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良い女の基準

「まさか、こんなところであいつらに出会うとは思わなかったな。まあ、この店は王都でも評判の店だから知っていてもおかしくはないが」


 アレクシアは目の前のケーキにすっとフォークを入れた。


「良く考えると、こういったのはある意味では贅沢品だな」


 エクスはアレクシアに勧められるままに同じ物を頼んでいたが、よく考えたらこういった類のものを食べることはほとんどなかった。


「贅沢品、か。そうかもしれないな。だが、たまには悪くないだろう」

「そうだな」


 アレクシアに視線で促されて、エクスもケーキにフォークを入れる。

 口に入れると、程よい甘みが口の中に広がった。見た目からして相当に甘いと思っていたが、予想よりも甘さは控えめで絶妙な味わいだった。


「これは、もっと甘さがきついと思っていたが。思っていたよりも控えめだな。それでいて、これが丁度良いくらいの味わい、ということか」

「お前はケーキにどういった先入観を持っているんだ。そもそも、ただ甘ったるいだけの菓子などが評価されるわけがないだろうに」


 エクスが感想を言うと、アレクシアは呆れたように笑みを浮かべていた。


「アレクシア」


 ケーキを咀嚼してから、改めてエクスはアレクシアに声をかけた。


「どうした」

「いや、お前も良い女なんだから、自分のことを『一応は女だからな』とか卑下する必要もないと思うが」


 エクスにそう言われて、アレクシアは心底から驚いたようにエクスを見る。


「はははっ、お前も冗談を言うようになったのか」


 そして、普段からは考えられないような大きな声で笑い出した。


「いや、冗談を言っているつもりはないんだが」


 アレクシアがここまでの反応をするとは思わず、エクスは困惑していた。


「冗談じゃない、だと。全く、いつの間に女たらしになったんだ。前に騎士団にいた頃は、そんな素振りは一切見せなかったと思うんだが」

「人聞きの悪いことを言うな。それに、誰彼構わず言っているわけでもない」


 アレクシアが呆れたように言うのを聞いて、エクスはゆっくりと首を振った。


「ほう。なら、お前の言う良い女というのはどういう女だ?」


それを聞いて、アレクシアはいかにも興味があるというように言う。


「……よく考えたら、お前と娘以外に良い女と思える女に出会ったことはない、か」


 エクスは顎に手を当てて少し考えてから、そう答えた。


「それは何とも言い難い答えだな。私のことを良い女と言ってくれるのは素直に嬉しいが、それ以外が娘というのはな」


 アレクシアは何とも言えないような、微妙な表情になっていた。


「まあ、娘達が良い女だと思ったのは最近のことだ。まだ子供だと思っていたのが、いつの間にかとんでもなく良い女になっていて驚かされたよ。本当に、子供の成長は早いと痛感させられる」


 エクスは二人を王都に送り出して、数年経って戻って来た時のことを思い出していた。

 送り出した時はまだまだ子供だと思っていたのに、いつの間にか大人の女性になっていたことに驚かされてしまった。


「それは成長というよりも……いや、これは言うだけ野暮というものか。しかし、どういった経緯であの二人はお前の娘になったんだ?」

「騎士団を辞めた時に、王都の外で途方に暮れているのを見かけてな。最初は見なかったことにしようかと思ったんだが、さすがにそれは後味が悪いと思ってな」


 エクスはアレクシアがこんなことを気にかけるのを意外に感じていた。副団長になるくらいだから、ある程度他人に気を使えるとはいえ、あまり個人的な事情には踏み込まないように思っていた。


「それで、後先考えずに拾ったわけか」

「後先考えてなかったわけじゃないがな。故郷に帰れば、誰かが面倒見てくれると思っていたんだが……まさか、俺が父親代わりになるとは思わなかったが」

「なるほどな。故郷に戻ったはいいが、二人の面倒を見ることができる人間がいなかったわけか。それで、結果的にお前が面倒を見ることになった、と」


 アレクシアは大体を察したようで、納得したように頷いた。


「ジジイに嵌められた感は否めないが、な」


 エクスはそこで小さく舌打ちしていた。


「ジジイ? お前の祖父か? しかし嵌められたというのは穏やかじゃないな」

「ああ、本当の祖父じゃないんだ。俺の剣の師匠なんだが、色々と世話になっていてな。娘達のことも面倒見てくれるように頼んだんだが、手の平で転がされるように俺が父親になることになっていたんだよ」


 エクスは自分が二人の父親代わりになることが決まった時のことを思い出して、思わず苦笑していた。正直自分に親がまともにできるとは思わなかったし、先行きが不安でもあった。

