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番外編3 ヴェルコールの双壁

ヴェルコール・ステッドの朝は、山の澄んだ空気と鐘の音で始まる。

本部の広場では、訓練を希望する新人プレイヤーたちが列を作り、武器庫から木剣や盾を受け取っていた。


その中央――二人の“バイキング”が、今日も元気に声を張り上げている。


「もっと腰を落とせ! 膝が笑っとるぞい!」

「構える意志が見えぬのである! 盾は壁ではない、心である!」


エイリク・トールヴァルドとハーコン・ビョルクマン。

ノウシスの訓練担当であり、攻撃と防御を真っ向からぶつけ合う名物コンビだ。


「お爺ちゃんたち、朝から元気ですねぇ……」


呆れたような声が後ろから響いた。

振り向けば、髪を揺らしながら歩いてくる少女――ルチア・リナルディだ。


「元気がない訓練など役に立たんのじゃ!」

「心拍数を上げることが、まず第一歩である!」


「お爺ちゃんたちが上がるのは……血圧でしょ」


ため息をつくルチアの背後から、今度は白衣姿の女性が現れる。

落ち着いた雰囲気を纏い、どこか柔らかな笑みを浮かべるマチルダだ。


「朝から声を張り上げて……怪我人が出ないようにしてくださいね?」


「わしらに任せておけ! 怪我をさせてもすぐ治せるじゃろうが!」

「……そもそも怪我などするな、である」


マチルダは苦笑しつつも、ルチアに薬箱を手渡し、軽く頭を下げた。


「ルチア、あなたも見学ばかりじゃなくて手伝ってあげてね」


「えぇ~……私、戦闘担当じゃないし……」


「声出すのは得意であろうが!」

「その元気をもっと有効活用するのである!」


賑やかなやり取りの最中、低い声が場を割った。


「……朝から騒がしいな」


その声の主は、黒の戦闘服を着たレオン・アストリアだった。

無駄のない動作で歩く姿は、訓練場の空気さえ引き締める。


「レオン! ちょうどいいところに来た!」

「お主も混ざるのである!」


「断る。……俺は警戒任務だ」


淡々と告げるレオンの後ろから、スーツ姿の男性が肩をすくめながら現れた。


「二人とも今日も元気だね……声が向こうまで聞こえているよ」


ジャン=ピエールだ。

分析班に所属する彼は、場違いなスーツ姿で書類を抱えている。


「ジャン、お主も運動せんか! 頭ばかり使っとると禿げるぞい!」

「そのとおりである!」


「……二人して余計なこと言わないでくれるかな?」


ジャンがため息をつく横で、ルチアが声を張る。


「ほらほらみんな! しっかり!」


レオンのぼやきと、エイリク・ハーコンの大声、ルチアの騒ぎ声。

そこにマチルダの穏やかな声が混じり――ノウシスの日常は、今日も慌ただしく、けれど不思議な温かさに包まれていた。



訓練が終わる頃、山の空気はすっかり冷えていた。

夕陽が差し込む石造りの食堂には、木の長テーブルが並び、香ばしい肉とスープの匂いが漂っている。


「よぉし! 今日も酒じゃ!」

「うむ、今日の鍛錬は格別に腹が減ったであるな」


エイリクとハーコンが真っ先に席へ向かい、豪快にソーセージとパンを山盛りに積み上げる。

その隣で、ルチアが大きなため息をついた。


「……ねぇ、二人とも、訓練終わったあと毎日飲んでない?」


「毎日じゃないぞい! 当番の日は飲んどらん!」

「事実上、毎日であるな」


「もぉー、肝臓に悪いよ!」


ルチアが頬を膨らませると、そこへスーツ姿のジャンがやってきた。

トレイの上には、質素なサラダとスープだけ。


「……また肉と酒ばっかりか。健康診断で先生に怒られるの、目に見えてるよ」


「うるさいわい! わしらは肉と酒で育ったんじゃ!」

「防御には脂肪も必要である」


「……いや、盾の厚みじゃなくて、腹の厚みが増してるんだけど」


ジャンが呆れた目で見やると、ルチアが横から笑いながら口を挟む。


「ねぇジャンさん、そういうの記録して先生に告げ口したら?」


すると、二人がじっとジャンを見つめる。


「しないけど……怒られても僕はしらないよ」

ジャンは肩をすくめた。


わいわいと騒ぐテーブルに、白衣を脱いだマチルダが静かに現れた。

彼女は薬草茶を片手に、柔らかな笑みを浮かべている。


「今日も賑やかね。……あら、レオンは?」


「外で周辺警戒中ですよ。交代で戻るって言ってたよ」ジャンが答える。


「……流石レオンさん」ルチアが頬杖をつく。


マチルダはふっと目を細め、カップを両手で包み込みながら呟いた。


「“仕事は完遂する”――それがレオン君の口癖だものね」


「……奴に助けられたものは多い」

エイリクが肉をかじりながらぼそりと呟く。


「であるな。信頼に値する男である」


一瞬、テーブルに静かな空気が流れた。

けれどルチアが、あえて明るい声を上げる。


