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死霊術師

「この辺りか。さすがに死霊術師がいるだけあって、いかにもという感じもあるか」


 デュラハンが出るという森に足を踏み入れて、エクスは周囲を見渡していた。

 手入れがされていない森というのもあるが、それ以上に視界が悪い。死角から不意を付かれる可能性も十分にあった。


「デュラハンっていうと、首無し騎士よね。基本的に首を片手で抱えているっていうけど」


 油断なく構えているシャリアだが、相手が相手なだけに少し緊張しているように見えた。


「俺も実際にやり合ったことはないから詳しくは知らんが、中には首を普通に乗せているのもいるようだな。それで人間を装って油断させるらしいが」

「そう」

「お姉ちゃん、大丈夫?」


 シャリアの緊張が伝わったのか、セロルが心配そうに声をかける。


「大丈夫よ、と言いたいけど」

「無理だと思ったら、すぐに言え。最悪全員でかかれば、何とかなるだろう」

「いいの?」


 エクスがそんなことを言うとは思わなかったのか、シャリアは意外そうにエクスを見る。


「アレクシアくらいしかお前とやり合えるのはいないから、今回の相手は良い修練相手だと思ってはいる。だが、それ以前にお前は俺の大事な娘だ、無理はさせられないな」


 エクスはシャリアの肩を数回叩いた。


「親子の交流中に悪いけど、小物に囲まれている感じがするよ」

「そうか」


 カトルにそう言われて、エクスは短く答える。


「死霊術師が相手なら、グールかスケルトンか。まあ、楽な相手じゃないな」


 リュケアは短剣を構えて、いつでも戦えるように神経を集中させていた。


「セロル、雑魚は俺とお前で焼き払う。数が多いなら、魔法の方が手っ取り早いからな」

「任せて」


 エクスは左手に炎を宿らせると、セロルに声をかけた。

 セロルは大きく頷くと、両手に炎を宿らせる。


「カトルとリュケアは、打ち漏らしの対処を頼む」

「了解、あまり出番はなさそうだけどね」

「それなら今回は楽できそうだな」


 それでも二人は、油断なく武器を構えた。


「スケルトン、来たよ」


 カトルが短く叫ぶと同時に、数体のスケルトンが襲い掛かって来た。


「炎よ、焼き……」

「焼き払え!」


 エクスが炎を放つよりも早く、セロルが炎を放った。

 前方から襲い掛かって来たスケルトンが、一瞬で灰になってしまう。


「早いな、これは俺の出番はないかもしれないか」


 セロルの詠唱速度が前よりも早くなっていたことに、エクスは少なからず驚いていた。


「前にお父さんにしてやられたから、あれからずっと鍛錬していたんだよ」

「そうか。今じゃなかったら存分に褒めてやりたいところだが、後でな」


 スケルトンの後ろからグールが飛び掛かってくるのが見えて、エクスはそれに対処しようとする。

 だが、エクスが動くよりも先にグールの額に矢が突き刺さった。

 不死者であるグールがその程度で行動不能になるはずもないが、続け様にリュケアがグールの両足を切り裂いていた。


「ここまでやりゃ、こいつも動けねえだろ」

「グールの足止めは、僕に任せてもらえるかな。さすがにスケルトンは矢だとどうにもできないし」

「これは、本当に俺の出番がないかもしれないな」


 リュケアとカトルがそう言うのを聞いて、エクスは笑みを漏らしていた。


「あたしはまだ待機?」

「そうだな、お前には大物を任せている。できるだけ体力は温存しておけ」


 自分だけ待機させられているシャリアが少し不満そうな声で言ったのを聞いて、エクスは宥めるように声をかけた。

 セロルだけが褒められたのが気に入らなかったのかもしれないな。全く、子育てはいつになっても難しい。

 エクスがそんなことを考えていると、周囲を取り囲んでいたアンデッドの群れの動きが止まっていた。


「来たようだな、親玉が」


 そして、それは本命がこちらに向かっていることを暗に示していた。


「……マタ、キタカ」


 人のものとは思えないほどに歪んだ声だった。

 一般的にデュラハンというと、片手に首を抱えてもう片方の手に大剣を持っているイメージが強い。だが、このデュラハンは首こそ抱えているものの、持っている剣は大剣ではなく普通の剣だった。


「シャリア、相手は知能あるようだ。どういうことか、わかるな」


 相手が口を開いたのを見て、エクスはシャリアに注意を促した。

 喋ることができる、ということはある程度の知能を残していると考えて良い。つまり、生前の技量をある程度は維持していると考えるのが自然だろう。

 それを証明するかのように、姿を現したデュラハンは剣を薙ぎ払った。

 デュラハンの眼前にいたスケルトンやグールが一掃される。


「相応の技量の持ち主のようね」


 シャリアは頷くと、剣を抜いてデュラハンと対峙した。


「ホウ……ヤルヨウダナ」


 シャリアが剣を構えるのを見て、デュラハンの口からそう言葉が漏れる。


「生前のあなたは、腕の立つ剣士だったとお見受けします。ですから、あたしも全力でお相手させてもらいます」

「イイダロウ」


 シャリアの剣とデュラハンの剣が交差した。


「さすがに力ではあっちの方が上ね」


 腕力では不利だと判断して、シャリアはすぐに間合いを取った。

 間合いを取ったシャリアにデュラハンが上から斬りかかった。シャリアはそれを軽く受け止めると、そのまま流すようにして攻撃を回避する。


「これは、相当な使い手だな。生前はアレクシアに匹敵するほどの技量があったんじゃないか」

 

