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第14話 憂鬱

 そのまま、自分のアパートへ帰ることにした。


 俺のことを忘れてしまったわけでもない。

 喧嘩したわけでも、不仲になったわけでもない。

 でも――今朝までの“あの二人”は、もういない。


 もう一度話したところで、ミッションを終えるたびに記憶が改ざんされる…

 それは耐えられそうにない。

 それに、記憶の改ざんが頻繁に行われるなんて…二人の脳への影響も心配だ。


 だから俺は、これまでの礼を述べて、明夫さんの家を後にした。


 アパートへ向かう途中、見覚えのある顔が目に入った。


「英斗さん? もう歩いて大丈夫なんですか?」


 村田さんだった。

 心配してくれているような口調。でも、その目はどこか、遠かった。


 どう答えればいいのか――迷って、言葉を選ぶ。

「……大丈夫だよ」

 と、静かに答えた。


「どうしてあんな……」

 彼女は一瞬だけ何か言いかけたが、言葉を飲み込んだようだった。


 彼女はすぐに笑顔をつくった。


「また皆で、“都市伝説の謎”を解き明かす一団として――絶対行きましょうね!」


 そう言って、彼女は手を振りながら走っていった。

 今からバイトだと言っていた。


 俺はその背中が見えなくなるまで、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「都市伝説の謎……か」


 小さく呟き、誰もいない夜の道を一人歩く。

 そして、久しぶりに戻った自分の部屋。


 ベッドに身体を預け、天井を見上げる。


 皆、元気だ。

 何も問題ない。

 ……自分に、そう言い聞かせるしかなかった。


 時計を見ると、夜の11時を回っていた。


 今日は朝食を食べてから何も食べていないことを思い出す。


「腹、減らないな……」


 今朝、皆で食べた食事の記憶がふと蘇る。

 他愛もない、なんでもないやりとり。


 ……本当に、楽しかったんだな。

 この二十日余りが、かけがえのない時間だったと――

 その事実が、胸を締めつける。


 涙が溢れるのを止めることはできなかった。


 ♦


 瞼越しに光を感じる。

 気づかないうちに寝ていたようだ。

 時計を見ると、もう12時になっていた。


 ゆっくりと起き上がり、包帯の上から傷を触って確かめていく。

 痛みが無いことを確認し、包帯を外していく。


 オークに飛ばされた左耳を確かめる。

 包帯越しに触れると、痛みはほぼ無く、少しむず痒い。

 気になるので包帯を解き、鏡で見てみると——


 餃子くらいのサイズの肌色の塊がくっついていた。

 どうやら再生してきているようだ。

 この感じなら明日には元通りになっていそうだ。


 気を紛らわすために外に出ることにした。

 シャワーを浴びて、出かける。


 耳が見えないようにフードを被る。

 特に目的も当てもなく、ただ歩いた。

 気が付くと、オークと戦った場所に来ていた。


 やはり血の一滴も残っていなかった。


 その場に座り込み、川を眺める。

 手の届く範囲に、手のひらに収まる程よいサイズの石ころを拾う。

 川に投げてみると——


 ドプン。


 音をたて、静かになる。


 もう一つ、またもう一つと投げていく。

 気が付くと手の届く範囲から手ごろな石はなくなっていた。


 おもむろに鞄を開け、ライブラを取り出す。

 思いっきり川に向けて放り投げた。


 ドプン。


 跳ねた水しぶきが夕日に照らされ光った。


「もういいんだ」


 声に出して呟いてみた。


 それから太陽が沈むまで川を眺め、アパートへ戻った。


 ♦


 次の日の朝——。


 ガタンッ。


 玄関のほうから大きな物音がした。

 何事かと玄関の方を見るが、その後音はしない。


 レター受けを開けてみる。

 すると——俺が投げ捨てたはずのライブラが入っていた。


 玄関を開け、辺りを見回す。

 誰もいない。

 静かにドアを閉め、ベッドに腰掛ける。


 ライブラを眺め——。


「ホラーかよ」


 思わず口に出していた。


 そう言いながらも、恐怖心は無かった。

 なんとなく戻ってくる気がしていたからだ。

 先ほどまでの憂鬱だった自分が、急にバカバカしくなってきた。


 ライブラを見ながら呟いた。

「コイツは俺を逃がしてくれないようだな」


 昨日のミッションから一度も確認してなかったので、そのまま、ライブラを見ることにした。


 すると——


【クリア報酬】


 寿命 +90日


 どうやら少し延命できたようだ。


