用心深い魔法使い
「まさか、お父さんに魔法の手ほどきをしたのがイレーシー最高顧問だったなんて。世間って思ったよりも狭いんだね」
目的地までの馬車に揺られながら、セロルがそう言った。
「そのイレーシー、って人。魔法学院の最高顧問なんだから相当な使い手なんでしょうけど……どんな人なの」
「魔法使いとしてなら、敵う人はいないんじゃないかな。ただ、学院にいるのは入学式と卒業式の時くらいで、一年の半分くらいは他の国を回っているみたい」
シャリアにそう聞かれて、セロルは簡単に説明する。
セロルもイレーシーの姿を見たのは、入学式と卒業式の時くらいだった。正確には何回か声をかけられたことはあったが、その時は自分が特別扱いされているとは思っていなかった。
今になって思えば、あの時からセロルを王宮魔法使いにしようと画策していたのかもしれない。
「意外なところに縁があるものだね。そうなると隊長の魔法の先生だから、セロルは孫弟子ってことになるのかな」
「一応、そうなるのかな。でも、お父さんは基礎的なことしか教えてないからとても師匠なんて名乗れない、って言ってるけどね」
カトルに言われてセロルは仕方ないな、というように笑っていた。
セロルからしたらエクスは十分に師と言えるのだが、当の本人が絶対にそれを認めようとしなかった。シャリアの剣についても同じなので、エクスは教えたというより道を示した、という程度にしか捉えていないのかもしれない。
「でもよ、そんなお偉いさんに目を付けられてたってのに、よく王宮魔法使いにならずにすんだな」
「建前の上では強制じゃない、ってことにはなってるから。待遇はとても良いから、大抵の魔法使いは王宮に行きたがるんだけど」
「どんだけだよ」
「多分、騎士団の倍……とまではいかなくてもそれに近いくらいかな」
「それを蹴っておっさんの所に帰ったのかよ」
セロルの説明を聞いて、リュケアは呆れたように言った。
騎士団の待遇も決して悪いものではないが、さすがに倍近いともなればわざわざ騎士団を選ぶ理由もない。
「王宮って面倒な場所だからね。いくら待遇が良くても、長続きしないような気がしたから」
「確かにそうかもしれない。でも、それだけが理由じゃないよね」
「お父さんに恩返しがしたかったから、ってのもあるよ。お父さんは王都で働けってずっと言ってたけど」
「それは親孝行なこった。シャリアも同じか」
リュケアはシャリアに話を振った。
「そうね」
シャリアは特に言うようなこともなかったので、一言で答えていた。
「しかしまた、厄介な任務を請け負ったものだね。隊長は厄介事を引き込む体質なのかもしれないね」
「ま、それでオレらの評価も上がるわけだし、良いんじゃねえ。もっとも、任務を遂行できれば、の話だけどな」
リュケアは馬車の窓から後ろを付いてきている馬車に目をやった。
こちらはいつもの四人で、後ろの馬車にはエクスとイレーシー、それにフィスが乗り合わせている。
「まさか、あの人がフィスのことまで調べ上げてるなんて思わなかったわ」
シャリアはイレーシーがフィスも連れていく、と言い出した時のことを思い出していた。
「あの人は相当なやり手だって話だからね。それに、見た目は若いけど実年齢は誰も知らない……本当は百歳を超えている、なんて噂も耳にするくらいだよ」
「規格外だってことはわかったわ。セロルが反対できなかったのも、よくわかる気がする」
当初は二人ともエクスとフィスが一緒の馬車に乗ることに反対していた。だが、イレーシーが自分が一緒なら問題ないだろう、と言い出したことでセロルは反対できなくなってしまった。
その様子に、シャリアも只事ではないと察してイレーシーの言葉を受け入れざるを得なかった。
「あの人を出し抜いてお父さんに危害を加えられるなら、フィスはどんな手を使ってでも処理しないといけなくなるよ」
「おっさん、どこでそんな魔法使いと知り合ったんだよ」
リュケアは窓の外から後ろの馬車を眺めながら、そう呟いていた。
「ワイバーン程度、それこそ王宮の魔法使いなら簡単に処理できるだろう。俺達の出番があるとは思えないがな」
エクスは目の前に座っているイレーシーにそう言った。
今回の任務は村を壊滅させたワイバーンの討伐。
ワイバーンは空中からの攻撃を得意としているから、遠距離から攻撃できる魔法使いが適している。シャリアなら相手の攻撃をすれ違いざまに反撃、といったこともできそうではあるが、そんなことができるのはごく一部に過ぎない。
イレーシーがどこまで把握しているかはわからないが、わざわざ騎士団に助力を頼むくらいだから他に何かあると予想できる。
「ワイバーンだけなら、な」
「他にも討伐対象がいるのか」
イレーシーから返ってきた答えに、エクスはそう聞き返していた。
「今のところはいるかもしれないし、いないかもしれない、としか答えられん」
「随分と曖昧だな」
「仕方あるまい、情報が少なすぎる」
イレーシーは難しい顔をして言う。
「あんたにそこまで言わせるのか。と、なると……俺が思っている以上に簡単ではなさそうだな」
エクスは予想よりも厄介なことになりそうだと感じていた。
