二人の剣士
「シャリア、ちょっといいか」
リュケアと訓練していたシャリアに、アレクシアが声をかける。
「どうしたんですか、副団長さん」
「珍しいですね、副団長がおっさん以外に用があるなんて」
アレクシアがエクス以外の特殊部隊員に声をかけるのは珍しかったこともあって、二人は訓練の手を止めていた。
「訓練中にすまないな」
「パパならいつも通りの書類仕事ですけど」
「いや、今日はお前に用がある」
「あたしに、ですか?」
アレクシアが自分に用があると聞いて、シャリアは小首を傾げていた。
エクスでなくて自分に用があるということは、仕事絡みではないのはわかる。だから何が目的で声をかけてきたのかわからなかった。
「騎士団も腑抜けが多くなって困っている。すまないが、私に付き合ってくれないか」
「そういうことですか」
アレクシアの申し出が自分との手合わせだったので、シャリアは納得したように頷いていた。
「察しが早くて助かる。ついでと言ってはあれだが、腑抜け共に刺激を与えたい。こちらの訓練場まで来てもらえないか」
「そちらも苦労しているようですね」
アレクシアの言葉を聞いて、シャリアは呆れたように息を吐いた。以前エクスと二人でゴブリン退治をするのを団員達に見せていたことといい、団員達の教育に苦労させられているのがわかる。
「そういった意味では、エクスが羨ましいな。数は少ないとはいえ騎士団でも指折りの人材だけを部下に抱えている。もっとも、エクス以外がお前達を上手く使いこなせるとは思えんが」
「副団長さんでも、ですか」
「私は人を使うことは慣れていない……いや、剣士だけならある程度の指揮はできる。だが、魔法使いや弓使い、加えて短剣使いまでを同時に指揮することは無理だろうな」
アレクシアはエクス以外にこの部隊をまともに動かせないと思っていた。個々の団員の使う武器がバラバラということもあって、自分が使っていない武器の特性を把握して指揮をするのは困難だった。
だがエクスは大抵の武器に加えて魔法までも習得している。
ダレスの団長としての手腕はあまり評価していなかったが、エクスをこの部隊の隊長に抜擢したことは評価していいかもしれない。
「確かに、あたし達は全員違う武器を使ってますから。しかも、セロルは魔法使いですし」
「それでいて、剣士は騎士団でも五指には入る技量だから始末が悪い。と、いうことでシャリアを借りていく。エクスにはよろしく言っておいてくれ」
「わかりました。シャリア……いや、余計な事は言わない方が良いか」
リュケアはアレクシアに返事をしてから、シャリアに声をかけようとして言葉を止めた。
「何よ途中で止めて。気持ち悪いから最後まで言ったらどうなの」
「まあ、その、あれだ。副団長にボコボコにされても落ち込むなよ」
シャリアにせっつかれて、リュケアは仕方ないというように言った。
アレクシアには、カトルと二人がかりで一方的に負けてしまっていた。シャリアも格上の相手ではあるが、それでも一方的に負けるような相手ではない。
あの時からリュケアの技量が上がっていることを加味しても、アレクシアの方がまだ上のように思えた。
「……悔しいけど、完全に否定しきれないのよね」
「そうか」
てっきり噛みつかれるかと思っていただけに、シャリアの殊勝な態度にリュケアは面食らっていた。
「今からそんなことでどうする」
「それも、そうですね」
ふっと笑いかけるアレクシアに、シャリアも笑顔で応じた。
「あの二人がやり合うのか。正直、見てみたいという気持ちはあるけどよ……逆に、自信をなくしそうで怖いな」
二人の背中を見送りながら、リュケアはそんなことを呟いていた。
「思ったよりも人が集まりましたね」
シャリアは意外そうに言うと、すっと剣を抜いた。
「お前に興味がある団員も多いようだからな。邪な目的の人間も多いかもしれん」
「それを言うなら、副団長さんもそうでしょう」
「私にちょっかいをかけるような物好きは、そうそういないだろうよ」
軽口を叩きつつ、アレクシアも剣を抜く。
騎士団でも指折りの二人が手合わせをする、ということもあってか見学者は思いの外多かった。
「本気で、来てくれますか」
シャリアはアレクシアをすっと見据えると、静かだが、それでいて強い口調で言い切った。
「……手を抜いて勝てるような相手とは思っていないが」
「それなら、いいです」
二人は剣先を相手に向けたまま微動だにしない。
お互いに打ち込む隙が見当たらないせいで、うかつに動けなかった。
「おいおい、いつまでああしてるんだ」
「お互いに隙がなくて動けないんだよ」
「いや、特殊部隊の隊長の時は初っ端からやり合ってたじゃねえか」
あまりに二人が動かないので、周囲からそんな声が囁かれる。
「このままだと、周囲も退屈するだろうからな。不利を承知で先手を取らせてもらおう」
その様子を見て、アレクシアが剣先を僅かに揺らした。
来る。
一瞬だけその剣先に視線を奪われて、シャリアはしてやられたと感じていた。
