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自警団

「いつも思うんだが、こんな村に自警団なんか必要なのか? アイル」


 エクスは自警団の団長かつ、ロウメルの孫でもあるアイルに話しかける。村にいた頃は共にロウメルに剣を習っていた間柄だった。


「こんな村だからこそ、だよ。君は王都で騎士団にいたようだから、主に人を相手にしていたんだろうけど。何も村に危害を加えるのは人だけじゃない、ってことさ」


 アイルはそう答えた。


「だが、俺が自警団に所属してもう一か月になる。その間、これといった事件も起きていないが」

「何もないのが一番だよ。君だって、下手に仕事が増えるよりはいいだろう」

「そうかもしれんが……いくらジジイの推挙とはいえ、俺が副団長で良かったのか。確かに、俺はこの村の出身だが、他の奴らだって面白くはないだろうに」


 エクスが懸念していたのはそこだった。どういうわけか、この自警団は副団長の席が空いており、ロウメルの推挙もあってエクスがその席に収まっている。


「はは、君らしいね。だけど、君の実力はみんな知っているよ。爺ちゃんと一緒に剣を習った子供はたくさんいたけど、その中で君は一つ抜けていたからね」

「それでも、お前の方が上だと思うが」


 アイルがそう言うが、エクスは子供時代にアイルと稽古をしていて、自分の方が上だと思ったことは一度もなかった。


「だから、僕が団長で君が副団長。何の問題があるかい」


 アイルは自分とエクスを交互に指差した。


「団長やらされるよりはまし、か」


 エクスは納得したわけではなかったが、それ以上この話題を続けるのを止める。


「それに、僕も君がいてくれて……」

「た、大変です。団長」


 アイルがそう言いかけた時、一人の団員が慌てて駆け込んできた。


「どうしたんだい」


 アイルは団員を落ち着かせるように、ゆっくりと話しかけた。


「猪が、出ました」

「猪?」


 それを聞いて、エクスは間抜けな声を出していた。さも大事のように飛び込んできて、それが猪だったことに拍子抜けさせられていた。


「君は王都にいたからわからないだろうけど、この村じゃ猪だって危険な相手だよ。畑を好き勝手荒らしたり、人を襲ったりとね」


 その様子を見て、アイルが窘めるように言う。


「……悪かった。で、俺達が対処するわけだな」

「そうだね。でも、猪となると剣で相手するのはちょっと面倒かな」

「弓はあるか」


 アイルが困ったように言うので、エクスはそう聞いた。


「弓? あることはあるけど……君、弓も扱えるのかい」

「一流には程遠いがな。ある程度はやれるさ」

「そうかい。悪いけど、弓を用意してくれるかな」


 アイルが団員にそう言うと、団員はすぐさま弓を用意してエクスに渡した。

 エクスはそれを受け取ると、弦をすっと指で撫でてから、軽く引く。


「悪くないな。いや、むしろ良い物じゃないか。よくもまあ、これだけの物を揃えたものだな」


 それが王都で使っていた物に比べても引けを取らない物だったことに、エクスは少し驚かされていた。


「爺ちゃんの伝手か知らないけど、この自警団、妙に良い武器が揃ってるんだよね」


 アイルもそこは疑問に思っていたようで、エクスに同意していた。


「それよりも、団長。早く何とかしないと」

「ああ、わかった。行こう、エクス」


 団員に急かされて、アイルはエクスに声をかける。


「ああ」


 エクスは頷くと、二人の後に続いた。


「あそこです」


 団員が指差した先には、遠目から見てもかなり大きい猪がいた。


「今の所、襲ってくるような様子はないようだが。このまま無視していれば、向こうからいなくなるんじゃないか」


 猪が全く動くような様子が見受けられなかったので、エクスはそう言った。


「あいつらは気まぐれだからね。いなくなるかもしれないし、突っ込んでくるかもしれない。だから、油断は禁物だよ」

「そうだな」


 エクスは弓を構えると、矢先を猪に向ける。


「ここから当てられるのかい」


 それを見て、アイルが驚いたように言った。


「まさか。この距離の半分でも当たるかわからん」


 エクスは笑いながら答えた。


「あ、パパ」

「お父さん」


 エクスの姿を見つけてか、シャリアとセロルが駆け寄ってきた。


「お前達、ここは危ないから……」


 エクスは突然現れた二人に一瞬だけ目をやると、危ないから離れるように言おうとした。

 だが、それを言い終わる前に猪が突っ込んできていた。


「きゃっ」


 それを見て、セロルが小さな悲鳴を上げる。


「アイル、二人を頼む」


 エクスは矢先を猪の眉間に合わせたままで、アイルに二人のことを頼んだ。


「わかった」


 アイルがそう言うのを聞いて、エクスは目前の猪に集中した。


「ま、まだ打たないのか」


 猪がかなり距離を詰めてきているのに微動だにしないエクスを見て、団員が動揺したように口にする。

 エクスが言っていた半分を切っても、まだエクスは動かなかった。


「エクス、いくら何でも」


