悪役令嬢 がうまくやった世界線
この世界は悪役令嬢がうまくやった世界線だ。
よくある乙女ゲームの世界に転生した。
乙女ゲーム【LoveZODIAC】。その名の通り黄道十二宮の守護を受けた十三人のキャラクター達と、行動や会話の選択肢によって好感度を上昇させ、恋愛を楽しむというシュミレーションゲームである。え?なに?タイトルがクソダサい?それ発売当時散々言われてたからもう言わないであげて?
うん?それから?十二宮なのに十三人って一人多いんじゃないかって?双児宮は双子だから十二人プラス一人で十三人でいいんだよ。
第一印象は「いや、これ多過ぎじゃね?」だった。〝必ずタイプのキャラがいる!〟が宣伝サイトのキャッチコピーだったが、正直多過ぎてフルコンプする気になれなかった。三、四人くらいでよくない?
だが、十三人が十三人とも魅力的なのは確かだ。年齢のばらつきも有り、個性的なキャラクターばかりだった。中にはネタに走ったのであろう濃いキャラクターもいたりするが。
そう、中年男性から青年、少年から女装男子やおネエ、果ては男装の麗人、ボクっ娘、といった所謂百合エンドも楽しめる。勿論第二印象は「欲張り過ぎじゃね?」だった。
確かにこれだけ取り揃えればタイプいるだろうが数打ちゃ当たる感が半端なかった。
ちなみにヒロインは別に絶世の美女とか可愛らしい美少女とかではない。あくまで普通の、何処にでもいる一般的な容姿をしている、という設定だった。よくある「わたし、普通の女の子」というセリフに対して可愛いイラストが付く訳ではなく。というか、ヒロインは画面にもスチルにも一切登場しなかった。目の描かれない顔どころか、影や手すら出てこないという徹底ぶり。当然、画面やスチルはいつもヒロインから見た目線、例えば背景と攻略キャラ、といった具合になる。
スチルにすら登場しないヒロインが、生い立ちや身の上話を披露する筈もなく。思う存分自己投影して下さい!と言わんばかりにヒロインの素性は作中で全く語られない。ヒロインの家族構成や友人なんて、話題に掠りもしない。ゲームの対象年齢が十五歳以上なので、実質十五歳以上で、一般的な容姿の、性別女という事しか設定されていない。髪の長さや体型といった外見は勿論、年齢すら明かされないヒロインは学生でも社会人でもオールオーケーで、なんだったら人種も民族も固定されてない。
そんな徹底ぶりが多くのプレイヤーに好評価され、没入感があると一部で話題になった程だった。
つまり、プレイヤー、イコール、ヒロインとしてプレイして、いざスチルが解放された瞬間、攻略キャラとヒロインイラストのツーショットスチルに「誰よ!その女!」となる事がないのである。
そんなゲームの世界観は、これまたよくある中世ヨーロッパ風異世界。舞台が異世界なのに黄道十二宮とはこれ如何に。
ヒロインはストーリーの舞台となる王国に異世界転移してしまう。国王や王子、神官に請われる召喚ではなく、偶発的に世界を越えてしまったヒロインは最初の選択肢によって生活の場を選ぶ事になる訳である。この生活場所選びは攻略対象者選びも兼ねていて、選択したらそのキャラのルートに入るから逆ハーエンドは存在しない。ただし、最初から一人のルートに入る訳ではなく、最初の選択肢によって二人から三人のルートに入る。そこからゲームを進めて行く内に表示される何度かの選択肢の回答によって、ルートに入っている二、三人の好感度が上下していく。そして中盤での選択肢回答段階で、一番好感度の高い攻略対象者一人のルートが固定され、最終的にそのキャラクターとのエンディングとなる。
ゲーム内容は完全にノベルゲーで、明らかに身分違いである王子や王女、貴族の令息、令嬢達にも話し掛ける事が出来るご都合主義展開。なんちゃって中世ならではのゆるゆる設定に加え、操作も簡単な選択肢制度。リズムゲームやバトル等のミニゲームもない。ついでにログボやガチャもない。物足りなく感じるプレイヤーも居るだろうが、代わりにミニゲームクリアしないと次に進めないもどかしさや煩わしさからは完全に解放されている。ゲーム操作に慣れてない新規層や、忙しくてやり込めないという人達をターゲットにした簡単操作に重きを置いた製作陣の作戦が功を奏したのか、操作が楽でプレイし易いと評判だった。
それから、このゲームにコアなファンが多いのは、攻略キャラ全員に闇落ちバッドエンドが存在するからだ。寧ろキャラの闇落ち見たさに敢えてバッドエンドにもっていくプレイヤーも多いらしい。特に人気だった闇落ちバッドエンドが〖双児宮の章〗と〖双魚宮の章〗だった。
〖双児宮の章〗。
双児宮の加護を受けた双子の少年達とのストーリーで、双子の兄は先天的な病によって病弱であるが故に、心配と過保護がハイブリッドした弟によって家に軟禁されている。一方、双子の弟は病弱な兄の薬代の為に、暗殺者をして日銭を稼いでいる。
双子の両親は既に亡く、双子は互いが唯一の生きる理由となり、共依存の関係である。という元々闇落ち率の高めな設定に加えて、双子の兄の病がヒロインのとある行動によって治るところに究極に重大な選択肢が入る。
この選択肢が〖双児宮の章〗中最大の選択肢であり、ハッピーエンドか闇落ちかの分かれ目にもなっている。
病弱な兄を心配する弟は、外の世界は危険しかないと兄に教え込んでいた。外の世界を知らない兄は弟の刷り込みのような教えを信じ、外は危険で家から出てはいけないものだと思い込む。しかし、ヒロインの行動で病が完治した兄は、自分の為に危険な外の世界でお金を稼ぐ弟を心配して、弟を捜し外へ出てしまう。外で初めて見た光景が、ヒロインが弟を庇って怪我を負うというものだった。
外の世界は危険だと教え込まれ、それを信じ、実際の危険を目の当たりにした兄は、ヒロインを自分の部屋に監禁する。
