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後進の育成

「これは酷いな……だが、ワイバーンとはいえここまで徹底的に破壊するものなのか」


 現地でその惨状を目の当たりにして、エクスは疑問を口にしていた。確かにワイバーンがその気になれば村一つくらいは壊滅させることができる。


「吾輩もそれが気になっていてな。そもそも、ワイバーンが辺境とはいえ人が住む場所を襲うことが稀だ。その理由はわかるか?」


 イレーシーに聞かれて、エクスは小さく首を振った。


「基本的にその必要がないからだ。それにあれは見た目によらず知性も持ち合わせておる。下手に人間を襲えば報復されることくらいは理解できているだろうて」

「だから、何かしらの外部的要因があると考えているわけか」


 エクスは馬車の中でのイレーシーの言葉を思い出していた。


「そういうことだ。実際、いくらワイバーンとて王宮魔法使い上位数名の敵ではない。本当に、ワイバーン一匹だけ、ならな」

「で、保険として俺達を連れてきたと。全く思慮深いことだ」

「魔法使いが希少なのはお前も知っているだろう。万が一にでも死なせたとなると、面倒事になる」


 イレーシーは心底から面倒そうな表情になっていた。当人の性格的にも、こういった立場はあまり好ましくないのかもしれない。


「そうかもしれんが、俺の部下だって代わりが効くわけじゃない。お前の立場なら、そうせざるを得ないかもしれんが」

「吾輩の立場ではそうなるな。ま、そこまで気にせんでも良い。いざとなったら、吾輩が出張るだけの話だからな」


 イレーシーの言葉が虚勢でないことに気付いて、エクスは一瞬だけ寒気を感じていた。イレーシーの魔法を見たことは数回ほどしかなかったが、いずれも並みの魔法使いとは比較にならなかった。

 そして、再開した時に見せた魔法。

 見た目こそは小さい炎だったが、そこからはとてつもない魔力が圧縮されているのが嫌でもわかった。あれほどの圧縮はセロルでも無理だろう。


「後進の育成というのも、面倒で敵わん。お主はそうではなさそうだがのう」

「馬鹿を言うな。俺はそんな柄じゃない」

「それとも、英雄譚で語られる勇者の方が近いかもしれんな」


 エクスが軽く手を振ると、イレーシーはふざけているような、それでいて真剣なような表情で言う。


「それこそ、俺の柄じゃない。勇者様は世界を救うという崇高な目的で戦っていたのだろう。それこそ、俺とは真逆じゃないか」


 イレーシーに勇者と比較されて、エクスは思わず吹き出していた。さすがのエクスも物語で語られる勇者のことは知らないわけではないが、それは自分とは似ても似つかない人物として記されていた。


「お主、意外と夢見がちなのか。可愛いところもあるのう」


 その様子を見て、イレーシーがからかうように言った。


「そういう時期があったことは否定しないが。今はそこまで夢を見るような子供じゃないつもりだ」

「いや、勇者の物語を額面通りに受け入れている時点で夢見がちだ。普通に考えてみろ、どこのどいつが何の見返りもなしに世界を救おうなどと考える?」


 エクスが反論すると、イレーシーはこれ以上ないというほどに嫌らしい笑みを浮かべていた。


「勇者って輩はかつての俺のように上昇志向が強い連中だった、とでも言いたいのか」

「全員がそうとは言わんがな。故に吾輩もお主を見て魔法を教えてみようと思ったわけだが」

「どういうことだ」

「勇者というのは、剣技だけでなく魔法まで使いこなすような連中だ。複数の武器を使いこなすお主が魔法まで使えたら、それこそ勇者と呼べる存在になるような気がしてな」

「ってことは、あんたの道楽で俺に魔法を教えたのか」


 その言葉に、エクスはたまらず声を上げていた。さすがにエクスに全く魔力がなかったら魔法を教えなかった、というよりは教えられなかっただろうが、それだけを聞いていると興味本位で魔法を教えたようにしか思えなかった。


「気を悪くするな、あくまで理由の一つに過ぎん。魔力を持つ人間に魔法の手ほどきをするのは、吾輩の趣味のようなものだ。誰であろうとも、魔力があれば教えていた」


 エクスがあからさまに不機嫌な顔になっていたので、イレーシーは軽く手を振る。


「お主が複数の武器を使い回しているのを初めて見た時は、度肝を抜かれたぞ。どうやって使っているのかと思って見てみれば、持ち替える時に魔力を流しているではないか。しかもよく聞けば、それを魔力として意識していないときたものだ」


 その時のことを思い出してか、イレーシーは愉快そうに笑っていた。


「まさか、俺が無意識で使っていたのが魔力だとは思わななかったがな。まあ、これでもあんたには感謝してはいる。魔法を覚えたことで助かった場面もあったしな。それに、セロルに魔法を教えることができた。俺にとって、それが一番だよ」


 エクスは苦々しい顔をしつつも、イレーシーに礼を言う。イレーシーの態度がこちらをからかうようなものなので、素直に礼を言い難いというか言いたくない気持ちにさせられてはいたが。


「それに、あの頃よりも今のお主の方がずっと勇者に近いのではないか」

「おいおい、今度は褒め殺しか」

「勇者というのは剣技も魔法も使える反面、その道の達人には及ばない。それ故に、その道の達人に頭を下げて同行を依頼することもあったという。まさに、今のお主のようにな」

