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第10話 痕跡と制御

 居るはずのない人物が、目の前に立っていた。


 俺はその場でフリーズする。


「来るの、遅いじゃないですか!」


 そう言って、不満げに眉をひそめるその人――村田さんだった。


 待ち合わせをした記憶は、ない。

 というか、そんな約束した覚えは絶対にない。なのに、彼女は本気で怒っていた。


「……な、なんで……いるの?」


 ようやく絞り出せた一言が、それだった。


「何かあったら私も行くって、言ったじゃないですか! 一人で突っ走る癖、直したほうがいいですよ」


(俺?……俺なの突っ走たの?)


 思わず心の中で全力否定する。

 だが、剣幕に押されて言い返す余裕などなかった。


「英斗、昨日話してたのって、これか……?」


 後ろから現れた明夫さんが、困ったように頭を抱えた。

挿絵(By みてみん)

 その隣では――なぜか誠が髪を整え口臭をチェックしてる


 ちょうどバスが来たので、全員で山まで向かうことにした。


 車内は、和やかとは言い難いが、どこか奇妙に落ち着いていた。


 自己紹介が始まると、村田さんは最初こそ明夫さんの強面に身構えていたが、

 すぐに慣れたのか、普通に会話を交わすようになった。


 誠の行動はいつになく早く、村田さんの荷物を持っていた。

 動きが俊敏すぎる。


 車窓からの風景が緑に変わる中、村田さんの熱烈なオカルトトークが炸裂する。


 明夫さんは「勘弁してくれ」と言わんばかりに肩をすくめ、窓の外へ視線を逸らす。


 だが、誠はというと――


「マジっすか!?」「それ、パネェっすね……!」


 全力で食いついていた。


 ♦


 やがて到着した山道は、以前と何一つ変わっていなかった。


 ゴブリンと戦ったあの場所に着くと調べていく。


「ここで、あいつらと戦った……けど」


 見渡す限り、何もない。


 血の跡も、死体も、武器の欠片すらも。


 痕跡が一切残っていない。


 誠が、俺が使っていた包丁を拾ってきた。それだけだった。


「ミッションが終わると痕跡も消える……?」

 そんな仮説が脳裏をよぎる。


 次に向かったのは崖。


 土が不自然に陥没している。


 あの化け物が拳を振り下ろし、岩屋を叩き潰した場所だ。


 俺が黙ってその地面を見つめていると、皆が背後に集まってきた。


「……ここで岩屋が、潰されたんだ」


 その一言に、全員が息を呑む。


 視線が一斉に、地面の窪みに集まった。


 そこもまた――痕跡は何もなかった。


「なぁ英斗、こいつは……マジでやばいな」

 明夫さんが、倒木の列を指差して言った。


 見渡すと、地面をなぎ倒すように続く木々。


「これが、奴の通った道か……」


 誰もが言葉を失った。


 戦ってもいない、ただ“通った”だけで、森を破壊している。


 その不気味さと現実感に、全員の背筋が凍った。


「……英斗、帰ろう」


 誰ともなく言ったその言葉に、誰も反論はなかった。


 俺たちは静かに山を下りた。


 結局得られた情報は、”痕跡が残らない”らしいということだけだった。


 ♦


 数日が経ち俺に残された時間は、あと13日。

 ミッションは一度も発生していない。


 このまま、一度も発生しなければ?

 ミッションをクリアしても何も起こらなかったら?


