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任務終了

「今回の相手はミノタウロスだったな。まともにやり合うなら、この人数では厳しいと誰しもが思うところだろうが」


 ミノタウロスが目撃されたという場所に到着して、エクスは足を止めた。


「あなたがこの任務を受けた時、僕は正気を疑ったよ。まさか、この人数でミノタウロスを相手にするなんて。しかも、あなたは手を出すつもりがなさそうだし」


 カトルが呆れたというように口にする、


「前も言ったが、俺は勝算のない戦いをするつもりはない。確かにミノタウロスは強敵だろうが、この面々なら問題なくやれるだろう。問題は」


 エクスはそこで言葉を止めて周囲を見渡した。


「目撃情報が曖昧過ぎて、探すのが難しいということだな」


 ミノタウロスが目撃されたのは、王都から少し離れた郊外の森だった。目撃者はミノタウロスを見つけて一目散に逃げだしたので、具体的な場所は覚えていないらしい。


「かといって、バラバラになって探すのは危険過ぎるよな。ま、地道に探すしかねえってことか」

「そういうことだ。リュケア、お前は無鉄砲なように見えてしっかり考えているようだな」


 リュケアが現実的なことを言うので、エクスはリュケアに対する認識を改めていた。


「馬鹿言うなよ、オレだって無駄死にしたくねえからな」

「それは良い心掛けだ。いくら手柄を上げても、死んだら何も残らん。心配はしていないがお前達も無理はしないようにな、シャリア、セロル」


 エクスはふっと笑うと、シャリアとセロルに声をかけた。


「相手が相手なだけに、ちょっと不安だけど。でも、パパが勝てるっていうなら心配はしてないから」

「うん、わたしもお父さんのこと信じてるから」

「ああ、その信頼には応えるさ」


 二人から全幅の信頼を向けられて、エクスはそう答えた。


「でも、当てもなく探すのは効率が悪いよね」

「確かにな。以前騎士団にいた頃は、標的が見つかるまで野宿していたな。さすがに、お前達にそれをさせるつもりはないが」


 エクスは以前騎士団にいた時のことを思い出していた。野宿となると食事も侘しくなるし、寝床を確保するだけでも一苦労だった。

 そんな状況では任務に支障をきたすと感じて、食事の質を向上したり少しでも快適に眠れるように工夫をしたりもした。最初は自分だけが快適ならいいとも考えていたが、自分一人が万全でも効率的に任務をこなせないと思い直した。

 結果として、野宿を伴う任務にエクスが関わると成果が格段に上がるようになっていた。

 だが、四人はまだ子供といってもいい年齢だし無理はさせたくない。


「野宿かぁ、ちょっと楽しそうかも」

「お前が思っているほど楽しいものじゃないぞ。今はまだいいが、冬は下手をすると命に関わるからな。まあ、暗くなったら近くの街に戻ればいい。俺も鈍っているからな、下手に野宿したら体を壊すかもしれん」


