王宮魔法使い
「まさか、この俺が王宮に呼ばれることになるとはな」
王宮を前にして、さしものエクスもしり込みしそうになっていた。どういった理由で呼ばれたのか全くわからないことが、余計に裏がありそうな感じがあった。
「まあ、無視するわけにもいかないしな」
エクスは門番に書状を差し出した。
「見ない顔だな……まさか、あの方の客、だと⁉」
書状を受け取った門番は、最初こそエクスを怪訝な目で見ていた。だが、書状に目を通すと態度が一変する。
「これは失礼した。あの方直々に呼ばれたのなら、こちらも失礼なことはできないな」
門番に案内されて、エクスは王宮内に足を踏み入れた。
「あの方の部屋は、ここをまっすぐ進んで突き当りを右だ」
「ありがとう」
エクスは軽く会釈すると、門番の言うように足を進める。
「お兄さん、ボクが一緒で良かったの?」
傍らで気配を消しているフィスが、疑問を口にした。
「フィスの能力も確認しておきたかったからな。あの時は、本当にしてやられたよ」
フィスの能力を詳しく聞いた時、エクスは驚きを隠せなかった。フィスに刺された時も、全く予想外の所から襲われた。
致命傷を避けられたのは、直感が働いたというのもあるが運が大きかった。
「まさか、気配を消して相手に存在を悟らせないことができるとは思わなかった。こんなことは言いたくはないが、暗殺者としてはこれ以上ない能力だ」
今回はフィスの能力を確認するためと、もう一つ理由があって連れてきていた。事実、門番はフィスに全く気付いていないようだった。
「確かに、知らない人からしたらそう見えるかもね。でも、気配を消していられる時間には限りはあるよ。それ以外にも、色々と制限はあるしね」
フィスの能力は本人に言わせると「気配を消すこと」とのことだった。
相手から認知されなくなるだけの能力だが、暗殺者としては喉から手が出る程に欲しい能力だろう。もちろん、そこまで万能というわけでもなく相応の制限があった。
さすがに至近距離まで接近すれば認知されるし、一度相手が認知したらある程度の距離を取らないと能力が発動しなくなる。
「今回お主を連れていくことは、他には伏せている。シャリアやセロルに知られたら面倒なことになりそうだ」
「前から思ってたんだけど、お兄さんって破滅願望があるのかな。正直、ボクを連れていく必要なんかなかったと思うよ」
エクスが冗談めかして言うと、フィスは呆れたように息を吐いた。
「どういうわけか一人で来いという指示があってな。さすがに怪しすぎるから、フィスに気配を消して同行してもらおうと思ったんだが」
エクスは一人で来い、という指示があった時点で厄介事にしかならないと思っていた。いくら騎士団特殊部隊の隊長とはいえ、エクスはこれといった後ろ盾もない平民だ。相手がその気になれば、いくらでも事実を捏造して陥れることもできる。
「なるほどね。それなら納得はできるけど……さすがに王宮内で何か仕掛けてくるってことはないと思うよ」
「念のため、だ。何事もなければそれが一番だ」
門番に言われた場所に到達して、エクスは扉をノックした。
「誰だ」
「騎士団特殊隊長、エクスです。この度の召喚命令に応じて参りました」
返ってきた声が女性のものだったので、エクスは少し意外に思いつつも答える。
「入れ」
「失礼します」
エクスが部屋に入ると、自分よりも少し年上であろう女性がいた。というよりも、その女性にどこか見覚えがあるような気がしていた。
「姫からお主の話を聞いて、よもやと思っていたが……まさか、あの時の小僧だったとはな」
エクスの顔を見るなり、女性はそう口にする。
「あんた、俺に魔法を教えた魔法使い……イレーシー、か。只者じゃないとは思っていたが、まさか王宮の人間だったのか」
その言葉や態度を見て、エクスは目の前の女性がかつて自分に魔法の手ほどきをした魔法使いだと気付いた。
手ほどき、というよりは魔力があることと、そこまでの魔力を持ち合わせていないから魔法使いとして大成はしないと告げられたくらいだった。
「複数の武器を同時に使う馬鹿など、お主くらいしか思い当たらん。そんな馬鹿が魔法を覚えたらどうなるか、という興味が沸いて軽く手ほどきをしてやったが……よもや本当に覚えるとは思わなかった」
「よく言う。俺には魔力があるが、魔法使いとして大成はできないとしか言わなかっただろう」
イレーシーが感心したような、それでいてどことなく師匠っぽく振舞っているのがエクスはどうにも引っかかっていた。
あくまで可能性を示されただけで、実際に魔法を習得したのはエクス自身の修練によるものだ。
エクスはセロルに魔法の手ほどきはしたが、師匠だと名乗れるようなことはしていないのと同じことだった。
「その上で、魔法を覚えるつもりがあるならある程度の力は貸す、とも言ったが」
「そうだったな。確かに、あんたのおかげで独学でも魔法を学ぶことはできた。魔導書店の店員、最初は全く相手にもしなかったのに、あんたから貰った指輪を見せたら態度が一変した。あの時は何となく魔法使いのお偉いさんか、くらいにしか思っていなかったが……今なら納得できる話だ」
エクスは懐から指輪を取り出した。これにローブと同じ効果があると気付いたのは、ある程度魔法を使えるようになってからだったが、こんな物を持っていた時点で一般的な魔法使いではないことは嫌でも理解できた。
