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家族

「疲れたか」


 故郷の村が視認できるくらい近付いてきた頃合いで、エクスは姉妹に声をかけた。


「あたしは、平気。でも……」


 シャリアはセロルを気遣うように見やった。


「わたし、ちょっと疲れちゃった。でも、まだ大丈夫」


 セロルは疲れたと口にするものの、気丈に返事をする。


「そうか。あそこに見える村が、俺の故郷だ。もう少しだから、頑張って歩け」


 エクスがそう言うと、姉妹は揃って頷いた。


「着いた、な。十年くらいぶり、か。さすがに田舎となると何も変わらんな」


 エクスは自分の故郷を前にして、そう呟いていた。自分が飛び出した時とほどんど変わっていないことに、どこか安心感を覚えたことも否定できなかった。

 来訪する人間が滅多にいないせいか、村人達はエクス達三人を物珍しそうな目で見ていた。


「ほんとうに、あんたの故郷なの」


 その様子を見て、シャリアがあからさまに疑念を口にする。


「俺がここを出たのは、十年以上前の話だぞ。子供の頃の俺を覚えていても、今の俺とは結び付かないだろう」

「言われてみれば、そうね」


 シャリアは納得したのか、それ以上何かを言うことはなかった。

 代わりにセロルがエクスの手を強く握ってくる。


「不安か?」

「うん」

「なら、さっさとジジイの所に行くか。まだ生きていればいいんだが」


 セロルが不安がっていることに気付いて、エクスは唯一といっていい知り合いのもとへ急ぐことにした。


「ジジイって、誰よ」

「俺がここにいた頃の村長だ。年喰ってたから、代替わりしているかもしれんが……まあ、その時はその時だ」

「あんた、行き当たりばったりね」


 エクスが思っていたよりも適当だったことを知って、シャリアは大きく溜息を吐いた。


「約束は守る。それだけは信じてくれていい」

「別に、あんたを信じていないわけじゃない。ただ、計画性がなくて呆れただけ」

「計画性があるなら、お前達を連れてこないぞ」


 村の中でも一際大きな家の前で、エクスは足を止める。


「ここが、村長の家だ」


 エクスは特に声をかけることもせず、無遠慮に中に入った。


「ちょ、ちょっと。声くらいかけなさいよ」


 その様子を見て、シャリアが咎めるように言う。


「俺とジジイの仲だ。一々声をかける必要もない。それよりも、早く来い」


 エクスに言われて、二人は慌てて後を追いかけた。


「お、ジジイ。生きてたか」


 庭先で模擬剣を振るっている老人を見て、エクスは声をかけた。


「誰じゃ、お前さんは」


 十年以上の年月は、少年だったエクスの面影をすっかり消し去っていたのか、老人は品定めをするかのようにエクスを見る。


「おい、ジジイ。耄碌するにはまだ早いんじゃないか」

「その口の悪さ……もしかして、エクスか」

「まあ、な。色々あって、戻ってきた。悪いか」

「別に責めるようなことはせんよ。それにしても……ん? どうしたんじゃ、その子らは」


 老人はエクスに隠れるようにしている二人に気付いて、不思議そうな顔になっていた。


「それも込みで、あんたに頼みがある」

「ほう、お前さんが儂に頼み事とはのう。こりゃ、明日は雨でも降るかの」

「ジジイ、俺は真剣に頼んでいるつもりだが」

「わかっとる。こんな所で立ち話も疲れるじゃろ。中に入らんかい」


 老人はそう言うと、三人に中に入るように促した。



「で、可愛らしいお嬢ちゃん。名前を聞かせてくれるかの。と、儂はこの村の前村長のロウメルじゃ。よろしくの」

「シャリア、です」

「セロル」


 ロウメルに名前を聞かれて、二人はそれぞれ自分の名前を名乗った。


「で、ジジイ。頼みってのは他でもない、この二人のことなんだが」

「まあ、そうじゃろうな。お前さん、昔から器用に何でもこなすからのう。一人で生きていくのなら、さして困らんはずじゃ」

「俺は最悪、そこらで野宿する生活でもいい。だが、この二人はそういうわけにもいかん。だから、この二人の面倒を見てやってほしい」


 エクスは丁寧に頭を下げた。


「ちょっと、あんた。何言ってるのよ」


 エクスが自分はどうなってもいいから二人を頼む、と言い出したのでシャリアは驚いてしまう。セロルも言葉こそ発しなかったが、シャリアと同じように驚いていた。


「そうは言うがのう。この村の現状は、お前さんが出て行った頃とさして変わっておらん。そんな状況で、他人の子を育てる余裕などあると思うかね」

「何も、無償でとは言わん。俺も騎士団である程度稼いできている。最悪、その蓄えで……」

「あんた、どうしてそこまで」


 エクスがそう言いかけた時、シャリアが立ち上がっていた。


「お嬢さん、落ち着きなさい」


 立ち上がったシャリアに、ロウメルは落ち着くように言った。


「別に、この子らを見捨てるようなことはせんよ。ただ、この子らを育てるのは……お前さんじゃよ、エクス」


 そして、エクスをすっと指差した。


「じ、ジジイ。冗談も休み休み言えよ。俺なんかが子供を育てられるわけないだろ」


 思いもしなかったことを言われて、エクスは全力でそれを否定する。何だかんだでロウメルが面倒を見てくれると考えていただけに、全く予想外だった。