 興味があるというか、やってみたいような口振りのシャリアに、エクスは諭すように言う。


「さっきから鈍ってるって言うけど。歩き方とかしっかりしてるし、体幹も他の騎士……貴族様よりもずっとしっかりしてると思うよ。普通にやれるんじゃないかな」

「鈍っているのは体じゃなくて、精神的なものだ。長らく実戦から離れているから、勘が鈍っていると言った方がいいか。こればっかりは、実戦で取り戻すしかないな」


 カトルが細かい所まで良く見ていることに内心で驚きつつ、エクスはそう言った。


「勘、ねぇ。オレにはよくわからんよ」

「それはお前がずっと前線にいるからだ。一年くらい田舎に引っ込んでみろ、嫌でも実感するぞ。さて、おおよその目星はついている。さっさと終わらせるか」


 エクスは周囲を軽く見渡しつつ、まるで行く先がわかっているかのように歩き出した。


「お父さん、待って」


 木々をかき分けて奥に進むのエクスに、セロルが止まるように言った。


「何か、気付いたか」

「うん、近くに何かいる」


 エクスが足を止めて振り返ると、セロルは小さく頷いた。


「当たりか。さすがにここは木々が込み入っていて戦いにくいが……簡単に逃がしてはくれないだろうな」

「それって、まんまと相手に乗せられたってこと? らしくないね、あなたが引っかかるなんて」

「どうやら思っていたより狡猾のようでな。敢えて罠に踏み込まないと出てきてくれないらしい」


 エクスの言葉と同時に、巨体が姿を現した。

 人間の体に牛の頭が付いた化物、ミノタウロス。人間をゆうに超えるほどの巨体を誇っており、とても知性があるようには見えなかった。


「ブォォォッ!」


 唸り声を上げると、近くにあった樹を引き抜いて担ぎ上げる。


「さて、特殊部隊の初任務だ。先も言ったように、俺は手を出さないからそのつもりでな。シャリア、やれるな」

「もちろんよ」


 シャリアは剣を抜くと、ミノタウロスの前に立った。

 自分よりも一回りも二回りも大きい相手を前にしても、全く気圧されるようなこともない。


「度胸座り過ぎだろ、全くよ」


 そんなシャリアを見て、リュケアは呆れと感心が混じったように口にする。


「さすがに怖いか」

「……まあ、全く怖くねえって言ったら嘘になる。でも、ここまで来たら腹くくるしかねえだろ」

「良い返事だ。蛮勇よりもずっと頼もしい。シャリアのサポートを頼んでいいか」

「了解、隊長」


 リュケアは両手に短剣を構えると、シャリアの斜め後ろに立った。


「足、引っ張らないでよ」


 シャリアは一瞬だけリュケアの方を見てからそう言った。


「こっちの台詞だ」


 それを受けて、リュケアは軽く短剣を叩いて応える。

 言葉だけを聞けばいがみ合っているようにも聞こえるが、どことなく互いに信頼を寄せているようにも感じられた。


「セロル、隙があったら全力で倒しにいっていいぞ。カトルは……」

「僕の弓じゃ、倒すのは難しいかな。でも、相手をかく乱するくらいなら余裕だよ」

「任せる」


 エクスがそう言うと、カトルは飛び上がって近くの木の枝に手をかけた。そのまま枝の上に飛び乗ると、更に高い位置へと跳躍する。


「とんでもない身の軽さだな。セロル、間違ってもカトルが乗っている木に誤射するなよ」

「うん、わかった」


 セロルは頷くと、いつでも魔法を撃てるように構えた。


「あなた、あたしのこと度胸座っているって言ったわよね」

「ああ」

「あたしだって、あんな化物怖いに決まっているわ。でも、パパがあたしを信じてくれているから、あたしは戦えるの」

「そうか。なら、オレも隊長を信じてみることにしようか」

「へぇ、珍しく気が合ったわね。なら、仕掛けるわよ」


 シャリアはミノタウロスの正面に立つと、跳躍して斬りかかった。

 ミノタウロスは両手に持った樹を横に構えてシャリアの剣を防ごうとする。

 だが、シャリアの剣は樹を両断するどころかミノタウロスの肩口を切り裂いた。


「おい、いくら何でも馬鹿正直に真正面から……って、マジかよ」


 シャリアがミノタウロスの樹を両断したのを見て、リュケアは驚愕していた。


「一撃で決めるつもだったのに、あたしもまだまだってところかしら」

「余裕ぶってるんじゃねえよ」


