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三日月君と唐沢君

唐沢が小学校5年生に上がったころ、三日月は転校してきた。

家の近所に有名な囲碁のプロ棋士が住んでいて、そこに弟子入りした子だと唐沢は母から聞いていた。


「今日からみんなと一緒に勉強する三日月君です。さ、自己紹介して」

三日月は無表情で挨拶する。

「みかづき かなで です。」

色が白くて軟弱そうなやつだな、と唐沢は思った。

お昼休み、唐沢は三日月をサッカーに誘った。

「なぁ、転校生、みんなでサッカーしにいこうぜ」

三日月は詰碁の本を読みながら唐沢の方を見ることなく

「僕はいい」

と断る。なんかいけすかない奴だな、と唐沢は思う。

休憩時間はずっと囲碁の本を見ているし、ほとんどしゃべらないのでクラスでも浮いた存在だった。

「おまえ、友達と遊んだりしないのか?」

と唐沢が聞くと、

「友達はいらない」

と無表情で答え、三日月は相変わらず本から目を離さない。


嫌な感じのやつだな、と唐沢は思った。

三日月は近寄りがたい独特な雰囲気で、クラスメイト達も話しかけたりしなかったが、唐沢は三日月のことが妙に気になった。


「親と離れて暮らすって寂しくないの?」

「囲碁があるから、寂しくない」

「そんなに面白いのか?囲碁」

三日月は本から目を離して唐沢の方を見る。

「おもしろいよ」

唐沢には三日月がかすかに笑ったように見えた。

「俺にも教えてよ」

三日月は驚いた顔をしたあと、良いよ、といった。


手書きの碁盤で三日月は唐沢に囲碁を教える。最初は何しているの、と数名のクラスメイトが寄ってきたが、三日月のガチの指導に怖気づいてだんだん人が減り、3日後には唐沢だけになった。


それから、お昼休みに囲碁を打つようになった。

唐沢は囲碁が上達するたびに三日月のすごさに気づいた。

ここまでのレベルになるまでに、どんなに努力が必要だっただろうか。

話しかけても囲碁の本から目を離さない三日月。

親元を離れてまで囲碁漬けの日々を選んだ三日月。

小学生でここまでやる奴なんて見たことない、と唐沢は思った。


そこまで熱中する囲碁を知りたくて、三日月に借りた本で唐沢は勉強した。

そしてある日、いつものように打っていると、

「涼、強くなった」

と、三日月が笑った。

「おまえ、俺の名前覚えたんだな」

三日月は嬉しそうに唐沢と打った盤面を見ていた。


中学校に上がっても、プロになっても、三日月は変わらずずっと囲碁の勉強をしていた。

唯一変わったのは、唐沢と話すとき、勉強を止めて唐沢の方を見て話すようになったことだ

った。


数年後、高校に入り、囲碁というツールを使わずに三日月は美乃の名前を覚えた。

そのあと、ひなたの名前も覚えた。

このままずっと孤独に囲碁だけに向かい合うのかと三日月を心配していた唐沢は心から安心した。


「えっ‼唐沢君って囲碁打てるの?」

ひなたが驚く。

「小学生の時に三日月に教えてもらったから。今アマチュア五段くらい。」

「それがどれくらいすごいか具体的には分からないけど、二桁級の私たちからしたら段っていうだけですごい」

と美乃は感心する。

「プロになろうと思わなかったの?」

ひなたが意地悪っぽくいう。

「無理無理、俺奏みたいにすべてを囲碁に捧げられない」

と、唐沢は笑った。


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