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一流になれなかった男

「お前、本当に故郷に戻るのか」


 少し難しい顔をした中年の男が、目の前にいる若い男にそう話しかける。


「ええ。俺は何をやっても一流にはなれないということを、嫌というほど痛感しましたので」


 若い男――エクスは淡々と答えた。


「よく言う。複数の武器を同時に携帯して状況に応じて使いこなすなんて芸当、他の誰にもできないぞ。それに、お前は一流になれないと言うが、無理に一流を目指す必要もないだろう」

「俺はこの騎士団で上に行くことを目標にしていました。ですが、どの武器を使っても一流になれないのなら、それ叶わない。だから、ここらが潮時だろうと」


 エクスの目標は騎士団で頂点、とまではいかないにしろそれなりの地位に就くことだった。幼少の頃から底辺に近い生活をしていたこともあって、絶対に成り上がると決めて王都に旅立った。

 ある程度武器の心得があったこともあって、たまたま人員を募集していた騎士団に入って現在に至る。

 今話をしている男は騎士団長で、これといった後ろ盾がないエクスの面倒を何かと見てくれていた。


「正直、お前には助けられている。だから、できれば残って欲しいが……意欲のない者を無理に残しても、良い結果にはならんか。今までご苦労だった」


 騎士団長は残念そうな顔をするが、これ以上の説得は無理だと思ったのか引き留めるようなことはしなかった。


「はい、こちらもお世話になりました」


 エクスは軽く頭を下げると、そのまま騎士団を後にした。

 全く未練がないというわけではないが、目標を達成できないと判断したからにはこれ以上在籍していても意味はない。


「騎士団長には故郷に帰る、と言ったが……どうしたもんかね」


 騎士団を出てから、エクスはどうしたものかと空を見上げた。別に大見得を切って故郷を飛び出したわけでもないから、故郷に戻ったところでどうこう言う人間もいないだろう。


「しばらくあちこちをぶらつくかねぇ。どうせ戻ったところで、俺を待っている人がいるわけでもなし。まあ、両親が健在だったら、好き勝手に飛び出すことも難しかった、か。これも世間的には親不孝ってやつかもしれんな」


 両親を流行り病で亡くしてから、ずっと厳しい生活をしていた。そういったこともあって、絶対に成り上がると決めて王都まで来たはいいが、このざまだ。


「まあ、安定した生活するだけなら、あのまま騎士団にいても良かったんだろうが……上に行けないなら、どこかで同じ結果になったか」


 エクスは王都の門へ向けて足を進める。現実を突き付けられた今でも、成り上がりたいという気持ちは消えていなかった。

 確かに騎士団での生活は安定はしていたが、それはエクスを到底満足されられるようなものでもない。


「よう、エクスか。相変わらず物々しいな。また面倒な任務でも押し付けられたか?」


 門の前で、門番に呼び止められる。

 騎士団にいた関係か、門番とはすっかり顔見知りになっていた。


「いや、色々とあって暇を貰ったんだ。それで、故郷にでも戻ろうかと」

「暇って……お前、騎士団辞めるのか。もったいねえな。複数の武器を扱える上に、魔法の心得まである奴なんか、そういねえぞ。よく団長が許可したな」


 エクスの言葉に、門番は驚いたように目を見開いた。


「正直、このまま続けていける自信がなかったんだよ。団長も、それは理解してくれた、と思う」

「本当にお前は変わった奴だよな。剣を始めて数ヵ月で『俺は剣に向かない』で槍に持ち替えて。で、また数ヵ月で別の武器。挙句は魔法にまで手を出す始末だ」


 門番の言うように、エクスはある程度武器を触っては別の物に持ち替える、ということを繰り返していた。何でもいいから一流の使い手になり、それをきっかけに成り上がる。

 それがエクスの目標だったから、特に何を使うということに一切のこだわりはなかった。様々な武器を使っても納得できず、終いには魔法にまで手を出してみたものの、満足する結果は得られなかった。


