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面会

「そういえば、あの連中はどうなったんだ」


 すっかり回復したエクスは、暗殺組織の面々がどうなった気になっていた。


「ああ、それなら生き残ったのは捕縛してこの街の牢屋にぶち込んだよ」

「俺を刺した少女は、生きていたのか」


 カトルがそう答えたのを受けて、エクスは更に質問を重ねた。


「隊長を刺した……ああ、あの子か。僕は動きを止めることを優先して急所は狙わなかったし、セロルの雷や炎でも致命的にはならかったみたいだね」

「そうか……姫様、暗殺組織の目的を吐かせた方が良いですか」


 エクスは思案してから、ミリィに聞いた。

 自分が暗殺組織の幹部なら、実行犯に目的を伝えるようなことはしない。今回のように失敗したら情報が漏れる可能性があるからだ。


「今回わたくしが外に出ることは、ごく一部の人間しか知らないことよ。だから、わたくしを狙ったのなら依頼人も大体は絞れると思うわ」

「そうですか。なら、しばらくこの街に勾留しておいて、後々王都に移送させた方が良さそうですね。俺のせいで、余計な時間を喰ってしまいましたし」

「そのことなんですけどぉ、少しいいですかぁ」


 それまで黙って話を聞いていたヴィオが、小さく手を上げた。


「お兄さんを刺した、ってことはぁ、あの毒の使い手ってことですよねぇ」

「そうなるな」

「あの毒は、簡単に調合できないんですよぉ。だからぁ、少し話を聞きたいなぁって思いましてぇ。でもぉ、面会となるとうち一人じゃ無理ですよねぇ」

「姫様」

「そうね、あなたにはお世話になったから、そのくらいは問題ないわ。どうせ遅れに遅れているもの。ここで少し遅れたところであまり変わらないわ」


 エクスがミリィを見やると、ミリィは快く了承した。


「なら、俺と……」


 エクスはそこで、ヴィオの名前を聞いていなかったことに気付いた。


「あ、うち、ヴィオっていいますぅ」

「そうか。俺とヴィオ、それから……」

「おっさん、オレも一緒に行っていいか?」


 誰と一緒に行くべきか思案していると、リュケアが名乗り出た。


「別に構わないが、珍しいな。お前が自分からそんなことを言うなんて」

「たまにはいいだろ。それに、シャリアやセロルが行くと面倒なことになりそうだからな」


 リュケアは軽くシャリアとセロルを見る。

 二人とも反論できないのか、難しい顔をして黙り込んでいた。エクスを刺した相手に直接会って、落ち着いていられる自信がないのだろう。


「お前らはおっさんが絡むと、途端に人が変わるからな。それが悪いとは言わねえけどよ」


 そんな二人に、リュケアは軽口を叩いた。


「姫様を連れてはいけないから、お前たちはここで姫様の護衛をしてくれ。さすがに街中で襲われるとは思わないが、念のためな」


 エクスは二人の肩にそっと触れる。


「うん」

「わかった」


 二人は神妙な顔をして頷いた。


「私も一緒に行ってもいいか。お前を刺したという相手が、どうにも気になってな」

「それは別に良いが……それなら、カトルは残ってくれ。さすがに姫様の護衛が二人というのは心もとない」


 アレクシアが同行を言い出したので、エクスはカトルには残るように指示を出す。


「了解。リュケア、隊長は元気に見えるが病み上がりだ。副団長も一緒だから余程のことがない限り問題ないとは思うけど、一応ね」

「わかってるよ、兄貴。そっちこそ、じゃじゃ馬二人の手綱をしっかり握ってくれよ」

「ちょっとあなた、言うことに事欠いてじゃじゃ馬って何よ」


 リュケアがじゃじゃ馬と揶揄したので、シャリアは軽く文句を言った。とはいえ、お互いそこまで本気というわけでもなく、親しい友人同士のやり取りにも見えた。


「お姉ちゃん、そういうところじゃないかなぁ」

「この猫かぶり」


 セロルが半笑いで言うと、シャリアは苦笑しながら応えた。


「最初はどうなると思ったが、何だかんだで打ち解けたようで何よりだ」


 その様子を見て、エクスは思わず笑みを漏らしていた。

 最初に出会った時はかなり険悪な雰囲気だっただけに、ここまで打ち解けた関係になるとは予想外だった。最悪、娘の方は自分が強引に押さえつけることになるかもしれない、と考えていたからなおさらだ。


「何だかんだで、お前は部下の手綱を握るのが巧みのようだな」

「いや、年が近いせいもあるだろう。さて、そろそろ行くか。三人共、姫様のことを頼む」

「ああ」


 エクスは三人にそう声をかけた。



「なあ、おっさん」

「どうした」


 道すがらリュケアに声をかけられて、珍しいと思いつつエクスは答えた。


「オレ、あんたの役に立ててるか」

「何を言い出すかと思えば、そんなことか。俺はお前がいてくれて助かったことはあっても、いなくてもいいと思ったことは一度もないが」


 妙に神妙なリュケアに、エクスは笑い飛ばすように言った。


「いや、オレはシャリアには及ばねえし、セロルも一流の魔法使いだろ。兄貴は頭が良いから、おっさんの副官的な立場になってる。でも、オレはそうじゃねえから」

「……そんなことを、考えていたのか。すまないな、俺の言葉が足りなかったか」


 エクスはリュケアがここまで思い詰めていたのを知らなかったことに、自分を恥じる思いだった。年頃で複雑な娘達の相手だけで手一杯で、リュケアやカトルに関してはあまり気を遣えていなかった。

