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再会

「面会だ」


 声をかけられて、フィスは顔を上げた。

 牢屋に入れられてからまだ一週間も経っていないのに面会があるとは思いもしなかった。

 それ以前に、一介の暗殺者に過ぎない自分に誰が会いに来たのだろうか。


「出ろ」


 手枷をかけられた状態で、牢屋の外に出さされた。


「ボクに面会なんて、一体誰……」


 目の前にいる人物を見て、フィスの言葉が止まった。


「お兄さん、生きていたんだね」


 そして、驚いたように口にする。

 エクスの傷は決して浅いものではなかったし、何より使った毒は即効性こそないものの専門家でもなければ解毒するのは難しい。

 だから、こうして目の前に現れたことに驚きを隠せなかった。


「運良くこの街に治癒師がいたのかな。それともよっぽど腕が立つ医者に診てもらったのか。いずれにしても、お兄さんは幸運の持ち主みたいだね」

「そうかもしれないな。だが、その幸運を掴めたのは部下が俺を助けてくれたおかげだ」

「謙虚だね。ボクの上とは大違いだよ」


 エクスの言葉に、フィスは思わずそう漏らしていた。

 暗殺組織がまともではないと理解していても、実際に上司としての器の違いを見せつけられると愚痴の一つも言いたくなってしまう。


「それは、お前が所属しているのが暗殺組織だからだろうな。俺のような甘いことをしている余裕がない、と言った方が良いかもしれないが」

「ははっ、お兄さんには敵わないね。で、何の用なの。ボクに恨み言の一つでも言いに来たのかな」

「俺達もお前の仲間を何人も殺している。それに、命のやり取りをしていた以上、殺されて文句を言うのはお門違いだ」

「なら、わざわざボクに会いに来る必要なんか……」

「それが、あるんですよねぇ」


 エクスの背後から、ヴィオがひょっこりと顔を出した。


「あなたが使っていた毒、普通の人には絶対に作れないんですよねぇ。あんなものが出回ったらうちとしても困る……」


 いつもの調子で喋っていたヴィオだったが、途中で言葉が止まった。


「フィス、ちゃん?」


 そして、知らないはずのフィスの名前を読んでいた。


「ボクはキミみたいな可愛い女の子に、知り合いなんかいなかったと思うけど」


 全く見たこともない相手に自分の名前を呼ばれて、フィスは怪訝そうな顔になっていた。


「あ、これだとわからないか」


 ヴィオは伸ばしていた髪をまとめると、魔法でバッサリと切り落とした。そして、水の魔法で顔にしていた化粧を洗い落とす。

 今までの少女のようだった外見は一変して、少年のものになっていた。


「な、何を……って、キミはヴィオちゃん、なの」

「そうだよ、フィスちゃん。まさか、君が暗殺者になっていたなんて」


 フィスとヴィオは初対面にも関わらず、互いに名前を呼び合った、

 どういう経緯があったかはわからないが、二人は知り合いのようだった。


「ははっ、ボクが殺そうとしたお兄さんを、ヴィオちゃんが助けるなんてね。皮肉にもほどがあるよ」


 ヴィオがエクスを助けたと知って、フィスは力なく笑っていた。


「フィスちゃん、僕と離れてから何が……ううん、今はそんなことを聞いても仕方ないか。お兄さん」


 ヴィオはエクスに向き直った。


「フィスちゃんは、望んでこんなことをするような子じゃないです。今回お兄さんにかかった治療費を全部無しにしてもいいですから、どうか、フィスちゃんを助けてくれませんか」


 そして、勢いよく頭を下げる。


「……単純に、俺だけを狙ったというのならそれは簡単にできることだが」


 エクスは困ったようにアレクシアに視線をやった。


「そうだな。今回はお前たちが誰を狙ったのか、によっても変わってくる」


 アレクシアは一歩前に出ると、フィスの目の前に立った。


「話したくないなら、話さなくてもいい。だが、こうしてお前の為に頭を下げてくれる友人のためにも、するべきことはわかっていると思うが」

「……」


 アレクシアにそう言われて、フィスはどう答えたものかと思案していた。

 本来の標的はこの国の王女であるミリィだった。だが、それをエクス達に阻まれて挙句がこれの結果。

 こんなことを続けていれば、いずれは自分が死ぬだろうと覚悟もしていた。人を殺してきたのだから、自分が殺されても文句を言える筋合いはない。

 だが、旧知の友人であるヴィオの顔を見てしまったら、そんな思いは全て吹き飛んでしまった。


「本当に、皮肉だね。ヴィオちゃん、君に出会うまでは、ボクはいつ死んでもいいって、ずっと思っていた。でも、キミの顔を見たら……」


 思わず、声を押し殺して涙を流してしまう。


「フィス、ちゃん……お願いします、お兄さん、お姉さん。本当に、何とかなりませんか」

「俺を助けてくれたあなたの頼みだから、できれば聞き入れたいとは思うが……」


 必死になって懇願するヴィオに、エクスはどうにかできないものかと思案する。

 フィス達の標的は間違いなくミリィだろう。王族を暗殺しようとした人間を無罪放免にすることなど、普通に考えたら無理なことだった。

 間違いなく極刑、運が良くても相当長い期間牢獄暮らしを強いられるのは間違いない。


「なるほど、お前たちが狙っていたのは、エクスか。そうなると、依頼人は騎士団特殊部隊のことを良く思わない人間……騎士団に所属している貴族子弟の関係者、ということになるか」