「実際、他人の子を育てる余裕がないのも事実じゃ。それなら、お前さんがやる以外に選択はなかろうて。それに、じゃ」


 ロウメルは言葉を切ると、シャリアとセロルを交互に見やった。


「お前さん達、全く知らない大人と、このエクス。どっちが親代わりになるのがいいかね」


 そして、そう言った。


「そんなこと……」


 自分よりも他の人間の方が良い、と言いかけてエクスは言葉を止めた。

 二人が不安げに自分の服を強く握っていたからだ。


「お前達」


 その様子を見て、エクスはかける言葉が思い当たらなかった。


「あんたが、いい。あんたは、他の大人と違って、あたし達を対等に見てくれた」

「うん、あなたは信頼できるって、そう思う」

「お前達、簡単に人を信用するな。俺だって善人じゃないぞ」


 二人がそう言うのを聞いて、エクスは小さく息を吐いた。周りにろくな大人がいなかったせいもあるだろうが、それにしても簡単に信用し過ぎだと思っていた。


「決まり、じゃの」


 その様子を見て、ロウメルはどこか楽しそうに笑っていた。


「ジジイ、他人事だと思って」


 エクスは小さく舌打ちしてしまう。


「あんたは、あたし達の親代わりは、嫌?」

「わたし達、あなたに迷惑はかけないから」


 縋るような目で見られて、エクスは額に手を当てた。


「わかった、よ。お前達がそれでいいなら、もう何も言わん」


 そして、諦めたようにそう口にした。


「そうなると、じゃ。お前さん達、エクスのことは父と呼ぶんじゃぞ」

「おい、ジジイ。俺はそこまで……」


 エクスは二人の親代わりになることは納得したものの、自分のことを親と呼ばれることには何故か抵抗があった。

 それに、二人が自分のことを簡単に父と呼ぶとも思えなかった。


「パ、パパ?」

「お、お父さん?」


 だが、予想に反して二人は躊躇しながらもエクスを父と呼んだ。


「お前達、無理にそんな呼び方をしなくてもいいんだぞ」


 何ともむずかゆい気持ちになって、エクスはそれを隠すように言う。


「あんた……じゃない、パパは今日からあたしのパパなんだから。そう呼ぶのは当たり前じゃない」

「そうだよ、お父さん」

「ああもう、好きに呼べ」

「お前さんが、そんな困ったような顔をするとはのう。長生きはするもんじゃの」


 エクスが何とも言えないような顔をしているのを見て、ロウメルは意味ありげな笑みを浮かべていた。


「昔から人を嵌めるのだけは一流だったが、そこは変わってないようだな」

「人聞きの悪いことを言うでない。それに、実際に父と呼ばれると親の自覚が持てたんじゃないかの」


 エクスはたまらずロウメルに嫌味を言ったが、逆にそう返されてしまう。


「本当に、俺が親になれるなんて、そう思っているのか」

「それはお前さん、そしてこの子達次第じゃろ。なに、お前さんは昔から何事もそつなくこなす男じゃった。それに、親なんてお前さんが考えるほど難しいもんでもないぞ。何せ、この儂にでも出来たんじゃからの」


 ロウメルはそこで高笑いをした。


「いいだろう、ジジイ。あんたの戯言に乗ってやるよ。何だかんだで、あんたの人を見る目は確かだったからな。正直、俺に親が出来るなんて信じ難いが」

「おお、そうじゃった。空き家が一つあるから、そこを使うと良いぞ。それから、村の皆にはお前さん達のことを手助けするようにも頼んでおくとしよう」

「最初から、あんたの掌の上だった、ってことか。本当に喰えないジジイだ」


 ロウメルが最初からこうするつもりだったことに気付いて、エクスは吐き捨てるように言った。


「褒め言葉として、受け取っておこうかの」


 ロウメルはそれを平然と受け流していた。


「あ、あの」


 セロルがおずおずと口を開いた。


「どうしたんだ」

「きょ、今日から、よろしくお願いします。お父さん」


 セロルは丁寧にお辞儀をする。


「そう、か。あたし達、今日から家族なんだ。よろしくね、パパ」


 対照的に、シャリアは気さくな様子でそう言った。


「家族、か」


 エクスは改めて口にしてみるが、その言葉が酷く重い物のようにも感じられた。


「そうだな。決まったからには、悩んでいても仕方ない。俺もお前達にできる限りのことをするが、至らない点も多い。だから、お前達も……俺に力を貸してくれないか」


 子供に協力してくれ、と頼むのもどうかと思ったが、エクスは親になったことなどない。だから、自分にできることには限界があるとも感じていた。


「本当、そういうとこがパパなんだよね」


 シャリアは呆れたような、それでいてどこか嬉しそうでもあった。


「うん、今日から、家族」


 セロルは心底から嬉しかったのか、エクスに飛びついていた。


「セロル? もう、この子は」

「気にするな。家族なんだから」


 エクスは軽く首を振った。

 自分でも予想外の展開になってしまったが、こうなったからにはやれるだけのことはやる。この子達がどんな道を選ぶかわからないが、それまでは親として責任を果たそう。

 偶然出会って、気まぐれで拾った子供が家族になった。

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