三日月君の部屋と19路
「美乃」
美乃が駅に着くとめずらしく三日月が先に待っていた。
「三日月君、おはよう」
「こっち」
三日月君は美乃の手を握る。三日月の家は駅から歩いて10分くらいのところにあった。
エレベーターに乗って三日月は5Fを押す。
男の人の部屋に行くのなんて初めてだな、と美乃は思う。
三日月君の部屋は、とにかく物が少なくてガランとしていた。
本棚には囲碁の本や雑誌が大量に入っていて、デスクには大きなパソコンが置かれている。
「これ、ゲーミングパソコン?」
「うん、よくわかったね。AI使って勉強したくて買ったんだ」
AI…なんか囲碁の勉強方法も進化しているんだな、と美乃は思った。
デスクの隣には碁盤がある。
「今日、どうして家に誘ってくれたの?」
「でた、美乃のどうして」
三日月はにやりと笑う。
「前に、19路打てるようになりたいって言ってたし、OGSじゃ限界あるから家で打とうかなって。しばらく手合もないし」
あ、やっぱり囲碁だったか。と美乃は思う。
「囲碁教えるって理由で呼んだら、美乃遠慮するかなと思って。何も言わなかった」
私がプロの三日月君に教えてもらうの申し訳ないって言ったの覚えてたんだ、と美乃は思った。
「碁会所とかは美乃とゆっくり話せなさそうだしさ」
三日月は碁盤を部屋の中央に運んでくる。
三日月と対面で打つのは初めてで、美乃は嬉しくなる。
「まず置き碁で打とうか。とりあえず星目…この黒い点のとこにおいて」
美乃はすべての星に石を置く。
「じゃ、よろしくお願いします」
と三日月が言って打ちはじめる。よろしくお願いします、と美乃も言う。
近くで見ると打つ手つきが本当にきれいだな、と美乃は見とれてしまう。
9個石を置いたのに、あっという間に白の陣地ができている。
三日月は特に何もアドバイスすることもなく、美乃は途中大量の石を取られたりもあったが何とか終局までたどり着いた。
「美乃、すごく上達してるね」
と三日月は感心する。
美乃は嬉しくなる。
「あの本のおかげかな」
「詰碁って続けるのはなかなか難しいってよく聞くから、ちゃんとやってるのすごいと思う」
「難易度がちょうどよかったのかも。やりやすかった」
三日月は嬉しそうに、それなら良かった、と笑う。
結果は1目ほど美乃が勝っており、レベルを合わせて打ってあえて勝たせてくれたのかな、と美乃は思った。
「じゃあ、今の対局振り返ってみようか」
「どうやって?」
「並べなおす」
そういって一旦石をすべて片付けてから三日月が並べ始める。美乃は一手目すら覚えていなかったのに、プロってすごいな、と感動する。
ここは良かった、とか、ここは手入れが必要だったね、とか、こっちに打ってたらこうなるよ、とか恐ろしいほど丁寧に教えてくれる。
「1局全部覚えてるのすごいね。」
「一手一手に意味があるから意外と覚えられる。美乃は時々面白いとこ打つからそこを覚えるのはちょっと大変だったけど」
と三日月は笑う。
おもしろいとこっていうのは、きっと普通は打たないようなとこってことなんだろうと美乃は思った。
ひととおり説明を終えると、なんとなく分かったから今度新しい本買うよ、という。
それを知るために今のやり方で打ったのか、と美乃は気づいた。
いろいろ考えてやってくれているんだと思うと嬉しかった。
「なんか、ここまで丁寧に教えてもらって本まで買ってもらって申し訳ない気が…」
「やりたくてやってるんだ。今日も、OGSも。」
さらりと三日月が言う。
「そっか。ありがとう。」
美乃は嬉しい気持ちになる
「もう1局打つ?」
「打つ!次は大石とられないようにする」
三日月はいたずらっぽく笑う。
打とうとするとインターフォンが鳴る。
「誰だろう、ちょっと待ってて」
三日月は玄関に向かって行った。




