三日月君の散髪問題
「いててて」
三日月君の方を見ると、目をこすっていて、目が真っ赤になっている。
「どうしたの?目が真っ赤で涙出てるよ」
美乃は手持ちのティッシュを渡す。
「ありがとう、美乃。髪の毛が目に入っちゃって」
「前髪だけでも切ったらどうかな?すごく伸びちゃってるし」
三日月は不思議そうに美乃の方を見ると、
「今思い出したけど、4か月くらい髪切りに行ってないや。今日行ってくる」
とぼーっとしたまま言った。
美乃はポーチを取り出してピンを渡す。
「とりあえず、今はこれで留めたらどう?」
「ありがとう」
といって三日月は受け取るが、使い方が分からないらしく、おおきくひろげてみたり、ねじったりしている。
「こうやって留めるんだよ」
と言って美乃は三日月の前髪をピンでとめる。
その直後に髪に触ってしまった、と動揺する。
「ごめん、触っちゃった」
三日月は不思議そうな顔をしている。
はっきりと顔が見えるようになって、三日月がとてもきれいな顔をしていることに美乃は気が付く。
色が白くて、目が切れ長で、瞳の色が薄くてまつ毛が長い。
吸い込まれそうな気がして恥ずかしくて目をそらす。
「おぉ、すごくよく見えるようになった」
三日月はそんな美乃をよそに無邪気に喜んでいる。
「今日は美乃に助けてもらってばかりだな」
三日月は何度も名前を言うのでそのたびにドキドキしてしまう。
集中力が切れたのか、三日月君は午後の授業はほぼ眠っていた。
そして、授業が終わると、さっさと帰っていった。
「どう?三日月君は」
ひなたがニヤニヤして聞く。
「今日はいつもよりちゃんとしてた。午後は寝てたけど」
ふーん、とひなたは楽しそうに言う。
「私部活行ってくる」
「がんばってね~」
ひなたはひらひらと手を振る。
次の日
モーニングコールしようか迷っていると、三日月から電話がかかってくる。
「もしもし?」
「あ、美乃、おはよう。今日は自分で起きられたから電話してみようと思って。じゃあ、また学校で」
いいたいことだけ言ってさっさと切ってしまう。
いつもはぼさぼさの見た目に気を取られていたが、三日月君はすごく落ち着いた声をしている、と美乃は思った。
教室でひなたと話をしていると、急に教室がざわつく。
何があったのかと入り口を見ると、短く髪を切った三日月君が立っている。
ぼさぼさで顔を隠していた髪の毛が短くなり、端正で恐ろしいほどきれいな顔がはっきり見える。
「え、三日月君ってめっちゃかっこよかったんだ」
「やばくない?かっこよすぎない」
「てか、もう別人…」
とクラスがざわついている。
「おはよう、美乃」
三日月が真っ先に美乃のところにやってきて話しかける。
「お、おはよう」
美乃は驚きを隠せない。
「美乃が言う通り、髪の毛切ったら視界が広くなったし目にも入らなくて快適」
「そう、良かったね」
美乃は直視できずにいる。
「何ざわついてるんだ、早く席に着け…ってお前三日月か?」
担任の先生も驚いている。
人というのは単純なもので、三日月君がイケメンだと分かるとクラスの女子たちは急に態度が変わる。休み時間に女の子たちが三日月君の机に集まってくる。
「三日月君、髪切ったら本当にかっこいいね」
「ねぇ、連絡先教えて」
と次々に声をかけられるが、三日月君はぼーっとしている。
「ねぇ、音羽さん三日月君にモーニングコールしてるんでしょ?」
「え、うん、まぁ」
「それ、私変わろうか?」
「まって、私がする」
一気に人気な役割になってしまった。交代せざるを得ないな、と美乃は少し寂しく感じた。
良いよと言おうとすると、
「だめ」
と三日月君が言う。
「モーニングコールは美乃じゃないと」
「どうして?」
女の子が聞く。
「理由はないけど美乃じゃないとだめ」
「えーじゃあ、連絡先交換だけでもしよ」
と言って女の子たちが携帯を取り出すと、
「なんで?用事ないでしょ?」
と三日月はきょとんとして言う。
美乃は、三日月君がどういうつもりで美乃じゃないと、といったのか気になったが、三日月のことなので深い意味はないだろうと気にしないことにした。
そしてその役割を失わずに済んだことをどこかホッとしていた。
三日月は一気に女子の人気者になった。
休み時間にひっきりなしに女子たちが集まって来るが、三日月はぼーっとしていてあまり話をしない。
というかおそらく聞いていない。
隣の席だけど、距離が遠くなったように感じて美乃は心が少し寂しく感じた。
「さみしそうな顔をしてるね」
ひなたは人の感情の変化に敏感だ。
「別に、私は先生に言われてやっていただけだから。」
「私三日月君のことだって言ってないけど?」
ひなたはいたずらっぽく笑う。美乃はやられた、と思う。
「私には美乃が楽しそうに見えたけど」
「そんなこと、ないわ」
「美乃、私はいつでも話聞くから」
ひなたにはすべて見通されている気がする。
「部活言ってくる」
「はいはい、行ってらっしゃい」