女子会?
「まさか、こんな立派な馬車に乗れるとは思わなかったぜ」
「そうだね。でも、極秘なのにこんな立派な馬車は怪しまれないかな」
揺れが少ない馬車に乗って、二人は溜息を漏らしていた。
「まあ、この程度なら王族が乗っているとは思わないだろう。さすがにある程度の貴族が乗っているかもしれない、とは思われるかもしれないが」
エクスは背を預けて大きく態勢を崩す。
「随分と余裕そうだけど。あっちの方は心配じゃないの」
そんなエクスに、カトルが前の馬車を指差した。
今回は人数が多いこともあって、ミリィが乗る方にアレクシアとシャリアとセロル、こちら側にエクス達三人が乗っていた。
「気にならないと言えば、嘘になるが。姫様はそこまでお堅い人でもないようだし、アレクシアもいる。何より、あいつらもそこまで常識外れでもない」
「兄貴が言いたいこと、そういうことじゃないんだけどよ」
さして心配していないエクスに、リュケアが呆れたように言う。
「アレクシアと娘達がうまくやれるかどうか、ってことを気にしているのか。まあ、それは俺も気にならないわけじゃないが。多分、そんな余裕はないと思うぞ」
「それって、どういうことだよ」
「お前達が心配し過ぎだってことだ」
エクスはそう言うと、前の馬車に軽く目線をやった。
「へぇ、あなた方とお父様の出会いは、そのようなものだったのね」
ミリィが目を輝かせてシャリアとセロルに話しかけていた。
「はい」
「それで、シャリアが騎士団でも指折りの剣士で、セロルが魔法学校始まって以来の魔法使い、と。二人がお父様と出会っていなかったら、我が国としては相当な損失といったところかしら」
「それは、少し買い被り過ぎではないですか」
絶え間なく、とまではいかないにしろ長々としゃべり続けるミリィに、シャリアとセロルは押されっぱなしだった。
それでもミリィが二人を見下すようなことはなく、対等に接していることもあって不快感はなかった。
「姉様から見て、シャリアはどう見えるのかしら」
それまでほとんど言葉を発していなかったアレクシアに、ミリィはそう聞いた。
「えっ?」
半ば上の空だったこともあって、アレクシアはすぐに返事をできなかった。
「珍しいですね、姉様がそんなに気を抜いているなんて」
「そうですか。それは、この二人がそれだけ頼りになるということですよ」
アレクシアがそんなことを言うので、シャリアとセロルは意外そうな顔になっていた。
「私がこんなことを言うのが、そんなに意外か?」
アレクシアは心外だ、というように二人を見る。
「そう、ですね。副団長さんからしたら、あたしなんか半人前でしょうし」
「随分と謙遜するようだが、お前の実力は騎士団でも五指には入る。私も気を抜いたら負けてしまうくらいには、な。もちろん、簡単に勝ちを譲るつもりもないが」
卑下するようなシャリアに、アレクシアはどこか挑発するような口調で言った。
「今はまだ及びませんが、いずれあたしはあなたを超えてみせますから」
「その言葉を聞くと、かつてのエクスを思い出す。あの頃と状況は違うとはいえ、何とも不思議なものを感じるな。血は繋がっていないとはいえ、親子だと思わされるよ」
「姉様、本当に良い顔をするようになったわね」
穏やかな笑みを浮かべているアレクシアに、ミリィはどことなく安堵したような、それでいて嬉しそうな表情をしていた。
「そういえば、どうして副団長さんが『姉様』なんですか?」
「姉様は、わたくしの兄様の婚約者だったの」
セロルがそう聞くと、ミリィは少しだけアレクシアに視線をやってから答えた。
「それって、副団長さんが王妃になるかもしれなかった、ってこと?」
「ああ、そういうわけではない。姫様の上には三人兄がいてな。私は三男の王子、つまり姫様のすぐ上の兄と婚約していた」
驚くシャリアとセロルに、アレクシアはゆっくりと首を振る。
「わたくしも、こんな素敵な人が義理とはいえ姉になるなんてとても嬉しく思っていたわ。だけど」
「あんなに早く亡くなられるとは思いもしなかった」
「亡くなった、って」
「そんなことが」
アレクシアに婚約者がいたこともそうだが、その婚約者が死んでいたと聞いてシャリアとセロルは言葉を失っていた。
「言葉通りだよ。元々、そこまで屈強な方ではなかった。その割に、自分の体には無頓着だった。もっと気を使ってと進言すべきだったのかもしれない」
「姉様、今更それを言っても仕方ないわ。それに、あの時の兄様の病気を甘く見ていたわたくし含めて周囲全員の責任よ。これが上のお兄様、皇太子だったら話は違っていたかもしれないけど」
「そうですね」
ミリィの言葉に、アレクシアは小さく答えた。
「あの時の姉様は、とても見ていられなかったわ。なのに、騎士団に入るという話を聞いた時は本当に心配だったわ」
そこで、ミリィは言葉を止めてアレクシアの方を見る。
「姉様は騎士団に入ってから、良い表情をするようになったわ。それこそ、王宮ではそんな顔を見せてくれなかったのにね」