「……弟の言ったとおりだった……外に出れば、貴女はもっと危険な目に遭う……だから、ずっとこの部屋にいて……?」
一方、弟は兄以外で初めて守護りたいと思った存在が汚れた自分を庇って怪我を負った姿を目撃して、兄の意見、イコール、ヒロインの監禁に賛同する。
「この部屋から出ないで……もう危険な目に遭わないように……二人で守護るから……」
結果、双子による監禁エンド。
いや、もう素で声が出たよね「……うわ……」って。ハッピーエンドが霞む程の衝撃だった。
ハッピーエンドではヒロインによって兄の病は完治し、弟はお金を稼ぐ必要がなくなり暗殺者を止めた。スチルは日の光の下で笑いながら街を歩く双子。お互い依存から解放され、なんの制約もなく自由に外を歩ける他愛のない幸福感が溢れ出るスチル。その幸福感が、監禁エンドで真っ黒に塗り潰された瞬間だった。
〖双魚宮の章〗。
双魚宮の加護を受けた、女装男子のストーリー。この女装男子は何よりも美しいものが好きで、女装した自分の姿が世界で一番美しいと豪語する侯爵家の令息である。
このゲーム、十二星座を元にしているからか、ちょいちょいキャラ名やらエピソードにギリシャ神話モチーフが入る。魚座は愛と美の女神、美しいアフロディーテが息子のエロスと共に逃げる時に魚になって、それが後に星座にされた。だから、この女装男子は男性キャラ、否、十三人のキャラクターの中で一番美しく描かれる。
その美しい女装男子が、一般的な容姿という設定のヒロインに惚れて行くという、所謂、美形×平凡ストーリーが人気だった。
最初は美しくないという理由から歯牙にもかけなかったヒロインに、段々好意を抱いていく様は圧巻だった。
「君ごときが美しいボクに話し掛けるなんて!」
からの、
「あり得ない!このボクが、あんな女に……!」
ときて、
「……この気持ち……もしかして……」
で、最後に
「……好きだよ」
となる。
この直球どストレートな告白に撃ち抜かれるプレイヤーが多発した。この女装男子はディーテ・アルバローズという名前だが、魚座女子――ディーテ推し勢、はディーテ様と呼んでいた。
完全に余談だが、ディーテという名はアフロディーテから決まったと公式サイトに書いてあった。アルバローズという姓は薔薇の品種の名前だが、このアルバローズ、アフロディーテの誕生と共に生まれた薔薇とも言われているらしい。うん、今完全に脱線してるね。話を戻そう。
えーと、そう。
自分の想いを自覚したディーテの告白に対して、ヒロインに返答用の選択肢が入るが、この選択肢が〖双魚宮の章〗中最大の選択肢となる。先程さらっと紹介した〖双児宮の章〗同様、ハッピーエンドか闇落ちかの分かれ目である。
侯爵家の敷地内には広大な薔薇園があり、美しいものが好きなディーテは、自分が一番好きで似合う花は薔薇だと常日頃から主張している。ヒロインへの好感度が上がると、ディーテはヒロインを薔薇園に招待するようになるが、これは一種の目安だ。薔薇園に入れるようになったら、好感度が一定を越えた証である。具体的にはさっき紹介したセリフの「……この気持ち……もしかして……」らへん。
薔薇好きなディーテだからこそ、ハッピー・バッド双方のエンドスチルは薔薇園でヒロインに微笑みかけるという美麗さ満点の姿だった。しかもスチルはそれぞれ二種類用意されており、女装姿と貴族男子の正装姿と二度美味しい。これも選択肢によって変わるので、魚座女子でなくてもスチル回収の名目で四種全てのスチルを取りに行くのがプレイヤー間では当たり前だった。
そんなディーテの闇落ちは、ヒロインの為の薔薇園焼却、である。
この闇落ちエピソードもギリシャ神話を元にしているらしい。愛と美の女神アフロディーテと息子のエロス、そして蜜蜂と薔薇のエピソード。
息子のエロスが一匹の蜜蜂に刺された事を知ったアフロディーテは怒り、その場にいた沢山の蜜蜂達を一匹残らず捕まえて針を抜き、抜いた針を薔薇の茎に植え付けた。だから薔薇には棘がある、というこの神話から〝大切な人を害された事に対する、害したものへの復讐〟というエピソードを作ったと公式サイトに書かれていた。
好感度が最高値に近付けば近付く程、薔薇園での逢瀬が増えていく。そして、運命の選択肢、告白に対する返答用の選択肢は四択である。内、二択はハッピーエンドに導かれ、選んだ答えによって衣服がドレスか正装かに別れる。残りの二つがバッドエンドの選択肢であり、この答えを選んだヒロインは、薔薇に触れた事で怪我をしてしまう。怪我とはいっても、棘に触れた指先に少し血が滲む程度の軽いもの。寧ろ怪我とも呼べないすぐ治る程の小さな傷なのだが、ディーテはヒロインが傷付く原因となった薔薇を許せず、薔薇園の全てを焼き尽くしてしまう。
鮮やかな薔薇が赤々と燃える炎の中で、選択肢によって別れたドレスか正装のどちらかを身に纏いながら、
「……キミを傷付けるものはなんであろうと、その存在すら許されないよ……」
と微笑むディーテのバッドエンドは、闇落ちというか最早ヤンデレエンドだった。その上浮かべる微笑みは、ハッピーエンドの微笑みスチルと全く同じ顔。最高の幸福と同じ顔して炎の背景の中微笑むスチルに「あんなにバラ好きだったのに?!こわっ」って、でかめの声が出た。でも全てのスチルの中で抜群に美しかったです。ありがとうございます!ごちそうさまです!
さて、主観の入りまくった雑過ぎるゲーム紹介はここまでにして、話を冒頭に戻したい。私はこの多過ぎ・欲張り乙女ゲーの世界に転生した。よくある設定なのだから、よくある悪役令嬢に転生かと思いきや、まさかのヒロインだった。つまり正確に言えば前世でこの乙女ゲームをプレイした事があり、死因は分からないけどなんか死んで、前世とよく似た現代社会に転生して生活してたら異世界に転移した。言っちゃなんだが今世の人生ややこし過ぎない?前世の因果なの?だとしたら前世で何やらかしたの?
