騎士団
「で、どうしてオレらがおっさんと飯食わないといけないんだ」
「僕もそれは思うけど、せっかく奢ってくれるって言うんだ。ここはお言葉に甘えようじゃないか」
不満げに言うリュケアを、カトルが宥めている。
「すまないな、時間を割いてもらって。だが、お前達には確認しておきたいことがいくつかある」
エクスはそう言うと、既に届いていたグラスを軽く傾けた。
「確認しておきたいこと、だって」
それを聞いて、リュケアが怪訝そうにエクスを見る。
「ま、そんな堅苦しく構えなくてもいい。それよりも、早く食べないと冷めてまずくなるぞ。あ、すまないがもう一杯、いや二杯ほど持ってきてくれ」
「かしこまりました」
二人が出されている料理に手を付けていなかったので、エクスは食べるように促した。
そして、自分は新しいグラスを注文する。
「あんた、酒強いのか」
その様子を見て、カトルが意外そうに言った。
「酒豪、というほどでもないがな。そこそこに嗜む程度だ。まあ、娘達を育てるようになってからは、ほとんど飲まなくなったが」
エクスは手元にある料理に手を付けた。
思えば、こうして気兼ねなく酒を飲むのも久しぶりだった。
「これは中々に良い料理だな。お前達も食べたらどうだ」
「いや、オレらこんな高級品食べたことねえから。ナイフやフォークなんか、上手く使えねえし」
リュケアは大きく首を振った。
「高級品? そこまで高い物を頼んだ覚えはないから、気にしなくていい。ナイフやフォークも上手く使えないところで、誰も責めるようなことはない」
エクスがそう言うと、二人は首を傾げながらナイフとフォークを手に取った。上手く使えないとは言っていたが、そこまで気になるような動作でもなかった。
「お待たせしました」
店員がグラスを二つ持ってきたので、エクスは片方を受け取った。そして、それを勢い良く喉に流し込む。
「ごゆっくりどうぞ」
店員はもう片方のグラスをテーブルに置くと、別の客に呼ばれたのか急ぐように別のテーブルに向かっていった。
「それで、確認したいことって何」
「察するに、お前達は良いように使われていたと思うが」
エクスの言葉に、二人は図星を付かれたというような表情になっていた。
「やはり、そうか。結局、騎士団の本質は変わっていないようだな」
その様子を見て、エクスは残っているグラスを手に取った。
「あんた、それわかっていて戻って来たのか」
カトルが呆れたように言った。
「娘達のためでもあるがな。あの二人が田舎に引きこもっているのは、勿体ない」
「いや、それはおかしいだろ。騎士団の状況わかってるんだろ。娘のこと、どうでもいいと思ってんのかよ」
リュケアは非難するような口調で言う。
「あの二人なら、周囲を黙らせることも簡単だろう。それはお前達も良く分かっていると思うが」
エクスの見立てでは、二人なら少々の障害など難なく跳ね飛ばしてしまうと思っていた。それこそ、騎士団の在り方すら変えてしまうほどに。
「確かに、そうかもしれないけどよ。なんつうか、あの二人世間知らずっぽくも見えるんだよな」
「それはあるかもな。特に男を見る目がない点は不安が拭えないが。良い男の基準が俺というのは、いささか……いや、かなり不安になるな」
エクスは困ったというような笑みを浮かべると、残りのグラスを一気に飲み干した。
「あー、そういうことか。なんつうか、あの二人も大変だ」
それを聞いて、カトルが何かを察したかのように笑う。
「副団長とは、どういう関係だよ」
「アレクシアか? 前に騎士団にいた時の同僚だが。どうしてそんなことが気になる」
リュケアがそんなことを聞いてくるので、エクスは気になって逆に聞き返していた。
「副団長があんな表情したのは、初めて見たんだ」
「いや、俺が騎士団にいた頃からさして……まあ、副団長ともなれば、あの時と同じようにはいかないから、猫でも被っていたのかもしれんな。だから、旧知の俺と出会って化けの皮が剥げただけだろう」
エクスとしては、アレクシアが前とさして変わっていたようには見えなかった。だが、経過した年月や副団長としての立場といったものがある。
自分の知らない顔をアレクシアが持っていたとしても、何らおかしいことではなかった。
「オレ達を騎士団に入れてくれたのは、副団長なんだ」
「僕達は、まともじゃない生活をしていたからね。騎士団に目を付けられるのも、ある意味では仕方ないことだったよ。だからって、ただで殺されるわけにもいかないしね」
「何があったのか、聞かせてもらえるか」
エクスは二人とアレクシアの関係が気になっていた。
「別に面白い話じゃないぞ」
「まあ、隠すようなことじゃないしね」
そうして、二人は交互にアレクシアと出会った時のことを話し始めた。
「どうしたよ、頭数だけ揃えてその様か。王都の騎士団と言っても、名ばかりだな」
リュケアは自分達を討伐しに来た騎士団を相手に、大見得を切っていた。
「言わせておけば」
三人の騎士がそれに乗った形になって飛び掛かってくる。
一人の相手に対して同時に襲い掛かれるのは、多くても三人程度。
「ぐわっ!」
