剣と魔法
「ジジイから練習用の模擬剣を借りてきた」
エクスはシャリアとセロル、それぞれに模擬剣を手渡した。
「へぇ、思ったよりも軽いのね」
シャリアはそれを受け取ると、数回軽く振り回した。
「おい、むやみやたらに振り回すな。しっかり握っていないとすっぽ抜けるぞ」
「は~い」
エクスが軽く注意すると、シャリアは素直に返事をする。
対照的に、セロルは持つだけでも精一杯というような感じだった。
「セロル、重いようなら両手で持ってもいいぞ」
シャリアが片手で持っているのを見て、セロルも同じようにしていたからエクスはそう助言した。
「でも、お姉ちゃんは片手で」
「シャリアとセロルじゃ、体の大きさが違う。自分の体に合った使い方をしろ」
エクスにそう言われて、セロルは両手で模擬剣を持つ。
少しバランスを崩しそうになっていたが、それでもしっかりと握っていた。
「シャリアも最初は両手で持つように。片手で使うのはある程度慣れてからでいい」
エクスはシャリアにも両手で持つように促すと、自分も剣を両手で構えた。
「真っ直ぐ前を見て、こうやって、少し腕を上げる」
エクスは構えた剣を上に上げた。
二人もそれに倣って剣を上げる。
「そして、腰のあたりまで振り下ろす。しっかり握っていないとすっぽ抜けるから、そこは気を付けろ」
「やっぱり、様になっているわね」
「お父さん、凄い」
エクスが剣を振り下ろすと、二人は感嘆の声を上げた。
「まあ、剣はジジイや騎士団に習っていたからな。他は全部自分で色々調べて覚えたが。それなりに見えてくれないと困る。やってみろ」
「えい!」
シャリアが剣を振り下ろすのを見て、エクスは驚きの声を上げそうになっていた。
「これは……いや、一振りで決めるのは早いかもしれんが、相当な才能があるんじゃないか」
そして、聞こえないように呟く。
「や、やぁ!」
セロルも剣を振り下ろしたが、年相応の動きでこれといって目を引くようなものはなかった。
「ねえ、もっと色々教えてよ」
「馬鹿を言うな。まずはすっぽ抜けないように振れるようになるまでだ」
シャリアは飽き性なのか、素振りだけでは物足りなくなったようだった。
「わかった」
少し不満そうではあったが、シャリアは素直に素振りを続ける。
「あっ」
セロルの模擬剣がすっぽ抜けて、エクスの方に飛んでいった。
エクスはそれを難なく自分の剣で受け止める。
「お、お父さん、ごめんなさい」
セロルは慌てたように頭を下げた。
「大丈夫だ。こういうことがあるから、しっかりと剣を持つようにな」
エクスは問題ない、というようにセロルに剣を渡す。
「は、はい」
セロルは剣を受け取ると、今まで以上に剣を強く握って剣を振った。
「さて、どうしたものかな」
二人の様子を見ながら、エクスはこれからのことを考えていた。
「まさか、シャリアにあそこまでの才能があるとはな」
料理をしながら、エクスはそう呟いた。
子供の頃の自分はもちろん、下手をしたらアイルよりも才能がある。
対してセロルは平均的、いや下手をしたらそれ以下かもしれなかった。このまま二人に同じように剣を教えていくのはお互いのためにも良くないと感じていた。
「だが、それを直接セロルに言っていいものか」
「お、お父さん」
考え事をしながら食材を切っていると、セロルが背後から声をかけてきた。
「ん、セロルか。今料理をしていて危ないから、話なら後にしろ」
エクスは包丁を持つ手を止めると、振り返ってそう言った。
「お姉ちゃんの前ではできない話だから」
「……わかった」
エクスはセロルが話しやすくなるように、再度包丁で食材を切り始める。
「わたし、剣向いてないと思う」
「そう、か。それなら、どうしたい」
よもやセロルの方からそう言ってくるとは思わず、エクスは動揺を悟られないように平静を装っていた。
「でも、お姉ちゃんは剣の才能があるから、お姉ちゃんには続けて欲しい。そこにわたしがいると、お姉ちゃんの上達の邪魔になっちゃう」
「そうだな。セロルは自分にできることを、また別に見つけようか」
エクスは食材を切り終わると、乱雑に鍋の中に投げ入れる。
そして、魔法で火を起こして竈門に火を付けた。
「お、お父さん。魔法も使えるの!?」
「あ、そういやお前達に魔法を使うのを見せたことはなかったか」
煮込みを続けながら、エクスは鍋を適当にかき混ぜる。
「わたし、魔法使ってみたい‼」
セロルが何かを思いついたように声を上げた。
「魔法は剣よりも人を選ぶぞ。それに、魔法に関しては俺も独学に近いし、この村でまともに教えられる奴がいるとも思えん」
「できなかったら、できなかったでいい」
「そこまで言うなら、俺に出来る範囲で教えてやる……と、そろそろいい感じになったか。盛り付けるから、運ぶのを手伝ってくれ」
「はーい」
吹っ切れたのか、セロルの返事は明るいものだった。
「と、いうわけでセロルには魔法を教える。シャリアは引き続き剣を教えるから、そこは心配しなくていい」」
翌日から、セロルに魔法を教えることをシャリアにも伝えた。
