アマリク2
いろいろと酷いけど優しいおばさまの店を後にして、第3フンバルト大通りを目指す。
確かに強盗遭遇率はびっくりするほど高い。
私が一人で歩いている弱っちそうな獣人だから襲われるのだろう、大都会だしな、くらいに思っていたけど、
単に治安が悪いだけなのかもしれない。
人通りが多くても少なくても遭遇率はあまり変わらない。
自由の街アマリクか。
強盗するのも自由、ということだろうか。
警察とかいるのかね?
そういえば、強盗遭遇率が高いので、
ミトンちゃん出現率も上がり、なんだか生き生きしてる。
知ってはいたけど、意外と怖い子なのである。
殺したりはしないようにお願いしてるんだけど、なんかすごい不満そうである。
口答えはしないけど、殺した方が早いのに、的な雰囲気で、
強盗さんの手足の骨をポキポキ折っている。
アマリクは獣人に優しい街であるということは間違いない。
ただ、正確に言うと全ての種族に対して厳しいのであって、
獣人だけが酷い目にあうわけではない、ということなのだ。
悪平等というべき社会であるが、生き抜く実力があればそれで良いという社会でもある。
それが自由ということなのだろうか。
裏町の路地裏を歩くと、何かの死体があり、
それを貪るヒト族の子供とネズミとネコ、という衝撃の光景を何度か見た。
それにつけても命の軽さよ。
サバンナか、ここは。
そういえば野生のネコというものを、この世界で初めて見た。
正直、あまりの顔の怖さに泣きそうになった。
全然かわいくねえ。
これがネコ獣人の元なのか…
ジロジロ見てたら、ヒト族の子供に威嚇されてしまう。
取りゃしないよ、そんなもん…
てか、どういう大人になるんだろ、こういう子供たち。
獣人の育児のほうが、よほど共感が持てるわ。
馬車がすごいスピードで駆け抜けて行くのが見えた。
お?
あれがフンバルト大通りか?
アマリクには、街を南北に貫く3本の大通りがあるということだ。
大通りは着いたらすぐわかるくらい広く、
馬車や軍隊が高速でガンガン走り回っているからすぐわかるらしい。
確かにすぐわかる。
大通りを渡っていて死んだら、それは田舎者、という扱いらしい。
上手く避けて渡れてこそアマリクっ子、らしい。
ギリギリでスッと避けるのが、アマリクっ子の粋ってもんだと。
やな粋もあったもんだよ。
慣れてない者が停車場に行くのは大変だから、くれぐれも気をつけるように、とおばさまは言っていた。
あ!
名前聞いてないよ、おばさまの。とほほ。
なかなか身につかないものであるなあ、こういうの。
警戒しながら大通りに出ると、いきなり懐かしい顔に出会った。
船員ガンビである。
おー!船員ガンビー!
と、声が出た。
ガンビは剣をスラリと抜き、泣きそうな顔で、こう言う。
ま、待っていたぞ!
獣人の姫!
モールト様がお会いしたいと言ってる!
オレについてきてもらうぞ!
…いやいやいや。
いやいや。
いやいやいやいや…
私はなぜこんなヤツのことを心配していたのであろう?という深い疑問を覚えた。
消息を求めて訪ねていくつもりではあった。
手間が省けたとしか言いようがないはずなのに、
向こうから探されて、発見され、かつ連行されて行くというのは、
なぜこんなにイヤな気分になるのだろうか…まあ、いいけどさ。
…いや、そのね、行ってもいいけどね、モールト船長はお元気なんですか?
ふと見ると、ガンビの陰に図書館で震えてた男の子がいて、
ガンビと並んでみると、明らかに兄弟だと察せられた。
あーなるほど。
いろいろとなるほど。
え、ホントに?
