三日月君の秘密
美乃はバスケ部に入っている。普段コンプレックスの高身長もここでは武器になる。さらに、自分より背が高い人もいる。ここでは自分を認めてもらえる気がしてバスケに打ち込む日々を送っていた。
部活の帰り、校門のところに三日月が立っている。
通り過ぎる女の子たちが三日月を見てかっこいいね、などとコソコソ言っている。
誰かを待っているのだろうか、女の子とか。
最近人気者だからな。
「美乃」
三日月は美乃のところに走ってくる。
「三日月君、どうかしたの?」
「今日、先生に呼ばれて帰りが遅くなったから、どうせなら美乃と一緒に帰ろうと思って待ってた。話したいこともあったし。」
「そう、なんだ」
「美乃は授業の時だけメガネなんだ。」
「日常生活には支障ないくらいの視力はあるから」
「ふーん」
三日月は無表情でいう。
「先生に呼ばれたって、何かあったの?」
「俺仕事しながら学校通っているからそのことで、話し合い」
「仕事って?」
「囲碁のプロ棋士なんだ」
「・・・え?」
美乃は驚いて目を真ん丸くする。
「あ、美乃、信じられないって顔してる」
三日月は横目で美乃を見て微笑む。
「来週の木曜日と再来週の木曜日が手合日だから学校休む。だからモーニングコールは大丈夫」
「手合って、試合ってこと?」
「そう。」
「まって、じゃあ、ネットやってて徹夜って…」
「ネットで碁を打ってたんだ。夢中になるとつい時間忘れて」
三日月はあくびをしながら言う。
よく休むのも、いつも眠そうなのも、ぼーっとしているのもそういうことなのか。
「周りには話してないの?」
「聞かれないから。あ、涼は知ってる。でも自分から話したのは美乃がはじめて」
「どうして私には話してくれたの?」
三日月君はきょとんとする。
「そう言えばなんでだろう。分からないけど、美乃には話したくなった」
平然ときれいな顔で三日月はいう。
「時々、一緒に帰ったりしてもいい?」
三日月が聞くと、美乃は動揺する。
「え、どうして?」
三日月はきょとんとする。
「美乃はどうしてってよく聞くね」
「ごめん、ちょっと気になって」
「美乃と一緒にいたいからかな」
三日月君は平然と言う。
どういう意味なのか図りかねた美乃は恥ずかしくなって話題をそらす。
「手合日はちゃんと起きられるの?」
「前日は遅くても11時には寝るから、寝坊したことない」
「囲碁のプロ…私はよくわからないんだけど、きっとすごいんだろうな」
「すごい人もたくさんいるけど、今の俺はただのオタク。」
「オタクなんだ」
と美乃はその表現に笑ってしまう。
「オタクになるほど囲碁って楽しいんだね」
「一生かかっても極められないから、ずっと楽しいんだ。分からないことだらけで時々苦しくなるし、負けるとすごく悔しいけど」
「プロでも分からないことがあるの?」
「うん、むしろ分からないことの方が多い」
「じゃあ、普通の人なんて絶対無理だね…」
「そんなことないよ。分からないってことは、これからいろんな発見ができるってことだから。それが囲碁の楽しさだと思うんだ。人によっては面白いと思えるまでに時間はかかるかもしれないけど。強くなればなるほどいろんな発見があって、分からないこともたくさん出てきてさ、どんどん面白くなっていく。」
三日月君はめずらしくよくしゃべるし楽しそうだ。
「三日月君は囲碁のことは楽しそうに話すんだね」
三日月君はきょとんとする。
「楽しそうだった?」
「うん」
「オタクだからな。それに美乃に囲碁のこと知ってもらえるのは嬉しいんだ」
三日月はきれいな顔で微笑んだ
意図は分からないが、美乃は恥ずかしくなってしまう。
三日月君には動揺させられてばかりだ。
あっという間に駅についてしまう。
もう少し話したかったな、と美乃は思った。
「じゃあ美乃、気を付けて」
三日月は美乃に手を振ってあっさりと去っていく。