 肩口を切り裂かれたミノタウロスが両断された樹を投げつけてくる。シャリアに投げられたそれを、リュケアは器用に両手の短剣で弾き飛ばした。


「助かったわ」

「お、おう」


 シャリアが素直に礼を言ったので、リュケアは少し戸惑ってしまう。

 ミノタウロスが拳を振り下ろすが、その動きが途中で止まった。

 ミノタウロスの腕に何本もの矢が刺さっている。


「今のうちだよ」


 カトルの声に反応して、シャリアは再度跳躍した。

 そのまま勢い良く剣を振り下ろすと、ミノタウロスの腕が地面に落ちる。


「二人共、伏せて!」


 セロルが普段からは考えられないような大声で叫んだ。


「……氷よ、槍となって貫け!!」


 セロルが放った氷は槍の形を取ると、ミノタウロスの胸元を貫いた。


「まだ、終わっていないぞ」


 四人が終わったと気を抜きそうになったのを見て、エクスは響くような声で言った。


「終わってないって……まだ、死んでいないの」


 ミノタウロスがまだ倒れないどころか襲い掛かってくるのを見て、シャリアは驚いて声を上げる。


「この程度じゃ止まらないか」


 何本もの矢を受けても止まらないミノタウロスに、カトルは舌打ちしていた。


「心臓をぶち抜いたってのに、まだ動くのかよ」


 ミノタウロスが無茶苦茶に暴れまわるのを、リュケアは何とかかわしていた。


「あんなに暴れられると、魔法も上手く当てられない」


 セロルは再度魔法を撃とうとしたが、ミノタウロスが暴れ回るせいで狙いが定まらなかった。


「良くやったな」


 エクスは剣を抜くと、ミノタウロスの前に立った。


「こいつは、もう死んでいる。だが、時々死んでも尚暴れ回るということはある。今回は運悪く、それに当たったようだな」


 エクスは暴れ回るミノタウロスの懐に潜り込むと、剣を横に薙いだ。

 ミノタウロスの上半身が地面に落ちると同時に、下半身はその場に倒れ込んだ。


「鈍ったと思っていたが、お前達に触発されたようだ。正直、ここまで上手くやれるとは思わなかったが」


 エクスは剣を納めると、四人の方を振り返った。


「結局、おっさんが良い所持ってくのかよ」

「全くだよ、それだけの技量があって鈍っているとか有り得ないから」


 リュケアが悪態を付くと同時に、カトルが木の上から飛び降りてきた。


「さすがパパだね、って言いたいけど」

「今回ばかりは、素直に喜べないね」


 シャリアとセロルは納得できない、というような表情をしている。


「さっきも言ったが、セロルが心臓を貫いた時点であいつは死んでいた。だが、ああいった輩は死んでも暴れ回ることがある。滅多にない事だが、たまたまそれに当たっただけだ。こんなつまらんことで、お前達を死なせるわけにはいかないからな」

「本当なら、最初の一撃で真っ二つにするはずだったのに」

「わたしも胸元じゃなくて、顔を狙うべきだった」

「まあ、経験だけは俺がお前達に勝っている唯一の点だ。お前達も経験を積めば、俺なんかあっという間に追い抜けるさ」


 シャリアとセロルが反省点を述べるのを見て、エクスは二人の頭をそっと撫でた。


「あっ」

「いつもは甘えるなって、こんなことしないのに」


 二人が驚いたようにエクスを見上げる。


「たまには、な。それに、今日は二人共……いや、四人共か。よくやってくれた。これくらいしても罰は当たらんさ」

「おいおい隊長、オレら頭撫でられても嬉しくないぞ」

「はは、そうだな。お前達には上手い飯でも奢ってやろう。それでいいか」


 茶化すように言ったリュケアに、エクスは笑いながら言った。


「この前といい、餌付けされてる気分だけど。でも、評価してくれない人よりはずっといいかな」

「俺は部下を持つのは初めてだからな。こういう時どうやって報いれば良いかわからん。だから今回はこれで勘弁してくれないか」

「いえ、別に非難しているわけじゃありませんよ、隊長。ただ、改めてあなたに付いていきたいと思っただけですから」

「そうか、それはありがたい話だな。任務も終わったことだし、そろそろ帰るとしようか。久々に前線に出たら疲れてしまった。俺ももう歳かな」


 カトルが妙にかしこまった物言いをするので、エクスも釣られるように冗談を言い返していた。

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