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第100話 二柱の殺戮者

「……致し方ありませんな」


 ぬらりひょんが静かに扇子を閉じ、ひとつ打ち鳴らす。


 ――カチン。


 その乾いた音が、空気の流れを変えた。


 次の瞬間、霧の中から這い出すように、無数の妖たちが姿を現す。


 飛びかかる獣型の異形、地を這う蜘蛛のような巨体、天より落ちる影の群れ。

 大地を喰らう咆哮とともに、焔鬼とクリムゾン・ベインへと、一斉に襲いかかった。


 焔鬼が一歩を踏み出すたび、足元の大地が焦げつき、熱風が地表をなぎ払う。

 その斬撃は「斬る」のではない。

 “存在を焼き斬る”――業火に溶かされ、断絶される現象。


 蜘蛛型の妖がその鋏を振るう前に、焔鬼の刀は宙を舞い、斬撃が蜃気楼のように拡散する。


 ――ズバンッ!


 次の瞬間、十数体の妖が、胴体ごと斜めに切り裂かれ、断面からは蒸気が吹き出した。

 肉と骨が焼ける匂いが、戦場に充満する。


 「面白いではないか……その身を懸けて“屍の城”を築いてみよ」


 焔鬼の声音は静かだった。

 だがその一太刀には、雷鳴よりも重い“意思”が宿っていた。


 一方――


 クリムゾン・ベインの周囲は、まるで重力が歪んだかのように空気が沈む。

 全身の筋肉が隆起し、巨大な斧を肩から振り下ろすと、前方の地形ごと数体の妖が粉砕された。


 「うおおおおああッ!!」


 咆哮一つで風が逆巻き、周囲の妖がたじろぐ。


 妖の一群が、その隙を狙って一斉に襲いかかる。

 空からは飛翔する鳥型の異形が、地上からは影を纏った獣が、同時に牙を剥く。


 だが――


 クリムゾン・ベインは片手を地に叩きつけた。


 ドンッ!!


 爆風のような衝撃波が奔り、地を這う妖の群れが一斉に宙へ舞い上がる。


 空中で悲鳴を上げる妖たちへ――


 「まとめて……堕ちろ」


 巨斧が上方に一閃。


 ――ズゴンッ!!


