興味深々
「へぇ、そんな感じで捌くのね」
エクスが鳥の毛を丁寧に処理しているのを見て、ミリィが興味深いというように言った。
他の面々はもう少し獲物があった方が良いということで、まだ森で獲物を物色していた。
アレクシアは狩りをしたことがないこともあって、周囲の見回りに出ている。
当然、ミリィにそんなことをさせるわけにはいかないので、必然的に残ることになった。
「見ていて気持ちが良いものでもないと思いますが」
エクスは作業中ということもあり、ミリィの方を振り向かずに言う。
獲物の下処理や解体といった作業は、王族のミリィからしたら全く縁のない物ものだ。それに興味を示したことが予想外だった。
「そうかしら。わたくし達は、他の命を頂いて生きています。確かに、見ていて気持ちが良いとは言えないかもしれないけど、その作業を否定するのは命に対する冒涜よ」
ミリィに思いがけないことを言われて、エクスの手が止まった。
「あら、何か間違ったことを言ったかしら」
「いえ、アレクシアが敬意を持って接する理由がわかったような気がします」
エクスは再び作業を開始する。
薄々ミリィはただのお姫様とは違うと感じていたが、今のやり取りでそれを確信していた。
「これをあなたに話したって姉様が聞いたら、怒ると思うから内緒にしてもらいたいけど」
ミリィにそう言われて、エクスは小さく頷いた。
「姉様は、あなたの存在に救われたんじゃないかなって、そう思ってるの。騎士団に入ってから、時々あなたの話も聞いたことがあったけど……ま、内容は伏せさせてもらうわ」
「そう、でしたか。俺は、あいつに迷惑ばかりかけていたかと思いますが」
エクスは散々アレクシアに挑んでは返り討ちにされていたことを思い出して、思わず苦笑していた。
それでも付き合ってくれたのだから、アレクシアは貴族にしては寛大だとも思っていた。
「姉様の事情は、貴族なら誰しもが知っていること。だから、周囲は腫物を扱うようにしていたと思うの。対等の立場で接してくれるあなたの存在は、姉様にとって救いになっていたんじゃないかな、って」
「あいつは、そんなに弱い人間じゃありませんよ。俺の存在が気晴らしになっていたかもしれませんが、あいつは一人でも乗り越えられたでしょう」
エクスは鳥を捌き終えると、手近にあった木の枝の処理を始めた。
風の魔法で皮をむいてから、水の魔法で洗い流す。そして、火の魔法で軽く炙って簡単な消毒をする。これには消毒だけでなく、熱した木の枝で内部から熱を通す役割もあった。
「魔法でそんなことをする人、初めて見たわ」
ミリィは驚いたように言う。
「俺は魔力が少ないから、こういった使い方が向いているんですよ。姫様やセロルが同じことをやろうとすると、制御が難しいんじゃないかと」
「あら、一流の魔法使いを甘く見ないことね。魔力の制御をできずして、一流とは言えないわ」
「でしたら、そこの薪に火をつけてもらえますか」
「それくらい、簡単よ」
ミリィはエクスが組み立てていた薪に炎を放った。
「あっ」
だが予想外に燃え上がってしまい、ミリィは思わず声を上げる。
「セロルも同じ失敗をしましたからね。魔力が強い魔法使いほど、細かい制御は難しいんですよ」
エクスは強めに水の魔法を放った。すると、勢いよく燃え上がっていた火がほどほどに落ち着いていた。
セロルが学校から戻ってきた時、自分が魔法で料理をすると言い出して危うく火事になりそうになったことを思い出してしまう。
「これは盲点だったわね。また一つ、課題が増えたかしら」
「こんなこと、無理に覚えなくても……」
「セロルでも難しいことを覚えるのだから、無駄じゃないわ」
「そうですか」
エクスは下処理を終えた鶏肉を、燃えている薪の周囲に刺した。
「さすがにこの人数だと、一羽じゃ足りませんね。まあ、もうすぐ戻ってくると思いますけど」
「パパ、それなりに獲物が取れたわ」
「お父さん、ただいま」
「おっさん、戻ったぜ」
「これだけあれば、十分かな」
その言葉が予言だったかのように、次々と森から戻ってくる。さすがに猪や鹿といった大物は捕れなかったようだが、兎や鳥といった小物がそれなりにあった。
この分なら、十分に賄えるだろう。
「そうだな。誰か、アレクシアを呼んできてくれ」
「オレが行ってくるよ」
「頼む、残りは捌くのを手伝ってくれないか。セロルは串刺し用の枝を作ってくれ」
リュケアがアレクシアを迎えに行ったのを確認してから、エクスは残りの面々に簡単な指示を出した。
「わかった」
セロルは手慣れた様子で枝を手に取ると、風、水、火と流暢に魔法を使っていく。
それはエクスとほぼ変わらない手つきで、制御にも慣れていることが容易にわかる。
「セロル、あなた凄いわね」
それを見て、ミリィが感心したように言った。
「何がです」
「わたくしが同じことをしても、制御が上手くいかなかったもの」
「いえ、わたしも最初は……危うく、家を火事にするところでしたし」
「それは大変だったわね」
「はい。でも、ずっと鍛錬をしてここまでやれるようになりました」
セロルは加工した枝をエクスに投げる。
普通なら散らばりそうなところだが、それはエクスの目の前で宙に浮いていた。