しかもこの世界の悪役令嬢、全然悪役してなかった。そう、この世界は悪役令嬢がうまくやった世界線だった。
この乙女ゲームの悪役令嬢は、所謂貴族の令嬢として当然の言動や態度が悪役とされるものではない。美男の父親と美女の母親が奇跡のハイブリッドした結果生まれた奇跡の美少女。だが、性格は傲慢、高飛車、その上我儘。蝶よ花よと育てられ、望めば叶う財力と地位を約束された公爵家の令嬢が、謙虚で慎ましくある訳ないとでも言うように、傲慢な態度で、高飛車な言動で、自身の我儘を押し通す。実際の貴族の令嬢としてはアウトだろうがゲームの悪役としては割とありきたりであり、この悪役令嬢に勝利してハッピーエンドを迎える事は一種のカタルシスでもあった。
が、もう一度言うがこの世界線の悪役令嬢は、全然悪役していなかった。
転生主なのかどうかは不明だが、ゲームでの傲慢、高飛車、我儘っぷりは片鱗すらない。端的な口調と淡々とした言葉遣いはどこか中性的で、ゲーム内での言動とは似ても似つかない。寧ろゲームでは「ですわ!」とか言ってくるタイプだったから、なんなら真逆と言ってもいい。
自分が転生したのだと気付いて、前世の記憶というアドバンテージを持っているのに、異世界じゃなくて同じ文明の現代社会に転生しただけだと知った時はガッカリした反面ほっとした。異世界転生じゃないのかよ!と思いつつ、実際に生活様式や文明のまるで違う異世界で無事に生活出来るのかは不安だったし。
で、せっかく与えられた二度目の人生なのだから、精一杯謳歌しようとそれなりに楽しく生活していたのに……。
正直なところ、よくある異世界転移をしただけだと思った。王や神官に国の為に召喚されたとか、逆に誰かの召喚に巻き込まれただけ、とか。
でも見覚えのある風景と、何度も読んだ覚えのあるセリフと同じ言葉で話し掛けられて、ここが乙女ゲーム【LoveZODIAC】の世界だと解った。
最初は舞い上がる程嬉しかった。異世界生活不安だったけど、このゆるゆる設定の乙女ゲー世界ならそれなりの生活が出来るって。しかもヒロインだからか、きちんとゲーム通り生活の場は用意されたし。
でも、ゲームとの差異を見つける度に、嬉しさは恐怖に塗り変わっていった。
転移したばかりの時はやっぱりちょっと調子に乗っていたと思う。このゲームは悪役を判り易くする為なのか、割とすぐに悪役令嬢が登場する仕組みになっている。悪役令嬢とのファーストコンタクトが、ゲームとの差異その一、だった。
ゲームでは、
「聞きましてよ。貴女、別の世界からいらっしゃったのですって?そのような妄言を並べ立てて……」
以下、うんたらかんたらと嫌みったらしく長々としたセリフが続き、
「わたくし、マリオン・アスクレピオと申しますの。我がアスクレピオ公爵家は……」
以下、なんのかんのってやっぱり嫌みったらしい自分とお家の自慢話が入る。話長い上に言葉もいちいち癇に触るので、だいたいのプレイヤーは所見で「あ、こいつムリ」とか「キライだわー」ってなる。個人的には、「顔可愛いのにもったいねーな」って思った。
余談だけどこの世界なんちゃってヨーロッパ風異世界ゆるゆる設定の上ギリシャ神話モチーフにしている所為か、さっきの雑紹介で脱線したディーテと同じで姓も名前も神話由来のものが多い。公爵家名のアスクレピオはアスクレピオスで、黄道十二宮上にあるものの十二星座から外れた蛇遣い座のモデルになった医療神の名前だって公式サイトに載ってた。
でも、マリオンって名前については製作陣がてきとーだったとみえて、神話となんの関係もなかった。公式サイトにも特に説明とか解説載ってなかったし。
人を貶めようする悪役のくせして人を救う医療の神の名前とか、ずいぶんカッコいい苗字もってんな、って正直思ったんだよね。
でも、この世界線での悪役令嬢……もうめんどくさいな、この世界線でのマリオンは、
「……別の、世界から来たって聞いた……大丈夫?」
って優しく話掛けてくれたし、
「マリオン・アスクレピオ……よろしく」
って簡潔だったけど自己紹介してくれた。言葉は端的だし、口調も淡々としてるし顔は無表情だから、最初逢った時はえ?誰?ってなっちゃって、実際に声にも出して「え?誰?」った言っちゃったけど。ちなみにその時のマリオンは「?マリオン」って返してくれた。優しい。
そんな言動と態度の為か、いまいち優しさの伝わりにくいマリオンだけど、うまくやった事は確かだ。
【LoveZODIAC】に於ける悪役令嬢の役割は、当たり前だがプレイヤーつまりヒロインの妨害だ。この乙女ゲームは攻略キャラクターが十三人いる割に悪役令嬢は一人だけ。だから、当然どのルートでもマリオン・アスクレピオが立ちはだかる。
さっきの雑紹介で、最初の選択肢で二、三人のルートに入ると言ったが、悪役令嬢はそのルートで登場するキャラ達と何らかの関わりをもっている設定だ。例えば最初の選択肢によっては、雑紹介した双子と女装男子ディーテのルートに入る。この場合の悪役令嬢の立ち位置は、ディーテの婚約者であり、暗殺者である双子の弟の雇い主の娘である。
「ディーテ様はわたくしの婚約者でしてよ!気安く話し掛けないでくださる!?」
「あの子はお父様の道具ですのよ?」
てな具合だ。当然別ルートを選べば悪役令嬢の立ち位置も変わる。選んだルートの攻略キャラ達の生い立ちによって、立ち位置を変えるという悪役令嬢には正直な話少し同情した。ご令嬢一人だけ働き過ぎじゃない?過労死するよ?
そんな訳で一人だけ役割過剰な悪役令嬢だが、この世界線でのマリオンは攻略対象者の誰とも婚約していない。ゲームでは選んだルートの攻略対象者の内に必ず一人悪役令嬢と婚約しているキャラがいるが、この世界線では全員と関わりこそあるものの、あまり親しい関係性では……あ、でもディーテとは結構親しい感じだったな。性別の違いはあるけど二人とも美人さんだから。美意識高めで気でも合うのかな?
