前途多難
「パパ、今日は剣だけなの?」
エクスが剣以外の武器を持っていないのを見て、シャリアがそう聞いてきた。
「今回は、俺の出番はないと思っているからな」
「おいおい、簡単に言ってくれるな。それに、あんたはオレ達の隊長だろ。隊長の出番がないってどういうことだよ」
エクスが答えると、リュケアが突っかかるような物言いをする。
「俺の見立てでは、シャリアとセロルでどうにかなりそうだと思っている。それを四人でやるんだから、戦力過剰にもほどがあるだろう」
「正直、そんなに簡単な任務でもないと思うけど。それに、それならわざわざ全員で任務をする必要ないんじゃないかな」
リュケアほど突っかかるような言い方ではなかったが、カトルはあからさまに疑念の目を向けてきていた、
「あくまで『うちの部隊が任務をこなす』ことが重要だからな。まあ、二人でこれだけの任務を達成したと報告しても、疑われる可能性もある。何事も程々にしておくのが一番だ」
エクスはこの任務を受けると決めた時、シャリアとセロルの二人で十分に達成できると踏んでいた。だが、それでは特殊部隊の存在を周囲に認めさせることは難しい。あくまで部隊で任務を遂行することが重要だった。
「でも、お父さんがさぼる理由にはならないよね」
セロルが不満げにエクスを見ていた。
「俺は三年以上田舎に引きこもっていたからな。カトルとリュケアは現役の騎士団員だし、シャリアとセロルは少し前まで学校で学んでいた。対して俺は緩んだ田舎暮らしで体が鈍っていてお前達の足を引っ張りそうだ、というのが本音だ」
「はぁ?」
「……本気で言ってるのかな」
エクスの言葉に、カトルとリュケアが呆れたような顔をしていた。
「でも、パパ。帰って来たあたし達を一蹴したよね。あれで鈍ってるとか言われても」
「あれは経験の差がもろに出ただけだ。まともにやりあったら、俺はお前達の足元にも及ばん」
シャリアがジト目でこちらを見るが、エクスはさらりと受け流す。
あの時はあくまで二人の視野を広げるためということもあったし、今回も自分が下手に手を出すよりも二人、いや四人に任せたいと考えていた。
「へぇ、僕の目から見ても、彼女達は相当な腕前だと思うけど。それを一蹴するような人がさぼるってのは、あまりいただけないと思うけど」
「俺はそこまで大したことはない。弓も使えなくはないが、お前と勝負したら話にならんよ。リュケアにしてもそうだな、同じ短剣で勝負したら俺に勝ち目はないだろうな」
「おいおいおっさん、さっきから聞いていれば何でも使えるって言っているように聞こえるんだが」
「まあ、な。一応武器と呼べる物は一通りかじったし、魔法までも手を出したな。どれもこれも、中途半端に終わったが」
エクスは自嘲しそうになっていたが、それを思い直した。確かにどれも一流と呼ぶには程多いかもしれないが、やってきたことは決して無駄ではない。
「もしかして、副団長が言っていた『剣と槍と短剣と斧、加えて魔法まで同時に使う相手』って」
リュケアがはっとしたようにエクスを見る。
「多分、俺のことだろう。そんな馬鹿なことをする奴が他にいるとは思えないしな」
「何でそんなに手を出したんだい。向いていないと思って別の武器に手を出すのは珍しいことじゃないけど、それにしても数が多すぎるよ」
「そこまでしてでも、勝ちたい相手がいただけさ」
カトルの疑問に、エクスはふっと息を吐いて答えた。あの頃のことを思い出すと、何ともいえないような気持になってしまう。
「そこまでして勝ちたい相手って」
「副団長、か」
カトルとリュケアが声を揃えた。
「まあ、想像に任せるよ」
素直に答えるのがどうにも気恥しくなって、エクスは言葉を濁していた。
「と、少し話が逸れてしまったな。俺は必ずしも、戦闘能力に長けた人間が上に立つ必要はないと思っている。今の騎士団の現状はわからんが、もしアレクシアが団長になって現場に出なくなったらどうなると思う?」
エクスは本来話そうとしていたことに話題を切り替える。
正直あまり考えたくないことだったが、現状としてアレクシアが次の団長に一番近い位置にいるのも確かだった。
「そりゃオレらに負担かかるんじゃねえの。ま、最近はあんたがほとんど断っていたけどな」
「そういうことだ。実力のある奴は現場で成果を出してもらった方が良い。上に立つのは、俺みたいないい加減な奴が丁度いい」
「普通、自分でそんなこと言わないよね」
「無駄に色々手を出してきたからな。視野の広さと経験だけなら他の人間に引けを取るつもりはない。だから、的確な場所に的確な人員を送ることには自信はある」
