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圧倒的優位の裏に潜む落とし穴

「さて、どうしたものかな」


 こちらの倍はいる人数を見て、エクスは思案していた。


「まあ、やれることをやるだけか……シャリア、リュケア。つかず離れずでな」

「わかったわ」

「了解」


 二人は軽く返事をして、真正面から来る敵を見据えていた。


「たかが五人、一気に片づけるぞ」

「ちょっと、いいかな」


 今にも攻めかからんとしていたのを制するかのように、声が発せられた。


「どうした、フィス」

「う~ん、嫌な予感がするんだよね。だから、ボクは少し様子見させてもらっていいかな」


 フィスと呼ばれた少女は、小首を傾げながら言う。


「なら、手柄はこちらで全部貰うことになるが、いいのか」

「何もなかったなら、それはそれでいいよ」


 フィスはあまり手柄に興味がないのか、そっけなく答えた。


「行くぞ。前衛は二人、後衛も二人。中間に一人いるのが気がかりだが……ま、後衛を潰すついでにやればいいだろう」

「なら、半数が前衛を足止めして残りは突破で良いか」

「なに、簡単に終わるだろうさ」

「慢心してるけど、足元すくわれないといいなぁ」


 そんな様子を、フィスは他人事のように眺めていた。


「やっぱり、そうか」


 近づいてくる集団を見て、リュケアはそう言った。


「何がよ」

「いや、暗殺集団だって予想していたからな。予想通り、武器は短剣のようだ。ま、素手で戦えるのもいるらしいが、それこそごく一部だろうしな」


 リュケアの言うように、集団は武器らしき物を持っていない。剣にしろ槍にしろ、隠して持ち歩くなど不可能だ。

 そうなると、隠し持つことができる短剣を使っていると考えるのが自然だった。

 あるいは、徒手空拳で戦うか。


「そうなると、あたしは少し間合いを取った方がいいかしら」

「それもいいが、オレらで引き付けて後ろでやってもらった方が楽かもな。まずいないだろうが、素手で戦える奴がいたら厄介だからな」

「そうなの?」

「考えてもみろよ、素手で武器とやり合うんだ。生半可な腕前じゃ、どうしようもないだろ」

「なら、素手の相手はあたしがやるわ」

「……任せる」


 リュケアは何か言いたげだったが、それを飲み込んでいた。


「悪いわね。あたしは、強くなりたいから」


 シャリアは剣を抜くと、向かってくる集団に備える。


「さっさと終わらせるぞ」


 当初の予定通り、半数を前衛に貼り付けて足止め。

 残り半数で後衛を始末してから残りの前衛を挟み撃ちにする。

 そのつもりで動いていた。


「ここは任せるぞ」


 前衛の二人を無視して駆け抜けようとした男の足が止まった。


「このまま抜けたら、真ん中にやられ……ぐっ」


 足が止まったところを、カトルの弓に打ち抜かれて倒れてしまう。


「驚いたね。ここまで簡単に打ち抜けるとは思わなかったよ」


 打ち抜いた相手が半ば棒立ちだったこともあって、カトルはあっけに取られていた。相手はかなりの実力者だというのはわかるから、あそこまで棒立ちになるとは予想外だった。


「おいおい、簡単にやられてるんじゃ……」


 文句を言おうとした男は、エクスが魔法を使おうとするのを見て言葉を止める。


「隙だらけよ」


 だが、その隙をシャリアが見逃すはずもなく、あっという間に切り伏せられていた。


「どうやら、甘く見てはいけない相手のようだ」


 あっという間に二人を倒されて、集団はエクス達に対する認識を改めていた。


「二人で全力で前衛を倒す。後衛に対しては、残りで対処しろ」

「あの真ん中の奴は、どうする」

「何を考えているかわからんが、そこまで影響はないだろう。もちろん、全く無視していいわけではないがな」


 先程やられた二人は、エクスの動きに気を取られたところを攻撃されていた。だが、当人でなければそんなことがわかるはずもなかった。

 そのせいもあって、特に何かをしているような様子がないエクスが軽く見られるのも当然だった。


「あのお兄さん、もしかしてヤバイ人かも」


 だが、フィスは遠目で見ていたにも関わらず、エクスが何をしていたのか察していた。とはいえ、直接見たわけではないので半信半疑といったところでもあった。


「思ったよりも、上手くはいっているか」


 あっという間に二人を倒せたこともあって、エクスは自分の戦術の正しさを確信していた。

 以前、アレクシアと二人でゴブリンの集団を相手にした時、わざと隙を見せて逆に利用するということをしていた。

 それにヒントを得て自分が中間に立つことで、相手の動きを制限しょうと試みていたが今のところは上出来といっていい。


「さて、一方的な蹂躙になるかどうか、だな」


 相手は決して生半可な技量の持ち主ではない。一対一ならこちらに分があるにしても、数の上では圧倒的に不利だ。その状況を覆すだけではなく、どこまで優位に立てるのか。