「おい、何を言って……」


 アレクシアが勝手なことを言い出したので、エクスはそれを止めようとして思いとどまった。


「なら、エクスが許すと言うのならお前を釈放しないわけにはいかないか。もっとも、無罪放免というわけにはいかないから、それなりの罰は受けてもらわないといけないがな」


 アレクシアは更にそう続けた。


「お姉さん、ボクは……ボク達は、お兄さんじゃなくて……」


 フィスが本当のことを話そうとしたが、アレクシアは自分の唇に人差し指を当てて黙らせた。


「さて、エクスとしてはどうしたら良いと思う」


 そして、エクスの方を振り返る。


「そうだな。しばらく、俺の部隊で預かるということで手を打つか。正直なところ、これだけの技量を持っている人材を遊ばせておくのは勿体ない」

「おいおい、副団長もおっさんも、勝手に話進めてるけど、大丈夫なのか」


 いつの間にかエクスがフィスを引き取るという話になっていて、たまらずリュケアが声を上げる。いくらエクスがお咎めなしと言っても、シャリアとセロルがエクスを刺したフィスを絶対に許すわけがなかった。


「まあ、表向きには死んだことになってもらわないと色々とまずいな。体面的には、俺が小物で自分を刺した相手を直接処刑するために引き取った、ということにしておくか」

「いや、そういうことじゃないんだけどよ」

「お兄さん、お人好しが過ぎるよ。ボクがお兄さんを裏切ったらとか、考えないの」


 エクスとリュケアの間に割って入るように、フィスがか細い声で言った。


「お前は組織の命令で人を殺していた。自分から望んで人を殺していたわけでもないだろう」

「それは、そうだけど」

「なら、組織から離れた現状、人を殺す必要はないはずだが」

「でも……」

「なら、言い方を変えるか。お前は俺の部下になる。俺が誰かを殺せと言ったら、お前はそれに従うか」


 エクスはフィスを見据えると、試すような物言いで言った。


「お兄さんがボクの上司で、それが命令なら」


 フィスは躊躇することなくはっきりと言い切った。


「本当なら、その答えは俺にとっては望ましいものではないな。まあ、今はそれでいい。お前は長い間上の命令に従っていたから、それを克服するのは難しいだろう」


 エクスは鉄格子の間から手を伸ばして、フィスの頭をそっと撫でた。


「あっ……」


 フィスは殴られるとでも思ったのか、身をすくめてしまう。だが、エクスに優しく触れられたことに安堵したのか、少しずつ体から力が抜けていった。


「やはり、そうか」


 ある程度予想できていたとはいえ、フィスは上からの命令に逆らえないようになっている。この呪縛から解放してやれれば、フィスは不必要な殺人をすることはないだろう。


「は? ってことは、部下にするからこいつは大人しくなるってことかよ。そんな単純な思考の人間が、暗殺者なんかやれるわけねえよ」

「リュケア、お前は奴隷を見たことはあるか。あれも長い時間をかけて主人の命令に従うようにされている。そういう人間からしたら、上からの命令は絶対なんだ」


 エクスはフィスの頭から手を離すと、抗議するリュケアを諭すように言う。


「まあ、おっさんと副団長が良いって言うなら、オレは構わないけどよ。シャリアとセロルはどう説得するんだ」

「……さて、どうしたものかな」


 リュケアの指摘に、エクスは思わず頭を抱えそうになっていた。

 今の今まで、二人のことをすっかり忘れていた。どんな形であれ、フィスを特殊部隊で引き取ることをあの二人が納得するはずがない。


「おいおい、それが一番の問題だろ。全く、普段は抜け目ねえのに、娘のこととなると途端に駄目になるな、あんたは」


 エクスが何も考えていなかったと知って、リュケアは呆れたように言う。


「そこをどうにかするのが、親でもあり隊長でもあるお前の仕事だろう」

「そう、だな」


 アレクシアにまで言われて、エクスは苦虫を嚙み潰したような顔になっていた。はっきり言って、フィスを引き取るよりもあの二人を説得する方が余程厄介だった。


「娘って、あの二人、だよね。シャリアとセロルって言ってたし。いくら何でも年齢的に無理があるような。お兄さん、実は相当に若作りってことかな」


 フィスの方は、エクスと娘二人の見た目年齢が近かったことに驚いていた。


「まあ、な。俺には勿体ないほど良い娘だが、如何せん依存しているのが少し問題だな。フィス」

「何かな、お兄さん」

「しばらくの間だが、よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくね。お兄さん」


 フィスは手枷をはめられた手を差し出した。

 エクスは鉄格子越しに、その手をそっと触れるように握った。

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