「王宮で気を抜けば、隙を付かれますから」
「本当に、それだけ?」
「そういうことにしておいて下さい」
アレクシアはそれ以上は勘弁、というように曖昧に頷いた。
「そういえば、姉様。そろそろ頃合いかと思うけど」
「本当に、いいのですか?」
「もちろんよ。まさか、一国の王女がこんなことをするなんて思わないでしょうから、良い目くらましになるわ」
「わかりました。止めてくれ」
アレクシアは諦めたように、御者に向けて馬車を止めるように指示を出した。
「ん? 前の馬車が止まったようだが、何か問題でもあったか」
前の馬車が止まったのを見て、エクスは体勢を元に戻していた。
「前の馬車が止まったから、こちらも止まりますよ」
「わかった」
御者も前の馬車が止まったことに気付いて、こちらの馬車も止める。
「これといって問題はなさそうに見えるけど」
弓使いのカトルは遠目が効くこともあって窓から周囲を見渡したが、これといった問題はないようだった。
「なら、何だよ一体」
怪訝そうにリュケアが口にした時、馬車のドアが軽くノックされた。
「エクス、済まないな。ちょっと休憩を挟みたい」
「こんな場所でか」
アレクシアの言葉に、エクスは困惑していた。
周囲は森林に覆われており、暗殺者が身を隠すなら絶好の場所だ。安全を考えるのなら、ここで休憩をするのは間違っている。
「まさかとは思うが、炙り出すつもりか」
エクスは一つの結論に達して、呆れたように口にする。
わざわざここで隙を晒す理由は、これしか思い当たらない。
「それもあるが、な」
だが、アレクシアは困ったような顔をしていた。
「どうしたんだ、歯切れが悪い。らしくないな」
「いや、姫様はお前が作った料理をご所望だ」
「は?」
それがあまりに予想外の言葉だったので、エクスは自分の耳を疑っていた。
「残念ながら、冗談の類ではない。既にシャリアとセロルには準備をしてもらっている」
「いやいや、いくら何でもそれはありえないだろう。いくらなんでも、姫様に食べさせられるようなものじゃない」
エクスは大慌てで両手を振った。
そもそも食材や調味料からして現地調整だし、普段から豪勢な料理を食べているミリィが満足するとは思えない。
「私が姫様に余計なことを言ったせいもある。すまないが、これも任務だと思って諦めてくれないか」
「どうなっても責任は取れんぞ。カトル、リュケア」
エクスは馬車の中にいる二人に声をかけた。
「話は聞いていたか」
「まあ、ね。ちょっと信じられない話だけど」
「全くだ、お姫様はおっさんと良い勝負できるかもな。変わ……と、これ以上は不敬罪になるか」
「この辺りだと大物は期待できないな、ウサギや野鳥辺りが狙い目か」
エクスは今までの経験から、この辺りには猪や鹿といった大物はあまりいないと予想していた。
「了解」
「ま、やるだけやってみるぜ」
二人は馬車から飛び降りると、森の奥へと走っていく。
「あまり深くまで行くなよ、ほどほどでな」
エクスが二人の背中に声をかけると、二人は一瞬だけ振り返った。
「さて、俺は……と、いい感じに岩塩があるじゃないか」
「岩塩? まさか、調味料も現地調達なのか」
「そういうことだ」
驚くアレクシアをよそに、エクスは手近にある岩塩を手に取った。
「悪くなさそうだ。他の調味料はちょっと癖があるが、これは普通の塩とほとんど変わらない。これなら、姫様でも普通に食べられる味になるな」
「以前、お前が振舞ってくれた時は、塩以外の味だった気がするが……何を使っていたんだ」
「お前と一緒に遠征に行ったことなんか……ああ、何回かあったか。あの時は、何だったかな。ハーブの一種だったような気はするが……もう何年も前だから、思い出せん」
そこで、二人はやれやれというように互いに苦笑してしまう。
「仲がよろしいのですね」
そんな二人に、ミリィが近付いてきた。
「仲が良いように見えますか」
「ええ、とっても」
「そうですか。まあ、気の置けない友人であることには違いありません」
「エクスもそうですか?」
アレクシアの言葉を受けて、ミリィはエクスに聞いた。
「ええ。俺もそう思っていますよ」
「それは何よりね。それで、どんな料理を振舞ってくれるのかしら」
ミリィが期待に満ちた目で見てくるので、エクスは思わずたじろぎそうになる。
「まあ、獲物次第とも言えますか。幸い、岩塩を入手できましたので、それなりにはなるかと思いますが」
「塩は基本的な調味料の一つね。でも、せっかくだからもう少し変わったものも試してみたいわ」
「変わったもの、ですか。でもこの辺りだと……」
エクスは軽く周囲を見渡して、いくつか調味料に向いていそうな植物があるのに思い当たった。
「そういうことでしたら、調達してきますよ。アレクシア、わざわざ言う必要はないと思うが、姫様の護衛を任せていいか」
「もちろんだ。というか、私では食材の調達はできないからな」
エクスは軽く手を振ると、調味料を探しに森へと入っていった。