「最初は弓だったんだがな。複数の武器を抱えると、弓はかさばってかなわん。だから、遠距離用に魔法もかじってはみただけだ」

「その結果が、その物々しい装いか。全く、腰に剣を構えて、背中には槍と斧。懐には短剣を忍ばせた挙句、魔法まで使えると」


 門番は呆れたように口にする。門番の言うように、エクスは槍と斧を背負っていた。槍は一般的な物だが、斧はかなり大きく、とても片手で持てるような代物ではない。

 傍から見ると、無駄に武器を携帯している愚か者と言われても仕方ない出で立ちだ。


「まあ、我ながら馬鹿なことをしているとは思うな。とはいえ、あんたには世話になったよ。恐らく、もう会うことはないだろうが、元気でな」

「ああ、お前もな」


 エクスは門番と軽く別れの挨拶を交わすと、そのまま王都を出る。


「ん? あれは……」


 王都を出てすぐに、小さな人影が見えた。


「恐らくは、捨て子か。俺には関係ないし、無視……するのは、少しばかり気が引けるか」


 エクスは見なかったことにしようとも考えたが、このままにするのも気が引けてしまった。

 不本意ながらも、その人影に近付いていく。


「女の子、か」


 それは二人の少女で、片方の方が少し大きめなことから恐らく姉妹だろう。


「何よ、あんた」


 エクスを見るなり、その大きめな少女がきっと睨んできた。


「ただの通りすがりだ。だが、こうして見つけてしまったから無視もできなくてな」

「あたし達を、どうするつもり」

「別にどうもこうもしないぞ。然るべき所に保護してもらうだけだ」


 エクスがそう言うと、小さい方の女の子が体を震わせる。


「……なるほどな。その然るべき所から逃げてきたってところか」


 その反応を見て、エクスはおおよそを察していた。この手の孤児が孤児院で虐待を受けているというのは珍しい話でもない。


「あんた、どうしてそんなことが」


 何も説明していないのに自分達の境遇を察したエクスに、大きい方の少女が驚いた顔で見上げてくる。


「今、然るべき所と言ったらそっちの子が震えていたからな。戻りたくないってことは、わかるさ」


 エクスは少女達と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「なら、あたし達をどうするのよ」

「どうしたもんかね」


 少女の問いかけに、エクスは他人事のような返事をする。何も知らないふりをして孤児院に戻すのが一番かもしれないが、事情を察してしまったからにはそれは選択肢から消えていた。


「お姉ちゃん、この人……」


 妹の方が何かに気付いたように、エクスの少し後ろを指差した。正確には、エクスが背負っている武器を指していた。


「あんた、騎士団一の変わり者って言われてる……名前は、知らないけど」

「俺も随分有名になったもんだな」


 使う武器をころころと変えた挙句、その全てを使っているエクスを「変わり者」と馬鹿にする人間は少なからずいた。だが、こんな小さい子供までが知っているとは思わなかった。


「騎士団の人間なら、あたし達を無理にでも連れ戻すのよね。だったら、放っておいてよ。もう、あそこには戻らないから」


 姉は震える体を抑えるようにして、エクスに強く言い切った。その様子からも、妹を守るのは自分だという強い意志が感じられた。


「騎士団は辞めた。だから、お前達が嫌だっていうならそんなことはしない」

「なら、もうあたし達のことは放っておいてよ」

「だが、ここままだとお前達は数日もしないうちに死ぬぞ。さすがにそれを無視するのは夢見が悪い」

「なら、どうするつもりよ」

「……ついてこれるか?」

「どういう意味よ」

「言葉通りだ。俺についてくるか、それともここで野垂れ死ぬか。好きな方を選べ」

「は? あたし達を連れて行って、あんたに何の得があるのよ」

「何の得もないな。だが、俺は故郷を飛び出した身でな。一人で帰ると何を言われるかわかったもんじゃない。だから、非難を避けるためにお前達を利用する。お前達は俺に利用されることで生きることができる。それだけの話だ」


 エクスは姉妹を助けるのは自分のためでもあると説明した。

 両親がいなくなってから故郷を飛び出したこともあって、故郷の人間が出戻りしたエクスを責めるとは考えにくかった。それでも、一人で戻るよりは身寄りのない子供を保護したという体裁があれば待遇もかなり変わってくるだろう。


「あんた、変わり者って、本当だったのね」


 姉の方が呆れたように言う。


「今更だ。で、どうする」

「お姉ちゃん、この人は……信じて、いいと思うよ」


 エクスが問いかけると、妹の方が先に口を開いた。


「そう、ね。下手な建前を言う人よりは、よっぽど信用できるわ」

「そりゃどうも。そういえば、お前達。名前を聞いていなかったな」

「あたしはシャリア。この子は……」

「セロル」


 エクスが二人に名前を聞くと、姉妹はそれぞれそう名乗った。


「俺は知っているかもしれんが、変わり者のエクスだ。道中は面倒見てやるが、俺の故郷に戻ったら、他の奴に面倒を見てもらうことになるな。それでいいか」

「何かあったら、あんたが助けてくれるんでしょ」

「善処はする」


 シャリアがぶっきらぼうに言うのを聞いて、エクスはそう答えた。最初の敵愾心剥き出しだった時に比べて、随分信頼されたものだな、とも思っていた。


「ならいいわ」

「お姉ちゃん」


 ふんと鼻を鳴らすシャリアに、セロルがおどおどとした口調で窘める。


「はは、構わん構わん。お前達が俺を信用しきれないのはわかる。だが、お前達を利用するからには下手なことはしない。それは約束する。行くぞ」


 エクスが促すと、二人はゆっくりと立ち上がった。


「手、繋いで」

「セロル、駄目よ」


 セロルが遠慮がちに言うのを聞いて、シャリアが咎めるような口調で言う。


「別に置いていかないが……それでセロルが安心できるなら、な」


 エクスはセロルに右手を差し出した。


「あ、ありがとう」


 セロルは差し出された手をぎゅっと握った。その手は小刻みに震えていて、今までずっと不安だったことがよくわかる。


「シャリアはいいのか」

「あ、あたしは別に……」


 そんなことを言われると思っていなかったのか、シャリアは慌てて首を振った。


「なら、はぐれないように繋いでくれ。探すのは面倒だ」

「そこまで言うなら」


 シャリアはエクスの左手を握る。セロルほどではないが、その手は僅かに震えていた。


「とんだ荷物を拾ったな。まあ、精々利用させてもらうから、覚悟しておけよ」


 エクスは二人が負い目を感じないように、敢えてそんな軽口を叩いた。

何となくというか、絶対に自分が書きそうにない題材を敢えて選んでみました。

他にも放置しているのがある中で新作書くのもどうかと思いましたが、一種の気分転換ということで。

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