 空を舞っていた妖たちは、弾けた風船のように次々と破裂し、血と肉の雨となって降り注いだ。


 「クハ……ははっ、見ろよ、“鬼”さんよ。これが俺の遊び方だ」


 焔鬼は、わずかに肩を揺らす。


 「うむ、悪くはない。されど――“華”が足らぬな」


 焔鬼の刀が一回転し、炎の螺旋を巻き起こす。


 「――《灰火の輪》」


 その言葉と共に、焔鬼の足元から紅蓮の円環が描かれ、半径十数メートルの空間を一瞬で焼き尽くす。

 地を這っていた妖たちは、断末魔すら上げられぬまま、灰と化した。


 「ぬらりひょんとやら……貴様の妖ども、これしきか?」


 高台の上、ぬらりひょんの扇子が止まる。


 「……ふむ。やはり、これは“力の遊戯”ではありませんな。お二人は……災厄そのものでございましたか」


 なおも妖たちは現れる。

 だが、圧倒的な二柱の殺戮者の前に、それはただの供物でしかなかった。


 焔鬼は三体の妖を一太刀で斬り伏せ、その動きの中で反転、別の妖の首をすれ違いざまに落とす。

 その動きはすでに剣術ではない。“神楽”のような、舞いと死の融合体。


 クリムゾン・ベインは、崖の縁に迫る妖たちを、地ごと蹴り砕き、数十体まとめて転落させる。

 その背後から忍び寄る妖へ、片肘を突き上げるだけで、首から上を失わせた。


 「――雑魚共に要はねぇ……」


 呟いたクリムゾン・ベインの瞳が、ひときわ深く赤く光る。


 焔鬼もまた、血塗れの刀を天へと掲げ、黒煙を撒き散らす妖たちを見渡した。


「――数では勝てぬぞ爺。」


 二柱の“死神”が、炎と血と破砕をまとい、なおも襲い来る妖たちの群れへと――歩みを進めていった。


 ぬらりひょんの目が細くなった。


 だが、なお扇子を口元に添え、微笑を崩さぬまま、言葉を吐く。


 「――ならば、見せていただきましょう。最悪と最悪が並び立つ時、いかなる“地獄”が生まれるのかを」


 夜が、さらに深まっていく。


 焔と破壊の狭間で――地上の“命”が、次々と崩れ落ちていった。


 地に横たわる無数の妖たちの骸が、霧とともに溶けて消えていく。

 静寂。

 だが、それは終わりではなかった。


 ぬらりひょんが、すっと扇子を閉じる。

 その目が、初めて笑みを失っていた。


 「……さすがに見事でございましたな」


 その声に、冷気にも似た何かが滲んでいた。


 「ですが、ここからが本番でございます」


 ぬらりひょんが、背後の闇に向かって片手をかざす。


 「――出でよ、“最終の憑き物”どもよ」


 霧が地を裂き、唸るように空が悲鳴を上げた。

 黒い霧が渦を巻き、天を焦がすような音が響いた刹那――。


 その場に、“それ”は現れた。


 まず、一体目。


 餓者髑髏――。


 闇の中から立ち上がる、巨大な骸骨の怪物。

 その身長は十数メートルを超え、地面を踏みしめるだけで地盤が悲鳴を上げる。

 眼窩には赤い火が灯り、口を開けば重低音の咆哮が響く。


 餓者髑髏は、焔鬼を見下ろすようにゆっくりと手を伸ばす。


 「……ふむ、骨ばかりで食いでがなさそうじゃが」


 焔鬼が刀を抜き直す。


 「まぁよい、たまには骨の髄まで断ち切るのも悪くなかろう」


 その瞬間、がしゃどくろの腕が振り下ろされ――地面が抉れた。


 一方、二体目。


 それは、ぬらりひょんですら口にしない異形。


 “百足影むかでかげ”――。

 その姿は巨大な百足に無数の人の顔が浮かぶ、異形の呪詛霊。

 這うたびに大地に呪紋が刻まれ、空気が腐敗する。


 その“影”が、真っ直ぐにクリムゾン・ベインへと向かって這い寄る。


 「おいおい……どこから連れてきたんだよ、こんな化け物」


 魔人が笑った。

 だがその目には、明確な殺意が灯っていた。


 「まぁいい……久々にちょっとだけ、本気を出してやる」


 轟音とともに、がしゃどくろの巨大な拳が焔鬼を押し潰さんと落ちる。

 だが、その寸前――


 「遅いわ、骸め」


 焔鬼は刀を抜いたまま、紙一重で回避し、骨の隙間に刃を突き立てる。

 斬撃は骨の一部を砕くも、がしゃどくろは怯まない。

 むしろ、怒りの咆哮を響かせ、焔鬼を掴まんと両手を振るう。


 「ふむ、頑丈なことよ……ならば、焔を添えてやらねばな」


 焔鬼の刀が赤く光り、刃が炎を纏う。

 一閃。

 焼ける骨の臭いが、夜風に乗って広がった。


 一方のクリムゾン・ベイン。


 「グルァアアアッ!!」


 百足影のうねりが、地面を突き破る。

 その一撃を、戦斧で受け止める。


 「っ……なるほど、瞬殺は無理か」


 百足影の頭部が吹き飛びかけるも、すぐに霧の中から再生し、巻きついてくる。

 その体は呪詛の集合体。斬っても切っても、止まらない。


 「ふん……面倒くせぇな」


 だが、魔人は笑う。


 「なら焼き切るまでだ」


 その巨体から溢れ出す、紅蓮のオーラ。

 大地が焼け、影が燃える。


 焔鬼の刀が、がしゃどくろの首元に深く食い込む――

 一方、クリムゾン・ベインの炎が、百足影の中核を直接焼き払う。


 二体の災厄が、それぞれの“最強格”と激突し、

 そして――力尽くでそれを、ねじ伏せる。


 数分後、戦場に立っていたのは――焔と深紅の“災い”だけだった。


 「……終わり、かの」


 焔鬼が剣を下ろし、

 クリムゾン・ベインが肩を回しながら呟く。


 「まぁ悪くねぇ相手だったな」


 その夜、地に満ちていた妖の気配は、すべて――消え去った。


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