三日月君の厳しい囲碁界問題
師匠の家からの帰り道、新聞社のビルを目にした蓬沢がぽつりと言う。
「囲碁界もだいぶ厳しなってきたな」
「本因坊戦のこと言ってる?」
本因坊戦とは囲碁の7大タイトル戦のうちの一つで、主催の新聞社がインターネット普及に伴う新聞不況の影響を受け、賞金も規模も大幅に縮小されることとなったタイトルだ。
「それだけやない。それ以外の棋戦も優勝賞金以外は減額されたりしとるからなぁ。結果残してかんと棋戦だけでは食べていけへん時代や」
「うん」
「三日月は将来のこととか考えてるんか?」
「具体的には考えてない。けど、囲碁を仕事としてやっていくからにはリスクも承知してる。とにかく今はできることをやる。今は囲碁を。それだけ」
三日月は美乃にもらったマフラーを口元まで巻いてゆっくりと言った。
「おまえらしいな。」
蓬沢は安心したように笑う。
「将来に不安がないわけじゃないよ。だけど、まだ起きていないことを心配していろんなことに手を出して、中途半端になるのは嫌だ。」
ポツリポツリと三日月は言う。
「中途半端になるのが嫌だ、か。それは分かるな。俺も今は囲碁を辞めようとは思えへん。プロになって面白くなってきたところやからな。いつかお前とタイトルかけて戦うところまでいかんと、新人王の雪辱はらせへんからな」
蓬沢はニヤッと笑って三日月を見る。
タイトルかけてとは大きく出たな、と三日月も笑う。
「それに今自分に何ができるかもわからへん。悔しいけど今の俺には何の力もないからな。せやから結局、今は俺も囲碁を頑張るしかない。」
三日月もうなずく。今の自分には何の力もない、という蓬沢の言葉はその通りだと思った。
「そう言えば、さっき藤崎さんに聞いたんやけど、おまえ、彼女できたらしいな。」
「あぁ、うん」
「どんな人?」
三日月は少し考えて、居心地のいい人と答えた。
「へぇ、写真とかないの?」
「ない」
「明日会わせてや」
「無理。」
「なんでや」
「予備校行ってるかもだし」
「なんや、面白くないな」
三日月と囲碁以外の話をするのは初めてだな、と蓬沢は気づく。
「まぁ、でも連絡するだけしてみるよ。」
「紹介してくれるん?」
「予定が合えばね」
三日月は美乃にLINEする。
“大阪から蓬沢っていう囲碁棋士がこっちに来てて、紹介したいんだけど明日時間ある?”
“予備校かな?”
美乃からすぐに返信が来る
“明日予備校ないから大丈夫。行く”
「美乃明日大丈夫だって」
「そら楽しみやな」
蓬沢がニヤニヤして言うと三日月は穏やかに笑っている。こんな顔するようになったんやな、と蓬沢は感慨深く思う。
「家着いたら検討付き合ってほしいんだけど」
「ええで、誰の対局?」
「俺がリーグ入り逃したやつ。すごく悔しい負け方した。気になってるとこあって。意見聞きたい」
「そりゃ面白そうやな」
蓬沢は俺と違う視点持ってるからな、と三日月は笑った。




