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帰郷

「そういえば、そろそろ帰ってくるんだって」

「そうみたいだな。全く、こんな田舎に好き好んで戻ってくることもないだろうに」


 意味ありげに言うアイルに、エクスは呆れたように答えた。


「そうは言うけど、君も嬉しいんじゃない」

「まあ、それは否定せんが」

「まさか、君の口から二人がいなくなって寂しい、なんて聞けるとは思わなかったからね。次の日は雨でも降るんじゃないかと思ったよ」


 アイルはその時のことを思い出したのか、声を上げて笑っていた。


「あいつらの才能を考えると、こんな田舎で埋もれるのは勿体ない。その気になれば、どこでも仕事できるだろうに」


 対照的に、エクスは渋い顔になっていた。

 二人とは時折手紙でやり取りしていたが、二人共学校を卒業してからこちらに戻ってくるとのことだった。

 それとなく説得はしたものの二人の意思は固く、そのまま戻ってくる流れになっていた。


「そうだね。あの二人がどこまで成長しているかわからないけど、こんな田舎じゃ持て余しちゃうんじゃないかな」

「違いない」


 エクスは二人が戻って来たとして、何をさせればいいのか考えていた。


「大変です。外から怪しい集団がこちらに向かってきています」


 そんな折、団員がそう報告してきた。


「怪しい集団?」

「……そういえば、盗賊団がこの辺りに潜んでいるっていう噂を聞いたことがあるけど」


 アイルは思い出したように言う。


「盗賊団って、こんな田舎を襲っても大したもん奪えねえだろ」

「いや、去年はあまり雨が降らなかったじゃないか。だから周囲の村は軒並み不作だった」

「そりゃこの村も変わらんだろ。わざわざ襲う理由なんて……」


 エクスはそこで気付いて言葉を止めた。


「君が魔法で雨の代わりをしてくれたからね。だから、この村だけは不作に悩まされなかった。盗賊団が狙うには十分じゃないかな」

「ああいった連中は、鼻が利くからな」


 エクスは立てかけてあった斧を手に取った。


「君がそれを使うのを見るのは初めてだね」

「多数が相手になるからな。雑魚は俺が相手するから、お前が頭を叩いてくれ」


 エクスは手慣れた動作でそれを背負った。久々に手にしたが、盗賊程度なら問題なく振えるだろう。


「頼りにしているよ」


 アイルは剣を腰に納める。


「何ていうか、二人がそんなに落ち着いているから何とかなるように思えてきましたよ」


 その様子を見て、団員が安堵したように言った。


「さて……人数は十人程度か。何とかなりそうだな」


 遠目に見える盗賊団を見て、エクスは呟いた。


「倍以上の数を見て何とかなりそうだ、なんてね。君くらいしかそんなことは言えないよ」


 それを聞いて、アイルが小さく笑った。


「まあ、似たような状況を何回か経験してきているからな。余程の使い手でもいない限り……何か、様子がおかしくないか」


 エクスはこちらに向かってくる盗賊団の様子が妙なことに気付いた。

 襲ってやる、という気迫が全く感じられず、むしろ何かから逃げているかのようにも見える。


「そう、だね。こっちを襲ってきているにしては、気迫がないというか」


 アイルも同じことを思ったのか、怪訝な顔をしていた。


「た、助けてくれ」


 盗賊団の一人がこちらに気付くと、縋るような声を上げた。


「もしかして、盗賊団に襲われて逃げてきたのか。いや、それにしては……」


 エクスはこの連中が盗賊団の被害者でないか、と一瞬思った。だが、その出で立ちからしてそれはないだろうと思い直す。

 服装からして略奪行為をやりやすいようなものだったし、何より全員が武器を持っている。

 護衛を雇ったという可能性もあるが、それなら全員が武器を持っているのはおかしい。


「君達、結構腕が立ちそうだけど。そんな君達が敵わないような相手って、魔物か何かかな」


 アイルはこちらを油断させるための演技だと疑っていた。


「ま、魔物の方がまだましだ。頼むから、助けてくれ」


 だが、怯えたようにそう返される。

 どうしたものか、とエクスとアイルは顔を見合わせた。演技にしてはこの怯え方は異常とも言える。


「なら、その魔物よりも強い相手を全員で何とかするか」


 エクスは斧以外の武器を持ってこなかったことを、少し後悔していた。とはいえ、このような展開になるとは予想できなかった。


「あ、あんた。あんなのと戦うつもりかよ。お、オレ達はゴメンだぜ」


 それを聞いて、盗賊団は一斉に首を振った。

 盗賊団になるくらいだから、相応に腹は括っている連中だろう。それがここまで怯えるような相手となると、厄介だな。

 エクスはどんな化物がやってくるのか、と斧を握る手に力を籠める。


「あら、やっと諦めたのかしら。余計な手間はかけさせないでよ」


 だが、姿を現したのは年頃の少女だった。肩くらいまで伸ばした黒髪と、屈強な男達が怯えるとは思えないような容姿が印象的だった。


「ひいっ」


 それを見て、盗賊団の一人が悲鳴を上げた。信じ難いことだが、この少女が盗賊団のいうところの化物らしい。