「……その点だけは、そうかもしれないな。俺の場合は、たまたま部下に恵まれただけだが」


 エクスはそれを完全に否定できなかった。

 勇者が一人で旅をする物語もあれば、複数人で旅をする物語もあった。そして、勇者の仲間は大抵勇者にできない何かを持っていた。

 奇しくもエクスの部隊員は、各自の専門分野であればエクスを大きく上回っている。


「もっとも、自分を刺した相手まで仲間にするような勇者は……さすがにおらんだろうな」

「フィスのことは、他言無用で頼む。あんたに弱みを握られるのは爵だが」


 エクスは苦虫を嚙み潰したような顔で、そう言っていた。イレーシーが只者ではないことはわかっていたが、その情報収集力すらも尋常ではなかった。


「くっくっく、以前のお主なら、そんなことは言わなかっただろうにのう。それに、吾輩は有能な人間を敵に回すほど馬鹿ではない」

「よく言う、その気になれば俺なんか簡単にやれるだろうに」

「確かにやれないことなはないが簡単、とまではいかないだろうな。それに、不本意な命令で働かせるよりは正当な報酬を与えて働かせた方が効率は良いだろう」

「違いない」


 イレーシーの言葉に、エクスは頷いた。

 


「一応確認しておくが、お主の部下はどうしている」

「周囲を探らせている。何かあったらすぐに報告に来るはずだが」

「こうして下らん雑談をできる程度には、余裕があるということだが……それにしても、動きがなさ過ぎるな」


 あまりに動きがないことに、イレーシーは怪訝な顔をしていた。


「何もないことは良いことだ、とは言えないか」

「普通の状況であれば、そうだがな」


 その時、上空を大きな影が横切っていた。


「来たか……各自、準備はいいな」

「もちろんです」

「いつでも行けます」


 イレーシーの言葉に、後ろで控えていた数人が返事をする。


「幸か不幸か、守るべき対象の村は滅ぼされている。だから、撃ち落とした後のことを心配する必要はない。存分にやれ」

「了解しました……炎よ、渦巻け!!」


 一人を皮切りにして、次々と魔法がワイバーンに向けて放たれた。

 セロルほどではないにしろ、さすがは王宮魔法使いだ。その実力はエクスなど足元にも及ばなかった。さしものワイバーンも、これだけの威力の魔法を立て続けに喰らえばそう持たないだろう。


「セロルには及ばないとはいえ、さすがだな。王宮魔法使いというのは、これほどの実力者が揃っているということか」

「お褒めいただき、光栄ですな」


 背後から声をかけられて、エクスは振り向いた。

 初老、とまではいかないにしろそこそこ歳の行った男が立っている。


「あんたは攻撃に参加しないのか」


 エクスは男に視線をやると、そう聞いた。

 この場にいるということは、王宮魔法使いであることは間違いない。だが、攻撃に参加していないことが気になっていた。


「必要になれば私も参加しますよ」

「後進の育成か」

「お察しの通りです」


 男は軽く一礼する。


「それともう一つ、あなたと少し話をしたいと思いましてね」

「俺と話をしたところで、得られるものなどなさそうだがな」

「いえいえ、セロルに魔法の手ほどきをした方が、そんな謙遜なさらなくとも」

「……それは嫌味なのか、本音なのか測りかねるところだな」


 エクスは男がどこまで本気なのかわからずにいた。確かにセロルに魔法を教えたのは事実だが、本当に基礎しか教えていない。

 というよりは、教えることができなかった、といった方が正しいか。


「と、失礼を。まだ名乗っておりませんでしたな。私はルベト、王宮魔法使いで魔法学院では教鞭を取っております」

「ということは、セロルを教えたこともあるということか」

「はい、その通りです。あなたは剣だけでなく魔法も使えるとイレーシー様から聞きましてね。まさかとは思いますが、剣を振るいながら魔法を使うなんて芸当は無理でしょうな」

「俺の魔法は威力よりも詠唱速度と連射力を重視している。だから……」


 エクスは左手で剣を抜くと同時に、右手に炎を宿らせた。


「こういった曲芸のようなこともできなくはない」


 驚くルベトを後目に、エクスは剣と魔法を納めた。


「大したものですな。確かに、魔法の威力はそれほどでもない。ですが、剣の補助として使うのであれば十分でしょう」


 ルベルは感嘆の声を上げる。


「そこまで大したことでも……」


 そう言いかけて、エクスは言葉を止めた。魔法使い達が戦っているワイバーン以外も、上空で飛んでいる何かの気配を感じていた。


「これは厄介なことになりそうですな、イレーシー様」


 ルベトもそれに気づいたようで、イレーシーに声をかける。


「まだ吾輩の出番ではないな。それに、こういう時に備えてエクス達を連れてきている。さて、良かったな。ただ働きせずに済んだようだ」

「全く人使いの荒いことで。俺達がもう一体を相手にすれば良いのか」

「理解が早くて助かるのう」

「まあ、報酬分は働かせてもらうとするか……って、あれは!?」


 エクスは上空を見上げてもう一体の敵影を確認しようとした。

 だが、それがあまりに有り得ない存在だったので驚愕してしまっていた。

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