三日月君の師匠
毎年、1月2日に師匠のところへ挨拶に行く。
藤崎さんと駅で待ち合わせして一緒に向かう。
「あら、信二君、奏君いらっしゃい。みんな来てるわよ」
師匠の妻・彩子が出迎える。
部屋に行くと、兄弟子の牧と金子、姉弟子の京子がいた。
「あけましておめでとうございます」
とお互いに挨拶し合う。
「奏、なんかお前イケメンになったじゃないか」
「奏、惜しかったな。もうちょっとでリーグ入りだったのに」
「おまえには期待してるんだから頑張れよ」
と兄弟子たちは三日月に声をかける。
「やぁ、そろっているね」
師匠の紫門紘太朗がやって来る。名前はいかついが、物腰が柔らかく、優しいことで有名だ。
三日月以外は成人なので皆酒を飲みながら、去年を振り返ったり、最近の囲碁界についてや、来年の抱負なんかを話して盛り上がっている。
師匠が三日月のところまでやってきて話をする。
「奏、リーグ入りを逃したのは残念だったけど、最近はいい碁を打つようになったね」
と師匠は三日月に言う。
「以前はムラが多くてハラハラしていたが、最近は落ち着いてきたように思う。このまま気を抜かず精進しなさい。そうすればきっと、奏は活躍できるからね。」
「はい」
「顔色もよくなったな。なんだか清潔感も出てかっこよくなって。精神面をいい状態に保つためにも、規則正しい生活を心がけるんだよ。特に食事と睡眠は大切だからね」
師匠の声は安心する、と三日月は思った。
その後も師匠は一人一人に声をかけていく。
懐かしいにおいがするな、と三日月は思う。
この家に5年間住んでいたからだろうか。
朝起きて囲碁を打ち、学校でも囲碁の勉強をし、帰宅してからも囲碁を打ったり勉強した。
まさに囲碁漬けの日々だった。
師匠の奥さんは料理上手で、朝も起こしてくれたから毎日規則正しい生活を送ることができた。
そして何より、師匠や頻繁に訪れる兄弟子や姉弟子に囲碁を打ってもらえた。
今思うとものすごく恵まれた環境だったな、と三日月は思う。
師匠と三日月以外は全員お酒を飲んでおり、居酒屋のような空気になってきた。
「奏、打とうか」
師匠が声をかける。研究会では一緒に検討したりするが、そういえば打つのは久しぶりだな、と三日月は思う。
宴会している隣の部屋で打つ。ここはかつて三日月の部屋だった場所だ。
「この部屋に入るのは久しぶりだろう」
「はい、そうですね」
隣のへやの声は聞こえるが、石を打つ音ははっきりと聞こえる。
「最近、プライベートも充実しているんだってね」
「プライベート?」
「恋人ができたって聞いたよ」
京子さんが話したな、と三日月は思った。
「まあ、はい」
「奏は行く先々でいい出会いに恵まれているね。小学校の時に遊びに来ていた涼君もそうだけど」
「はい」
師匠はプライベートにあまり踏み込んでこないし、口出しもしない。
「高校生活はどうだ、卒業できそうか」
「いい息抜きになってます。出席日数はちょっとギリギリだけど卒業できそう」
「それは良かった」
三日月はずっと気になっていたことを師匠に問う。
「師匠はどうして俺に高校行くことを勧めたんですか」
師匠はゆっくりと微笑む。
「奏には、囲碁以外の世界も必要だと思ったから、かな。行かないほうが良かったと思う?」
「正直ずっとめんどくさいと思ってたけど、今は、行って良かったと思っています。」
「そうか。それは良かった」
師匠は終始穏やかな顔をしていた。




