英雄と私
超高温で熱せられ、ガラスと化した焦土の上に私はいた。
おお…とフンボルト王が呻いた。
ああ!良かった!生きてる!
ガバと私は身を起こし、すぐにフンボルト王の腰から下が消えてなくなっていることに気づく。
私の身体が小さ過ぎたのだ。
フンボルト王は頭と上半身だけの姿になっていた。庇いきれなかった。
これはもうダメだろう。
せめて私が回復魔法を使うことができたら…
私は思い出し、魔法剣士ラベルのために集めた痛み止めの残りをフンボルト王に飲ませてみる。
ガハと血を吐き、ニヤリとフンボルト王は笑う。
効くわけねえだろ、こんなもん。
す、すいません…
ネフタルは殺ったのか?
はい。
でも、アマリクの街が…
そうか、すげえな。
アマリクは俺が守れなかったんだ。しょうがねえ。気にするな。
ごめんなさい…
どんな死に方になるかと思っていたが、まさかこの俺の最期を看取るのが、獣人とはな…
ゲホ…
ごめんなさい…
破滅の獣人か…
ケルマンもとんでもない置き土産残しやがって…
ヴァルク神もさぞやお困りだろうな…
す、すいません…
ああ、良い人生だった。
ヴァルク様、御前に向かわせていただきます…
うーごめんなさい、ごめんなさい…
カッ!とフンボルト王が目を見開いた。
お?
エルフ…だと…
フンボルト王がじっと私の胸元を見ている。
憤怒の表情になった。
ネフタルと戦って敗れた!
だが、ネフタルも死んだ!
倒したのは破滅の獣人!
全てはエルフの企てだ!
裏で糸を引いていたのはエルフ!
無念だ!
無念だあああー
カッとフンボルト王の身体が光り、人魂のような丸いふわふわとしたものが浮かび出る。
クルクルと回り、二つに分かれて、ビュッと飛び去った。
フンボルト王は憤怒の表情のまま絶命していた。
い、一体何が起こったのだろうか。
魂の伝言。
無念を近しい者に伝える最期の魔術。
ミトンもイーブ様から受け取った。
ミトンちゃんがポソリと説明してくれた。
私は胸元のエルフの秘術具を見た。
見る者が見ればエルフとの深い関わりはわかる…
あれ?ヤバくない?カルブーンさん。
なんか、とんでもない誤解したまま、フンボルト王、亡くなっちゃったけど…
王の魂の伝言は二つに分かれた。
誰だか知らないけど、二人の人物が、あの誤解された魂の伝言を受け取った、ということになるのだろうか?
フンボルト王が静かに空に還り始めた。
私は何も考えられず、その様子をただ眺めていた。
フンボルト王の魔石は小さく紫色でギラギラと輝いていた。
私はそれを丁寧にバッグに収めた。
さて、どうしようかなと、思ってたら、ドドドドドと泥水がドッバーンと押し寄せてきた。
あれえー
私は泥水の入ったプールのようなアマリクの市街地の跡地を歩き抜いた。
床面は高熱で熱せられたガラス質。
しかし水は川から流れ込んできた泥水だ。
全然、前が見えない。
ネフタルの爆裂により、アマリク市街地の跡にできた、幾何学的に半球形なガラス床の泥水プールは、
ツルツルとよく滑る、非常に歩きにくい場所であった。
しかしながら、私も世界有数のクライマー。
徐々に傾斜はきつくなり、最終的に垂直のガラスの壁となったが、
そんなもの、ものともせずに、登りきった。
私に突き刺せない物などないのだ。
アマリクの北方に出たようだ。
ちょっと見覚えがある場所な気がする。
川が見える。
ふーと息をついて、水辺に坐り、広大な湖となり果てたアマリクの水面を眺める。
半径何十キロほどが、あの白い光に灼かれたのだろうか。
みんな死んでしまった。
悪党モールトもガンビ兄弟も暗黒街の面々も。
親切にしてくれたおばさまも、戸惑っていたおじさんも。
図書館の門番のおじさんも、図書館に来ていた知識人たちも、図書館そのものも。
路地裏で死体を漁っていた浮浪児もネコもネズミも。
アマリクで自由に暮らしていたであろう数十万、数百万の命も。
みんな消えてしまった。
私はもう何も感じなかった。
アマリクの街はフンボルト王の小さくてギラギラと輝く紫の魔石を残して、全て消滅してしまった。
悲しくもない。虚しくもない。
これからどうしよう、と思うだけだ。
夜の静かな水面を、ただじっと見ていた。