セロルが魔法で制御しているのは明らかだった。
「助かる」
エクスは浮いている枝を手に取ると、処理を終えた鶏肉を串刺しにしていく。
「驚いた、わね。そんなことまでできるなんて。わたくしもまだまだ未熟、ということかしら」
ミリィがそう言うのを聞いて、エクスは王族にしては向上心が高いと感じていた。確かに魔法使いは希少とはいえ、王族ならそこまで無理をする必要もない。
「準備ができたようね」
リュケアに呼ばれたアレクシアが戻ってきた。
「姉様、問題はなかったようね」
「今のところは、ですが」
アレクシアはゆっくりと頷いた。
「そろそろ準備ができそうだ。お前も見回りで疲れただろう」
エクスは串刺しの準備があらかた終わったので、今度は処理を終えた兎肉を鍋に放り入れる。
「おいおい、水も無しに鍋とかは」
「まさか」
さすがに突っ込みを入れるアレクシアをよそに、エクスは魔法で鍋に水を満たした。
「後は、適当に食える野草なりをぶち込んで、と」
いつの間に採取していたのか、野草も次々と鍋に投入していく。
「で、後は煮えるのを待つだけだな。その間に、こちらの串刺しが良い感じになってるか」
エクスは程よく串刺しが焼き上がったのを見て、一本をミリィに差し出した。
「お気に召すかどうかはわかりませんが」
「これを望んだのはわたくしよ。余程のことがない限り文句は言えませんわね」
「熱いから、お気をつけて」
ミリィは頷いてそれを受け取ると、火傷しないように気を使いながら鶏肉を口にする。
「これは……塩じゃないわね。最初はちょっと辛いとも思ったけど、これくらいがちょうど良いって感じかしら」
そして、そんな感想を口にした。
「お気に召したようで何よりです。塩はこちらの鍋の方に使っていますので」
エクスはそう答えつつ、残りの串刺しを他の面々に手渡していく。
「お前の料理を食べるのは、本当に久しぶりだな。あの時は寒冷地の上に人数も多かったから、大量に用意できる鍋だったかと思うが……確かに、最初の一口は少し辛いようにも感じるな。だが、どことなく胡椒に近い味のようだ。まさか、鍋といいわざわざ持ち込んだのか」
アレクシアはエクスがあまりの用意周到だったので、思わずそう聞いていた。
「いや、鍋は本当に何となくだ。万が一が起きた場合に備えて持ってきていた。今回はたまたま胡椒に近い味の野草があったから、それを使った」
エクスは鍋の様子を見ながら、そう答える。
「そろそろ頃合いか、姫様……」
エクスが鍋の中身をよそおうとすると、ミリィはエクスが持っていた杓子をすっと手に取った。
「わたくしは何もできませんから。これくらいは、ね」
そして、慣れない手つきながらも杓子で各自によそおった。
「あなたはそういう立場なのだから、気にする必要はないと思いますが」
「そうかもしれないけど、下々が働いていて何もしないよりも、好感度上がるでしょ」
「本気でそう思っているなら、口にするべきではないかと」
エクスがそう言うと、ミリィは小さく舌を出した。
その様子からしても、本気で言っていないことは明らかだった。
「では、いただきましょうか」
ミリィは器にゆっくりと口を付ける。
「本当に、お姫様なのか疑いたくなるわね」
その様子を見て、シャリアはそんなことを呟いていた。
「ははっ、違いないね。こんなことを言ったら不敬と言われそうだけど、あの姫様なら不問にしそうだ」
「確かにな」
「あの人、学校にいた頃からあんな感じだったから。わたしを勧誘した時も最初は姫様だと思わなかった」
開けた場所がなかったこともあって、四人はエクス達とは少し離れた場所で食事をしていた。
「そういや、シャリア」
「何よ」
なんだかんだで付き合いも長くなったせいもあるのか、リュケアがシャリアに声をかけても、以前ほど突っかかるような態度ではなくなっていた。
「お前、学校にいた時めっちゃもてたらしいな」
「はあぁぁ!?」
それを聞いたシャリアは盛大に吹き出してしまう。
「おい、そんなに驚くようなことかよ」
「言うことに事欠いて、そんなことを言うなんて思わなかったからよ」
「で、セロルと同じ理由で断ったんだってな。結構良い所の貴族様もいたようだが、ちょっともったいなくねえか」
「何でそんなこと知ってるのよ」
「学校の生徒が騎士団にいるって、少し考えればわかりそうなもんだがな」
「……確かに、そうね」
シャリアは納得したように頷く。剣術学校の生徒が騎士団にいてもおかしくはないというか、自然なことだった。
「おっさんが良い男なのは否定しねえけど。そんなこと言ってると行き遅れるんじゃねえか」
「あなたがそんなことを言うなんて、ちょっと意外ね」
リュケアがエクスを褒めたので、シャリアは意外そうな顔になっていた。
「それに、お前の旦那は大変そうだけどな。間違いなく尻に敷かれる」
「あたしはそこまで……」
「なら、おっさんを尻に敷いてみるか?」
「あなたねぇ」
シャリアは思わずこめかみを押さえてしまう。
「変な話をして悪かったな。さっさと食べるか」
リュケアは軽く詫びの言葉を言うと、わざとらしく乱雑に食事を始めていた。