「まあ、やれるだけやってみるか」


 エクスは槍を構えると、いかにもこれから前衛に出るというような雰囲気を醸し出していた。



「くっ、たがが五人相手に、どうしてここまで苦戦する」


 既に半数近くを倒されて、集団のリーダーは焦っていた。

 最初こそ、楽な仕事だと侮っていたことは否定できない。だが、あっという間に二人を倒されてその認識は改めたはず、だった。

 にも関わらず、実際は相手を一人も倒すことができずにこちらは半数近くを倒されている。


「確かに、あいつらは並みの相手じゃない。特に剣士と魔法使いは一流だ。だが、こちらもそこまで技量が劣っているわけでない上に、人数の優位もあったはず」


 まるで解せない、というようにリーダーは口にする。このままでは、任務失敗どころか全滅の可能性すら見えてしまっていた。


「だから、言ったんだけどね。ニュードさん」

「フィス、今更やる気になっても遅いだろうが」


 状況を理解していないような間延びした声に、ニュードは思わず怒鳴っていた。


「はいはい、今までサボってた分仕事するら、そんなに怒鳴らないでよ」


 だが、フィスはそれを何事もなかったかのように受け流す。


「……その様子だと、お前はここまで追い詰められている理由がわかっているようだな」

「まあ、ね。みんな、優先順位を間違えているよ」

「どういうことだ」

「あの五人、めっちゃ強いね。特に剣士と魔法使いはボク達が一対一でやりあったら、間違いなく勝てないくらいには強いよ。比べるから劣って見えるけど、短剣と弓も文句がないよ。で、真ん中のお兄さん」


 フィスはエクスを指差した。


「一見すると何もしていないように見えるけど、一番最初に始末しないといけなかったね」

「馬鹿なことを言うな。あいつは中間で槍を構えてるだけだ。特に目立った動きなんかしてないはずだ」


 ニュードは思わず声を荒げていた。

 他の四人に比べると、あからさまにエクスはこれといった動きをしていない。そんな相手を最初に始末しない理由が思い当たらなかった。


「そう、みんなそう思い込んじゃってる。でも、実際は全部あのお兄さんの掌の上。見てよ」


 フィスがそう言うと、一人が不自然に動きを止めていた。

 もちろん、そんな隙を見逃してくれるような相手ではなく、いとも簡単に倒されてしまう。


「今のも、あのお兄さんが誘導してああなったんだよね。後ろを狙おうとすると、お兄さんが絶妙に邪魔をしてきて動きが止まる。逆もまた然り」

「ば、馬鹿な。俺達とて、相応の訓練を積んでいる。そんな誘導に引っかかることが」


 ニュードはフィスの言うことが信じられずにいた。暗殺稼業をする組織に所属しているから、それこそ想像を絶するような訓練を積んできていた。それこそ、相手の僅かな隙を見逃さずに倒すこともできるくらいにだ。


「う~ん、だから、だろうね」

「は?」

「ほら、ボクらは僅かな隙も見逃さないじゃん。それこそ、そういった点を徹底的に突くように訓練されている。でも、あのお兄さんはそれを逆手に取って、生まれた隙を潰すような動きをしてきてる」

「だから、俺達はいいように手玉に取られているわけか」


 フィスの言葉を聞いて、ニュードは背筋が凍る思いだった。味方の隙を他の誰かが埋めることができれば、それは連携として理想的な形の一つとも言える。

 だが、実際にそれをやるとなると話は違ってくる。全体を見渡せる俯瞰だけでなく、自分や仲間の技量や相手の技量も把握していなければできることではない。


「多分、技量という点では一番劣ってるんじゃないかな。でも、それを埋めるような視野の広さと経験。それをあの年で習得してるんだから、やっぱりヤバイ人だよ」

「で、どうするんだ」

「ボクがお兄さんをやるよ。技量的には、問題ないだろうし」

「どうやって近づくつもりだ。真正面から行けば前衛に阻まれ、抜けようとしても後衛にやられる」

「ボクの能力、忘れたのかな」

「そうだったな。だが、司令塔を倒したところで、どうにかなるとは思えんが」


 フィスがエクスを倒すと聞いて、ニュードはそう言った。

 核となっているエクスを倒せば今までよりは自由に戦えるが、相手は単体でも十分な技量の持ち主だ。それだけでどうにかなるとも思えなかった。


「普通なら、そうだろうけどね。だけど、上手くいきすぎてるんだよ。圧倒的優位で、負けることなんかあり得ないくらいにね。それを崩されたら、どうなるかな」


 フィスは気配を殺しながらゆっくりと前に出る。まるで最初から存在していなかったかのように、周囲に溶け込んでいた。


「相変わらず、厄介な能力だな。あいつだけは敵に回したくないものだ」


 ニュードは両手を軽く組んで成り行きを見ていた。

 フィスがエクスを倒して相手が乱れたなら、自分が一気に切り込む算段だった。

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