アレクシアが剣先を揺らしたのは、一瞬でもそこにシャリアの視線を集中させるため。真正面からやり合っても実力差がある相手にこんな小細工をするということは、それだけ本気で来ていることがわかる。
「でも、それくらいであたしを惑わせるなんて」
初動が僅かに遅れたとはいえ、まだ取り戻せる範囲。
シャリアは一気に踏み込んできたアレクシアの剣を受け止めた。それでも、相手に先を取られてしまったことには変わりはない。
「さすがにエクスの娘だな。あの程度ではさして優位も取れないか」
アレクシアは続け様に打ち付けようとして、動きを止めた。
「せっかく優位に立ったのに、攻めないんですか」
「よく言う。今私が撃ち込んだら、相打ち覚悟……いや、私の剣をかわした上で打ち込むつもりだっただろう」
挑発するような物言いをするシャリアに、アレクシアはそう返した。
「まるで、あたしが副団長さんの剣筋を読んでいるかのような台詞ですね」
「実際お前はある程度先読みしているだろう。剣士を相手にすると、並の人間は相手の剣だけに視線が行きがちだが、お前の目線は私の体全体を追っていた」
「パパが全く勝てなかったのも、納得できるわね」
アレクシアの言葉に、シャリアはエクスが一度も勝てなかった理由を察していた。アレクシアの技量もさることながら、相手に対する洞察力もずば抜けている。複数の武器を使い分けるという奇策ですら、次に使う武器が予想できるのだから脅威になっていなかったのだろう。
「ただ剣を振るうだけじゃなくて、相手の動きまで読んでるのかよ」
「何か目線とか言ってたけど、そんなの見てる余裕なんかないぞ」
二人の会話が自分達の想像を超えていたせいで、周囲が信じられないというような声を上げていた。自分達は剣を振るうだけで精一杯なのに、二人は軽くその上を行っている。
「簡単に言ってくれるが、あいつの相手は骨が折れるぞ」
アレクシアは剣を構え直すと、僅かに腰を落とした。
飛ぶわね。
その様子を見て、シャリアはアレクシアが上から斬りつけてくると予想していた。アレクシアは体が小さいこともあって、どうしても相手の懐に潜り込む必要があった。
だが裏を返せばその分体が軽いということでもある。エクスと共闘していた時も、エクスの斧を軽々と飛び越えてその上に跳躍するという離れ業を見せていた。
「なっ」
だがシャリアの予想に反して、アレクシアはそのまま横薙ぎに斬り払ってきた。
予想外の動きに反応が遅れてしまうが、剣を垂直に立ててそれを防ぐ。
「その反応、私が飛ぶとでも思ったか」
「癪ですが、その通りです」
あからさまに不利な体勢にさせられて、シャリアは思わず舌打ちしそうになっていた。
「エクスの娘だから、勝つために手段は選ばないと思っていたが……お前は妙なところにこだわるな」
圧倒的、とまではいかないにしろ優位に立ったのに、アレクシアは物足りないというように剣を引いた。
「どういうつもりです」
「お前、純粋な剣技だけで私とやり合おうとしているだろう」
怪訝な顔を向けるシャリアに、アレクシアは淡々と告げる。
「それの何が問題ですか」
「お前は私よりも体躯が優れている。どうして、それを押し付けない」
シャリアが純粋な剣技だけで戦っていることに、アレクシアは疑念を抱いていた。エクスほどではないにしろ、シャリアとの体躯差はかなり大きい。
技量という点では僅かにアレクシアが上回っているが、体躯差を押し付けられたらその差は簡単に埋められてしまう。
「……それは、それで勝っても納得できないから、です」
「なるほど、そういうことか。これも若さというやつかもしれん」
シャリアの返事に、アレクシアは納得したように頷いた。
「今は訓練だから良いが、これが命のやり取りになったらそんな甘い事は言っていられない」
「それくらい、わかっています。だから、これはあたしの我儘です」
「なら、その我儘に付き合ってやろう」
アレクシアは一気に踏み込むと、続け様にシャリアを斬りつける。
その太刀筋は今まで相手にしてきたどの剣士よりも速く、シャリアは防ぐだけで手一杯になっていた。
「速い、それに思っていたよりも一撃が重い」
速いだけでなく思い剣撃に、シャリアは思わず間合いを取りそうになっていた。だが、寸でのところで思い止まった。
ここで引くなら、最初からそうしているわよ。
シャリアはアレクシアの剣撃をいなしながら、攻撃する隙をうかがっていた。
そして、自分としてはこれ以上ないタイミングで反撃した、はずだった。
「恐ろしいな、ここまで予想外のタイミングで反撃してくるとは」
だが、アレクシアはシャリアが反撃するタイミングがわかっていたかのように攻撃の手を止めていた。
「あれを読み切りますか」
シャリアはお手上げ、というように剣を納める。
「随分あっさりと負けを認めるな」
「これ以上続けても良いですけど、結果は見えていますから」
「つまらないことにこだわらなければ、結果は違ったと思うが」
「それを決めるのは、私ですから」
シャリアは絶対にアレクシアを超えてみせる、という思いとともにそう言い切っていた。