マリオンもディーテも綺麗な顔してるもんね。ディーテなんてもう麗しさが過ぎて同じ人間カテゴライズしたくないくらいだし。って前にマリオンに言ったらマリオンがムッとした顔してたけど。いや、マリオンの表情筋は絶滅危惧種だから判りにくいんだけど多分あれはムッとしてた。
おまけに、
「ディーテの顔……好きなの……?」
って訊かれた。あの時はなんて答えたんだっけ?あぁ、そうだ。好きってか、目の保養です!って言ったんだった。我ながら発言がアホ過ぎる。
そういえば、マリオンは男装令嬢スピカとも親しかった気がする。なんだったらマリオンからの紹介で、スピカともお話し出来るようになったし。
スピカ・デメライヤ。ディーテと双子のルートには登場しないけど、別のルートにある〖処女宮の章〗に登場する男装の麗人で、デメライヤ侯爵家のご令嬢。所謂百合エンド要員で王子様めいた中性的な言動が一部のプレイヤーにドストライクにぶっ刺さり、人気上位のキャラクターだった。
公式サイトによると、名前のスピカは乙女座の一等星。デメライヤは造語で、乙女座の元になった女神、正義の女神アストライヤーと豊穣の女神デメテルの名前を組み合わせたものらしい。
ちなみに雑紹介すると、
〖処女宮の章〗。
処女宮の加護を受けた、男装令嬢のストーリー。侯爵令嬢のスピカはデメライヤ侯爵家の長女として生まれる。けれど女の身では侯爵家の跡取りにはなれない為、スピカの他に子供の出来なかった両親はスピカを男として育て上げた……これ現実では絶対バレると思うんだけどそこはなんちゃってゆるゆる設定、バレずに話が展開するんだなこれが。
さて、両親の教育もあってそこいらの貴族のボンボン共より〝男〟として優秀に成長したスピカだが、自身の性別について思い悩んでいた。いつまでこのままなのか。性別を偽って、偽り続けたままで人生を終えるのか。次代の当主として、自分の子供の為の婚約はどうするべきなのか。悩みを打ち明ける相手がいなかったスピカは、ヒロインと出逢い交流を重ねる内に、ついヒロインに自身の悩みと本当の性別を打ち明けてしまう。このスピカに対するヒロインの返答が選択肢となり、この選択肢が〖処女宮の章〗中最大の選択肢となる。そう、〖双児宮の章〗〖双魚宮の章〗同様、ハッピーエンドか闇落ちかの分かれ目である。
選択肢の数はディーテと違い二つだけ。どちらを選んでも衣装の変化はなく、スピカのドレス姿のスチルはない。スピカ推し勢――乙女女子はスピカの男装の麗人姿にハマるので、逆にドレス姿がない事が大変好評だった。
選択肢の一つはハッピーエンドへ、もう一つは闇落ちエンドへと導かれる。どちらの答えでもヒロインは女性であるスピカを受け入れるのだが、ハッピーでは友情プラス無意識の好意を自覚するのに対し、闇落ちではヒロインを完全に崇拝の対象としてしまう。
男として、そこいらの貴族の男共よりも厳しく育てられた結果、スピカはハイスペックイケメン(女だけど)に成長する。王国騎士団……あれ?王立騎士団だっけ?ごめん忘れた。そもそも何が違うの?まぁ、いいか。兎に角騎士団にも入隊して団長の下、隊長を任される程に剣の腕もたつ。両親の英才教育の賜物によって領地経営にも携わっている。まさに完璧な文武両道のパーフェクトイケメン(女だけど)。だからこそゲーム内のスピカはどこか男を見下している感じで描かれている。自分がハイスペックなパーフェクト超人……なんか頭悪そうな説明だな。まぁ、いいか。自分がハイスペックのパーフェクト超人だなんて自覚のない、思いもしないスピカは、自分が出来る事が他人に出来ない可能性がある事を理解出来ない。自分が出来るのだから、当然まわりの人間も出来るはず。そう思っているから〝何故こいつはこんな事も出来ないんだ?〟って無意識に見下しマウントを取りがちになってしまう。
で、闇落ちエンドになるとまわりの見下し男子共ではヒロインを守護れない、ヒロインを守護れるのは私だけだってなって、ありのままの自分を受け入れてくれたヒロインに騎士として生涯の忠誠を誓う。これだけなら闇落ちって言えないんだけど、この忠誠心がいき過ぎてる。むしろ通り越してぶっとんでる。さっき雑紹介したディーテの薔薇園焼却みたいな感じで、ヒロインを傷付ける全てのものを容赦なく斬り捨てにいく。例えば悪役令嬢のマリオンとか。
ゲーム内のマリオンは悪役だけあって常にヒロインに嫌悪感を剥き出して何事かあるたびに突っかかってくる。で、スピカの闇落ちエンドだと、マリオンとアスクレピオ家にスピカが破滅を齎す。なんとスピカが単身アスクレピオ家に乗り込み、マリオンとアスクレピオ公爵、公爵夫人は当然ながら、使用人も全て斬殺しちゃう。
他にも何人か流血エピソード持ってるキャラがいるんだけど、残虐度合いではスピカが一番だと思う。乙女ゲーなのに画面こんな血の海で大丈夫か?って不安になる程度には世界が赤く染まってた。人間の残骸の詳しい描写とかマジいらないと思う。
そんな血の大海から帰還して、しれっと、
「貴女の敵を排除致しました」
って白の騎士団の団服を真っ赤に染めて言われた時は思わず「……おっふ……」って言ったよね。ちなみに闇落ちエンドスチルは眠るヒロインのベットに近付き、
「……どうかご安心を。貴女を害する全てのものから、私がお護り致します……」
そして、暗転。もうヤバい。なにがヤバいって全然ご安心出来ないところがもうヤバい。ヤバすぎてヤバいを連発するほどヤバい。あと暗転が一番ヤバい。暗転したあとどうなるんだよ?こわいよ!
本来ゲーム内でのマリオンとスピカは相容れない。かたや好き放題、我が儘し放題のマリオンに対し、性別すら自由に打ち明ける事も出来ないスピカ。同性である事も手伝って、スピカが一方的にマリオンに嫌悪感を抱いている。マリオンはマリオンで男(だと思い込んでいる)のスピカが自分の美貌になびかないことで、スピカを毛嫌いしているから、やっぱり二人は相容れない。
でも、この世界線でのスピカはそもそもマリオンの紹介で話をするようになったから、もう登場の仕方からして違う。騎士団の隊長はしてるけど、女性だって事は皆に知られている事もゲームと違うし。きっとこれもこの世界線でマリオンがうまくやったに違いない。あれ?って事はこの世界線でのヒロインってほんとはマリオンなんじゃ……?
「……キミさぁ、いい加減気付きなよ」
え?なにを?このお菓子のおいしさ?それならとっくに気づいてますけど?
「……ほんと、馬鹿……」
しまった。街のカフェでマリオン待ってたら偶然ディーテもお店に来たから、相席して一緒にお茶してたんだった。どうやら思考回路だけどこかの空中に飛ばしてしまっていたようだ。自分から誘っておいて、ディーテの麗しさからの謎回想に頭を支配されて話まるで聞いてなかったな。
「マリオンは、」
「――お待たせ」
あ、マリオン来た。今日も変わらず、衰えぬ美しさですね。ありがとうございます!
「?ディーテ……?」
マリオンの目が少し丸くなった。判りにくいけど、多分あれは驚き、だ。ディーテがいるからかな?
「偶然逢っただけだから。ぐ・う・ぜ・ん!」
やに偶然強調するじゃん。
「……話、邪魔した?」
小首を傾げる姿も美しいとか、やっぱりこの世界はマリオンがヒロインなのでは?ほら、ディーテだってちょっとほっぺた赤くなってるし。
「……別に。早く連れて行きなよ」
え、ディーテそっけな。あ、照れてます?
「……。待たせてごめん、行こ?」
え?待って待って。まだお菓子全部食べ終わってない。正面に座ったディーテがこいつまだ食うの?みたいな顔で見てくるけど気にしない。この美味しいお菓子が美味しいのがいけないんだと思います。
めっちゃ口に詰め込んでたら、マリオンに「リスみたい」って言われた。あ、目が優しくなってる。あと、ちょっぴり口角が上がってる。これは、マリオンの笑顔だ。正直今マリオンが笑顔になる理由が分からないけど、マリオンのこの顔好きだな。仕事の少ない表情筋が完全に職務放棄すると人形みたいで、それはそれで美人だけど、判りにくくて綺麗で可愛いこの笑顔も好き。よし、食べきったぞ。ごちそうさまでした!