と、ガンビ。
うん、と頷くと、
良かったーやっぱり姫だよなー
破滅の獣人なんて、なんかの間違いだよなー
ガンビは剣を仕舞うと、緊張がほぐれたのか、ウッウッと泣き出してしまった。
痩せたなあ、ガンビ。
肉食いまくって、あんなにフクフクしてたのに。
辛い生活を送っているのだろうか…
うーと泣き続けるガンビを慰めようと近寄ったら、
陰に隠れていた男の子が剣を抜いて、お、お兄ちゃんに近づくな!と前に立ちはだかった。
いや、近づくな、ってお前…
兄弟愛が麗しいんだけど、私の扱いがひどすぎる。
ガンビ兄弟に挟まれて歩く。
しんみりと話したいところだが、
大通りをヒュン!ヒュン!と走る荷馬車や乗合馬車を避けながら、なので、全然余裕がない。
高速道路を歩いて横断してる気分だ。
そんなことしたことないけどさ。
ちょっと離れたところで、野良犬らしきモノが、キャヒーンと馬車に轢かれてしまったが、
まあ、誰も気にも留めないことよ。
ああいう死体も路地裏に投げ込まれるのだろうか。
大通りを横断して、アマリク西に向かう。
暗黒街のボスに返り咲いたモールト船長のアジトがあるらしい。
いや、あの、へーそうなんだ…
アマリク西の貧民街から叩き上げて、裏組織のボスにのし上がった悪党モールト。
子供の頃からの夢であった海への憧れを捨てきれず、全財産と地位を投げうって客船を購入。
タンネルブーアマリク間の航路に後発で参入し、見事、大成功をおさめた。
アマリク西出身の英雄であったらしい。
ガンビは少年の頃モールトに拾われ、
裏組織時代からずっとモールトに付き従ってきた腹心の一人であるらしい。
モールトのことを親と慕っているらしい。
すまん、二人ともそんなに凄い人物だとは、夢にも思わんかった。
でも、考えてみると、ガンビって船の倉庫番のトップだもんな。
ガンビ兄弟に、コンクラーダ号がバラバラに沈んだ後、
いかに大変なことをなったかを、身振り手振りで説明された。
いや、なぜ弟くんまで大変そうにしているのか。
君、船に乗ってなかったろ?
ちなみにガンビ君の弟はゾンビ君と言うのだった。
吹き出しそうになった。こんなに可愛いのにゾンビかぁ。
あちこちに話が飛んで、要領を得ない兄弟の話をまとめてみる。
あの日、コンクラーダ号はバラバラになった後、船員達はできるだけ多くの乗客を救おうと頑張った。
幸い、一気にバラバラの木片と化したため、
多くの乗客は沈むことなく木片にしがみついて、無事な者多し。
どういう仕組みなのか、あの光線は綺麗に船だけをバラバラしたらしい。
残ったロープを繋げたりして、皆で陸を目指した。
上陸はしたが、あまりに多くの乗客が生き残ったので、
食料と飲用水の確保に、船員達は走り回ることになる。
なんせ乗客の八割以上が生き残ってるのだ。
しかしモールト船長は頑張った。
いかなる状況でも、乗客の安全を守るのが、船長の責務である、と。
乗り合わせた冒険者たちも力を合わせて、食糧の調達に奔走。
しかしながら、沿岸とはいえウルシャの森。
想像を絶する過酷で残虐な世界であったらしい。
多くの冒険者と船員があの地で命を落としたのだ・・・ということだった。
そうだったのか、と感想する。
一週間ほど過酷な地で、身を寄せ合いながら生き抜きた後、
船の沈没を自動的に知らせる魔道具の導きにより、救助船が到着。
涙と感動と奇跡の大脱出とあいなった。
金銭や荷物の補償に関することは全て有耶無耶になったそうである。
それはそうだろう。
全員が被害者である。
加害者は最近、昇天したばかりで絶賛売り出し中であるザグリン神の、
地上の代行者たる第3の使徒ネフタル様である。
ネフタルの方も人間に加害を加えたなどと意識さえしてないだろうし。
それは泣き寝入るしかないだろう。
命があっただけで儲けものである。
そもそも命からがらタンネルブから逃げ出した避難民でもあるし。
そう考えると、実にツイてない人達であることよ。
なんだ、思ったよりうまくいってんじゃん。
じゃあ、モールトさんは、私に何の用があるの?
弟ゾンビが口をパクパクさせる。
兄ガンビが弟の口をガッと閉める。
モールト様と直接お話ししてくれ。俺たちはただの使いだ。
姫の顔を間違いなく確認できるからって理由で、俺は選ばれただけなんだ。
ゾンビ君は涙目で私のことを、信じらんない…みたいな目で見てる。
なんか傷つくよなあ、そういう視線。




