険悪な共同生活
「お兄さん、手際が良いね」
エクスは料理をしているのを横で見ながら、フィスがそう言った。
「見るのは構わないが、あまり近づくな。今は刃物を持っているし、料理には火も使う。お前が怪我をするとは思わないが、何が起こるかわからん」
エクスはあらかた材料を切り終えると、魔法で薪に火をつける。
「魔法をそんな風に使うなんてね。魔法使いが見たら失神するかもしれないよ」
フィスはエクスの言葉を聞いて、少し後ろに下がった。
「神聖な魔法をこんな使い方をするな、って言うと思うか」
「そもそも、魔法を使える人が少ないんだから。ボクの組織だって、魔法使いは一人もいなかったなかな」
「大抵の場合、魔力を持つ人間は国が保護するからな。俺やセロルのようなのは、本当に例外だろう」
フィスに言われて、エクスはそう答える。
魔法使いというか、魔力を持っている人間が希少だから、大抵は国が保護の名目の元監視下に置いてしまう。後発的かつ魔力の少ないエクスはともかく、セロルのような逸材が自由に行動できるのは例外中の例外だった。
逆に言うなら、セロルが突出しているからこそある程度の自由が許されていたのかもしれない。
その結果が王宮ではなく騎士団の特殊部隊に所属なのだから、王宮としては面白くないだろう。
「だから、ボク達はしてやられた、ってのはあるかもね。魔法使いが二人もいるなんて、普通は思わないよ。それに、お兄さんは武器を持っていたんだから、余計に魔法を使うなんて思わないし」
「俺が魔法を使えるようになったのは、本当に偶然というか運が良かったのがあるな。物好きな魔法使いに出会わなければ、少ないなりに魔力を持っていることにも気付かなかったよ」
程よくフライパンが温まったのを見計らって、エクスは切り揃えた材料を炒め始める。
「何でもできる人って、あまりいないと思うけど。お兄さんは例外だったようだね」
「俺は何もできない……とまでは言わないが、極めた相手には到底敵わん。お前と一対一でやりあって勝てる自信はないな」
程よく炒めたところで、エクスは棚から塩を取って軽く振りまいた。
「ボク、お母さんの記憶ってあまりないんだけど。もしかしたら、こんな感じで料理とかしてたのかな」
「料理に魔法を使う人間が、そういるとは思わないが。それに、お前の母親がどんな人間はわからないが、俺よりも手際よく料理できるだろうな」
ポツリと呟くように言うフィスに、エクスはどんな言葉をかけていいのかわからずにありきたりなことしか言えなかった。
「ごめん、変なこと言っちゃったね。ボク、家族で過ごした記憶ってほとんどないから」
「そう、か。なら……いや、すまない。こんな時に気の利いた言葉の一つも言ってやれない」
エクスは俺達がお前の家族の代わりだ、と言いかけて言葉を飲み込んだ。フィスに対してその言葉を軽々しく使って良いとは思えなかった。
「気にしないでいいよ、お兄さん。ボクはこうして生かしてもらっているだけでも感謝しなきゃいけないから」
「そこまで卑屈にならなくてもいいんだがな」
料理が終わったので、エクスは水の魔法で火を消した。
「すまないが、運ぶのを手伝ってくれ。さすがに四人分となると一人では大変だからな」
「了解だよ、お兄さん」
フィスは皿を両手で持つと、危なげなく運んでいく。
「さすがだな。両手がふさがっていても全くブレていない」
その様子を見て、エクスは場違いだとは思いつつもそんなことを口にしていた。
「仲良くしろ、とまでは言わないが……そこまで敵愾心をむき出しにしなくても良いだろう」
ある程度予想していたとはいえ、シャリアとセロルがフィスに向ける視線は厳しいものだった。
エクスはため息交じりに言うと、両手に持っていた皿をテーブルに置いた。
「パパを刺した相手と仲良くなれるわけがないでしょ」
「いくらお父さんが許すって言っても、それとこれとは別だから」
シャリアとセロルの言葉はいつになく鋭いものだった。
「とりあえず、冷めないうちに食べろ」
エクスは席に座ると、料理を口に運んだ。
「お兄さん、面倒をかけるね」
「気にするな、とは言い難いが。ヴィオの頼みもあったしな。それがなかったら、こうしてお前を引き取ることもなかった」
「それでも、ね……あ、お兄さん料理も上手とか、何やらせても隙がない人だね」
フィスは料理を口にして、思わずそう口にしていた。
「はぁ? さっそくパパのご機嫌伺い」
「そんな当たり前のことを褒めても、何も出ないよ」
「……いい加減にしろ」
エクスは怒鳴りそうになるのをこらえて、低い声で言った。カトルやリュケアのように打ち解けられるとは最初から思っていなかったが、この調子ではお互いに参ってしまう。
「すまない、言い過ぎた」
シャリアとセロルが驚いたような、それでいて悲し気な表情を見せたのでエクスは謝る。
「お兄さん、やっぱりボクはいない方がいいかな」