「あまり使っていないようだな」
「俺の魔法は、あくまで補助だからな。そこまで強力な魔法は必要ないさ」
「それで、お主の目的は……と、そうか。その地位にいるのだから目的は達したか」
「一度は諦めたんだがな。田舎でのんびりとした暮らしも悪くないと思うようになった頃にこれだ。皮肉な話だとは思わないか」
「お主の口からそんな言葉が出るとはな。確かに、あの頃のようなギラギラした感じはなくなっているようだ。少々、物足りないとも感じるが」
「からかっているのか」
「一応、褒めているつもりだ」
イレーシーはそう言うと、にやりとした笑みを浮かべていた。
「まあいい。で、わざわざ俺を呼び出したのはどういうことだ」
「その前に、吾輩は一人で来るようにと言ったはずだが?」
「言われた通りに一人で来たが、何か問題でもあるか」
イレーシーがフィスの存在に気付いているようなことを口にしたが、エクスは何事もないように答える。
「お主の判断は間違っていない。王宮に一人で来いと呼び出されたら不審を抱くのは当然の話だ」
「だから、一人で来たと言っているが」
「茶番はよせ、吾輩とお主の仲で隠し事をされるのは不快だ。それとも、実力行使に出ないとわからないか」
イレーシーの指先に、小さな炎が宿っていた。
見た目こそ小さい炎だが、エクスとフィスを焼き殺すくらいは簡単にできるほどに圧縮されている。こんなものをこの距離で撃たれたら、とてもではないが対処することはできないだろう。
そして、イレーシーはそれを揉み消すのも容易い立場にいる。
「フィス」
エクスはフィスに目線をやった。
フィスがいいの? というような眼をしたのでエクスは小さく頷いた。
「ほう、その年で気配遮断を使いこなすか。随一の剣士と魔法使いを手駒に抱えておきながら、そんな輩まで抱えるとは貪欲にも程がある」
フィスが姿を現したのを見て、イレーシーは嫌らしい笑みを浮かべている。
「どうして気付いた」
イレーシーがフィスの能力を看破したことに、エクスは少なからず驚かされていた。
「あまり知られていないが、気配を遮断する魔法も存在する。もっとも、その娘は魔法ではなく技術として使いこなしているようだな」
「そんな魔法があるなら、誰も魔法使いを対処できなくなるな」
気配を遮断する魔法があると聞いて、エクスは魔法使いが対処できない厄介な存在になると感じていた。極端な話、フィスが遠距離から魔法で攻撃してきたら誰も敵わない。
複数の魔法を同時に使うのは困難だ、という前提を抜きにすればの話だが。
「吾輩の知る限り、使い手は一人しかおらんよ」
「つくづく、俺は厄介な魔法使いと関わってしまったようだな」
イレーシーが言う使い手が、本人を指していると察してエクスは苦笑してしまう。
「お主はつくづく面白いな。大抵の人間は、吾輩と何らかの繋がりを持とうと躍起になるものだが」
「俺はあんたのことを良く知らないから、ただの厄介な魔法使いとしか認識できないな」
「クックック……確かに、そうだな。では改めて名乗るとしようか。吾輩は王都魔法学院最高顧問にして、王宮特別魔法使い、イレーシーだ」
イレーシーは含み笑いをすると、大袈裟な身振りを加えて肩書を名乗った。
「ははっ、そりゃ大抵の人間は関わりを持とうと思うだろうな。そんなお偉いさんだとは知らなかった」
大仰な名乗りに、エクスは思わず笑ってしまった。
イレーシーが名乗った肩書は想像以上ではあったものの、納得できる部分もあった。
「つまらんな。もっと驚いてくれると思ったが、張り合いがないではないか」
「王宮にいる時点で、それなりのお偉いさんだと想像はできる。もっとも、予想の範疇を超えていたことは否定しないが」
「そういう現実的なところは、昔と変わらんな」
「で、わざわざ俺を呼び出したのはどういう理由だ」
「ちょっと頼みごとをしようと思ってな」
「それなら騎士団を通してくれ。あんたの頼みじゃ、俺達の成果にならん」
エクスは話にならないな、というように片手を振った。
イレーシーほどの立場の人間がわざわざ呼び出してまでの依頼、となると今までにない厄介事なのは容易に想像できた。
騎士団を通せ、というのは断るための建前に過ぎなかった。
「そうしたいのは山々だが……王宮魔法使いが処理できないことを騎士団に頼む、となると何かと面倒でな」
「おいおい、今まで散々騎士団を下に見ておいてそれか」
エクスが前に騎士団にいた頃も、王宮魔法使いは騎士団を見下している感じはあった。どうしても魔法使いが必要な時は要請していたが、あからさまに吹っ掛けられたり拒絶されることも多々あった。
「騎士団に対して印象が悪いのは、お主にも一員があるのだが」
「どういうことだ」
「セロルを騎士団に取られたのを、面白いと思う魔法使いがいると思うか」
「……それは、俺に責任があるな」
エクスは思わずそう口にしていた。セロルが騎士団に所属しているのは、エクスに原因があることは否定できない。
「それに、吾輩からの依頼なら騎士団も無下にはできないだろう。もちろん、成功させることが前提ではあるが」
イレーシーが愉快げに笑っているが、エクスはとてもではないがそんな気分にはなれなかった。