「たら、れば」堂々巡りの考えがぐるぐる回る。


 進むしかない。不安を隅に追いやり自分に言い聞かせた。


 あれからレベルは4になっていた。


 攻撃力:21

 守備力:5


 年齢:29

 体力:28/28

 ちから:21

 まもり:5

 すばやさ:8


 振り分けれるポイントは5だった。

 前回同様すべて力に全振りした。


 ちから21→26


 今日は以前訪れた道場に来ていた。


 たかがレベル4、ゲームでは序盤も序盤、初心者レベルではあるのだが、

 いざ現実に力を振るうと危険極まりない。


 短期間で力が跳ね上がったため、力の加減が分からないのだ。

 このままレベル上げを続けると、いずれ怪我人どころか死人が出る恐れがある。

 そのため力の使い方を学ぶため、レベル上げを中断し、再び道場に訪れた。


 それに体捌きも学びたかった。当てれば一撃なのだが、防がれることも多く、苦戦することも多い。

 受け身に回れば負けることもあり、しばしば2人に助けてもらうこともあった。

 力はあっても技術がなければ宝の持ち腐れだった。


 道場に足を踏み入れると、正面には三島さんの姿があった。

 白の道着が静かに風を受け、背筋は真っすぐに伸びている。まさに「教える者」としての佇まいだった。


「今日は基礎と組手中心でやるぞ」


 短くそう言うと、三島さんは床に正座し、深々と一礼する。俺もそれに倣<なら>った。


 こうして、直々の指導が始まった。


 たとえ付け焼き刃でも、やらないよりはマシだ。

 今の俺にできるのは、とにかく「叩き込む」ことだけ――身体にも、意識にも。


 教わったのは「回し受け」。

 円を描くように腕を右、左、右、左と交互に動かしていく。

 これは攻撃を受け流しつつ、反撃に転じることのできる“攻防一体の型”らしい。


 単純な動きに見えるが、奥が深い。

 肩の高さ、腕の軌道、重心の移動、すべてが整っていなければ意味をなさない。


 三島さんの教え方は丁寧だった。

 理屈で説明したあと、すぐに実践で確認させてくれる。

 頭と身体――両方を同時に使わせる教え方に、俺は無我夢中で食らいついた。


 回し受けの基本がある程度身につくと、次は実戦形式に移った。

 三島さんが繰り出す左右のパンチを、ひたすら受け続ける。


「右、左、右蹴り!」


 最初は声で指示が飛ぶ。だが、徐々にその“ヒント”もなくなっていった。

 今度は来る攻撃を“読む”必要がある。


(次は……右? いや左か?)


 読みが外れれば、拳が肩をかすめ、肘があばらを打つ。

 受けきれない攻撃に何度も体がのけぞった。


 次の段階は、受けからの反撃。


 受けて、返す。

 一瞬の判断と切り返し。まるで会話のように、攻防のテンポが速くなる。


 最初はゆっくりだった動きが、徐々に速くなる。

 三島さんの足捌きが鋭くなるたび、俺の対応は苦しくなった。


 気を抜けば、防御が間に合わない。

 返しの拳が甘ければ、逆に強烈な反撃を喰らう。


「止まるな、続けろ!」


 三島さんの声が飛ぶ。

 腕が鉛のように重くなる。呼吸が荒れ、視界が揺れる。

 だが、拳は止まらない。休む暇も与えてはくれない。


(やらなきゃ、やられる……)