 さすがにアイルが痺れを切らせた時、エクスは矢を放った。

 その矢は寸分違わず猪の眉間を貫いていた。


「久々に使ったが、何とかなるもんだな」


 猪がその場に倒れ込んだのを見て、エクスは大きく息を吐いた。


「驚いたね。君は一流ではないと言っていたけど、十分な腕前じゃないか」


 そんなエクスに、アイルは感心したように言った。


「いや、大したもんですよ。一撃で仕留めたことといい、猪が突っ込んでくるのに動じない度胸といい、並じゃないですって」


 団員もそれに続いてそう言う。


「褒め過ぎだ」


 エクスはそう言うと、仕留めた猪に向かって歩いて行く。

 そして、猪を担いで戻って来た。


「どうするつもりだい」


 アイルがそう聞くと、エクスは懐からナイフを取り出した。


「この村じゃ、肉も貴重だろ」

「そういうことか。それにしても、随分と上手く捌くものだね」


 エクスが難なく猪を捌くのを見て、アイルは感心していた。


「シャリア、セロル」


 ある程度捌いたところで、エクスは二人を呼んだ。


「どうしたの、パパ」

「村のみんなに、これを配れ。普段のお世話になっているお礼だと付け加えてな」


 エクスは二人に肉を渡す。


「わかった」

「うん」


 二人は肉を受け取ると、小走りに駆けて行った。


「良いのかい。獲物を仕留めた人に肉の権利があるんだけど」


 この村では獲物を仕留めた人間がその肉を自由にできるので、アイルはエクスが村の人間に配ると言い出すとは思いもしなかった。


「ああ、構わんよ。これだけ大きな猪だ。三人じゃとても食いきれん。腐らせるくらいなら、村のみんなで食ってもらった方が余程良い」


 エクスはアイルに肉を差し出した。


「あいつらだけじゃ配り切れんから、自警団も手伝ってくれ」

「わかったよ。すまないが、みんなにも手伝うように言ってくれないかな」


 アイルは肉を受け取ると、団員にそう言った。


「はい」


 久々に肉にありつけるのが嬉しかったのか、団員の表情がほころんでいる。


「さて、この肉はどう料理したものか」


 エクスは猪を捌きながら、どんな料理をするか考えていた。


「パパ、本当に何でもできるのね」


 食卓に並べられた肉料理を見て、シャリアが感嘆の声を上げる。


「お父さん、すごい」


 セロルも同様だった。


「ん? 大したことじゃないぞ。騎士団にいた時も何故か料理担当だったからな」


 そんな二人に、エクスは大したことはないというように言った。騎士団で遠征をしていた時に魔法で料理をしていたら、いつの間にか自分が料理を担当することになっていた。

 火を起こすのも、水を用意するのも魔法を使えば簡単にできていた。


「料理だけじゃなくて、弓も凄かった。あんな勢いで突っ込んでくる猪に、一発で当てるなんて」


 シャリアが身を乗り出すようにして言う。


「うん、本当に凄かった」


 セロルは胸元にそっと手を当てていた。


「俺を褒めても、何も出ないぞ。それに、早く食べないと冷めるぞ」


 エクスは自分から進んで食事に手を付ける。


「うん」

「はい」


 二人もそれに続くようにして食事に手を付けた。


「パパ。あたしに剣を教えて」


 不意に、シャリアがそんなことを言い出した。


「急にどうしたんだ」

「あたし、セロルを守れるようになりたい。だから、剣を覚えたい」

「わたしも、やりたい。お姉ちゃんに守られるだけのわたしじゃ、嫌だから」

「……」


 二人がそう言うのを聞いて、エクスは考え込む。

 エクスの剣は一流には程遠い。そんな自分が剣を教えてもいいものか迷っていた。もちろん、二人の意思を尊重したいという思いはある。


「なら、ジジイに話を通しておく。ジジイは俺の師匠だから、そこは問題ないはずだ」


 そして、そう結論を出した。ロウメルが教えるのなら、自分が教えるよりもしっかりとやってくれるだろう。


「パパがいい」


 だが、シャリアは首を横に振った。


「わたしも」


 セロルもそれに続いた。


「俺じゃ、まともに教えられるかわからんぞ」

「それでも、パパに教えてもらいたい」


 シャリアは真っ直ぐな目でエクスを見る。

 セロルも無言ながら、エクスを見据えていた。


「わかった。そこまで言うなら、俺が教える。だが、俺の手に負えないと思ったら、そこから先はジジイに任せる。それでいいか」


 エクスは根負けして、大きく息を吐いた。

 自分でも基本的なことなら教えることはできるし、それ以上になったらロウメルに任せれば問題ないと判断した。


「ありがとう、パパ」

「ありがとう、お父さん」


 二人は声を揃えてそう言った。

 最初は自分の意見すら上手く口にできなかった二人が、やりたいことを口にするようになったのは良い傾向だ。

 その分、エクスの負担も増えるのだが、それが親というものなのだろう。

 こういうのも、悪くないかもしれないな。

 エクスは自分でも気付かないうちに、僅かな笑みを浮かべていた。

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