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東方の技術

「休日くらい、好きに過ごせばいいものを」


 エクスは両隣に立つ二人に、呆れたように声をかけた。


「だって、この前デートするって約束したじゃない」

「デートってなぁ……剣と槍の修理に鍛冶屋に行くだけだぞ。どうせなら、もっと色気のある所の方がいいんじゃないか」


 三人が向かっているのは王都の鍛冶屋だった。

 この前のデュラハン討伐で、死霊術師を斬ったエクスの剣と槍は目に見えて劣化していた。

 剣の方はそれなりの業物だったことと、腕を斬り落としただけだったので損傷はそこまででもなかったが、槍は量産品だったことに加えて死霊術師に止めを刺したせいか修理するより買い直した方が良さそうにも見えた。


「でも、王都に来てから三人でゆっくりと過ごしたことなかったよね。だから、いいんじゃない」

「お前達がそれでいいなら俺は構わんが」


 そうこうしているうちに目的の場所に着いたので、エクスは鍛冶屋の扉を開けた。


「いらっしゃい……って、エクスさん? 本当に、王都に戻ってきていたんですね」


 鍛冶屋としては若い男が、エクスに気付いてそう言った。エクスよりは年下だが、シャリアよりも年上といったくらいの年齢だ。


「久しいな、親方は元気か」

「そりゃもう、元気過ぎて困るくらいですよ」


 エクスが挨拶も兼ねて聞くと、男は勢い良く答えた。


「そうか、それは何よりだ」

「それで、今日はどういったご用件で」

「ああ、これを見てもらいたくてな」


 エクスは剣と槍を男に差し出した。


「あれ? 親方さんじゃないの」


 その様子を見て、シャリアが疑問の声を上げていた。


「ああ、俺の剣を打ったのは彼だからな」

「えっ、あなたが」


 自分とさして年の変わらない青年がエクスの剣を打った、という事実にシャリアは驚かされていた。


「まあ、鍛冶屋っていうと親方みたいな頑固親父想像しちゃいますよね……と、こりゃ随分酷くやられましたね。一体、何を斬ったんですか」


 男はエクスが差し出した剣と槍を見て、驚いた表情になった。


「厄介な死霊術師を斬ったからな。何を体に仕込んでいたかわからんが、ここまで手酷くやられるのは想定外にも程がある」

「剣の方は……あ、俺が打ったやつ、まだ使ってくれてたんですか」


 男は剣を見て、嬉しそうに顔を上げた。


「ああ、まさか両方で使えるようになっているとは思わなかったが」

「気付いてくれたんですね。エクスさん、どう見ても左利きなのに右手で剣使ってましたから」

「良く気付いたな。あの頃はほとんど右手が主だったはずだが」

「はは、俺の初めての商品でしたからね。一切の妥協はしませんでしたよ。それに、あんなこと言われたら全力でやるしかないでしょう」

「あんなこと?」


 自分も剣を使うこともあってか、シャリアは興味深いという表情をしていた。


「ええ、俺はエクスさんに恩義があるもんですから、最初は料金はいらないから恩返しとして剣を作らせて欲しい、って言ったんですが。エクスさんに『金を取らないというのは、責任を放棄すると同じだ。お前は無責任に作った剣を俺に使わせるつもりか』なんて言われてしまいましてね」


 男は笑いながら経緯を説明する。


「お父さんらしい物言いだけど」

「それでいて、ついこの前まで剣の構造に気付いていないのはね」


 シャリアが呆れたというよりは、からかうような物言いで言う。


「普通に考えたら、そんな細工があるとは思わないだろう。むしろ、シャリアは良く気付いたな」

「その剣、不自然なほどに、左右対称になっているように見えるもの。あたしの剣と比べたら一目瞭然よ」

「確かに、右手で使っていて違和感がなければ気付かないでしょうね……そういえば、後ろのお二人とはどういうご関係で?」


 男はようやくエクスの後ろにいた二人に気付いた。


「ああ、二人共俺の娘だ。良い女だろう」

「娘って、エクスさん。いつの間に結婚なんか……いや、それにしては計算が」

「まあ、色々と事情があってな。実の娘じゃないんだが、今となっては本当の家族だと思っている」


 エクスがそう言うと、男は驚いて言葉を失っていた。


「どうしたんだ」

「い、いや、エクスさんがそんなことを言うとは思わなかったもので」

「自分でも、らしくないことを言っている自覚はあるな。だが、悪くない変化だとも思っているさ」

「いいんじゃないですか。以前は上り詰めてやるってギラギラしてましたけど、ちょっと近寄りがたい感じでしたし」


 男はエクスの剣と槍をじっと見つけながら言った。


「どうにかなりそうか?」

「剣の方は少し手入れしてやれば、問題ないかと。ただ、槍は新しいのにした方が」

「そうか、槍は使い捨てるから量産品を使っていたからな。任せて良いか」

「もちろんです。何なら、槍の方も俺が作りましょうか」

「頼む」


 男の提案に、エクスは頷いた。

 以前は一人で任務をこなすことが多かったから、剣以外の武器は状況次第で使い捨てにしていた。だが、今は一人で任務をすることはまずない。それを考えると、使い捨てにすることはないだろう。


