魔法使いの訓練
「炎よ、渦となって焼き尽くせ!」
カトルが放った複数の矢を、セロルはいとも簡単に焼き払った。
魔法使い同士での訓練ができないこともあって、セロルの訓練はカトルの矢を魔法で対処するのが主になっていた。
もちろん、セロルだけではなくカトルの方の訓練にもなっているが、セロルの魔法の前ではいかにカトルの弓といえども形無しだった。
「本気で殺すつもりなら、もう少しやりようはあるけどね」
毎回いとも簡単に矢を処理されて、カトルはお手上げというように言った。今回は炎だったが、それ以外の属性でも大抵処理されてしまっている。
酷い時は、矢を打とうとしたところに地面を揺らされたこともあった。
咄嗟に飛び上がって回避したものの、そのような状況から矢を放つことは困難だった。
「さすがだな」
二人が一息ついているところで、エクスが声をかけてきた。傍らにはフィスが控えている。
「見ていたんですか、隊長。もう僕の弓じゃ、セロルの訓練相手には物足りないんじゃないかと」
「そうか……シャリアの姿が見えないようだが?」
いつもならリュケアと訓練しているシャリアの姿が見当たらないので、エクスはそう聞いていた。
「ああ、シャリアなら副団長と訓練してる」
「アレクシアと、か。それならお互い良い訓練になるだろうな」
「おかげで、今日オレは暇なんだよ。おっさん、付き合ってくれるか」
「悪いが、今日は俺がセロルと訓練をしようと思っている。だから、カトルと……」
「いやいやおっさん、魔法そこまで得意じゃないだろ。兄貴でもあれなのに、おっさんが魔法でやり合えるとは思えねえよ」
エクスがそう言いかけると、リュケアが驚いて反論する。
何回も任務で二人の魔法を見比べているから、二人が純粋に魔法だけでやり合ったら勝負にならないのは目に見えていた。
「普通にやったら、な」
「隊長がそう言うなら、どんな訓練をするのか見させてもらっていいかな」
逆にカトルは興味深そうに言う。
エクスが何の勝算もなくこういったことをするわけがない、という信頼からの言葉だった。
「セロル、ローブを脱げ」
エクスの言葉に、セロル以外の三人は何を言っているんだという顔でエクスの方を見ていた。
「お父さん、気付いていたんだ」
だが、セロルだけはその言葉の真意に気付いていた。
「そのローブ、魔法の威力を上げる素材で作られているだろう。元々お前の方が魔力は上なのに、そんなものまで使われたんじゃ、話にならないからな」
「カトル、預かってて」
セロルはローブを脱ぐと、カトルの方に投げた。
思ったよりも布面積が大きいので途中で落ちるようにも見えたが、セロルは風の魔法でカトルの方までローブを届けていた。
「了解……うわっ」
カトルはローブを受け取ってから、驚いたような声を上げていた。
「どうしたんだよ、兄貴」
カトルが驚くようなことがあるとは思えずに、リュケアはそう聞いていた。
「いや、セロルって着痩せするんだなって思ってね」
カトルは囁くような声で答えた。
「は? 着瘦……と。兄貴、変なこと言うんじゃねえよ」
文句を言いつつも、リュケアはセロルの方に目をやった。普段はローブで体が覆い隠されているせいで気付かなかったが、カトルが思わずそう言ってしまうのも納得だった。
「キミ達、聞こえてるよ」
そんな二人に、フィスが呆れたように声をかけた。
「これはまずいね。セロルには内緒で頼むよ」
「ボクが特別耳が良いだけだから、向こうには聞こえてないと思うよ。でも意外だね、リュケアはともかく、カトルはそういったことに興味なさそうな感じだったけど」
フィスは意外だ、というような表情をしていた。シャリアやセロルと違って一緒に住んでいるわけでないから付き合いは短いとはいえ、ある程度のことは把握している。
割と落ち着いていて副官的なカトルがそんなことを言うことが意外だった。
「僕もこう見えて男だからね。そういったことに興味がないわけじゃないよ。ただ、セロルの場合は意外で驚いた、ってことかな」
カトルは笑いながら答える。正直なところ、セロルがあそこまで目立つような体型だったとは思ってもいなかった。
「おい、オレはともかくってどういうことだよ」
「何となく、かな」
リュケアが文句を言うが、フィスは軽く受け流していた。
「さて、お喋りはここまでにしておこうか。隊長がどうやってセロルとやり合うのか興味あるからね」
カトルにそう言われて、リュケアとフィスはエクスとセロルの方に目をやった。
「お前がローブを脱いだところで、差はあまり縮まっていないだろうな」
「そうだね」
エクスの分析を、セロルは否定しなかった。最初こそエクスに手ほどきを受けていたが、学院で学んでいくにつれてエクスが魔法使いとしてはそこまでではない、ということが嫌でも理解できてしまった。
だから、魔法でエクスを助けることができるとも思っていた。
「だから、俺もローブを使わせてもらう」
「お父さんが、ローブを?」
エクスの言葉に、セロルは違和感を覚えていた。エクスがローブを使わないのは、剣や槍といった武器が主で魔法はあくまで補助だからだ。
武器を使うのであれば、魔法使いが使うゆったりとしたローブは邪魔になる。