 デュラハンの剣裁きを見て、エクスはそう判断していた。

 ある程度の知能が残っているとはいえ、魔物になってしまったからには生前の技量をそのまま残しているはずはない。

 それでもあれだけの技量があるのだから、生前だったらエクスのはるか上を行く使い手だっただろう。


「なら、余計に負けられないわ。あたしの目標は、副団長さんを超えることだから」


 それを聞いて、シャリアは俄然やる気になっていた。


「シャリア、気負うなよ。やる気があるのはいい。無謀に挑んで勝てる相手じゃない、勇敢と無謀をはき違えるな」

「本当、パパには敵わないわね」


 エクスの言葉で、シャリアは肩の力を抜くように息を吐いた。


「セロルがずっと鍛錬を続けていたように、あたしも鍛錬を怠っていたわけじゃないわ」


 シャリアは一気にデュラハンの懐に潜り込むと、下から勢いよく振り上げた。

 予想外の攻撃に対処できなかったのか、デュラハンは完全にかわすことができずに胸元を切り裂かれていた。


「お姉ちゃん、今ので首を狙えば勝てたんじゃ」


 それを見て、セロルは疑問を口にする。シャリアの技量なら、胸元でなく抱えている首を狙うことも容易にできたはずだ。


「あくまで、剣士として勝負をしたいということか。シャリアがそうしたいのなら、俺は余計な口出しはしない。それから……焼き払え!」


 エクスはデュラハンに紛れてシャリアに襲い掛かかるスケルトンを焼き払った。


「露払いは、俺達に任せておけ」

「ええ、あたしの背中、パパに……いえ、みんなに任せるわ」


 シャリアは周囲にいるスケルトンやグールを一切気にせずに、デュラハンだけに集中していた。

 デュラハンの剣は鋭く重いものだったが、シャリアはまともに打ち合わない。剣で受けるのではなく、体捌きで剣をかわしつつ相手に一撃を入れていく。

 相手が人間なら終わっているような一撃が数回入ったが、それでも倒れないあたりさすが人外の化物といったところか。


「ヨイウデダ……ダガ、ニンゲンノチカラデソレガゲンカイダ」


 デュラハンはシャリアをねじ伏せるように剣を振り下ろした。

 ただの力任せだけではない、技量を伴った振り下ろし。並の使い手なら、到底対処することのできない一撃だった。

 だが、シャリアは自分の剣でそれを受け止めると、無理に逆らわずに体を回転させる。

 そのまま回転の勢いを加えて、デュラハンの胴体を薙ぎ払った。


「ミゴト、ダ」


 デュラハンはどこか満足したような表情を浮かべたまま、その場に崩れ落ちた。


「もし、あなたが生前の技量をそのまま保っていたのなら……結果は違っていたかもしれませんね。御指南、ありがとうございました」


 死してなお、一流の剣士だった相手にシャリアは敬意を払った。


「終わったか、と言いたいところだが」


 エクスはこれで全てが終わったとは考えていなかった。デュラハンが倒れても、周囲にいるスケルトンやグールはこちらへの攻撃を止める気配がない。


「おっさん、親玉倒したのにこいつらは逃げる気配すらねえぞ」


 眼前のスケルトンを蹴り飛ばしながら、リュケアが声を飛ばす。


「このままだと、埒が明かないな。セロル、少々森を焼いても良いから全力で……」

「それは困るな」


 エクスの言葉を遮るように、どこからか声が聞こえた。


「まさか、あれを倒すのがいるとはな。しかも、傍から見れば年端も行かぬ少女ではないか」


 声の主が姿を現した。割合背が高めで、年齢もエクスよりも少し年上くらいにしか見えなかった。

 死霊術は習得が困難とされているから、必然的に使い手の年齢は跳ね上がる。また、禁忌でもあるから表立っての研究は困難でもある。

 それをエクスとさして変わらない年齢で習得しているのだから、幼少の頃から修練していたのか。

 それとも、天才的な才能の持ち主か。

 いずれにしても、ここで放置しておくには危険過ぎる相手には変わりない。


「背中は、任せるぞ」


 瞬時に厄介な相手だと感じて、エクスは自身で相手をすることにする。何をしてくるか全く読めない相手だから、技量的には上でも経験で劣る部下達に任せるのは危険だった。


「おやおや、逃がしてはくれないか。まあ、君達ならより良い手駒になってくれるか」


 死霊術師はまるで他人事のように呟いていた。


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