「別にいいけど、二人に別々の事教えるって、大変じゃない」
それを聞いて、シャリアがそう言った。
「そこはまあ、何とかするさ。俺がどうして変わり者と呼ばれていたか、知っているだろう」
「それは知ってるけど」
「それから、最初はセロルに付きっきりになるが、それは承知して欲しい」
「……ん、わかった」
何故か一瞬だけシャリアは不満げな顔を見せたが、すぐに表情を戻していた。
「さて、セロル」
シャリアが素振りを始めたのを見計らって、エクスはセロルに声をかけた。
「昨日も言ったが、俺はほぼ独学で魔法を学んだ。だから、まともに教えられるかわからんが」
エクスはセロルの前に数冊の魔導書を広げる。
「俺が魔法を覚える時に使っていた魔導書だ。基本的なことから応用的なことまで、それなりに把握できているはずだが……」
エクスはその内の一冊を開くと、セロルに読むように促した。
「えっと、魔法を使うには……精神を集中させて、体内の魔力を感じ取ること。ちょっと、難しいな」
「そうだな。だから」
エクスはセロルの手を取ると、自分の魔力をセロルに流し込んだ。
「……わたしの中に、何か入ってくる?」
すると、セロルがそれに気付いたのかそんなことを言う。
「わかるのか。そうなると、お前にはある程度魔法を使える素質がありそうだ」
エクスは魔力を流していた魔力を止めた。
「あ、消えた?」
「今、俺が自分の魔力をお前に流し込んだ。素質がない人間はそれに気付けないが、お前は気付けた。だから、魔力がどのようなものか、わかったはずだ」
「今のが、魔力……」
セロルは目を閉じて精神を集中させる。
「何となくだけど、わかるよ。わたしの中にも、魔力があるのが」
そして、そう言った。
「魔力を確認できたのなら、そうだな。まずは火をイメージするか。俺が竈門に火を付けたのを思い出してみろ」
「うん……竈門に火を付けるのをイメージして……」
セロルは人差し指をすっと前に出すと、その指先に小さな火が灯っていた。
「良い感じだ。それを少し遠くに飛ばすように」
「こう、かな」
セロルの指先から、エクスが想定していた以上に大きく燃え盛る炎が飛び出した。
「なっ」
エクスも相殺する準備はできていたが、それが想定外の魔法だったこともあり思わず距離を取る。
「消えろ‼」
距離を取った上で氷を放つことで、どうにかその炎を消し去ることができた。
「お父さん、大丈夫」
セロルもそこまでの炎が出ると思っていなかったのか、心配そうにエクスを見ていた。
「ああ。今日から、お前は魔法を学ぶと良い。それから、シャリア」
エクスは素振りを続けていたシャリアに声をかけた。
「何」
「そろそろ、次の段階に進もうと思う。お前もいい加減素振りだけだと飽きるだろ」
「えっ、いいの」
それを聞いて、シャリアが目を輝かせる。
「ああ。俺に打ってこい」
エクスは模擬剣を構えると、シャリアに打ってくるように言った。
「パパと模擬戦、か。面白いじゃない」
シャリアは嬉々としてエクスに打ち付ける。
「良い太刀筋だな。だが」
エクスはそれを受け止めうると、すっと模擬剣を引いた。
「えっ」
自分の剣を受け流されて、シャリアは大きく体勢を崩した。
そのまま倒れそうになったところを、エクスが受け止める。
「ただ勢いのままに打ち付けると、今のように受け流される。だから、力加減も考えることだ」
「う、うん」
「というか、いい加減離れろ」
シャリアはエクスに強く抱き着いて離れようとしなかった。
「お姉ちゃん」
それを見て、セロルが珍しく怒ったような声を出していた。
「さっきまで、あんたはパパを独り占めしてたんだから、このくらいいいじゃない」
「独り占めってなぁ。とにかく、離れろ」
エクスは呆れながらも、シャリアをゆっくりと引き離した。
「そういうのは、本当に好きな男としろ」
引き離した後で、エクスはシャリアの頭を軽く撫でる。
「あたし、パパのこと大好きだけど」
「はいはい、娘に愛されてお父さんは嬉しいぞ、と」
シャリアは真剣に言っていたようだったが、エクスはそれに気付かずに受け流していた。
「わ、わたしもお父さん大好きだから」
シャリアに対抗するように、セロルもそう言った。
「いやぁ、お父さん娘に愛されて嬉しすぎるぞ。冗談はともかく、続けるぞ」
エクスは二人に訓練を続けるように言う。
「はーい」
「うん、わかった」
二人はそう返事すると、訓練を再開した。
「これは、しばらくすると俺の手には負えなくなるかもしれんな」
その様子を見て、エクスはそう呟いた。
シャリアもセロルも、それぞれエクスを大きく越える才能を秘めているのがわかる。自分がそれをどこまで導いてやれるのかわからないが、親としてできることはやってやろう。
「この俺が、こんなことを思うとはな」
騎士団で成り上がろうとしていた頃の自分では、絶対にこんなことは考えなかった。当時の自分が間違っていたとは思わないが、こういうのも悪くはない。
エクスは自分がここまで変わるとは思わず、それを自然と受け入れている自分にもまた驚かされていた。