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説得

「お帰りなさい」


 エクスが家に戻ると、二人が玄関で待っていた。


「お前達、まさかずっとそこにいたのか」


 そんな二人を見て、エクスはそう聞いていた。普段はあまり強い口調で叱ったことがなかったから、それで堪えたのかもしれない。


「ううん、そろそろ帰ってくる頃だと思ったから」


 だが、シャリアは小さく首を振った。それがエクスを心配させないための嘘かどうかまではわからなかったが、エクスはそれを受け入れることにした。


「そうか。大事な話がある。先に座って待っていろ」


 エクスがいつになく真剣だったのを察して、二人は特に何も言わずに奥へ戻って行った。


「さて、どう説得したものか……と、最初から弱気になっていてもいかんか」


 エクスはふっと息を吐くと、二人が待っている奥へと向かう。


「お父さん、話って何? 今日、喧嘩に魔法を使ったから怒ってるの」


 エクスが入ってくると、セロルが先に口を開いた。


「確かに、喧嘩をするために剣術や魔法を教えたわけじゃないが……正直、あそこまで腕を上げていたとは思わなかった。子供の喧嘩なら可愛いものだ、と片付けられないくらいにな」


 エクスは二人を交互に見やると、ゆっくりと言った。


「えっ、どういうこと」

「お前達二人で喧嘩する分には問題ない。だが、それを他の子供に向けたりしたら……下手をしたら、相手を殺してしまいかねない」


 エクスがそう言うと、二人は黙り込んだ。相手を殺してしまう、という言葉が余程響いたのか顔色が悪くなっているようにも見えた。


「勘違いするな。別に責めているわけじゃない。ただ、俺が教えてやれる範疇はとっくに超えてしまった、というだけの話だ」

「でも、まだパパの方が剣の腕は上よ」

「わたしの魔法は、まだお父さんに及ばないから」


 エクスがそう言うと、二人はそれぞれ反論する。


「今の段階では、な。だが、俺はお前達に正しい力の使い方を教えてやることができない。だから、王都の学校にお前達を行かせようと思う」

「パパ、あたし達のこと嫌いになったの。パパと離れるなんて嫌」

「わたしもお父さんと離れたくない」


 その答えはある程度予想できていたこともあって、エクスは小さく息を吐いた。


「俺は、お前達のことを大切に思っている。だからこそ、正しい力の使い方を学んでもらいたいと思っている。今のままだと、その力でお前達自身に危害が及びかねない」


 そして、そう続けた。


「でも、王都の学校なんてお金がかかるんじゃないの」

「お前達なら、特待生になるのも難しくないと思っているが。それに、特待生になれなくても俺が騎士団で稼いできた金が余っているからな。それでどうにかするさ」


 心配そうに言うセロルに、エクスは笑いながら答える。


「そんな、どうしてあたし達にそこまでしてくれるの。最初にお爺ちゃんと話をした時だって」

「なあ、お前達は俺のことを父親だと思ってくれているか」


 不安げな目を向ける二人に、エクスはそう言った。


「えっ、そんなこと、当たり前じゃない」

「うん、わたしもお父さんだって思ってる」

「俺はこんな性格だからな。結婚して家族を持つなんてことはできなかっただろう。血は繋がっていないとはいえ、子供を持つことができたなんて俺には過ぎたことだよ」


 エクスは二人に優しく話しかけた。


「あたしも、パパがパパで良かったって思ってる」

「わたしも、お父さんがいてくれて、本当によかった」

「そうか。それなら、俺に親らしいことをさせてくれ。本当なら、俺がお前達をきちんと教えてやれればいいんだが、そこは俺の力不足だ。情けない父親だと笑ってくれていい」


 エクスは二人に頭を下げる。


「止めてよ、パパ。そんなことされたら、嫌って言えないじゃない」


 シャリアが半泣きになりながらそう言った。


「お父さん……」


 セロルは言葉がでなくなったのか、ずっとエクスの方を見ていた。


「それに、最初に言ったように俺がお前達を連れて来たのは利用するためだ。当初は誰かに押し付けるつもりだったしな。ジジイのおかげで、俺が父親をやることになったが。まあ、今では悪くないと思っている。だから、お前達は変に気を回す必要はない」