「あたしの村を襲うなんて言っておいて、無事で済むなんて思わないことね。殺されないだけ、ありがたいと思いなさい」


 少女は剣をすっと抜くと、盗賊団に突き付ける。


「だから、勘弁してくれ。もう、悪い事はしねえから」

「悪人はそう言って、命乞いをするのよね。で、生き延びたらまた悪事をするってのが相場かしら」

「驚いたな、こいつらがこれほどまでに怯える相手が、年頃の女の子とは」


 可憐な少女が盗賊団を怯えさせているのを見て、エクスはそう呟いていた。相応の化物が来ると予想していただけに、ある意味では拍子抜けさせられていた。


「でも、話が通じそうな相手で良かったかな」


 アイルは何かに気付いたのか、エクスの方を見てそう言った。


「おい、それはどういう……」

「……パパ?」


 エクスがそう言いかけた時、少女がエクスの方をじっと見て行った。


「パパって、まさか」


 そう呼ばれて、エクスは困惑していた。自分のことをそう呼ぶ相手は、一人しかいない。だが、目の前の少女とシャリアがどうにも結びつかなかった。


「パパ!」


 少女は剣を納めると、エクスに飛びついた。


「シャリア、なのか」


 どうにかそれを受け止めると、エクスはそう聞いた。ここまでされても、目の前の少女がシャリアだと確信できなかった。


「もう、娘の顔を忘れちゃったの」


 不満げに言うシャリアの顔を間近で見て、ようやくエクスもそれがシャリアだと確信した。


「いや、思っていたよりも美人になっていたからな。すぐに気付けなかった」


 子供の成長は早いというが、シャリアは別人といっていい程に成長していた。


「美人? そっか、そうなんだ」


 シャリアは嬉しそうに言うと、エクスに強く抱き着いた。


「お姉ちゃん!」


 少し離れたところから、咎めるような声が聞こえる。


「ひ、ひぃ」

「やっと追いついたの、セロル」


 怯える盗賊団を後目に、シャリアはのんびりとした口調で言った。


「もう、一人で先に行かないでよ」


 セロルは黒髪を背中まで伸ばしていて魔法使いらしいゆったりとしたローブを着ていたりと、シャリアに比べると軽快に動けそうな恰好ではなかった。

 セロルだと言われなければ気付かないほど成長していたのは共通していたが。


「そんな重たい物をぶらさげてるから、足も遅くなるんじゃないの」

「自分がぺったんこだからって、ひがんでるの」

「ちょっと待て」


 エクスは今にも喧嘩を始めそうな二人を止めた。


「状況が掴めないから説明をしてくれ」

「あたし達が戻ってくる時、偶然この人達と遭遇したんだけど」

「何か、わたし達の村を襲うなんて話をしてたから、これは見過ごせないなって」

「で、この結果か」


 エクスが盗賊団に目をやると、あからさまに怯え切っていた。元々才能がある二人がしっかりと鍛錬を積んできたのだから、並の相手では一たまりもなかったに違いない。


「さて、お前達」


 エクスは抱きついているシャリアをすっと離すと、盗賊団に近寄った。


「未遂とはいえ、村を襲おうとしたのは事実だ。それ相応の罰は受けることになるが、構わないな」

「わ、わかったから。あんた、あのおっかねえ姉ちゃんの親だろ、頼むから、もう止めるように言ってくれよ」

「アイル、こいつらの処置を頼む」

「ん、わかった。君は久々に家族団欒を楽しんでね。それと、シャリアちゃん、セロルちゃん。お帰り」


 アイルは二人の方を見ると、笑顔でそう言った。


「アイル。お前、二人がわかったのか」


 アイルが二人に気付いていたことに驚かされて、エクスはそう聞いていた。


「もちろんだよ。まさか、君は気付かなかったのかい」


 それを聞いて、アイルは呆れたように答える。


「いや、俺が思っていたよりも美人になっていたからな」


 エクスは思わず苦笑していた。二人が美人になっていたことは事実だが、全く気付けないのは育ての親としてどうか、という気分だった。


「美人? そっかぁ」


 それを聞いたセロルが、頬を赤らめていた。

 そして、ゆっくりとエクスに近付くとぎゅっと抱きついてきた。


「ちょっと、セロル」

「お姉ちゃんはさっきお父さんに抱きついてたでしょ」


 咎めるように言うシャリアに、セロルは抱きついたままでそう返した。

 三年も離れていれば甘え癖もなくなるだろうかと思っていたが、全く変わっていないことにエクスは頭を抱えそうになってしまう。


「お前達もいい年なんだから、いい加減俺に甘えるのは止めろ」


 エクスはセロルをそっと引き離す。


「久々なのに」


 セロルが不満げにそう言った。


「本当に、帰って来たんだな。こんな田舎よりも、王都にいた方が良かっただろうに……お帰り、二人共」


 エクスも色々と思うところはあったが、上手く言葉にできなかった。だから、ありきたりなことしか言えなかった。


「ただいま、パパ」

「ただいま、お父さん」


 二人は満面の笑顔でそう言った。

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