「そういえば、ちょっと面白い物が手に入りましてね」


 男が意味ありげな笑みを浮かべる。


「面白い物?」

「ええ」


 男は立ち上がると、奥の方から一振りの剣を持ち出した。


「今の目標は、これを再現することですかね」

「見たことがない剣だな。それにしても、随分と刀身が薄いようだが」


 男が剣を鞘から抜いたのを見て、エクスはほう、と息を漏らした。


「ええ、その分恐ろしく切れますね。東方の国の剣で『カタナ』と呼ばれているようですけど」

「東方? よく手に入ったな」


 東方と簡単に言っているが、海を隔てた遠方にある国だ。交流が全くないわけではないが、距離があるせいもあって積極的な交易は行われていない。


「試してみます?」


 男に刀を渡されて、エクスはそれをまじまじと眺めた。こちらで使っている剣とは異なり、片刃で刀身がやや反っている。

 そして、剣との一番の違いはその刀身の美しさにあった。


「これは、美術品としての価値もありそうだな。ある意味使い捨ての武器をここまで仕上げるとは、東方の価値観はこちらとは全くことなるようだ」


 エクスは丁寧に刀を鞘に納めた。 

 武器というものは、使い続けるうちに壊れてしまうものだ。だから、名剣と呼ばれる剣は切れ味と同時に耐久性も求められる。

 だが、この刀は耐久性を度外視して作られているように見えた。


「東方では、カタナを抜くと同時に斬りつける『イアイ』って技があるそうですけど」

「俺にそんな高等なことができると思っているのか」

「物は試し、ってことで」



「全く、下手して折れても知らないぞ」

「いや、そうなったらそうなったで、思う存分分解して調べられますから。俺がそれやったら怒られますけど、エクスさんが折ったなら親方もそこまで文句言わないでしょう」

「全く」


 エクスは目の前にある木の棒に藁を巻き付けた物に目をやった。一見簡単に斬れそうだが、適当に斬りつけても中途半端に食い込むだけだ。


「なるほど、片刃なのも刀身が反っているのもそういうことか」


 普段使っている剣は両刃で真っ直ぐだから、抜くと同時に斬りつけるということはまず無理だ。だが、刀は片刃で刀身が反っている。最初からこのために作られたと言ってもいい。

 エクスは左手で刀を構えた。そして、そのまま刀を抜くと同時に巻藁を斬り抜いた。


「さすがですね」

「いや、これはこのカタナが業物だからだろう……シャリア、やってみるか」


 エクスは刀を鞘に納めると、シャリアに差し出した。


「あたしが?」

「俺にできてお前にできないわけがない」

「ほんと、おだてるのが上手いんだから」


 シャリアは刀を受け取ると、少しだけ鞘から抜いて刀身を見る。


「へえ、刀身の割に随分と重いのね。でも、普段使っている物とあまり変わらないかしら」


 シャリアは軽く構えると、それこそいつ抜いたのかわからないような速さで刀を抜いた。


「これは、怖いくらい斬れるわね」


 シャリアはその切れ味にいくらかの怖さを覚えているようだった。


「力の恐ろしさを知っているなら、間違った使い方はしないな」


 エクスは自分が斬った巻藁とシャリアが斬った巻藁を拾って見比べる。


「やはり、か」

「何が?」

「いや、わかっていたことだがシャリアの方が剣の腕は上だ。この巻藁、俺よりもシャリアの方が綺麗に斬れている。俺の方は所々に引っかかったような無駄な傷があるが、シャリアのには全くそれがない」


 エクスは改めてシャリアの剣技が尋常ではないと感じていた。セロルの魔法の技術も格段に上がっているし、純粋に剣と魔法でやり合ったら間違いなく及ばないだろう。


「ねえ、このカタナ……だったかしら、幾らになるの」

「お嬢さんほどの使い手なら、申し分ないんだろうけど……何せ、これは同じ物を再現するための見本で売り物じゃないんです」

「そうなの。なら、最初の商品はあたしに買わせてもらえないかしら」

「エクスさんの娘さんのお願いでしたら、喜んで。でも、その分値段も張りますよ」

「うっ……でも、あたしは副団長さんを超えるんだから、そのための投資は惜しまないわ」


 値段が張ると言われて、シャリアの顔が幾分引きつっていた。それでも、目的のためには絶対に引かないという意思も見て取れた。


「セロル、お前には退屈な時間だったか」

「ううん、お父さんとお姉ちゃんの剣技が見れて面白かったよ。それに」


 セロルはそこで言葉を切った。


「まだ時間はたくさんあるよ」

「そうだな。なら、今日はお前達にとことん付き合うことにするか」


 思えば、騎士団に戻ってきてからこんなにゆっくりと過ごしたことはなかった。

 アレクシアと王都を回った時は、穏やかではあったがゆっくりという感じでなかった。

 やはり、家族と他人では違ってくるのだろうか。

 まあ、こういうのも悪くないな。

 エクスは故郷で暮らしていた時のことを、どことなく思い出していた。

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