お茶会
「シャリア、あの時君はミノタウロスに真正面から斬りかかったけど。リュケアが攪乱してその隙を付いた方が効果的だったかな」
カトルはクッキーをつまみながらシャリアにそう言った。
「そうね。ただ、あの時あたしはリュケアの実力を完全に把握していなかったわ。今なら任せても良いって思えるけど。あっ、これは見た目よりも甘さが控えめね」
シャリアは頷きながらケーキにフォークを入れる。
「本当、これだけクリームとか使ってるともっと甘いような気がしてたけど」
セロルが同意するように頷いた。
「気に入ってもらえたようで何よりだよ。で、逆にシャリアが隙を作ってリュケアが決めた方が良い相手もいるかな。それは状況に応じてといったところでもあるけど」
二人がケーキに満足している様子を見て、カトルは僅かに笑みを浮かべていた。
「さっきから、お姉ちゃんとリュケアの二人だけの話をしているけど。わたしの魔法やカトルの弓で相手の気を引いて、お姉ちゃんやリュケアが仕留めたりとかその逆とかもあるよね」
「そうだね、この前なんかがそうだったかな。まあ、僕の弓はそこまで殺傷力はないからね。ゴブリンくらいの小物じゃないと仕留めるのは難しいかな」
「確かにそうね。あなたの弓は小型で連射はできるけど、その分威力には劣るわ。あなたの命中精度は高いけど、大物を仕留めるには向かないかしら」
三人はそこまで話して、一切口を開かないリュケアに視線をやった。
「ん? どうしたんだよ」
三人に視線を向けられて、リュケアはスコーンを食べていた手を止める。
「さっきから、あたし達三人だけしか喋っていないじゃない」
「オレは難しいことは良くわかんねえよ。頭使うことは、ずっと兄貴に任せてたし。オレは余計なこと考えないで暴れているのが丁度良い」
何を今更、といった感じでリュケアは答えた。
「はぁ、あんたはパパが一番簡単に手玉に取れるタイプね」
その返事に、シャリアは呆れてしまう。あまり頭を使うようなタイプとは思えなかったが、ここまで徹底しているとは予想外だった。
ミノタウロス討伐の際の様子からして、全くの馬鹿というわけでもないから必要に迫られればやりそうでもあるが。
「そんなことは言われなくてもわかってるって。おっさん、まともにやりあったらオレには勝てないなんて言ってたけど、あくまで『まともに』やりあったら、だろうしな」
リュケアは手をひらひらと目の前で回していた。
「勿体ないわね。あんたも頭を使えば今より一回りは上に行けそうだけど」
「だから言ってるだろ、オレはそういうの苦手だって。まあ、副団長とおっさんの手合わせを見て思うところがないわけじゃないけどな」
シャリアにそんなことを言われるとは思わなかったのか、リュケアは少し意外そうな顔になっていた。
「あら、それならやればいいじゃない」
「いや、おっさんの動き見てると何考えてるのか全く理解できねえんだよ。あれの真似とか絶対に無理だぜ。でもよ、おっさんどうやって槍や斧を出し入れしてるんだ? あんなに忙しく武器とっかえひっかえしてたら、上手く収まらないだろ」
「ああ、あれはね。お父さんの背中の鉄みたいなの、実は鉄じゃないの」
リュケアの疑問に、セロルがそう答えた。
「どういうことだよ」
「あれは、ジシャク? だったかな、お姉ちゃん。わたしも初めて聞いた時はびっくりしたけど」
セロルもうろ覚えだったので、シャリアに確認するように聞く。
「確か、そんなこと言ってたわ。金属を引き付ける特性があるとか言ってたわね。あたしも試してみたけど、ちょっとやそっとの力じゃ取れないわ」
「はぁ? じゃあ、どうやって出し入れしてるんだよ」
「魔力を流すと、一時的に引き付ける特性がなくなるんだよ。わたしも試しにやってみたら、簡単に取れちゃったし。お姉ちゃんの方が力はあるのにね」
その時のことを思い出して、セロルは笑みを浮かべていた。
「なるほど、そういう事情か。だから隊長は両手で武器を使わないんだね。しかし、状況に応じて武器を使い分けるだけでも大変なのに、魔力を流すタイミングも計らないといけないのか。そりゃ、色々頭を使わないとやってられないか」
一連の話を聞いて、カトルは感嘆してしまう。
「兄貴、オレに同じことが出来ると思わないだろ」
リュケアは自嘲気味に笑っていた。
「いや、誰にも真似はできないと思うよ。でも、リュケアも少しは考えて戦うようにした方がいいかもしれないね。今まで苦戦したのは副団長くらいだったから、頭を使う必要もなかったかもしれないけど」
「いや、副団長相手に勝つのは頭使っても無理だろ」
さすがにアレクシアを相手にして少し頭を使ったくらいでどうにかなるとも思えず、リュケアは小さく首を振った。
「副団長さんはあの体躯を利用しているようにも感じるのよね。あんなに小柄だから、見た目で油断する相手も少なくなさそうだわ。もっとも、あの構えを見て油断するのは三下も良い所だけど」
シャリアはエクスとアレクシアが手合わせした時のことを思い出す。