そのうちの一人が、悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。見ると、太腿に矢が突き刺さっていた。
「余所見している余裕なんか、あるのか」
それに気を取られている隙を付くように、リュケアは短剣を目の前の相手の肩口に突き刺した。
「ぐっ」
利き手の肩をやられたこともあってか、剣を落としてうずくまる。
「さあ、どうするよ。どこから飛んでくるかもわからない矢。その恐怖を背負いながらオレと戦うかい」
「言わせておけば」
騎士は唇を噛み締めるが、リュケアの言う通りでもあったので身動きが取れなかった。
「逃げるのなら、その二人も一緒に連れて行けよ。動けないだけで、死ぬことはないだろうからな」
「ちっ、おい、見てないで手伝え」
騎士は舌打ちすると、背後に控えている騎士達に向けてそう言った。
怪我をした騎士は引きずられるようにして連れて行かれる。
「何を手こずっている」
「ふ、副団長、どうして」
アレクシアが姿を現すと、騎士達があからさまに動揺していた。
「女? しかも、副団長だと」
アレクシアが小柄な少女に見えたこともあって、リュケアはアレクシアが副団長だと信じられずにいた。
「たかが二人を相手に手こずっているようだからな。様子を見に来ただけだが」
アレクシアはリュケアに視線をやった。
「なるほど、お前達には少しばかり荷が重いな」
そして、剣を抜くとリュケアと対峙する。
「ふ、副団長、そいつらは……」
「余計な手を出すな。足手まといだ」
アレクシアは何かを言いかけた騎士を一喝するように黙らせた。
「へぇ。あんた、他の騎士とは違うな」
それを見て、リュケアもアレクシアに対する認識を改めた。見た目に騙されて甘く見て良い相手ではない。
「速い」
想像以上の速度でアレクシアが斬り込んできたことに、リュケアは驚かされていた。それでも対処できないほどではないし、カトルが弓でサポートもしてくれる。
先程の騎士よりも数段上の相手だが、勝てない相手でもない。
「女を傷物にするのは気が引けるが、あんた相手にそんなことは言ってられないからな」
リュケアはアレクシアの右手、というよりは剣を握っている指先を狙った。それと同時に、アレクシアの左側からカトルが矢を放った。
左右から同時に攻撃されたら、対処できるはずもない。
「冗談、だろ」
だが、アレクシアはただの一振りで両方対処してしまった。
「中々良い連携だ。並の相手なら一たまりもないだろうが、相手が悪かったな」
「兄貴が矢を使うのを見られてたか。知っていても簡単に処理できるもんじゃないけどな」
「ん? それは知らなかった。だが、私は剣と槍と短剣と斧、加えて魔法まで同時に扱う男と鍛錬していたからな。それに比べれば、大したことはない」
必死になって動揺を押し殺そうとしているリュケアに、アレクシアは余裕があるような笑みを浮かべていた。だが、その笑みの裏には威圧するようなものがあった。
「降参するか」
「いや、まだだ」
リュケアは半ばやけになってアレクシアに斬りかかった。得物の長さではあちらが上だが、懐に入ってしまいさえすればそれが仇になる。
「さっきも言っただろう。私は様々な得物を扱う相手と鍛錬を続けていたと」
その言葉通り、アレクシアはリュケアが懐に入ることを一切許さなかった。加えて、弓の射線上にリュケアを誘い出しているのか、カトルが弓を打つ頻度も減ってきていた。
「終わりだな」
アレクシアはリュケアの短剣を弾き飛ばすと、喉元に剣を突き付ける。
「兄貴、俺を置いて逃げろ。兄貴まで巻き込まれることはない」
敗北を悟って、リュケアはカトルに向けてそう叫んだ。
「そうか、もう一人いたか。おい、聞こえているか。お前が逃げたらこいつは殺す。だが、出てきたら二人の身柄は保証する」
「騙されるな、兄貴。騎士団、それも貴族様が約束を守るわけが……」
リュケアがそう言いかけた時、カトルが姿を現した。
「兄貴、どうして」
「お前は僕の弟だ。それを見捨てて生き延びても、この先ずっと後悔し続けるよ」
カトルにそう言われて、リュケアは何も言えなくなっていた。
「面白いな、お前達は」
アレクシアは愉快そうに言うと剣を納めた。
「殺すんじゃ、ないのかよ」
「最初から言っているだろう、逃げなかったら殺さないと。お前達、私の部下にならないか」
「は?」
アレクシアの言葉が予想外だったこともあって、二人は同時に声を上げていた。
「それが当然の反応か。だが、私は本気だ」
「いや、僕らはあんたの部下に怪我させてるし」
「殺してはいないだろう」
「そっちの方が面倒だろ、下手に殺すとそっちも手段選ばなくなっちまう」
「そこまで頭を使えるのなら、なおさら欲しいな」
アレクシアが笑顔を浮かべる。
「はぁ、そこまで言われたら断れないか」
「兄貴?」
カトルがあっさりと折れたので、リュケアは反論するような声を上げた。
「どの道、僕達はこの人に生殺与奪握られてるんだから、言うこと聞くしかないよ」
「そう、か。それしかないか」
「決まったか。なら、よろしく頼む」
そう言ったアレクシアの笑顔が、リュケアにはやけに眩しく映っていた。