今日マリオンと待ち合わせしたのは、アスクレピオ公爵夫人のお茶会に招かれているからだ。まぁ、主催者が公爵夫人で参加者は私とマリオンって超小規模なお茶会って呼ぶレベルか疑わしいレベルのお茶会だけど。いや、お茶会のレベルとか知らないんだけども。
「ディーテ、ありがと。またね」
ディーテに手を振って、マリオンと一緒にお店を出た。
「……なんであれ気付かないんだろ……」
彼女とマリオンが去ってから、ディーテの呟きが落とされた。
マリオンとお店を出たら、外でティンダとディオスが待っていた。
あ、ティンダとディオスは〖双児宮の章〗の双子の名前ね。ちなみに兄がティンダって名前で、ディオスが弟。
ちょいちょい挟まるギリシャ神話。この双子の名前もギリシャ神話から付けられたらしい。
ギリシャ神話の双子座は双子のカストルとポリュデウケスが星座になったもの。 別名としてディオスクロイもしくはティンダリダイとも呼ばれる。ディオスクロイは〝ゼウスの双子〟って意味で、ティンダリダイは〝ティンダレオスの子供〟って意味なんだって。
浮気する神様と言えば、で間違いなく名前が挙がってしまうであろうギリシャ神話のゼウスさん。ざっくり言うと双子もこの浮気神が原因で生まれたらしい。双子の母親であるレダさんがティンダレオスさんの妻なんだけどレダさんに惚れたゼウスさんが白鳥に化けてレダさんに近づき……その、もにょもにょ……ってした結果、生まれた双子は兄が人間であるティンダレオスさんの属性を受け継いで人の子として、弟は神であるゼウスさんの属性を受け継いで半神として生まれた。双子なのに父親が違うという神話ミラクル。どうゆうことなの?
正直【LoveZODIAC】やるまで神話とか全然詳しくなかったからこーゆーギリシャ神話のエピソード知る度に新たな恐怖に慄くハメになる。ってゆーか最高神が人妻と浮気って、ちょっと……あの……なんていうか……ねぇ……?
えーと、話ズレちゃったけど、まぁそんな訳でこの双子の名前はこのエピソードから決められたって公式サイトに書いてあった。ちなみに双子の苗字はデネブね。白鳥って意味だよ。え?知ってる?ごめんなさい。
え?双子の兄は病気だったんじゃないかだって?そうだよ。これもゲームとの差異だよ。
悪役令嬢マリオンの家、アスクレピオ公爵家。暗殺者なんて雇っていたり、他の攻略キャラのルートでも色々な悪事に手を染めてたり、黒幕だったりとアスクレピオ公爵家自体がゲーム上では悪役なのに、この世界線でのアスクレピオ公爵夫妻――つまりマリオンの両親は、それはもうめっちゃ良い人だった。そもそも双子の弟ディオスを暗殺者として雇ってない。ディオスは普通にアスクレピオ家の使用人で、マリオンの従者をしている。それどころか双子の兄ティンダの病気をマリオンから聞いた両親はなんと自ら医師を捜して、ティンダに治療を施した。結果、ティンダの病気は既に完治しているし、なんならティンダは今ディオスと一緒にマリオンの従者やってる。しかも、高額な治療費は全て公爵家持ち。地位のある者は徳の高さを要するという〝ノブレス・オブリージュ〟の真髄を見た気がした。知った時にはゲームの悪党夫妻に小一時間程説教したい気分になった。
「……体調悪い……?」
「……え?」
マリオンに顔覗き込まれて我に返った。ヤバい。また意識が空中に飛んでた。
えーと……?マリオンの目尻が少し下がっているから……うん、これは不安な時とかの顔だ。ヤバい。
「そんなことないよ!」
若干声が裏返って気不味い。いや、これはアレだから。綺麗な顔の唐突な至近距離にびっくりしただけだから。うぅ、顔が良い。てか、体調悪い奴はリスみたいにお菓子頬張ったりしないから。あ、もしかしてお菓子の食べ過ぎで体調悪くなったのかもとか考えてくれたのかな?あぁ、やっぱり……、
「……マリオンは優しいなぁ……」
あ、心の声が洩れちゃった。
「……」
――マリオンの頬は、薄紅に染まっていた。白磁の肌に紅を差すかの如く様は、人形めいたマリオン・アスクレピオを人たらしめんとして……。
そんな一文がさらさら想像出来る程、今のマリオンは麗しかった。いや、普段から麗しいけどいつにも増して、というか。
「……別に、皆に優しい訳じゃない……」
「そんなことないよ!」
優しくなかったら、ティンダはまだ病気治ってなかったと思う。でもこのマリオンの照れ顔は新スチル解放並みのご褒美です。ありがとうございます!ごちそうさまです!
「……マリオン様が優しいのって……」
「……彼女だけだけど……気付いてないよね、あれ」
「「マリオン様、もっと頑張らないと……!」」
ティンダとディオスが後ろでそんな会話してるなんて全く気付かなかった。
「――おや?偶然だな?」
「スピカ!」
マリオンと歩いていたら、なんとスピカと遭遇した。
今日も男装姿が麗しいな。歌劇団のトップやってますって言われても信じちゃいそう。まあ、スピカが所属してるのは歌劇団じゃなくて騎士団なんだけど。あと言ってはみたけど歌劇団について詳しく知らなかったや、ごめんなさい。
「ふむ……デェト、というやつか?」
「違うよ!?」
しまった。同性の気安さでついついスピカに色々話していたのが仇になった。マリオンもだけどスピカも私と違って頭良いから吸収が早いんだよね。こっちの世界では使わない言葉でもすいすい覚えて間違えずに使ってくるし。いや、今回は残念ながら不正解だけど。
「マリオンとふたりで出掛ける事はデートにはならないよー」
異性と二人でお出掛けする事をデートって言うんだよって前に話した事があるんだけど、ちゃんと伝わってなかったのかな。いや、スピカに限って覚え間違えるなんて事はないから、これもう絶対百パー私の説明が悪かったんだ。うぅん、やっぱり相手が知らない事を説明するのって難しい。てかなんちゃってゆるゆる設定なくせしてなんで言葉に壁があるんだ。そこもゆるゆるであれよ!あってくれよ!
「それなら合って」
「行こう。お母様が待ってる」
わ、わ、マリオンに手繋がれた!珍しい!でも嬉しい!でもなんで今手繋ぐの?
