来客
「あ、パパ。お客さんが来てるよ」
エクスが自警団の仕事を終えて戻ると、シャリアが出迎えてそう言った。
「来客? そんな言い方をするってことは、この村の人間じゃない、な」
「うん、知らない人。でも、立ち振る舞いとかからして、只者じゃないと思う。今はセロルに相手してもらってる」
「セロルが、か」
セロルが来客の相手をしていると聞いて、エクスは妙に感じていた。どちらかといえば、シャリアの方がそういったことに向いていると思っていたからだ。
「ほら、魔法使いって王宮勤めする可能性があるじゃない。だから、魔法使いの学校って魔法だけじゃなくて、そういった作法も教えてくれるみたい」
エクスの懸念が表情に出ていたことに気付いてか、シャリアがそう説明する。
「それは知らなかったな。セロルは内向的だから、大変だっただろうに」
「あたしもそう思ったけど、意外と性に合っていたみたい。ちょっと、あたしが過保護にし過ぎていたせいもあったかも」
「なら、それは問題ないか。それにしても、わざわざこんな辺境に来るとは、物好きもいたものだな」
「パパ、待たせたら悪いよ」
「そうだな」
シャリアに急かされて、エクスはリビングへ急いだ。
「そうですか、王都からわざわざこんな所まで来られたのですね。それは大変でしたでしょう」
「いや、そうでもないな。それにしても、お嬢さんは驚くほど礼儀作法が身に付いているようで」
「魔法学校では、こういった礼儀作法も授業の一環でしたので」
セロルと来客がそんな会話をしているのが聞こえた。来客はこちらに背を向けていて顔はわからなかったが、服装や振る舞いからしてもシャリアの言うように只者でないことは伺えた。
「あ、お父さん」
セロルはエクスに気付くと、すっと立ち上がった。
「待たせてしまったようで。こんな田舎にどんな……」
そこで、エクスの言葉が止まった。
振り返った相手の顔に見覚えがあったからだ。
「エクス、か。どうして、こんな所にいる」
相手も驚いたようにエクスを見ている。
「それは、こちらの台詞ですよ、団長」
エクスは驚きのあまり、それしか言うことができなかった。
お互いに二度と再会することはないと思っていただけに、こんな所で再会したことに驚いていた。次の言葉が中々出てこなかった。
「前にパパは騎士団にいたから……騎士団長ってこと?」
シャリアは固まっているエクスの腕を軽く引いた。
「ああ。それにしても、どうして団長が……なるほど、そういうことですか」
それで我に返ったエクスは、団長がここに来た理由のおおよそを察した。
「察しが良いな。その様子からして、騎士団を辞めても鈍ってはいないようだな」
「どうでしょうね。騎士団にいた頃に比べると、ゆったりとした生活をしていましたし」
「お嬢さん方にはまだ名乗っていなかったな。俺はダレス、既に知っているだろうが騎士団長を務めている」
ダレスは立ち上がると、優雅に一礼して見せた。
「これはご丁寧にありがとうございます。わたしはセロルと申します。あちらは姉のシャリアです」
それを受けて、セロルは立ち上がって一礼する。
「団長、そんなこともできたんですね」
今まで知らなかったダレスの一面を見て、エクスは思わずそう口にしていた。
「お前が知ろうとしなかっただけだろうが。それに、俺もこういったのは性に合わん。必要だから覚えただけだ」
ダレスはそう言うと、先程の優雅さが嘘のように乱雑に腰を下ろした。
「そっちの方が、団長らしいですよ。目的は、シャリアですか」
エクスは団長の隣に座ってそう聞いた。
「剣術学校を頭一つ、いや、それ以上に抜けた成績で卒業した生徒を騎士団が放置しておくとでも思うか。卒業したらすぐにでも勧誘しようと手ぐすね引いていたんだが、まさか卒業後即いなくなるとは思わなかった」
「それで、わざわざこの村まで来たと」
「書類上ではロウメルという人物が親になっていたから、最初はその御仁を尋ねた。だか、話を聞いてみると本当の親は別にいると聞いた。よもや、お前が親だとは思わなかったが」
「俺が親だってことになると、面倒なことになりそうな気がしたので」
「一応聞いておくが、本当の娘ではないよな」
ダレスはシャリアとセロルに目をやってから、エクスの方を見る。
「馬鹿を言わないで下さいよ。この二人が実の娘なら、俺は十歳前後で結婚したことになりますが」
「それもそうだな」
ダレスは声を上げて笑っていた。
「シャリアを高く評価してくれるのはありがたいですが……」
「そちらの魔法使いのお嬢さんも勧誘したい」
「シャリアはわかりますが、セロルもですか? 騎士団に魔法使いが必要とは思えませんが」
ダレスがセロルも必要としていると聞いて、エクスは訝しんでいた。基本的に騎士団の任務で魔法が必要になることはないし、どうしてもという時は王宮の魔法使いの手を借りていた。
エクスはどうしても勝ちたい相手がいたから、なりふり構わず魔法にも手を出していただけで、とてもではないが王宮の魔法使いには及ばなかった。
