リュケアと姫様
ミリィと二人だけになって、リュケアはどうにも居心地の悪さを感じていた。
本来であれば決して関わり合いになることがなかった相手というのもあるが、一応は護衛対象でもあるので下手なことも口にはできない。
「あら、わたくしと二人きりだと居心地が悪いかしら」
「いえ、そんな……と、そのようなことは」
ミリィにそう言われて、リュケアは慌てて首を振った。
「別にそこまでかしこまらなくてもいいわよ。今はわたくしとあなたしかいないわけだし」
「そういうわけにもいかないでしょう」
「まあ、それもそうね」
ミリィは軽く息を吐いた。
「ちょっと、話に付き合ってくれるかしら」
「オレで良ければ、構いませんが」
ミリィにそう言われて、リュケアは内心では怪訝に思いつつも頷いた。
そもそも、一国の王女が自分と何を話すのか全く想像すらできなかった。シャリアやセロルは同性だからそれなりに話題もあるだろうが、異性となると一体何を話すつもりなのか。
「あんなに動揺している姉様は、初めて……じゃ、ないわね。でも、兄様が亡くなって以来かしら」
「そうですね。オレも副団長があんなに動揺しているのは初めて見ました」
リュケアが見ていた限りでは、アレクシアがあそこまで動揺していたのは初めてだった。動揺というよりは、呆然としていたといった方が近いかもしれない。
「それだけ、エクスは姉様にとって大事な人、ということかしらね」
「……そう、なんでしょうね。おっさ……隊長が以前騎士団にいた時からの付き合いみたいですし」
「別におっさん、でも構わないわよ。姉様は駄目って言うと思うけど、わたくしの前ではね」
リュケアがおっさんと言いかけて訂正していたのを聞いて、ミリィは笑いながら言う。
「本当は、オレも隊長って呼ばなきゃいけないってわかってはいるんですけど。今更呼び方変えるのがどうにも照れくさくて」
リュケアは苦笑しつつ答えた。
「そういった意味でも懐が深いというか、細かいことは気にしないというか」
「だからオレみたいなのも、上手く扱えるんじゃないでしょうか。理知的な兄貴や、盲目的な娘二人はともかくとして」
「なるほどね」
「正直、オレはおっさんに必要にされてないんじゃないかって思うことはあります。兄貴はおっさんに思考が近いから副官的な役回りになってますし、シャリアの剣とセロルの魔法は随一です」
本当に何となくだったが、リュケアは本音を口にしていた。
ミリィは今後関わることがない相手だから、思わず口が滑っていたのかもしれない。
「あなたの技量も、かなりのものだと姉様から聞いてはいるけど」
それを聞いて、ミリィはアレクシアから聞いていた話を思い出していた。アレクシアとは時折会って近況を交換していたのだが、その時にリュケアとカトルの話を聞いたことがあった。
「シャリアと比べること自体が間違っているのかもしれませんが、それでもオレは他の三人に比べると劣っています。今回は、おっさんが奇襲されましたけど……おっさんも、奇襲されるならシャリアだと思っていたからやられたみたいですし」
何でこんなことを話しているのだろうか、と思いつつもリュケアは言葉を止められなかった。今までずっと考えていたが口にできなかったことだ。
それを話す機会ができたのだから、止められるわけがなかった。
「そのことは、ちゃんとエクスと話をしたの?」
「いえ……」
ある意味では当たり前の質問に、リュケアは小さく首を振った。
ミリィの言うように、エクスときちんと話をした方が良いことは理解していた。だが、どうしてもそれれを話す気にはなれなかった。
「姉様もそうだったけど、一人で抱え込んでいても解決しないわ。あなたはちゃんと相談できる相手がいるんだから、相談した方が良いわよ」
「副団長も、ですか」
「姉様は騎士団だと仮面を被っているみたいね、ふふっ」
リュケアが意外そうな顔をしたのを見て、ミリィは口元に手を当てる。
「かも、しれませんね。ただ、おっさんの前だとその仮面が別な物に変わるみたいですけど」
リュケアも短い間とはいえ、アレクシアとエクスのやり取りを見てきていた。だから、アレクシアがエクスに対しては他と違う様子で接しているには何となくわかっていた。
対してエクスの方はそこまで変化がないようにも見えるが、アレクシアと自分達を同様に扱っていると見るべきなのかもしれない。
