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正道と邪道

「ねえ、パパ。ちょっと手合わせしてよ」


 二人が戻ってきてから数日後、シャリアが手合わせを申し出てきた。


「手合わせ? もう俺じゃお前の相手にはならんと思うが」


 エクスはさりげなくそれを断る。あの盗賊団は個々の技量は大したことはなかったが、それでもあの数を圧倒するくらいだ。

 王都に行く前から相応の技量はあったが、今はエクスを軽く上回っていることは容易に察せられた。


「うん、あたしもそう思う。でも、あくまで“剣の腕前”ならよね」

「そういうことなら、いいだろう」


 エクスは槍を手に取った。


「槍だけでいいの? 他にも使えるでしょ」


 エクスが槍だけを持ったことに、シャリアは疑問を口にした。


「全部使ったら、さすがに勝負にならんからな」

「へぇ……そんなこと言うなら、あたしも本気で行くよ」


 その言葉にむっとしたのか、シャリアの視線が鋭くなった。


「良い気迫だな。相当に鍛錬を積んできたのがわかるな」


 並の人間ならすくみ上りそうなそれを、エクスは難なく受け流す。


「何、二人共どうしたの」


 一触即発の雰囲気を壊すように、セロルが顔を出した。セロルはこちらに戻ってからというもの、王都で買い込んだ魔導書をずっと読み込んでいた。


「ああ、これからシャリアと手合わせをするんだが」

「お姉ちゃんと? 別にいいけど、周りに被害出さないでね。一応、わたしも注意しておくけど」


 まるで他人事のように言うと、セロルは軽く背伸びをする。


「さて、お前がどれだけ上達したのか、見せてもらおうか」


 表に出ると、エクスとシャリアは対峙した。


「パパ、あたしのことを甘く見ているようだけど……その余裕がいつまで続くかしら」


 シャリアは剣の間合いに持ち込むべく、一足で間合いを詰めた。そのまま全身を回転させると一気に横に薙ぎ払った。


「良い動きだな。だが、少しばかり素直過ぎる」


 エクスは槍の柄でそれを受け止めると、詰められた間合いを離した。


「剣と槍では得意とする間合いが違う。だから、剣の間合いに持ち込むのは間違っていない」


 そして、剣が届かない間合いから槍で薙ぎ払った。

 普通なら、それを剣で受け取めるなり飛び退いてかわすなりするところを、シャリアは体勢を低くして槍の下をくぐった。

 それだけでは終わらず、そこからすくい上げるように剣を振り上げた。

 だが、エクスはそれを読んでいたかのように間合いを離していた。


「いつの間に」


 簡単に間合いが詰められないことに、シャリアは小さく舌打ちする。


「学校では敵無しだったんだろうが……」


 エクスは何気ない動作で槍をシャリアの胸元に突き出した。

 シャリアはそれを剣で打ち払うが、エクスは打ち払われた槍でそのままシャリアの足元を掬った。


「う、嘘」


 思いもしなかった方向からの攻撃に、シャリアは全く対処できなかった。足を払われてそのまま尻もちを付く。


「こうして、小細工をしてくる相手には気を付けることだ」


 エクスは槍の先をシャリアの喉元に突き付ける。


「足、斬られたと思ったのに」


 だが、シャリアは自分が負けたことよりも足が斬られていないことに意識が行っていた。


「払う寸前に、穂先と柄を持ち替えただけだ。複数の武器を使うのに比べたら、簡単にできることだ。嫁入り前の娘に傷を付けるわけにもいかないしな」


 エクスは軽く槍を回転させた。


「まるで、あたしの動きを読んでいたみたいだけど」


 シャリアは立ち上がって軽く埃を払った。負けたこと自体ではなく、自分の動きが読まれていたことに不満を抱いていた。


「学校で教わる以上、ある程度は仕方ないことだが。動きが素直過ぎるな」

「学校の先生でも、あたしの剣を捌くだけで精一杯だったのに」

「……通わせる学校を、間違えたか」


 シャリアがそう言うのを聞いて、エクスは半信半疑だった。確かにシャリアの技量なら並の教師くらい軽くいなしてしまうだろう。だが、王都でも随一の学校の教師が、誰もシャリアに敵わないとは思えなかった。