「お前達に来てもらったのは、万が一に備えてだ。何事もないならそれが一番だな」
「おいおい、それだと報酬が……」
「ああ、それなら心配するな。お前たちの出番がなくても報酬は払う。ここまで出張ってもらっているのに、無報酬というのは有り得ん」
エクスがそう言いかけると、イレーシーは心配無用とばかりに笑い飛ばした。
「そうか、それなら何事もないことを願おうか」
「お主、本当に変わったな。以前のお主なら、ここぞとばかりに手柄を立てようと躍起になっていたところだろうに」
「あれから何年経ったと思っている。今の俺は……娘達が幸せになってくれれば、それで良い」
エクスはゆっくりと首を振った。
イレーシーに出会った頃のエクスだったら、間違いなくそうしていただろう。だが、今はある程度の地位に就いていることを差し引いてもそこまで躍起にはなれなかった。
「娘達が幸せなら、か」
そんなエクスに、イレーシーは心底から意外そうな顔をしていた。
「お主がそんなことを言うとは予想外にも程があるが……セロルに対して基礎しか教えなかったことを鑑みても、そういう思考になっているのだろうな」
そして、どこか納得したような口調で続けた。
「どういうことだ」
「セロルの資質は、お前もわかっているだろう。全てを魔法に捧げれば、吾輩をも超えることができよう。そんな資質を前にして基礎だけを教えるなど、普通の魔法使いではまず無理だ」
「俺の魔法は、大したものじゃない。だから、セロルには基礎しか教えられなかった」
「それでも、だ」
イレーシーはエクスの胸元を指差した。
「自分がさしたる魔法使いでないと理解していても、あれだけの才能を前に我慢ができるはずがない。それ故に、才能が潰れてしまうことは決して珍しいことでもない」
「よくわからんが、俺が基礎しか教えなかったのが結果的に良かった、ということか」
「そういうことだ。学院の教員共も驚いていたな。これだけの才能を持った子供が、基礎しか教わっていない。加えて、その基礎が高いレベルで突き詰められている。こんな事例は滅多にないことだ」
イレーシーはエクスを指していた指を引っ込める。
「そうか。俺が大した魔法使いでなかったことが、逆にセロルにとっては良かったのか」
エクスは何ともいえない気持ちになって、たまらず苦笑していた。セロルにまともな指導をしてやれないことを気にしていたが、それがかえって良かったとなれば皮肉な話でもあった。
「だが、成り上がることを考えていた頃のお主なら、セロルを利用して自分の名を上げることくらい考えたのではないか」
「……どうだろう、な。そう考えていたなら、そもそも二人を拾わなかったかもしれない」
エクスは二人と出会った時のことを思い出していた。あの時は騎士団を辞めた直後だったこともあって、本当に何の気なしに声をかけていた。
二人はエクスに救われたと思っているだろうが、エクスからしても二人には助けられている。
だからこそ、二人にはどんな形であれ幸せになって欲しいと思っているのだが……
「いやはや、お主に魔法を教えたのは間違いではなかったようだ。もっとも、セロルをそちらに取られたことを考えると差し引きでゼロかもしれんが」
「それは悪いことをした。俺としても、セロルには王宮勤めをしてもらいたかったが、ままならんものだ」
「お主がセロルの上司とわかっただけでも上々だ。困った時にはこうして借りることができる」
イレーシーは嫌らしい笑みを浮かべていた。
「あんたが出張ればワイバーンくらい簡単に片付くんじゃないか」
「それは否定せんが、それでは吾輩がいなくなった時に困だろう。それに、お主の指揮官としての技量にも興味がある。自分を刺した娘を配下にするなど、まともな思考をしていればまず無理だからな」
イレーシーの言葉に、エクスは思わず隣にいるフィスに目をやりかけてしまう。だが、それをするとフィスがエクスを刺したと肯定するのに等しい。
どうにか思い止まったが、イレーシーを騙せたかは怪しかった。
「吾輩の情報網を甘く見てもらっては困るな。そこの娘がお前を刺したことも、そもそもの目的が姫だったことも、全て把握済みだ。だから、お嬢さん」
だがイレーシーは立ち上がると、フィスの顔にそっと触れる。
「そんなに強張った顔をする必要はない」
その言葉を聞いて、エクスはフィスの方を見やった。
その顔はイレーシーの言うように強張っていて、とても普段のフィスからは想像できないものだった。
「フィス、お前……」
「ごめん、お兄さんに迷惑がかかるって思ったら、隠し切れなくて」
「いや、最初からばれているから、それは問題じゃない。俺が驚いているのは、お前が感情を表に出したことだよ」
エクスはフィスが感情を隠し切れなかった、ということに驚きと安堵を感じていた。暗殺者として育てられてきたことを考えると、そういった感情を隠す訓練もさせられていたのだろう。
そして、エクスに迷惑がかかると思ったから隠せなかったという言葉は、フィスが人間に戻っていることも示している。
「この分だと、ヴィオの所に行けるのもそう遠い未来じゃないな」
「……そう、だね」
フィスは自分の頬に手を当てながら、小さく呟いていた。