 エクスは立ち上がると、二人の頭をそっと撫でた。


「俺だって、お前達がいなくなったら……寂しいと思う。だが、お前達のことを考えると、やはりきちんと学んでもらいたい」

「えっ?」

「お父さんも、寂しいの」


 エクスから寂しい、という言葉が出るとは思っていなかったのか、二人は驚いたようにエクスを見上げた。


「はは、だから王都でしっかり学んでくれ。それが、俺に対する一番の恩返しだ……と、話が長くなったな。そろそろ、夕飯にしようか」


 二人が納得したと判断して、エクスは夕食を準備するために調理場へ向かった。



「今日は、疲れたな」


 その夜、エクスはベッドの上でそう呟いた。二人はエクスに甘えがちなところはあったが、基本的には聞き分けの良い子供だった。

 だから、これだけ時間をかけて説得したのは初めてだったし、それに費やした労力も今までで一番だった。


「ま、これを機に甘えがちなのが治ってくれればな。ひょっとしたら、王都でそのまま仕事に就くかもしれないが、その方がいいかもな」


 二人がしっかりと力の使い方を学べば、周囲が黙ってはいないだろう。シャリアなら騎士団が、セロルなら王宮がそれぞれ勧誘してきてもおかしくはない。


「お父さん、いい」


 そんなことを考えていると、外からセロルの声が聞こえてきた。


「セロルか。どうしたんだ」

「入って、いいかな」

「構わんぞ」


 エクスがそう言うと、セロルが遠慮がちに入ってきた。


「どうしたんだ」

「一緒に、寝てもいい?」

「……仕方ないな」


 最初は断ろうと思ったが、セロルが不安そうにしているのが見て取れたので渋々ながらもエクスは受け入れる。


「ありがと」


 セロルは嬉しそうにベッドに入ってきた。


「ちょっと、セロル。抜け駆けしないでよ」


 そこで、勢いよくシャリアが入ってくる。


「セロルの姿が見えないから、もしかして、って思ったら。やっぱり、パパの所にいたのね」


 そして、ずかずかとこちらに歩み寄って来た。


「シャリア、丁度良い。セロルを連れて戻ってくれ。さすがにお前達の年で父親と一緒に寝るのは良くないだろう」


 シャリアが入ってきたのを見て、エクスはそう言った。


「嫌よ」


 だが、シャリアははっきりと言い切った。


「嫌って、お前」

「あたしも、パパと一緒に寝る」


 シャリアはエクスの答えも聞かずに、ベッドの中に潜り込んだ。


「お前達なぁ……」


 エクスは呆れて何も言えなくなっていた。普段なら強引に連れ出したかもしれないが、今日は二人を説得したこともあってかなり疲れ切っていた。

 ふと気が付くと、二人はエクスの両側から強く抱き着いていた。

 

「ねえ、パパ。あたしは剣をしっかり学んだら、絶対にパパの所に戻ってくるから」


 シャリアがエクスの手をぎゅっと握っていた。


「無理に戻ってこなくてもいいぞ。こんな田舎じゃ、お前の剣を生かせるとも思えん」

「自警団で働く」

「そうか」


 エクスはシャリアの話を適当に聞き流していた。本人がそう言っても、周囲が放ってはおかないだろう。


「わたしも、戻ってくるから」


 セロルは体全体でエクスの腕に抱きついていた。


「セロルなら王宮付きの魔法使いにでもなれそうだが。その気はないのか」

「なんか色々と面倒っぽいから戻ってくる。お父さんみたいに、魔法で村の人のお手伝いするから」

「そうか」


 先程と同様に、セロルの話も聞き流していた。魔法を使える人間はそれだけでも希少価値があるのだから、シャリア以上に周囲が放っておかないのは目に見えていた。


「ははっ」


 抱きついてくる二人の体が思っていたよりも小さかったので、エクスは思わず声を出して笑っていた。


「どうしたのよ、急に笑い出して」


 そんなエクスに、シャリアが怪訝そうな目を向ける。


「いや、昼間はお前達の剣や魔法に驚かされたが、こうしているとお前達も年相応の女の子なんだな、と思ってな」

「あ、当たり前じゃないの」

「正直、騎士団で魔物討伐をしていた時と同じくらいには危機感があったが」

「お父さん、それってわたし達が魔物くらいに怖かったってこと? 酷いよ」

「そうね。こんな可愛い女の子に、よりにもよって魔物なんて」


 エクスが魔物並だったと言うと、二人は抗議の声を上げた。


「それくらい、お前達の力が飛び抜けているということだ。それを何も考えずに振り回していれば、魔物と変わらない。だから、正しい力の使い方を学ぶのは大切なことだな」

「うん」

「わかった」


 エクスが諭すように言うと、二人は素直に頷いた。


「ねえ、騎士団にいた頃の話してよ」


 不意に、シャリアがそんなことを言い出した。


「あ、わたしも聞きたい」


 セロルもそれに同意する。


「は? よりにもよってそんな話が聞きたいのか。そんなに面白いことはないぞ」


 騎士団にいた頃の話を聞きたいとせがまれて、エクスは少し戸惑っていた。成り上がることしか考えていなかったから、そのためにだけ行動していた。とてもではないが、他人に聞かせたくないような話もある。


「変わり者、って言われるくらいだから、面白い話もあるでしょ」

「仕方ないな」


 エクスはある程度選別しながら、騎士団にいた頃の話を始めた。

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