「ねえ、お父さん。今度はわたしと勝負してよ」


 考え込むエクスに、セロルがそう言った。


「おいおい、俺の魔法は独学だぞ。それに、魔力の質でいったらセロルの方が上だ。どうやっても勝負にならないだろ」


 エクスは軽く手を振った。魔法だけでセロルと戦ったら、一方的に蹂躙されて勝負どころではない。


「うん。だから、お父さんは武器を使ってもいいよ」

「なら、俺は短剣を使うことにしようか」


 エクスは何気なく懐にしまっていた短剣を取り出した。もしかしたら、こうなることを薄々予想していたのかもしれない。


「行くよ……炎よ、渦となって相手を討て!」


 セロルが放った炎は渦を巻いてエクスに襲い掛かった。大きさこそは大したことはないが、少し離れた場所でも熱さを感じる程の熱を持っていた。

 決して大きくないとはいえ、それをくぐり抜けてセロルに接近することは難しい。


「火は拡散しやすいが、それをここまで凝縮させるとはな……氷よ、刃となって切り裂け!」


 エクスは氷を刃の形にして炎の渦に飛ばした。

 もちろん、この程度の氷では相殺することなどできない。だが、威力を弱めるだけなら十分だった。

 エクスは威力が弱まった炎をくぐり抜けると、一気にセロルとの間合いを詰める。


「その程度じゃ、わたしの炎は……って、そう来るの」


 余裕を持っていたセロルの表情が一変する。


「風よ、全てを……」


 エクスの接近を阻むべく、セロルは風の魔法を使おうとした。


「遅い……大地よ、揺れろ」


 エクスはセロルの足元だけを魔法で揺らした。

 セロルは立っていることすらままならず、そのばに尻もちを付く。

 

「俺相手なら詠唱速度重視の軽い魔法を連打するだけで十分だろう。それをあんなに時間のかかる魔法を使ったお前の選択ミスだな」


 エクスはセロルの首元に短剣を突き付けた。


「お父さんが速すぎるだけだよ。わたし、撃ち合いで誰にも負けなかったから」


 セロルは不服そうに立ち上がった。

 エクスはふっと息を吐いた。

 もしセロルが手数重視で攻めていたら、エクスは対処しきれなかっただろう。


「まあ、俺のような何もかも中途半端にかじっているのは、そうそういないからな。そういう意味では、相手が悪かっただけともいるか」


 エクスは二人が思っていた以上になっていたことに、思わず笑みを漏らしていた。今回勝てたのは経験の差であって、まともにぶつかり合っていたら間違いなく負けていた。


「っていうか、パパはどうして剣以外に手を出したの。剣だけでもそれなりだと思うけど」

「俺は、騎士団で成り上がりたかったからな。だから、手っ取り早く剣で一番になろうと思ったんだが……どうしても、勝てない相手がいた。そいつに勝つために、手段を選ばないことにしただけの話だ」

「で、その人に勝てたの」

「いや、全部返り討ちだ。だから、別の方向で成り上がろうと思ったが、結果としてこれだ」


 エクスは笑いながら答えていた。決して自虐というわけではなく、懐かしさからだった。

 槍を使おうが、短剣を使おうが。

 そして、それらを全部組み合わせて更に魔法を使っても。

 結局、その相手には一回とて勝てなかった。当時は本当に悔しいと感じていたが、今となってはそれも良い思い出とも思っている。


「お父さんよりも、凄い人がいるなんて」

「おいおい、俺なんか大したことはない。小細工が上手いだけだ。今日はこのくらいにしておくか」

「はーい」

「うん」


 そう返事をする二人が、エクスには王都に行く前と全く変わらないように見えた。


 その夜。

 エクスは両腕に重みを感じて目を覚ました。


「久々に本気でやりあったせいか……って、シャリア? 何で服を着ていない」


 裸のシャリアが自分の右腕に抱きついているのを見て、エクスは声を上げた。

 鍛えていたせいか無駄な肉付きがなく、彫刻家がモデルにしたいと懇願したくなるような均整の取れた体付きだ。


「まさかとは思うが……セロルもか」


 恐る恐る左腕の方を見ると、案の定セロルが抱きついている。普段はゆったりとしたローブを着ているせいで目立たなかったが、シャリアと対照的な豊満な体付きだ。それでいて、締まるところは締まっているから始末が悪い。


「いかん、このままだとおかしくなりそうだ」


 エクスは理性が保たれているうちにどうにかしようと、右腕に力を入れた。だが、鍛えているせいかシャリアの力は思っている以上に強く、全く動かせなかった。

 ならセロルを先にどうにかするべく左腕を動かそうとするが、こちらも全く動かせない。セロルはシャリアほど鍛えてはないはずだが、どうやら魔法を使っているようだ。


「……動かせないなら、逆にいいのか。何もできないからな」


 エクスは安堵して大きく息を吐いた。娘相手に欲情するなんてあってはならないが、それ以上に間違いを犯すことなど有り得ない。

 いくら魅惑的とはいえ、娘相手に欲情する自分に嫌悪感を抱いていた。だが、間違いを犯すことはないという安堵もあった。


「寝れない、な」


 明日になったら二人には二度とこのようなことをしないよう、きつく言い聞かせよう。

 エクスはそう思って目を閉じるが、全く寝付けなかった。

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