呪いの宝石
満月の夜、山の中の森林、その獣道ともいえない道を走るみすぼらしい姿をした白髪の少女がいた。
「はぁ、はぁ」
「いたぞ!射ち殺せ!」
少女を追っているのは軍服に身を包んだ体格のいい男が三人。手に銃らしきものを持って、腰にサーベルを差している。
別に少女が罪を犯したわけでも、粗相をしたわけでもない。ただ、貧民街に生まれたが故に彼らに追われ、殺されそうになっているのだ。
(まだ、追ってくる…これじゃあ逃げ切れな…)
「くらえ、『閃痛弾』」
バン!
くぐもった銃声が一発。辺りに鳴り響く。当たったのは少女の左足の太もも、そこに魔力を伴った弾丸がレーザーの如き速さで貫いた。
「ぐっぅ!」
その弾丸を見えていなかった少女は、撃たれたと理解はできたものの、感じたことも無い痛みとただの弾丸程度では到底起きないような衝撃によってうつ伏せとなって倒れる。
そこに軍服に身を包んだ男が三人、帝国所属の軍人が悪態をつきながらやって来た。
「クソ餓鬼が!手間取らせやがって」
「兄ちゃん、コイツ、そこそこ見た目はいいから奴隷商にでも売ればいいんじゃないか?」
「そりゃあいい。俺等に手間掛けさせた罰ってところだな。ハハッいい案だ」
「「アッハッハッハ」」
傲慢な態度を取る彼らは性根が腐っている。いや、この帝国に存在する軍人の殆どは市民に対して搾取や暴力をし、軍隊では汚職や不正が蔓延しているのだからこれが現在の帝国軍人の標準だ。こんなのが当たり前なのだから、はっきり言って市民から蛇蝎のごとく嫌われている。
そんな腐った性根のゴミクズが態々こんな薄暗い森の中なんて場所にいるのには勿論理由がある。
「さぁ、これでスラムの連中は全て死んだか奴隷だな。あぁ清々するぜ」
「あの肥溜めの連中を一掃するために殺しの許可を出すなんて今の皇帝様々だな」
自身より上の存在、天上人とも言える存在、権力者の命令である。
彼らはそんな命令を下した皇帝に多少の含みがあるかも知れないが感謝のような言葉を発していた。
そのようなことをしていたからか、偶然か必然か、彼らにとっての不幸が、少女にとっての幸運が舞い込んでくる。
(痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、嫌だ嫌だ、死にたくない、誰か助けて………)
少女が痛みで悶えている時、目の前に綺麗な半透明の青い石があった。現代でいうところのシーブルーカルセドニーと呼ばれる宝石であり、心身の調和と、愛情をもたらす石とされパワーストーンとして扱われる。
さて、突然だがダンジョンについて話させてもらう。ダンジョンには、さまざまな種類が存在する。地下に潜っていくもの、塔などを上がっていくもの、そして地形や環境、天候として存在する特殊なものがある。
そして、このどれにも属さないダンジョン、【月夜の妖精】と呼ばれ、夜間のみ出現する特殊なダンジョン、その中でも殊更、特殊なダンジョンとしてその存在を知られるようになる。
それは、ダンジョンが日中に動いて別の場所に存在するようになるというのと、そのダンジョンに全く知らずに"迷い込んだ"存在に対して偶然を装ってアーティファクトを手に入れさせるのだ。
しかし、今はまだこのダンジョンのことを軍人も少女も、誰も知らない。知られるようになるのは今から十数年後だ。
(これは…何?でも、わたしの物だと言われてる?)
少女は無意識のうちにその宝石に手を伸ばした。軍人はまだ汚らしい会話を続けており、少女を見ていないから気付かない。そして少女が宝石を握りしめた時、変化が起きる。
「うおっ、なんだ!」
「何の魔法だ!」
「おい!この光を止め…」
宝石が青く光り輝き、光が収まるとともに少女の掌から消失する。軍人たちは何も分からない。アーティファクトの情報などそれらの専門でも何でもない彼らは名前や有名な物程度しか知らないのだ。しかし、少女だけはその身に刻まれた膨大な知識によって理解した。
「お、おい、動くな」
「てめぇ、何しやがった!」
彼らがもう少し経験のある軍人なら異常事態として即座に銃の引き金を引いただろう。だが、彼らは悪知恵は働くが、戦闘とは殆ど無縁だった。それ故に銃を突きつけての脅しから始めてしまった。
少女の口から言葉が放たれる。魔力とはまた違う力の乗った、言霊とでもいうべきものだ。
「……『動くな』」
言葉を、圧倒的な力が乗っている言葉を発した少女は立ち上がる。軍人が何もしないのはアーティファクトの効果だ。この世のアーティファクトは例外無く何らかの超常の力を持っている。
少女が偶然か必然か、手にしたアーティファクトの名は【嘆き悲しむカルセドニー】、その効果は対象の精神支配と所有者の精神の絶対的な保護である。
少女は、精神支配の力で命令して軍人の動きを止め、彼らにもう一つ、簡潔に残酷な命令をする。
「『自害しろ』」
「げえっ!」
「っ!」
「ぐうぅぅぅぅぅ!」
一切の抵抗を許されず、一人は腰に差したサーベルを使って喉を貫き、一人は銃に限界まで魔力を込めて頭を狙って撃ち抜き、一人は限界を超えた膂力で首を絞めて死んだ。絶対にバレない自殺に見えた間接的な他殺、即ち完全犯罪というものだ。
そのようなことをしたが、少女は気にせずに軍人が語っていたことを覚えているうちに鮮明に思い出していく。
「…確か、皇帝が殺す許可を出したんだっけ」
ぽつりぽつりと言葉を続ける。
「うん、じゃあ皇帝を殺そう、帝国を潰そう」
その言葉には、何かが込められている。
「私は受けた恨みは100倍にして返す主義なんだ…」
小さく、透き通る声で宣言した。
今日、ここにグロリアス帝国に対して恨みを晴らすために復讐を決行しようとする、何処か頭のネジが外れている復讐者が生まれ落ちた。