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三日月君と兄弟子

「よ、差し入れ持ってきた。1局打とうぜ」


訪ねてきたのは兄弟子の藤崎信二だった。


「藤崎さん…ちょっと今日無理です」

「なんでだよ、どうせ囲碁打ってるんだろ?1局くらい付き合えよ」

「いや、ちょっと」

「ちょ…奏、その靴、女物?」

藤崎は驚いた顔で三日月を見る。

三日月はしまった、という顔をする。

「観念しろよ」

藤崎はニヤニヤして部屋に上がり込んでいく。


ガチャとドアが開いたので美乃が後ろを振り向くと知らない男性が立っているので、美乃は立ち上がって挨拶する。

「あ、こんにちは」

「誰?このモデルみたいな美人は!」

藤崎は三日月を見る。

「彼女の美乃」

三日月は平然と言う。

「美乃、この人俺の兄弟子の藤崎さん。」

「あ、初めまして音羽美乃と言います」


「いやぁごめんごめん、奏に彼女ができる日は来ないと思ってたからさ。ついいつも通りアポなしで来ちゃって」

三日月はやれやれといった表情でいる。

「兄弟子ってどういう…?」

「師匠が同じなんだ。藤崎さんの方が先に入ってるから兄弟子」

「なるほど」


「美乃ちゃんはいつから奏と付き合ってるの?」

三日月は馴れ馴れしく呼ぶなよという顔をしている。

「2か月前くらいです」

「で、この部屋で何してたの?」

「囲碁、打ってました」

意地悪のつもりで聞いたのに、健全だったな、と藤崎は思った。


「美乃ちゃん囲碁できるんだ。棋力どのくらい?」

どう答えていいか分からず三日月の方を見る。

「美乃は始めたばかりで、15~20級くらい」

藤崎は三日月が家に連れてきてまで初心者に教えようとすることが意外だった。


「ぼっさぼさの頭もなんかいつの間にか清潔感出たと思ったら。そういうことだったのか。最近イケメンになったってみんな言ってたぞ」

「どうも」

「おまえほんと自分のことしゃべらないよな。」

「聞かれなかったんで」

2人の会話から親しい関係なのが伝わって来るな、と思いながら美乃は聞いている。


「私、帰った方がいいかな?」

「いや、帰るなら藤崎さんだから美乃は心配しなくていい」

「おまえ先輩をもうちょっと敬えよ。美乃ちゃん、お昼食べた?」

「まだです」

「じゃあ3人で食べようぜ。ウーバーしよう」

三日月はあからさまに嫌そうな顔をする。藤崎さんには心を許しているんだな、と美乃は思う。


「藤崎さん…先生はここによく来るんですか?」

初心者イベントに行ったとき、参加者は全員プロ棋士に対しては先生をつけていたのでどちらで呼ぶものなのか美乃は迷った。


「さんでいいよ、美乃ちゃん。よくって程でもないけど、奏のことは小学校から知ってるからさ、弟みたいなもんで、こうやってたまに様子見に来てるんだ。家に誰かいたのは初めてだよ。なぁ、奏なんか飲み物ちょうだい」

やれやれといった様子で三日月君は冷蔵庫に向かう。

藤崎さんはなぜかすごく嬉しそうだ。

「はい」

と三日月は美乃と藤崎にミネラルウォ―ターを渡す。

「奏、姉さんも呼んでいい?」

「やめてください」

「あ、もうLINEしちゃった」 

藤崎さんは楽しそうに言った。


三日月は明らかに嫌そうな顔をしている。


しばらくしてまたインターフォンが鳴る。

「え、この子?奏の彼女って」

「あ、音羽美乃と言います」

美乃は立って挨拶をする。

「初めまして!伊藤京子です。奏の姉弟子です。美乃ちゃんモデルさんみたいね」

「あ、いえ…」美乃は勢いに圧倒される。

「奏に彼女ができる日が来るなんて思ってもなかったから、子供旦那に押し付けてきちゃった。来る途中でいろいろ買ってきたからみんなで食べましょう」


囲碁棋士って寡黙なイメージだったけど、こんなに親しみやすいんだな、と美乃は思った。

そして、単身北海道から出てきてさみしいんじゃないかと思ってたけど、こんなに暖かい人たちが周りにいたんだ、と思うと安心した。

藤崎さんや京子さんと関わっているときの三日月君は、学校にいるときより表情が豊かで口数も少し多くなる。気を許しているんだな、と思う。


4人で話しているとあっという間に時間が過ぎ、外を見ると日が落ち始めている。


「美乃ちゃんは私が送っていくから安心してね、奏」


「なんか、今日はこんなことになって…」

三日月が珍しく申し訳なさそうに言う。

「私は楽しかったよ」

美乃が言うと、ならよかった、と三日月は笑った。

「じゃあ、また学校で」

と言って三日月の部屋をあとにする。


「すみません、送ってもらっちゃって」

京子の車に乗った美乃が申し訳なさそうに言う。

「いいのよ、むしろお邪魔しちゃったかな、ごめんね」

「いえ、三日月君小学校のころ一人で東京に来たって聞いてて、寂しくないのかなってずっと思ってたから、いろんな人に見守られてたんだなってことが知れて嬉しかったです。」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。でも大変でしょ?奏と付き合うのは」

「最初は変わった人だなと思ってましたけど、囲碁が何よりも優先なんだなって気づいてからは関わり方がわかってきた気がします。」

「奏は囲碁にどっぷりな生活だし、いわゆる普通のお付き合いはできないでしょ?それは大丈夫なの?」

「それ以上に、うれしいことも多いので、大丈夫です。」

「つらいと思うことはない?」

「三日月君がつらいときに私は何もできないので、時々それがつらく感じることはあります。」


三日月のことを本当に好きでいてくれているんだな、と京子は安心する。


「奏のこと、気にかけてくれてありがとう。でもね、美乃ちゃんがそばにいるだけで十分だと思うわ」

「そうだったらうれしいな。」と美乃は笑う。


素直だし、高校生にしてはすごくちゃんとしている、と京子は思った。

「私も、今日美乃ちゃんに会えて安心したわ。奏って囲碁以外はずっとぼーっとしてて、心配だったの」

「確かに、いつもぼーっとしてますね」

「やっぱり学校でもそうなんだ」

と二人で笑い合う。


「連絡先、聞いてもいいかな?」

京子はスマホを取り出す。

「はい、もちろん」

「あの子何にも情報伝えないと思うから、美乃ちゃんが知ってた方がいいなって思うことは連絡するわね」

美乃は嬉しそうにする。

「ありがとうございます!」


三日月の家では藤崎と三日月で片づけをしていた。

「美乃ちゃん、いい子だな」

藤崎が言う。

「まぁ」

三日月は黙々と片づけをしている。

藤崎がふとデスクの上を見ると、カラのラムネのボトルに気が付く。

よく見ると中に髪の毛を留めるためのピンが入っている。


「これ捨てる?」

三日月は振り返って確認すると、

「だめ、それ美乃にもらったものだから」

と無表情のまま言う。

そういえば最近、対局の時にこのラムネ毎回持っているな、と藤崎は思いだす。


「なんか、青春してんな、奏。兄さんはうれしいよ」

藤崎が三日月の肩を組みしみじみと言うと、

「ちょっと意味が分からない」

と三日月は怪訝そうに藤崎を見ていた。


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