明石
「……お疲れ、惟光くん。大丈夫?」
「……はい、君さま。ご心配のお言葉、ありがとうございます。君さまこそ、大変お疲れかと存じます」
「……うん、ありがと」
その後、暫し経過して。
覚束ない足取りで浜辺へと上がりつつ、互いを労う惟光と私。そんな私達が到着したのは明石――言わずもがなかもしれないけど、彼の明石の君の住まう地で。
ところで、どうしてこんなに疲れ切ってるのかというと……まあ、小さな船にて此処まで漕いできたから。ええ漕いできましたよ。えっさほいさと二人で漕いできましたとも。……うん、ほんと疲れた。
……ただ、それはそれとして。
「……なんか、良いところだよね。須磨も明石も」
「そうですね、君さま。私自身、やはり京都が恋しくはありますが、それとはまた違った風情があるかと」
「そう、そうなの!」
そう、沁み沁みと話す惟光に強く同意を示す。そう、そうなの! 京都はもちろん好きだけど、それでも須磨も明石もまた違っ――
「…………あっ」
すると、不意に声が洩れる。風情漂う立派な邸宅の辺りにて、すっかり馴染みのある美青年と初めて目にする美少女の姿があったから。場所、時期双方から明石の君と見て間違いだろう。お互い、まだぎこちなさはあるものの――それでも、既に多少なりとも惹かれ合っている様子は遠目からも窺えて。そんな二人の姿に、私は――
「……帰ろっか、惟光くん」
「……へっ? あの、光君にお逢いになるのでは――」
「……うん、そのつもりだったんだけど――ごめんね? 付き合わせちゃって」
「……いえ、君さまがそう仰るなら」
そう言うと、困惑を浮かべながらも素直に従ってくれる惟光。……うん、悪いことしちゃったな。折角、協力してくれたのに。