 思えば、リュケアとこうしてしっかりと会話をするのは初めてかもしれない。


「いや、おっさんが謝ることじゃねえよ」

「部下に対して評価をしっかり説明しないのは、無能な上官か説明をすると不都合なことがあるか。この二つくらいだからな。俺がお前に対してそれをしない理由はないよ。言い訳をさせてもらうなら、シャリアとセロルの相手で手一杯で、お前やカトルのことまで気を回せなかった、というのはあるか」

「ははっ、それは、しゃーねえか」


 エクスが娘達の相手で手一杯だったと聞いて、リュケアは思わず笑いだしていた。


「後は、カトルがお前のことを気遣ってくれているんじゃないかという甘えもあったな。カトルはお前が言うように頭が良いから、俺が言わなくても大体を察してくれる」

「いくら兄貴でも、こんなことは相談できねえよ」

「そうか……確かに、お前とシャリアが直接やり合ったら、勝負は見えているだろうな。だが、今のお前でもシャリアとは結構良い勝負ができるんじゃないかとも思っている」

「オレが、シャリアと?」


 リュケアは信じられない、という顔でエクスを見ていた。

 剣と短剣という違いはあれど、シャリアの技量は騎士団でも図抜けている。リュケアも並みの団員相手なら負けるつもりはないが、さすがにシャリアが相手だと分が悪い。


「シャリアは俺が最初に教えたせいもあるんだが、割と理論的なところはある。セロルは魔法使いだから特にそうだな。だが、お前はうちの部隊で一番直感が優れていると思っている」

「直感、って。おっさんがあんま好きそうな感じじゃねえけど」


 リュケアはエクスが直感という言葉を使ったことが意外に感じていた。複数の武器を使いこなすことを始め、理論的に詰めているのがエクスの強みだと思っていた。


「いや、俺が理論的なのは、直観力が欠けているからというのが大きい。もしかしたら、シャリアも直観で戦える剣士になれたかもしれないが……まあ、それを今更言ったところで始まらないか」

「つまり、どういうことだよ?」


 エクスが中々本題に入らないようなむずがゆさがあって、リュケアは思わず先を促していた。


「多分、お前は俺が一番苦手な相手だと思っているだろうが、それは俺にとっても同じことだ。俺がお前と戦うと仮定した場合だが……俺はお前を論理的に追い詰めて、一方的に立ち回れる。それがお前の認識だろうな」

「まあ、そうだけどよ」

「逆に、と言うと語弊があるかもしれないが、お前は俺の理論を直感で超えることができる。そして、俺にとっては、そういう相手が一番厄介だな」


 エクスはリュケアに対して、シャリアと違ったタイプの前衛になると思っていた。シャリアは持ち前の才能に加えて王都の学校基本に忠実な剣術、良く言えば王道、悪い言い方をするなら融通が効かない剣術を学んでいる。

 エクスが剣を最低限しか教えなかったのは、基本ができていないうちに王道とは言えない剣術に触れさせたくなかった、というのが大きい。

 エクスの剣は弱者が強者に勝つための剣だから、元々才能のあるシャリアが学ぶには適していなかった。

 対して、リュケアは幼少の頃から一体多数の立ち回りを繰り広げていた。もちろん、カトルの援護あってのことだが、一体多数で立ち回るには直感力が最も要求される。


「直感とか言われても、よくわかんねえよ」

「そうか? お前の身近にそれを体現している剣士がいる」


 エクスは隣にいたアレクシアを指差した。


「おいおい、私は直観だけで戦っているわけではないんだが」


 急に話を振られて、アレクシアはたまらず苦笑していた。


「もっとも、アレクシアを参考にするのはお勧めできないな。アレクシアは理論と直感を高いレベルで両立させている。シャリアがまだ及ばないと思うのはそれが大きい」


 エクスがアレクシアに勝てなかったのは、純粋な技量はもちろんだが、搦め手をことごとく直感的でいなされていたのが大きかった。


「誰のせいでこうなったと思っている。お前の厄介な搦め手は、理論だけでは対処しきれないんだが」

「……確かに、副団長はオレの短剣と兄貴の矢を同時に対処していた。あれは、理論だけでできることじゃないな」


 文句を言うアレクシアをよそに、リュケアはアレクシアと対峙した時のことを思い出していた。


「ま、おっさんが必要としてくれるなら、もうちょい頑張ってみるわ」

「そうしてくれ」


 すっきりした表情になったリュケアに、エクスは穏やかな口調でそう告げた。

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