「おやおや…………は……を…………………?」
ん?スピカなんか言ってる?小声過ぎて聞き取れないや。
「……………………」
あれ?マリオンの声も聞き取れなかった。二人でなに話したの今?知りたくて「なに話したの?」って訊いたらマリオンに「……なんでもない」って言われた。いや、なんでもないって顔してないよ。だってムッとした顔してるし。
「些事だ。引き止めて悪かったな」
スピカがヒラヒラと手を振ってくれたので、空いている方の手を振り返す。マリオンが歩き出してるから歩きながらになっちやったけど。
「……待たせたか?」
「別に」
スピカが店に到着した時には、既に待ち合わせの相手――ディーテ・アルバローズが着いていた。
「先程外で彼女に逢った」
「あぁ、少し前に店からマリオン・アスクレピオと出てったよ」
「ん?此処に居たのか?」
意外だな、と言わんばかりのスピカに嘆息を洩らしながらディーテが答える。
「待ち合わせ場所が被っただけだよ。相変わらず限界までほっぺたふくらませて、リスみたいにお菓子を詰め込んでたよ……なにあれ?冬眠でもするつもりなの?」
ディーテの相貌に呆れが色濃く浮かんでいる様を視認して、スピカがくつくつと咽頭を鳴らした。
「王国一と謳われる花の顏をそこまで歪ませる事が出来るのは彼女くらいのものだろうな」
「彼女の言動がもう少し知的ならボクだってこんな顔しない自覚があるよ」
揶揄うかのようなスピカの言葉に、ディーテは煩わしそうに首を振りながら言葉を続ける。
「……まぁ、馬鹿だけど素直なところは好感が持てるよ……単純過ぎて馬鹿だけど」
娶ろうとするアイツの気がしれないよ、と、ディーテは再度嘆息した。
「デメライア家としては特に反対する理由はないが……その様子だとアルバローズ家も同様か?」
「まぁね……そろそろ行こうか」
言葉と共に、ディーテが椅子から立ち上がる。
「……思ったんだけど……」
店を出て歩を進めながら、ディーテがスピカを降り仰いだ。
「別に待ち合わせしなくても個別で行けばよかったんじゃない?」
「――ごめん、着替えてくる」
公爵家に着いて早々、マリオンが言った。なんで?ドレスめっちゃ似合ってたけど。なんかあったのかな?
「じゃあ、マリオンの着替えが終わるまで、わたしと二人でおしゃべりしましょう?」
マリオンの母であり、アスクレピオ公爵家当主の奥様である公爵夫人は、おっとりした優しい美人さんです。感情豊かで陽だまりみたいな暖かさ。ちなみに旦那さんであるアスクレピオ公爵も感情豊かなイケメンダンディー。マリオンはきっとお母様のお腹に表情筋を置き忘れてきたに違いない。
公爵夫人に誘われて、二人でアスクレピオ家の庭園に出る。もうお茶会の準備は万全だった。ガゼボにあるテーブルには美味しそうなお菓子が並び、さっきお店でリスみたいに詰め込んで食べたばかりなのにもう食べたくなる。お腹鳴りそう。あ、鳴ったかも……?
「今日のマリオンはすこーし時間がかかるでしょうから、たくさん食べて、ゆっくりくつろいでねぇ」
「ありがとうございます!いただきます!」
本能が食欲を叫ばせた。失礼過ぎる態度だが、公爵夫人は「あらあらぁ」と笑顔で言ってくれた。
で、現在。
出された紅茶とお菓子がめっちゃ美味しい。
繊細な紅茶の味の違いなんて全く分からないけど、この紅茶とお菓子はほんと絶品です。ありがとうございます!ごちそうさまです!
「今日は来てくれて嬉しいわぁ、いつもマリオンと仲良くしてくれてありがとぉ」
公爵夫人はふわふわした甘いお菓子みたいに話す。なんちゃってゆるゆる中世だから、こんな友達のママみたいな感じで話してくれる。多分本当の中世の公爵夫人こんなにフランクな感じじゃないと思う。いや、本当の中世とか知らんけど。でも絶対こんな感じじゃないと思う。あとふわふわで思い出した。わたがし食べたい。え?どうでもいい?ごめんなさい。
実はアスクレピオ公爵家は、ヒロインが攻略キャラクターとハッピーエンドになるとざまぁ展開よろしく破滅する。これもよくある乙女ゲームのテンプレだと思う。
私が何度もうまくやったと言っているのは、こうした背景があるからだ。だってこのアスクレピオ公爵家に没落の未来なんて見えない。破滅の兆しすらない。そしてその理由は恐らく、いや絶対にこの世界線でのマリオンの性格にある。きっと多分うまい事やって破滅の未来を回避したのだろう。だからこそ怖い。
私が恐れているのは〝この悪役令嬢からのざまぁ展開〟だ。昨今の〝乙女ゲーに転生もの〟は、ざまぁされる悪役令嬢やすぐ死ぬモブに転生した女主人公が、死なない為にと必死に頑張った結果、幸せになったり溺愛されたり、といった原作改編からのハッピーエンドストーリーが主流だ。ただこの場合、原作でのヒロインが悪役になるケースが圧倒的に多い。自分がヒロインだと知った頭お花畑女が「私がヒロイン!ストーリーも知ってるし!これは私の為の物語なのよ!」等と図に乗った結果、逆に断罪されちゃう系のやつ。
もちろん断罪ざまぁエンドなんてまっぴらなので、脳内で花を育てる予定は一切ない。だが、この手のストーリーには強制力も付き物だ。ここが原作に忠実な世界線ならば、その強制力は悪役令嬢を悪役にする為に作用するだろうが、この世界は悪役令嬢がうまくやった世界線だ。つまり、悪役の強制力がヒロインに働く可能性が非常に高い。
どうしよう、マリオンに「私、何もしてません!」とか言ってみる?でもこれ確実に何かやった奴のセリフだよ。あやしさがてんこ盛り過ぎる。
「……それからね……今日……それで……来てもらったのは……で……」
あぁ、せっかく公爵夫人が色々おしゃべりしてくれてるのになんにも頭に入ってこない。ていうかむしろインプットする間もなくアウトプットされていく。
「……それでねぇ、あの子ったらようやく決意したのよ……だからこの後マリオンと話して欲しいのだけど、いいかしら?」
「え?あ、はい!」
うわ、どーしよ。今全然聞いてなかった。そんで聞いてもいないのに反射的に返事しちゃったよ。なんて言われたの今?でも聞き返せない。だって失礼過ぎる。いや、この人なら「聞いてませんでした!」って言っても「あらあらぁ」って許してくれるだろうけど。だからこそ話聞いてなかった罪悪感酷くて聞き返せない。いや、話聞いてなかった自分が全部悪いけど。どーしよ。
「よかったわ。じゃぁ、そろそろマリオンが来ると思うから、わたしは失礼するわねぇ」
ああ、公爵夫人行っちゃった。なに言われたか全然分からないけど、とりあえずこの後マリオンが来るらしい事だけは分かった。
「……え?」
「?」
そして現れたマリオンは、いつもと違う格好をしていた。
さすがにもう誰?とは言わないよ。言わないけどさ……これは……。
「……マ」
「ま?」
「マリオンが男のカッコしてる!?」
そう、目の前のマリオンは男装していた。
わー!スゴい!この衣装ってゲームで貴族男子が着てるやつだ。実際の中世の貴族の格好なのかどうかは兎も角、このゲームでは貴族には正装が存在する。男性はなんか軍服みたいなマント付きのやつで、女性はドレス。
スゴい!マリオンめちゃくちゃ似合ってる。カッコいい。カッコよすぎてスゴい!って二回言った気がする。でもなんで急に男装?いや、でも美少女の男装の令嬢姿とか、もうこれ完全にご褒美です!ありがとうございます!ごちそうさまです!
