲むように、人外の影が揺れていた。


 助けたくても、無理だ。助けに行ったら自分たちもやられる。


 何かに追い詰められたのか、ビルの窓から飛び降りる者がいた。


 翼を広げたガーゴイルが現れ、人を抱えて夜空に消えた。

 まるで、おもちゃを拾い上げるかのように。


「助けてええええっ!!」

 どこかで誰かが叫ぶ。


 その声が、すぐに――

 絶叫に変わる。


 銃声、ガラスの砕ける音、甲高い金属音、何かが這う音……

 都市全体が、悪夢の胎内になっていた。


 俺は歯を食いしばり、走り続けた。


 車が見えた。


 だがその直前――

 横からひとりの男がアドンを突き飛ばし、車へと走る。


「どけっ!!」

 声が濁っていた。半狂乱だ。


「お父さん!」

 エマが倒れた父に駆け寄る。


 割り込んだ男は車内に滑り込み、ドアを閉めた。


 俺たち3人が追いついた頃には、もう中に入っていた。


 だが、何かが――おかしい。


「様子が変だ……」


 車内の男が、内側からドアを必死に叩いている。


「開けろ!頼む、なんだこれ……出してくれ!!」


 俺もドアを引くが――開かない。


 ……これは、


“車”じゃない。


 シートが動いている。


 ヌルヌルと蠢く革張り。ダッシュボードから舌のようなものが垂れ下がり、シートの縁からは歯のような突起が現れていた。

挿絵(By みてみん)

 金属製のフレームは、まるで顎だ。

 口臭のような熱い呼気が吹き出している。


(……ミミック……!)


「お父さん……これ……なに……?」

 エマの声が震える。


 アドンはエマを背に庇い、拳を強く握りしめる。


 車内で叫び続ける男の声が、少しずつ――掠れていく。


「嫌だぁぁぁぁぁ!!……助……た」


 悲鳴と共に中の口がゆっくりと閉じていくのが見えた。


 内部からは、咀嚼音。


 グチャ……ジュル……ゴキ、ポキ。


 骨の軋む音。

 肉が裂かれ、吸い込まれ、噛み砕かれる音。


 ガチガチと、歯のような突起が擦れ合い、

 まるで、味わっているかのように――咀嚼を続けていた。


「……っ……」

 俺は腰から力が抜け座り込んでしまった。


 ガチャ。


 ドアがゆっくりと開いていく。


 ――赤い液体が、ぬるりとこぼれだした。


 エマが顔を両手で覆い、肩を震わせている。


 俺は赤い液体から逃れるように後ずさった。

 まるで“食後の吐息”のように、血の匂いが風に混じる。


 空を見上げると太陽が、静かに沈んでいく。


 夕日に染まった街並みが――

 まるで、血の海のように赤く見えた。


 ここは”地獄”だ。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
凄惨な描写の迫力がすごいです…! 鬼気迫る情景が伝わってきます。 日常にあるべきはずのものが怪異存在になっていく不気味さと狂気に引き込まれます…!
なるほどこうきたか、パニック映画を観ているようでした!
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