 本来なら喜んだところだが、明夫さん、誠、村田さんと共有したかった。

 助かったことに安堵するも、喜びは半減だ。


 画面をタップすると、次のメッセージが表示される。

 どうやらレベルも上がったようだ。


 レベル:5


 名前:吉野英斗


 攻撃力:26

 守備力:5


 年齢:33

 体力:16/28

 ちから:26

 まもり:5

 すばやさ:8


 残りポイント:6


 ポイントの振り分けに悩む。

 まだ力に全振りしてもいいような……。

 全部をちょっとずつ上げたいような……。


 今回は、

 ちから 26 → 29

 まもり 5 → 8


 少しだけ防御力を上げてみることにした。


 ポイントを振り分けると、さらに次のメッセージが表示された。


「スキル:ノイズポイント を覚えました」


 なんだ? スキル?

 魔法みたいなものか?


 ライブラを操作すると、新たに「習得スキル画面」が追加されていた。


 先ほどのメッセージに表示されていたスキルが、サポートスキル という項目の中に表示されていた。


 ノイズポイントにカーソルを合わせてみると、説明文が出てきた。


 ノイズポイント(消費寿命:1日)

 1度だけ、視界の範囲内の任意の場所で音を鳴らす。


 ……それだけ?


 内容がしょうもなくて、肩を落とす。

 なんか、手から炎が出るとか、そんなイメージをしていたからだ。


 しかも気になるのは、「消費寿命:1日」 と書かれていたことだ。

 使用するには寿命……つまり、俺の命が1日減るということだろう。

 一度使用するたびに減るのだろうか?


「装備しますか? YES / NO」


 と表示されていたので、とりあえずYESを選ぶ。


 特に何も変化した様子はないが、画面をよく見ると、

 ノイズポイントの右側に小さく “E” の文字がついていることに気がついた。


 装備できたってことかな?


 そういえば、装備画面があったなと思い、画面を開く。


 すると、装備画面にも新たな項目が増えていた。


 サポートスキル という枠があり、その中に、先ほどのノイズポイントが表示されていた。


 使い方は分からないが、とりあえず装備できたのだな、と思った。


 現在の寿命は、96日。


 ライブラを一度手放したことで、多少気が紛れたようだ。

 これからのことを考えた。


 寿命が延びたとはいえ、たった数ヶ月。

 何より、今回勝てたのは運が良かっただけだ……。


 たまたまかどうか分からないが、

 少なくともミッションで寿命が貰えることは分かった。


(あとはミッションをクリアできるかってことだけだな)


 次のミッションからは、


 明夫さんも、誠の協力もない。日本刀も...


 日本刀を”勝手に持ち出した”ことを怒っていた。

 最後には許してくれたのが救いだろう。


 オーク……。


 思い出すと、とんでもない化け物だった。

 斬っているというより、叩いている感じに近い。

 武器を持っていても、あの状態……。


 もう、「エクスヴェイド」という脱出手段は使えない。

 たしか、使用するには寿命を5年消費すると、シゲルは言っていた。


 ミッションは、勝てないと判断したらその場を離れ逃亡することはできるのだろうか?


 俺は次のミッションに備えることにした。


 昼食を済ませ、近くの公園へ向かう。


 公園に到着し、適当なベンチに腰を下ろした。

 周囲を見渡すが、誰もいない。


「しょうもないスキルだけど、どうやって使うのかだけは確かめておくか」


 人目を気にせず試せるのはちょうどいい。


(確か視界の範囲内で音が鳴る、だったな)


 近くの茂みに視線を向け、「ノイズポイント!」と念じる。


 ガサガサッ。


 茂みから音がした。


 ……今のか?


 ライブラを取り出し、寿命を確認する。


「95……1日減ってる……たったこれだけで?」


 成功したけど、実感がわかないし、全然嬉しくもない。

 なんか……腑に落ちない。


 勿体ないけど、もう一度だけ試してみることにした。


 今度は自分の足元、石畳に向けて念じる。

 もっと大きな音で鳴れ!「ノイズポイント!」


 ゴツッ。


 まるで石をぶつけたような音が鳴った。


 音の大きさも変わらないようだ...


「鳴らせる場所によって音が変わるのか……無駄に芸が細かいな」


 妙な関心を抱きながら、再び寿命を確認する。


「94日……」

(…………)

(割に合わねぇ……)


 そう叫ばずにはいられなかった。

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