その様子を見て、フィスが申し訳なさそうに言った。
「……だからといって、他に行く当てはないだろう。それに、この状況は俺のせいでもあるしな」
エクスは改めてシャリアとセロルの方に向き直った。
「お前たちに相談せずに決めたことは、悪いと思っている。それに、普通に考えたら自分を刺した相手と一緒に生活するなんて正気とは思えないだろう。お前たちが心配するのもわからないわけじゃない」
「なら、どうしてこの子を引き取ったの」
シャリアが鋭い言葉を向けた。
「引き取った、といっても一時的なものだ。フィスがまっとうに生きられるようになったら、ヴィオと一緒に生活するようにする。それは最初から決めていたことだ」
「そうなの?」
「また勝手に決めて
「ボクも、初耳なんだけど」
エクスの言葉に、三人がそれぞれに異なった反応を示した。
「今日、話すつもりだったんだがな。お前たちがあまりに敵愾心を隠さないから、面倒なことに……と、やはり、俺が悪いか」
「でも、まっとうにって、どうやって判断するの」
「フィスが、自分の意思で俺の命令を判断できるようになったら、だな」
「それって、どういうこと」
「フィス、まだ俺の命令には従ってしまうか」
シャリアとセロルの疑問に答える代わりに、エクスはフィスにそう聞いた。
「……そう、だね。お兄さんがそれを望んでいないのはわかるけど、ボクは自分の意思でそれを考えることはできないかな」
フィスは首を横に振る。
「暗殺組織で効率を求めるなら、実行犯は絶対に命令を拒否できないように仕込むのが正しい。今は俺がフィスの上司だから、フィスは俺の命令には素直に従ってしまう。それが、どんな命令でもな」
「それが、人を殺せっていう命令でも、なの?」
セロルが信じられない、というように聞く。
「ああ。逆に言うならフィスが俺に危害を加えることもない。だから、そこは安心してくれていい」
「信じられない」
エクスがそう言うと、シャリアが吐き捨てるように言った。
「お前の気持ちもわからないではないが……」
「そんな、人を道具のように使って、使い捨てにするなんて」
シャリアは立ち上がると、フィスの隣に立った。
「あたしは、あなたのことをすぐに許せるとは思えない。だって、あたしの大切な人を殺そうとしたんだから。でも、あたしもパパじゃなくて暗殺組織に拾われていたら、あなたと同じになっていたかもしれないわ。だから……パパに危害を加えないなら、これ以上は何も言わないわ」
「何だかんだで、キミも甘いよね。ボクは斬り捨てられてもおかしくないって思っていたけど」
「最初は、そう思っていたわよ」
シャリアは不適な笑みを浮かべていた。
「ははっ、キミなら簡単にそれができるから怖いよ」
フィスは軽口を叩いていたが、表情は真剣そのものだった。
「わたしもあなたのことは許せないと思っているけど、そういう事情なら仕方ないよね」
セロルは落ち着きを取り戻して、料理に手を付け始めた。
「冷めてしまったな。魔法で……」
「お父さん、さすがにそれは難しいんじゃないかな」
エクスが冷めた料理を魔法で温めようとすると、セロルはそれをやんわりと止めていた。
「俺もまだまだ未熟、か」
エクスは横になって呟いた。
そもそもヴィオに頼まれなかったらフィスを引き取ることはなかったし、こんな問題を抱えることもなかった。
「お兄さん、いい?」
控え目なノックと同時に、フィスの声が聞こえてきた。
「どうしたんだ」
「入って、いいかな」
「構わないが」
こんな夜中にどうしたのか、と思いつつエクスは許可を出した。本気でエクスを殺すつもりなら、わざわざノックをしたり許可を取るようなことはしないだろう。
「お兄さん、ボクをかばってくれて、ありがとう」
フィスはそう言うと、着ている物を脱ぎ始めた。
「お前、何を」
啞然とするエクスをよそに、フィスは一糸まとわぬ姿になっていた。
「ボクは……お兄さんなら、言わなくても、察してくれるよね」
「俺は、そんなつもりでお前を引き取ったわけじゃない」
エクスはフィスが置かれていた状況を察して、ゆっくりと首を振った。
「でも、こうでもしないと、お兄さんはボクを捨てるでしょ」
「そんなことはしない。だが、俺も男だからな。お前のそんな姿を見ていると、本当に手を出してしまいそうだ。頼むから、服を着てくれないか」
「わかった」
エクスに言われて、フィスは服を着直した。
「でも、お兄さんを試していいかな」
フィスはエクスが寝ているベッドに潜り込んでくる。
「これで手を出さないなら、お兄さんを信じてあげるよ」
「俺以外の男なら、間違いなく手を出しているな」
エクスは冗談半分に言うと、フィスの頭をそっと撫でた。
「お兄さん」
フィスはエクスにぎゅっと抱きついてきた。
「ここは、お前がいた暗殺組織とは違う。ゆっくりと、慣れていけばいいさ」
エクスはもう一度、フィスの頭を撫でていた。