「……俺、男」
「ん?ん?ん?ん?ん?」
え?ちょっとなに言ってるか分わからなくて「ん?」の数が多くなっちゃったよ。え?なに?男?え?誰が?え?マリオンが?
いやいやいやいや、確かにゲームと比べて声も顔も中性的な感じだなぁと思っていたけども。
「?お母様から、聞いてない……?」
え?なにを?話を?うん。聞いてないよ。公爵夫人が言ってないって意味じゃなくて、私が話聞いてなかったってほうの〝聞いてない〟だけどな!
「ディーテと同じ」
「え?女装が趣味ってこと?」
「……違う」
え?違うの?うぅん、頭悪いから趣味以外で女装する理由が思いつかない。
「ディーテも、女装趣味じゃない」
「ああ、うん。あれは究極の美に対する強烈な自己愛だもんね」
「……違う」
違うの?「この姿のボクは世界で一番美しい」んでしょ?ゲームでは最初のセリフでそう言ってたよ?
あれ?なんかさっきからマリオンと話し噛み合わないな。公爵夫人の話聞いてなかったツケをソッコーで支払う羽目になるとは思わなかった。誰かタイムマシンをください。今度はちゃんと夫人の話聞いてくるから。
「陛下の、命令」
「この国の王様にそんな趣味が……?」
「……違う」
違うのか。ある意味でこの国終わったなって思っちゃったよ。でも国王様の趣味じゃない、国王様からの命令ってどーゆー事なの?
そうだ、王様で思い出したけど、この前王宮に招かれた時に王様から「お主が親しくしておるのは誰じゃ?ほれ、答えよ」って質問されたんだった。このフランクさもなんちゃってゆるゆる設定だよね。多分本物の王様こんな感じじゃないと思う。いや、本物の王様とか知らんけども。でも、「ほれ」とか言わない気がする。知らんけど。
よく逢って話すのはマリオン、ディーテ、スピカ、あとティンダとディオスです。って答えて、でも一番はマリオンです!って答えたんだよね、確か。実際一番話すのマリオンだし。偶然逢う率一番高いのもマリオンだし。って話したら「あの小倅がお主を射止めるか」とかなんとか言ってたな王様。てかこせがれって何?って思ってたけど、もしかしてマリオンの事だった?でも射止めるって?
「話、聞いてる?」
「え?あ……」
しまった。また意識が勝手に飛んでってた。
「……お母様から、聞いてない?」
「すいません!話聞いてませんでした!」
二度目の「聞いてない?」頂きました。これはもう素直に白状しようとすぐ吐いた。ついでに「私、何もしてません!」も言ってみた。そっちに関してはマリオン「?」って首傾げてたけど。
「――わかった……じゃあ、俺が本当は男だったって事だけ、理解して?」
「はい、わかりました!」
せめて元気にお返事してみた。大事だよね。元気なお返事。
「……ありがとう。じゃあ次……俺と結婚、してくれる?」
「はい!……あれ?」
マリオン・アスクレピオは、アスクレピオ公爵家の嫡男として生を享けた。
この国を統治する王族は、二柱の神を祀っている。
創造の書に記された、この世界の創造神と、創造神から世界を託された、守護神。
王族の中でも国王は、この二柱の神の内の一柱である守護神から神託を授かり、政を行う。
その授かる神託は人には理解不明のものもあるが、授けられた神託によりこの国は平和と繁栄を享受してきた。
その神託の中に、今年生まれた貴族の子は伴侶を得るまでは性別とは逆の服装を身に着けるように、というものがあった。
結果、その年に生まれたアスクレピオ公爵家のマリオン、アルバローズ侯爵家のディーテが男児として生まれた為に、女性用のドレスを纏う事になった。
その年にはもう一人、デメライヤ侯爵家の令嬢スピカが生まれている為、スピカは男性の格好をしており、現在は騎士団隊長として騎士の団服を着用している。
この神託が政にどう影響するのか、平和や繁栄にどう繋がるのかは、解らない。そもそも神の崇高なる神託の本懐を、人が理解出来る筈もない。神の神託は絶対だ。だから、マリオンも、ディーテも、スピカも疑問に思った事はない。神の神託を授かった国王陛下の命令。マリオンがドレスに身を包んでいる理由は、只それだけだった。
そうして神託に従い、マリオンは女性の格好をしたまま成長した。公爵家の嫡男としての、社交界へのお目見えも勿論ドレス姿で果たした。神託の理解度は国民全員に及ぶからだ。
無事社交界へのお目見えを果たし、現公爵である父に師事して、いずれはこの公爵家を継ぐ。何処かの有力貴族の娘と婚姻し、次代の跡継ぎをつくる。それが嫡男である自身の人生で、全てだった。
彼女が異世界からこの国に来たのは、そんな時だった。
守護神からの神託はなかった。彼女は何の前触れもなく、この世界に落とされた。
国王を始め、王侯貴族達は彼女の処遇について話し合った。結果、彼女は国の庇護下におかれる事が決定された。
その流れがあって、マリオンは彼女と邂逅する。
第一印象は、異世界人も此方の人と変わらぬ容姿をしている、だった。
髪や目の色が特別奇抜、という訳でもなく。身体のつくりも同様だ。同じ人なのだから当然だが。只、彼女の心情は計り知れなかった。明るく振る舞ってはいても、知らない世界にたった一人で落とされる等、不安にならない筈がない。
だからこそ、マリオンの最初の言葉は「大丈夫?」だった。だが今は少し後悔と、何より反省している。よく知らない相手にいきなり大丈夫か問われても何とも答えにくいだろう。しかも此方は名前も名乗らなかった。そう思い当たってすぐに名乗ったが、彼女の返答は「え?誰?」だった。だからもう一度、マリオンは名を告げる事になった。
それが、最初の出逢いで、会話で、始まりだった。
彼女と出逢ってから、マリオンの人生は変わった。
彼女と話して、それまで自身の見てきた世界が閉ざされた、狭い世界だったのだと思い知らされた。書物の知識や、使用人から話を聞いただけで知った気になっていた庶民の生活でさえ、正しく理解していなかった事を理解した。上に立つ者には責任が生じるのだと、あれ程両親から言われていたのに。
それからは、勉学により一層の力を入れた。
彼女が語る、彼女の世界の話にも、真剣に耳を傾けた。模倣すべき事、反対に同じ轍を踏まぬよう注意すべき事等、学ぶ事は多々あった。