 気がつけば、それはただの練習ではなく、実戦に近い“組手”になっていた。

 三島さんの拳が鋭く迫る。俺は、それを受けて――そして、打ち返した。


 ただ力が多少強くなっただけで、あとは並の人間である。

 スタミナも常人レベル、休憩を何度もはさむ必要があった。

 休憩する時間がもどかしく感じるも、こればかりはどうにもならなかった。


 三島さんは本当に強く。俺がどのような攻撃を繰り返しても決して当たらなかった。


 日が暮れるまで練習に付き合ってくれた。

 三島さんは帰り際に、いつ来ても良いと言ってくれた。


 その言葉が、胸の奥まで響いた。

 俺は深く頭を下げ、感謝の気持ちとともに道場をあとにした。


 帰りの車で、誠は運転、明夫さんは助手席、俺はいつも通り後部座席だ。


「なかなか筋がいいじゃねぇか」


 明夫さんが、助手席で腕を組みながら感心したように言う。


 続けて誠も軽口を叩く。

「俺を倒しただけはあるすね。あんときは不意打ちみたいなもんでしたけど」


「まあな」と俺は軽く肩をすくめる。


 誠はバックミラー越しに俺を見ながら、

「でも、あんまり調子に乗ると痛い目みるっすよ?」と笑う。


「おいおい、脅しのつもりか?」俺も軽く笑う。


 明夫さんが頷きながら口を開いた。


「誠の言う通りだな。特にお前は急激に強くなってる。

 鍛えた分だけ慎重にならねぇと、思わぬところで命取りになるぞ」


「……わかってる」


 俺の言葉に、二人は満足そうに頷いた。


 車内はしばし沈黙に包まれたが、誠がふと思い出したように言う。

「でも、道場主さん、すごかったっすね。あの人、ほんとに人間すか?」


 明夫さんが笑いながら応じる。

「まあ、武道の達人ってのは、普通の人間とは違う領域にいるもんだ」


 俺も苦笑する。

「俺の攻撃、全部捌かれたしな……。マジで化け物だよ」


 やがて、車はゆっくりと家の前へ滑り込む。


 一日分の汗と疲労を背負いながら、俺は静かにドアを開けた。


 ♦


 シャワーを浴びてリビングに向かう。


 2人は海外ドラマを観ながら寛いでいた。タイトルは『ランニングデッド』――ゾンビもののドラマだ。


「ミッションでゾンビが出たら噛まれるんじゃねーぞ」

 ソファーで横になりながら明夫さんが言う。


「腕を嚙まれたら、切り落とせばセーフっす、3秒ルール」


 こいつら、人ごとだと思ってるな?俺のこめかみに青筋が浮かぶ。


「誠、化け物系苦手なんじゃないのか?」怒りを堪えつつ聞いてみた。


「ゾンビは平気っす」

 テレビから目を離さずに誠が答える。


 基準がわからん。


 その後、食事を済ませ、今日はもう寝ることにした。あと数日は道場に通うつもりだ。


 ――数日が経ち、残り10日。


 道場からの帰り、車の中でスマホを確認すると、村田さんからメッセージが届いていた。


『向井店長から聞いた話なのですが、店の裏山で人くらいのサイズのトカゲの目撃情報を、

 常連の竹中さんから聞いたと言ってました。

 危険かもしれませんが、もし本当なら何か手がかりが見つかるかと思い、お伝えします。』


 ……元の村田さんのイメージ通りの文面だった。


 そういえば向井さんがそんなことを言っていたな、と思い出しながら

「わかりました、ありがとうございます」とだけ返信しておいた。


 仮に巨大なトカゲがいたとして、討伐できればミッションをクリアしたことになるのだろうか?


 家に戻り、リビングの空いている席に座る。


「……こんな噂があるんだけど、どう思う?」


「でっかいトカゲねぇ。そいつがいたとして、どうすんだ?倒すのか?」

 明夫さんが両腕を頭の後ろで組みながら言う。


「倒せるか分からないけど、このままミッションが発生しないなら、

 最終手段としてはアリかな。とりあえず、明日はレベル上げに戻ろうと思う」


「数日でも様になってきたからな。力試しにはちょうどいいだろう。

 俺ぁ用事があるから、誠と2人で行ってこい。今のお前なら大丈夫だ」


「なんかあったら俺が助けてあげますよ」

 誠はニカッと笑った。


 次の日、誠と2人でレベル上げに出かけた。


 ――


 レベル上げの場所は日に日に遠くなった。


 警察の見回りが増えて、やりにくくなったからだ。


 次のレベルが上がったら、何か別の方法を探さないとな。


 そんなことを考えながら歩いていると、3人の男に絡まれた。


 流石に3人相手はキツイか……と思ったが、すぐ右手に狭い通路が見えた。


 迷わずその通路へ向かう。


 ――行き止まりだった。


 だが、ここなら一人ずつしか入れない。


「こいつ、自分で追い詰めてんじゃん」

「袋のネズミって、初めて見たわ」

「ほら、金出しな?」


 3人はそれぞれ好き勝手に言いながら、俺を囲む。


 男の一人が近づいてくる。


 いつものように抵抗する素振りを見せると、相手は油断して襲いかかってきた。


 俺の腹に向かって正面から押し蹴りを放とうとする。


 ……相手が舐めてかかってくるのは予想通りだ。


 軽く後ろに下がり、伸びきった脚を片手ですくい上げる。そのまま残った足を払って尻もちをつかせた。


 素早く顎へ蹴りを叩き込んだ。


「ぐっ……!」


 仲間の一人が倒れた男を引きずり出し、もう一人が俺に向かって突っ込んできた。


 ――さあ、ここからだ!


 俺は心の中で気合を入れる。


「テメェ、調子こいてんじゃねぇぞ!」


 素早く間合いを詰め、俺の顔を目掛け、右ストレートを放ってくる。


 たった数日のトレーニングだったが、相手の動きがよく見えるようになっていた。


 軽く右腕を回すように払い、そのまま腹へ一撃。


 男は膝から崩れ落ち、悶絶している。


 通路から出ると、残った一人はすでに逃げていた。


 ――強くなった。


 実感が持てた瞬間だった。

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