「よし!とにかく乾杯だね!」


「おお、よく言った!」

「である!」


バイキング二人の声が重なり、ジョッキが高らかにぶつかり合う。

その音は食堂に響き、まるで本部の“生”そのものを告げる鐘のようだった。



宴のような夕食がひと段落したころ――

食堂の奥から、穏やかな声が響いた。


「……やれやれ。今日も賑やかだね」


振り向くと、マティアスが穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。

手には分厚い書類の束。おそらく、また各地からの報告書だろう。


「おう、マティアス! 仕事終わりか!」

「座るがよい。肉も酒もまだあるぞ」


「いや、私は――」


言い終わる前に、二人の巨体が左右からマティアスを挟む。


「遠慮するな!」

「今日はいい鹿肉であるぞ!」


「まだ仕事が――」


「遠慮せず飲めい!」

「飲むのである!」


両肩にずっしりとのしかかる腕。

逃げ場を失ったマティアスの手には、すでにジョッキが握らされていた。


「あいかわらず……君たちは話を聞かないね……」


ぼやく声は、誰にも届かない。


数分後

「……あの、マティアスさん。顔真っ赤ですよ」


ジャンが心配そうに声をかける。

マティアスは、にこにこと笑いながら――


「だいじょ……ぶ……だよ……」

(※だいぶ回ってる)


「ほら見ろ、元気そうじゃ!」

「酒は心を潤すのである!」


「それ、潤いすぎて溺れてますから!」

ルチアが半泣きで叫んだ。


その時、食堂の扉が開き、夜警から戻ったレオンが入ってきた。


「……またか」


低く一言。

レオンは現場を見ただけで理解したらしい。


「おお、レオン! 飲めい!」

「守りの心得を語るのである!」


「で、誰が後で酔ったマティアスさんを運ぶんだ」


「そりゃお主じゃろ?」

「であるな」


「……」


溜息ひとつ。だが、その口元にはほんの少し笑みが浮かんでいた。


そして――

「……あの、マティアスさん。まだ書類ありますよね?」


ジャンが山積みの書類を指差す。


「だいじょーぶ、あとでやる……」


「“あとで”って言ったの、昨日も一昨日もですよ!」


ルチアが呆れ顔で叫ぶ中、エイリクとハーコンは豪快に笑う。


「よし! このまま徹夜宴会じゃ!」

「明日は盾と斧の訓練である!」


「いいかげんにしなさい!!」


ジャンとルチアの絶叫が、夜のヴェルコール・ステッドにこだました。



耳を劈くような警報音と共に、世界が白く弾けた。

次に二人が目を開けたとき、そこはパリの街だった。


崩れた建物、燃え盛る炎。

逃げ惑う人々の悲鳴と、どこからともなく響く怪物の咆哮。

昼なのか夜なのか分からぬ薄曇りの空が、街全体を不気味な赤に染めていた。


「……転送、であるな」


「む……久々に見た景色じゃのう」


エイリクとハーコンは、互いの無事を確認するや否や周囲を警戒した。

ライブラを起動すると、本部からの通信が割り込む。


『――全プレイヤーへ告ぐ。現在、パリにて強制ミッションが発生中。

指定地点に集合し、部隊を編成後迎撃に当たれ。繰り返す、指定地点に集合せよ』


「……集合地点、遠いのう」


「であるな。歩いて行くしかないのである」


二人は頷き合い、瓦礫の街を駆け出した。



人助けの道中

街は地獄絵図だった。

泣き叫ぶ子ども、瓦礫に挟まれた男、怪物に追われる母親――

二人は立ち止まるたびに、斧と盾を振るい人々を救い出した。


「ほれ、走れ! この先の路地に隠れるんじゃ!」

「である、こっちへ!」


救った人の数を数える暇もない。

進めど進めど、次から次へと怪物が湧き出してくる。

疲労を知らぬかのように、二人は叫び声の方へ足を向け続けた。


「……む?」


崩れた噴水の上空、翼を広げた影が見えた。

黒い石の皮膚、赤く光る瞳――


「ガーゴイルか。何体めじゃ」


「急ぐのである」


会話はそれだけだった。

次の瞬間、エイリクが巨斧を投げる。


轟音。

空気を裂いた一撃が、ガーゴイルの胴を粉砕した。


石片と黒い煙だけが残り、空は再び静かになる。


『――全プレイヤーへ告ぐ。クリムゾン・ベインの存在を確認。

クリムゾン・ベインとの戦闘は避けるように』


「……厄介なのがおるのう」


「急いで合流するのである」


二人は足を止めず、さらに奥へと駆け出した。


その陰で

瓦礫の影、粉々になったガーゴイルの残骸のすぐ近くに――

一人の青年が倒れていた。


彼らは気づかない。

その青年こそ、後に彼らと深い縁を結ぶことになる“吉野英斗”だということを。



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