自身の世界を拡げてくれた彼女に、マリオンが惹かれていくのは必然だった。
だが、どうやら彼女はマリオンを、女と勘違いしているらしい。当然と言えば当然だ。彼女はこの世界の事を知らない。故にマリオンが女性の衣装を身に着けている理由を、彼女が知る筈もなかった。
マリオンは、生まれて初めて神託に不満を持った。と同時に、感謝もしていた。異性として見られていない事に対して、意識して欲しいという不満と、同性だと思われているからこその、彼女の距離の近さに感謝した。
しかし上手く均衡を保っていた筈の不満と感謝が、不満の方に傾き始めた。距離の近さに感謝するより、意識されていない事への不満が高まっていく。彼女は誰とでも距離が近いのだと気付いた時は、冷水を浴びたかのようだった。
彼女はディーテ・アルバローズの性別を知っている。女装した少年だと知った上で、彼女はディーテ・アルバローズとの距離が近い。
後悔した。ディーテ・アルバローズのように、何故初めて逢った時に自分は性別を打ち明けておかなかったのか、と。
自分が決して彼女の特別ではないのだと理解した時。最早、均衡は失われ、不満は感謝を上回る。
彼女が自身以外の誰かと親しくしているだけで、何故こんなにも焦燥感が募るのか。
彼女の特別になりたい。唯一になりたい。自分だけが、彼女の特別で在りたい。
守護神から国王へ、二度目の神託が下ったのは、そう思い悩んでいた時だった。
神託の内容は、彼女にまつわる事だった。
彼女はこの世界の者ではない。故に彼女の魂魄は今、非常に不安定な状態らしい。
異世界から来た彼女をこの世界に定着化する為に、現在彼女と縁の繋がった者達の中から、十四人が選出された。この十四人の内、誰かがより強固な縁を結ぶ事が出来れば、彼女の魂魄はこの世界に完全に定着するのだという。
守護神から選出された十四人の中に自身の名があった事に、神に感謝するより前に、心に歓喜が湧き上がった。それからはもう必死だった。事ある毎に彼女に逢い、話し掛け、同じくらい話を聞いた。彼女の予定を知った上で、偶然を装った事もある。
だが、どれだけ彼女と親しくなっても、否、親しくなればなる程に性別の打ち明けが困難になった。
打ち明けてしまい、彼女との関係性が壊れてしまうのではないかと想像するだけで、咽頭の奥に言葉が絡み付いて発言を拒む。
彼女なら、ありのままの自分でも必ず受け入れてくれる筈だと解っているのに、拒絶の恐怖が拭えない。
「おやおや……少しは余裕をもったらどうだ?」
「……うるさい……」
去り際に耳打ちされた、スピカ・デメライヤの言葉が脳裡を侵食していく。
余裕等、彼女相手に始めからもてる筈もない。
しかし、漸く打ち明ける決意を固める事が出来たのは、彼女が国王陛下に謁見したと聞いたからだ。
先日、彼女は国王陛下に王宮へと招かれた。
現状守護神から選出された十四人の内、親しくしているのは誰なのかを探る為に、陛下直々に問い掛けたらしい。
対する彼女の答えた名前が〝マリオン〟だと知った時の歓喜は、筆舌に尽くし難い。
彼女の答えに、背中を押された。だから……この決意が鈍らぬ内に、想いを打ち明ける覚悟を決めた。
次って言われたから次も元気なお返事しなきゃって反射ではい!って言っちゃったけどマリオン今なんて言ったの?
「え?マリオン結婚するの?」
「うん。今言質取ったから」
「え?誰と?」
「……。まさか、話、聞いてない……?」
ぅおっとぉ、まさかの三度目頂きました!
「……いいよ。そこも含めて好きだから」
「え?……、」
ため息と一緒に呟かれた声。なにが好き?なんて訊けなかった。まぁ、訊けなかったって言うか、訊く手段を奪われたんだけども。
彼女はよく意識を空中に飛ばすから、人の話を聞き逃す事が多い。意識を空中に飛ばしながら、彼女が何を思考してるのかは解らない。彼女の思考回路は予測不可能な繋がり方をしているから、どうしてその話に着地するんだろうとなる事も多い。
そして困った事に、彼女は一度意識を空中に飛ばすと中々帰ってこない。そして意識を飛ばしている間は当然の事ながら、彼女の耳や脳はその機能を停止する。
だから大方、今回も母や此方の話が耳に入っていなかったのだろう。
別に構わない。卑怯と言われても言質は貰った。後は彼女を、自身の手で幸せにすればいいだけなのだから。
また此方の話を聞いていなかったのであろう彼女が、その内容を問い掛ける為に口を開こうとするのが分かった。
――だから、その問い掛けは……、自身の唇で喰らう事にした。
「あらあらぁ、マリオンうまくやったのねぇ」
ガゼボの二人を盗み見ながら、二人の姿が重なった事に、公爵夫人が頬に手を当てて声を洩らした。
「マリオン様、おめでとうございます」
「さすがです、マリオン様」
公爵夫人の傍に控えたティンダとディオスの双子が、拍手と共にその言葉に賛同する。
「……全く……ボクなんか何度牽制された事か……」
「……私など同性であるにも拘わらずだぞ?どれだけ余裕がないんだあの男は……」
「あらあらぁそうなの?でもこれで少しは落ち着くはずねぇ」
公爵夫人の言葉に、あの男に限ってそれはない、なんて事言える筈もない麗しき侯爵令息と騎士団隊長は、沈黙を保つ事にした。
庭園の隅での夫人と双子、ディーテとスピカの会話等、当然彼女に聞こえる筈もなかった。
彼女は知らない。
この世界が乙女ゲーム【LoveZODIAC】の世界ではなく、【LoveZODIAC】を元に描かれた同人誌の世界線だという事を。
元となった乙女ゲームの製作者が創造神として崇められるこの世界線では、その同人誌の作者が守護神として信仰されている、という事も。
その同人作家が特殊な嗜好の持ち主で、悪役である公爵令嬢を女装した公爵令息という設定にして同人誌を執筆したのだという事も。
その同人誌が、女装した公爵令息と女主人公が、なんだかんだで結ばれる内容になっているという事も。
同人作家がそんな己の歪んだ、否、ある意味真っ直ぐな欲望を満たす為だけに創作した同人誌に、自身が落ちてしまったのだという事も。
【悪役令嬢♂がうまくやった世界線】
「あっ、うまくやったってそういう……?」