ならそうでないローブを使えばいい、という話になりそうだがこれも簡単ではなかった。ローブの布面積が大きいのは、魔法の威力を上げるための術式が組み込まれているからだ。
もちろん、普通の服に組み込めなくもないのだが、簡単なものしか組み込めない。必然的に、威力を高めるなら布面積が大きいローブが適していることになる。
「ああ。物好きな魔法使いに貰ったものだが……おい、何で薬指にしか入らない」
エクスは懐から指輪を取り出してはめようとしたが、薬指にしか入らなかった。
「そんな指輪で、ローブの代わりになるなんて……」
セロルの言葉はそこで止まった。エクスの指輪からはローブに匹敵するほどの魔力が感じられた。
「これを使うのは久々だから、俺もどこまで威力が出るかわからん……炎よ、渦となれ!」
エクスの左手から、炎が渦を巻いて放たれた。
「これは……」
その炎が今までのエクスの魔法とは比較にならないことに気付いて、セロルは目を見開いた。
「でも、どうしようもない魔法じゃない……氷よ、貫け!」
セロルは氷柱を作り出すと、エクスが放った炎に正面からぶつけた。それは互いの中間で打ち消し合うかのようにぶつかり合った。
しばらく拮抗していたが、それが完全に消滅するにはそこまで時間はかからなかった。
「どれくらいだ?」
互いの魔法が消えたところで、エクスはセロルに聞いた。
「八割ほど、だよ」
セロルは驚きを隠しつつ、そう答えた。いくら自分がローブを脱いでいるとはいえ、エクスはここまで拮抗できるほどの魔力を持ち合わせていない。
あの小さな指輪に、どれだけの魔力術式が組み込まれているというのだろうか。
「そうか。ローブを脱がせて、こちらはこんなインチキ紛いのことをしてやっと八割か。それでも、ここまで拮抗できるのなら良しとするべきかもしれないが」
エクスは指輪に目をやると、軽く息を吐いた。ここまでしても、セロルの八割程度にしかならないのは喜ぶべきなのか、それとも嘆くべきなのか判断に困ってしまう。
「なら、八割で俺と立ち会え。それはお前の訓練にもなるからな。ただし……」
エクスは指輪をはめた左手を前に出した。
「俺は複数の魔法を同時に使わせてもらう」
「ちょっと、お父さん?」
セロルは信じられない、というような顔になっていた。複数の魔法を同時に使う魔法使いなど、見たことはもちろん聞いたこともない。
だが、エクスがハッタリや出まかせでそんなことを言わないのは、セロル自身が良くわかっている。
「……風よ、吹き飛ばせ!」
「……風よ、吹き飛ばせ!」
エクスの放った突風に、セロルも同じ風魔法で対処していた。だが、エクスが複数の魔法を同時に使ってくるような様子は見られなかった。
「冗談にしては……」
「後ろだ、セロル……落ちろ、雷鳴!」
セロルの背後、数人分離れた所に雷が落ちていた。エクスがその気になれば、セロルに直接雷を落とすことも可能だった。
それに気づいて、セロルは冷や汗が流れるのを感じていた。今までの魔法使いの概念を覆すような戦い方。単純に手数が増えるだけでなく、異なる属性で攻め立てるのだから対処も困難になる。
「俺の勝ちだな、と言いたいところだが」
エクスはその場に片膝をついてしまう。
「お父さん?」
セロルはエクスに駆け寄った。
「複数の魔法を同時に使うのは、体……というよりも、頭に負担がかかるな。魔法はイメージが大事だ、と言われる理由が良くわかる。複数のイメージを同時にやるんだから、頭に負担がかかるのも当然か」
「実戦向きじゃない、ってこと」
「前々から考えてはいたんだが、これはお蔵入りだな」
予想以上に負荷がかかっていることに、エクスは力なく笑っていた。複数の武器を使いつつ魔法と使うのはどうにかなっていたが、更にその上を行くとなると簡単なことではない。
「お父さん、そんな無理しないでいいから」
「お前の訓練になれば、と思っていたんだが。中々難しいな」
「わたしがローブ脱いで、お父さんが指輪すれば十分だから。それと、複数魔法は今後一切禁止」
セロルはエクスに詰め寄ると、有無を言わさない口調で言った。
「わかったわかった。俺も毎回こうなるのは避けたいしな。すまないが、今日はこれ以上無理そうだ。休ませてもらう」
そんなセロルに逆らう気すら起こらず、エクスは大袈裟に手を振っていた。
「どこの馬鹿だ、遠慮なく魔法をぶっ放しているのは」
「あれは……騎士団の方角ですね。そうなると……」
ミリィはそこで口をつぐんだ。エクスとセロルのことを目の前の人物に話すと、面倒なことになりそうな気がしていた。
「姫様、隠し事はよろしくないな」
「はぁ、さすがにあなたは騙せませんか。しかし、急に帰還するとはどういった風の吹き回しですか」
目の前にいるのはミリィの魔法の師でもあり、王都魔法学院の頂点に立つ人物でもあった。
「教え子が結婚すると聞いて帰ってきたのに、その言い草はどうかと思うがな」
「まだ婚約段階ですし、式の日取りすら決まっていませんけど」
「まあ、面白いものが見れそうなのは何よりだ」
ニヤリと笑う師を見て、ミリィは内心で溜息をついていた。