「お前が魔法で細々としたことを処理していただろう。それで、お前がいなくなってから困ることが多くなってな。騎士団でも魔法使いを採用する流れになった」
「大体の事情はわかりました。ですが……」
エクスはシャリアとセロルを交互に見た。
「申し訳ありませんが、わたしはお父さんの所を離れるつもりはありませんので」
セロルはやんわりとした口調だが、はっきりと言い切った。
「あたしも、です。確かに騎士団に入ればもっと剣を磨けるとは思いますけど、パパと離れるのは考えられませんから」
シャリアは丁寧な口調に慣れていないのか、少したどたどしいところもあったが、それでもきっぱりと言い放った。
「こんな感じで、俺の元から離れようとしないんですよ。育て方を間違えたかもしれません」
エクスは頭を下げた。
二人がそう言うことは予想できていたとはいえ、エクスは溜息を漏らさずにはいられなかった。もしかしたら、と僅かに思っていたせいもあった。
「何だ、そんなことか。それなら、お前も騎士団に戻ってこい。それで万事解決だろう」
だが、ダレスは些細なことだと言わんばかりにとんでもないことを言い出した。
「い、いや、俺が戻るとか……」
予想外のことを言われて、エクスは言葉に詰まってしまう。今更騎士団に戻ったところで、前のようにやれるとは到底思えなかった。
二人のことを考えるのなら、自分も一緒に行くべきかもしれない。だが、それは根本的な問題の解決にならないようにも思えた。
「それ相応の地位も用意できる。それは、お前の目標でもあっただろう」
畳み掛けるように、ダレスはそう続けた。
「……それは、俺が評価されたわけじゃなくて、娘を勧誘するため、ですよね」
エクスはダレスに鋭い視線を投げた。成り上がりたいと思っていたのは間違いないが、それはあくまで自分の力で、だ。
娘の力で成り上がっても意味はない。
「お前なら、そう言うだろうな。だが、新しい部隊を設立するという話が上がっていてな。隊長を探していたんだが、お前が適任だと思っている」
エクスの視線を真っ向から受け止めて、ダレスはそう言った。
娘達を勧誘しに来たのは間違いないが、その新しい部隊というのはどうにも引っかかる。
それこそ貴族出身の騎士の誰かにあてがえば良いのに、それをしないということは何かしらの問題を抱えているのか、もしくは本当に実力がないと務まらないのか。
いずれにしても相当に厄介な案件だと予想できた。
「ありがたい話ですが、今の俺はあの時ほど成り上がることに執着していないんですよ」
エクスは表情を崩すと、ゆっくりと首を振った。シャリアとセロルと暮らすようになってからは穏やかな生活になっていたが、これはこれで悪くないと思っている。
そんな厄介な案件に足を踏み込んでまで成り上がりたいとは、到底思えなくなっていた。
「そうだろうな。今のお前からは、あの時のようなギラギラした野心が消えている。だが、今のお前の方が人間としてはずっと魅力的だな」
「そう、でしょうか」
ダレスにそう言われて、エクスは何ともいえないような表情を浮かべてしまう。
「パパが騎士団に行くなら、あたしも行くよ」
「わたしも、一緒に行く」
「自分達のことだぞ。もっと真剣に考えろ」
二人がそう言うので、エクスは窘めるように言う。二人なら騎士団に入っても問題なくやっていけるだろうが、いくら何でも物事を簡単に考えすぎている。
「ははっ、お前もちゃんと親をやっているじゃないか」
その様子を見て、ダレスが物珍しいというように言った。
「団長、からかわないでくれませんか」
「すまんすまん。だが、二人だけじゃなくお前も来てくれると本当に助かる。これは、俺の偽りなき本心だ。だから、三人で騎士団に来てくれないか」
ダレスは熱のこもったような目でエクスを見る。
「パパ、ここまで言ってくれるんだから」
「お父さん」
シャリアとセロルもじっとエクスを見つめてきた。
「これも、巡り合わせなのかもしれないな。団長、三人まとめて世話になります」
エクスはダレスに頭を下げた。
こんな形で騎士団に戻ることになるとは思いもしなかったが、シャリアやセロルはこの村でくすぶっていて良い人間ではない。
それに、騎士団で働くようになれば様々な人間と交流することになる。そうすれば、エクスに依存しなくなるかもしれない。
「そうか。改めて、よろしく頼む。エクス。それと、お嬢さん方も」
ダレスは安堵したような表情を浮かべていた。
「シャリア、でいいですよ。これからはあたしも騎士団の一員ですから」
「わたしもセロル、で構いません。よろしくお願いしますね、団長さん」
シャリアとセロルもダレスに頭を下げる。
「そうと決まったら、準備をしないとな。それと、ジジイや村のみんなに挨拶もしないと。団長、そういうことで少し時間をくれませんか」
「俺の目的は達したしな。目的の二人だけではなく、お前まで引き戻すことができた。これ以上の成果はない。少しくらい待たされたところで苦にならんさ」
エクスがそう言うと、ダレスは満足気に答えた。
「シャリア、セロル」
「うん」
「わかった」
三人は今まで世話になった村の人間に挨拶をするために家を出た。