アレクシアはシャリアよりも小柄だったが、構えるのを見た瞬間に並の技量でないと感じていた。エクスはシャリアを剣の腕前なら自分よりも上と言うが、アレクシアには及ばないだろう。
「確かにな。オレも決して油断していたわけじゃないけど、兄貴と二人掛かりで一方的に負けたからな。あそこまで完璧に負けると、ぐうの音も出ないぜ」
「そうだね。まさか、僕の矢とリュケアの短剣、両方を簡単にいなしてしまうんだから。これは隊長でもできないと思うよ」
カトルとリュケアはアレクシアと戦った時のことを思い出して、互いに顔を見合わせる。
「多分、副団長さんはお父さんと手合わせをしていたから、色々な状況に対応できるんじゃないかな。魔法もあんな簡単に対処していたし」
セロルはエクスが放った魔法をアレクシアが受けても冷静さを保っていたことに驚かされていた。もちろん、手合わせだからエクスも本気で魔法を放っていないだろうから、威力も控えめだったのは間違いない。
それでも魔法を直撃されて冷静さを欠かないのは初見では難しいことだろう。
「まあ、あの二人は僕達よりも経験が多いってことだろうね。隊長が僕達に経験を積ませようとするのも、何となく理解できるかな」
カトルはそこで、手元にあったカップに口を付けた。
「経験、か。オレも経験を積めば、頭を使えるようになるのかね」
「ま、あんたも馬鹿じゃないんだから、できないとは思わないわよ」
シャリアがリュケアを評価するようなことを言うので、リュケアは驚いてシャリアの顔をまじまじと見てしまう。
「な、何よ」
「いや、お前がオレを褒めるなんて思わなかったから、何だかむずかゆいぜ」
「あんた、あたしを何だと思ってたのよ。よく考えたら、パパのことをおっさん呼ばわりされたのが気に入らなかっただけで、あんたのことは別に嫌いでもないわ。技量に関しても、騎士団じゃ上の方よ」
「そりゃどうも」
シャリアがそう言うのを聞いて、リュケアはそっけない返事をする。
「リュケア、そこは素直に喜んでいいところだけどね。何せ、騎士団でも指折りの剣士に評価されているんだから」
「そこで満足したら駄目だろうが。なんつうか、あのおっさん、オレにシャリアと同程度を求めてる気がするんだよ」
茶化すように言うカトルに、リュケアは苦々しい表情になっていた。
「ああなるほど。確かに、二人が前衛を張るんだから同程度の実力がないと連携は取りにくいか。しかしそれは中々にハードルが高いかな」
「そういう兄貴だって、セロルと同程度の……いや、兄貴はオレと違って器用だからな」
「それはそれで、より多くを要求されそうで怖いけどね。ま、やりがいがないとは言わないけど」
リュケアと同じプレッシャーを感じているにも関わらず、カトルは軽く笑い飛ばした。
「あなたの矢を、わたしの魔法と組み合わせると面白そうだけど、それはどうかな」
「中々面白い発想だね。でも、矢が飛んでいく速度は君が思っているよりも速いよ。そこまで魔法の精度に自信があるのかな」
セロルの提案に、カトルは問題点を指摘する。
「できないことは言わないつもりだよ。あなたが手を抜いていたとかじゃなければ、あなたの矢に魔法を合わせることも問題なくできるよ」
だが、セロルはそれも含めた上で提案していた。
「これは驚いたね。君は僕達の中で一番年下だけど、やっぱりあの人の娘か」
「わたしが年下だから、甘く見てたかな」
驚きと感心が混じったような口調で言うカトルに、セロルは強気な言葉を投げた。
「はは、それは否定しないよ。でも、今その認識を改めたかな」
これはしてやられた、というようにカトルは苦笑していた。
「また随分と洒落た店だな。俺はあまり菓子の類は口にしないんだが」
「まあ、そう言うな。たまにはこういうのも悪くないぞ」
何だかんだで程よく談笑していた四人だったが、一瞬で言葉が止まってしまった。
「ど、どうしてパパと副団長さんがこの店に来るのよ」
「おっさんは何でも試しそうだけど、副団長はありえんだろ」
「これは驚いた。まさか、二人がこの店に来るとはね」
「ど、どうしよう」
四人は少し身を伏せて小声で囁き合っていた。
「ん? 何だ、お前達もこの店に来ていたのか」
アレクシアは四人に気付いてか、さり気なくエクスの手を離していた。
「ええ、たまたま外でばったりと会ったものですから、色々と話でもしようかと」
カトルは普段と変わらない口調で答える。
「何の話を……いや、そこまで俺が関わっていい事じゃないな。まあ、同じ部隊の仲間で交流を持つのは悪くない」
エクスは珍しいものを見た、というような表情をしていた。
「でも副団長がこの店に来るなんて、意外ですね」
「私も一応は女だからな。甘い物には目がないんだよ。エクス、四人の邪魔をするのも悪いから、少し席を離そうか」
リュケアにそう言われて、アレクシアは片目を軽く伏せて見せた。
「そうだな。お前達も、休日とはいえあまり羽目を外し過ぎないようにな」
二人が少し離れた席に向かってから、四人は一斉に大きなため息を漏らしていた。