「姉様もあの年で副団長まで上り詰めたのだから、相当なやり手なのは間違いないわ。それでも、自分が貴族でなかったら副団長にはなれなかった、とも言っていたけど」
「おっさんが今の立場にいるのって、オレが思っている以上にヤバイこと、っていう認識でいいんでしょうか」
「そういうことみたいね。わたくしは騎士団の人間じゃないから、詳しいことはわからないけど」
ミリィがそう言った時、アトリエの扉が開いた。
「治療は無事に終わりました。お手数をかけてしまいすみません、姫様」
アレクシアは片膝を付いて臣下の礼を取った。
「それは何よりなことね、姉様」
「意識は戻ったんですか」
「いや、思っていたよりも厄介な毒を盛られたようでな。しばらくかかりそうだ」
「そうなんですよぉ」
アレクシアの言葉と同時に、ヴィオがひょこりと顔を出した。
「あんな面倒な毒、それこそ錬金術師並みに知識がないと調合できないんですよねぇ。多分、普通の医者に見せてもお手上げだったんじゃないんですかぁ」
「それが事実なら、詳しく調べる必要がありそうだが……」
アレクシアは普段の調子を取り戻していた。
「副団長、オレは兄貴達を迎えに行きます。この街で合流する、っていう話はしていましたけど、詳しい場所まではわからないでしょうし」
「そうだな、頼まれてくれるか」
「もちろんです」
リュケアは頷くと、三人を迎えに外へ出た。
「素直で良い子ね、彼は」
その様子を見て、ミリィがそんなことを言う。
「確かに、そうですね。エクスの部隊は一癖も二癖もある連中ですから、リュケアが一番素直かもしれません」
「あら、そうなの」
「カトルはともかく、娘二人はエクスにしか御せないでしょう。色々な意味で」
アレクシアはやれやれ、というように首を振った。
シャリアもセロルも、しっかりと鍛錬をすればその道の頂点に立つことも夢ではない。にも関わらず、エクスと一緒にいたいという理由だけで田舎に戻ってしまった。
今二人が騎士団に所属しているのも、エクスの部下だからというのが大きい。
「まだお仲間さんがいたんですねぇ。もし、怪我とかしていたらぁ、うちが面倒見ますよぉ」
「中々商売上手だな」
アレクシアは抜け目がないな、とは思ったがそれ以上にヴィオの技量は信用できるとも思っていた。余程のことがない限り治療が必要な状況になるとは思えないが、エクスがあそこまでの深手を負っている。
「それもありますけどぉ、うち、お姉さん達のこと、気に入っちゃいましたからぁ。それに、あの毒のことも調べたいですしぃ」
ヴィオは相変わらずの口調だが、エクスに盛られた毒が普通では調合できないということが気になっているようだった。
「何人か、生け捕りにできていればいいが。ただ、人数的に不利だったからそんな余裕はないかもしれないな」
「襲われた、ってことですかぁ……お姉さん、やんごとない身分の方、ってことでいいんですかねぇ」
ヴィオがそう言うのを聞いて、アレクシアとミリィは顔を見合わせていた。
状況的にそう判断してもおかしくはないが、それでもただの野盗の可能性もある。
「まぁ、状況判断というかぁ。あんな毒、暗殺組織でもないと使わないんですよねぇ。錬金術師も作れますけどぉ、実際に使おうとする馬鹿はいませんしぃ」
「あなたは道化の仮面を被っているようだな」
ヴィオが冷静に状況を分析していたので、アレクシアは思わずそう言っていた。あの喋り方や態度だと、どうしてもそこまで賢くないような印象を与えてしまう。
「甘く見られているくらいがぁ、ちょうど良いんですよぉ。それに、うちも必要以上に余計なことに首を突っ込むつもりはありませんからぁ」
ヴィオは相変わらずの口調だったが、それでも一線はわきまえているといった感じもあった。
「毒を解析すれば、相手の素性がわかるか」
「それは厳しいですねぇ。ただ、専門的な知識がないと作れないってのは間違いないですぅ。だから、どこかの暗殺組織じゃないかと思ったんですけどねぇ。それとぉ、あんな毒が出回るようならぁ、こちらも対応できるようにしないといけませんからぁ」
「だが、暗殺組織が手の内を明かすようなことをするとも思えないが」
「そうですねぇ。だから、本当に万が一、ですよぉ。と、お兄さんの様子を見てきますねぇ。目を覚ますのはもう少しかかりそうですけどぉ」
ヴィオは再度アトリエの方へと戻っていった。