騎士団に戻ってきてから、エクスは自分が何をするべきなのかをずっと考えていた。あてがわれた四人の部下は、得意分野においてエクスを大きく上回っている。
そんな四人と肩を並べて戦っても、足を引っ張るだけかもしれない。
それなら、自分にできることは経験が不足している四人が効率的に仕事をこなせるようなお膳立てをすることだ。
「ってことは、もうパパの中で勝算は立ってるってこと」
シャリアがさりげなくエクスの腕に自分の腕を絡ませてきた。
「まあな。確かに厄介な相手だが、この面子なら負ける要素はない」
エクスは一瞬振りほどこうとも思ったが、騎士団の中では一切甘えてこなかったこともあって特に咎めないことにした。
「お父さんがそう言うなら、大丈夫だね」
セロルが空いている方の手を強く握ってくる。
「重要な任務の前だから今日は大目に見るが、お前達ももう子供じゃない。俺に甘えるのも程々にしておけ。俺よりも良い男なんぞ、そこらに嫌というほど転がっているしな」
「えー、ちゃんと時と場所を選んでるからいいじゃない」
「それに、お父さんより良い男って中々いないよ」
「全く、そんなこと言っていると婚期が遅れるぞ。アレクシアといい、どうして俺の周りの良い女は揃いも揃って独身なんだか」
エクスはやれやれというように息を吐いた。
二人に結婚はまだ早いかもしれないが、アレクシアは良い所の貴族令嬢だ。身分もさることながら、人格や実績も申し分ない。あんな条件さえ付けなければ、あちこちから引く手あまただろう。
「ちょっと、どうしてそこで副団長さんの名前が出てくるわけ」
「どうしても何も、アレクシアは普通に良い女だ。もし許されるなら、俺が嫁に貰いたいくらいだな」
シャリアがきつめの口調で言うので、エクスは冗談めかして答えた。アレクシアが女性として魅力的なのは間違いないが、エクスの中では男と女の関係というよりは戦友に近い感覚だった。
「シャリア、どうして俺の腕を締め上げる? 今のお前が本気でやったら、腕が折れかねないが」
「へぇ、お嫁さんにしたいくらいなんだ、副団長さんを。そういえば、名前で呼んでいるのってパパと団長くらいだね」
「待て、何か勘違いしてないか。俺とアレクシアは旧知の仲なだけだ。それに、特殊部隊長と副団長の地位は同じだから、互いに名前で呼び合っても問題はな……って、折れるから止めろ」
更にシャリアが腕を締め付けてくるので、エクスは悲鳴に近い声を上げてしまう。
「お父さんって、自覚のない女たらしなのかな」
「おいセロル、お前も手に魔力を籠めるのを止めないか。俺はまだ耐性があるからいいが、耐性のない相手なら気絶するぞ」
両方から攻められて、エクスはかなり疲弊してしまっていた。これからの任務で積極的に動くつもりはないとはいえ、これ以上消耗したらさすがに支障をきたしそうだった。
「オレもそこは気になってたんだよな。何ていうか、おっさんと副団長はただならぬ関係って感じがするんだよ」
「リュケアまで何を言い出すんだ、別に特別な間柄じゃない」
リュケアまでそこに割り込んできて、ますます収集がつかないような事態になっていた。
「はい、そこまで」
それまで黙っていたカトルが大きく手を叩いた。
「まあ、僕もあなたと副団長の関係が気にならないわけじゃないけどね。ただ、それを追求するのは今である必要はないんじゃないかな。全く、あなたは今回の任務を軽く考えているようだけど、僕からしたらとても楽観的にはなれないよ」
「すまん、助かった」
よもやカトルが事態を納めてくれるとは思わず、エクスは素直に礼を言った。
「でも、あなたは副団長をどう思っているのかな。それだけははっきりさせとかないと、みんなもやもやして任務に集中できないと思うよ」
「ったく……一番しっくりくるのは、戦友、だろうな。前に騎士団にいた時に、唯一背中を任せてもいいと思えた相手だった。お前達とも、そういう関係になれれば良いと思っている」
エクスは少しだけ間をおいてから、そう答える。アレクシアと並んで戦うことはあまりなかったが、一番安心して戦うことができていた。
そして、この面々なら同じような関係を築けるとも。
「戦友、ねぇ。ま、そういうことにしておいてあげるわ」
「そうだね。詳しいことは任務が終わってからにする」
シャリアとセロルからの圧迫がなくなり、エクスは脱力しそうになる。
「先が思いやられそうだ」
「いいんじゃないかな。あれだけの任務を前にして、変に緊張しているよりはね」
「はは、それもそうか」
カトルが軽い口調で言うので、エクスは力なく笑うしかなかった。