 それでも二人はしっかりと成長してくれた。今では、どこに出しても問題ない自慢の娘になったと胸を張って言える。

 少々、いや、かなり自分に依存していることを除けば、だが。


「思えば、お前と私的なことを話すことはほとんどなかったな」


 不意に、アレクシアが表情を崩していた。


「そうだな」


 それにつられて、エクスも僅かに表情を崩す。


「私が騎士団に入った時、色々と詮索されたものだが。お前だけは一切興味を示さなかったな。まあ、私としてはそちらの方がありがたかったが」

「いや、俺はお前を超えると言って散々絡んでいたと思うんだが、そちらの方が面倒に感じなかったか」

「あの頃の私は、色々と問題を抱えていてな。騎士団に入ったのも、その問題を避けるためだった。だから、お前が真正面から挑んできてくれたことには少なからず救われていたよ」

「そうだったのか。そんなことは全く気付かなかった」


 思いもしなかったことを言われて、エクスはアレクシアをまじまじと見る。

 自分がアレクシアを超えようと模索していた裏で、アレクシアがそんな葛藤を抱えていたとは知る由もなかった。


「まあ、良い所の貴族の娘が、騎士団に入るとなれば詮索されても仕方ないところもあるか」


 アレクシアはやれやれ、というように苦笑していた。


「そういえば、同僚がそんなことを言っていたような気がするな。とはいえ、お前がお貴族様でも平民でも、俺にはさしたる問題でもなかったが。俺はお前を超えることだけしか考えていなかったよ」

「よもや『成り上がるための踏み台になってもらう』などと言われるとは思わなかったが。後にも先にも、あんなことを言われることはないだろうな」


 アレクシアはその時のことを思い出したのか、楽しそうに笑っていた。


「結果として、お前には一回として勝てなかったわけだが。今にして思えば、無謀なことをしていたとしか言いようがないな」


 エクスは苦笑しつつ、カップに手を伸ばした。


「悪くないな、今後は酒の代わりにこっちを嗜むようにするか」


 それが意外に口に合ったこともあって、エクスはそう呟いた。

 二人が娘になってから、エクスは酒を飲むのを控えるようになっていた。前後不覚になるほど飲むようなことはなかったが、それでも深酔いしている時に娘が危ない目に遭ったら、と考えると次第に飲酒という行為から遠のいていった。


「あいにく、私は酒が苦手でな。お前が同僚と飲みに行くのを見て、一緒に行きたいと思ったがなかなか言い出せなかった」

「俺もお前も、立場がある人間になった。さすがに酔っ払って不覚を晒すわけにもいくまい」

「違いない。そろそろ、行こうか」


 アレクシアに促されて、エクスも立ち上がった。


「あっ」


 会計を済ませて店を出ようとした時、小さな子供がアレクシアとぶつかった。

 油断していたのか、それとも想定外だったのか。

 アレクシアは大きく体勢を崩して転びそうになっていた。


「大丈夫か」


 エクスは咄嗟にアレクシアの両肩を掴むと、自分の方に引き寄せた。


「ご、ごめんなさい」

「すみません、うちの子が」


 子供とその母親が申し訳なさそうに謝ってきた。


「いや、問題ない。私も余所見をしていたからな。幸い、連れがこうして助けてくれたから気にしなくていい」


 アレクシアは笑顔を作ると、ゆっくりを首を振った。


「ですが」

「せっかくお茶を楽しみに来たのだろう。余計なことを考えていたら、楽しむものも楽しめない」

「あ、ありがとうございます」


 母親は何度も頭を下げると、子供と一緒に店内に入っていった。


「すまないな、迷惑をかけた……どうしたんだ、エクス」


 エクスが自分の体を離さないので、アレクシアは不思議そうな顔をしていた。


「いや、お前。こんなに小柄で華奢だったんだな、と思って」


 初めてアレクシアの体に密着するほど触れたが、エクスはアレクシアの体が想像以上に小さかったことに驚いてしまう。

 背丈が低いのもそうだが、肩幅もシャリアやセロルより一回りくらい小さかった。

 こんな小さな体で、副団長を務めるのはどれだけの苦労があったのか。


「あ、当たり前だろう。男のお前と女の私では、体格が違うのは当然だ」


 思いがけないことを言われて、アレクシアは慌てたようにそう返した。


「娘達よりも小さいお前に、俺は一回も勝てなかったのか」


 だが、エクスはアレクシアの肩を掴んだまま呟くだけだった。


「エクス、もういいから」

「……あ、す、すまない」


 アレクシアに見上げられる形になって、エクスは慌ててアレクシアの肩から手を離した。


「私の体が小さいのは、見てわかるだろうに」

「そうなんだが、お前も相当苦労してきたんだろう、と思ってな」

「確かに、もっと良い体躯だったらと思ったことがないわけじゃない。でも、それならそれでやりようはあるさ。それに」


 アレクシアはエクスの胸元を指で軽く突いた。


「こんな体躯でも、お前には一回も負けなかっただろう」

「言ってくれるな」


 アレクシアの言葉が正論だったこともあって、エクスは反論する言葉が見つからなかった。


「行こうか」


 アレクシアはエクスの手を取る。

 思えば、今日どれだけアレクシアと手を繋いだんだろうな。

 その手が思いの外小さく、そして柔らかいことに今更エクスは気付くのだった。

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