アデリー高原の獣人の里2
岩の上から周囲をぐるりと見渡してみると、先程、狼の獣人さん達が守っていた道らしき谷間が、
くるーっと廻って巨大な門があって、篝火がたくさん焚いてあって、
大通りがあって、その道が真下の建造物に真っ直ぐにつながっていて…
ちょっと大胆なショートカットしたってことになるのかな。
つまり、私の真下にある、この巨大な建造物は、獣人の里の中心施設。
その施設はおそらく、私が居るそそり立つ屏風岩を神聖なモノとして祀っていて、
その手前に建造されてるって感じ?
あの大きい正門から入ると、巨大な一枚岩を背景に、荘厳な建物が立つ、という構図だ。
かっこいいだろうな、確かに。
神殿って言ってもいいのかな、認めちゃおうかな、これ、たぶん神聖な何かを祀る神殿だよね、獣人さんの。
そういう感じの建物だもんね。
ちょっと神社っぽいし。
獣人の里は巨大な岩山の落ち窪んだ盆地にあり、巨大な神殿を中心に、
家が千軒くらい、という規模だ。
中央の大通りの両脇は商店街のようである。
獣人の里、というより天然の要塞に築かれた宗教都市、という表現の方がしっくりくる。
里?ホントに里なのかしらね?
そんで、私は、獣人さん達の想定している防衛ルートを一切無視して、
いきなり裏側から里の中心である神殿を単独で攻め込もうとしている侵入者って感じになってるのかな?
しかも神聖なる屏風岩を乗り越えて。
これは…いけませんね…うん、いけません。
こんなルートで里に侵入してくる私に、
こんにちは!可愛い獣人さん。どこから来たの?
なんて言ってくれる訳ないわね…
はて、これは…どうしたもんだか…
悩んでたら日が暮れた。
けど、まだなんか明るいので、登ってきた方のふもとを見ると、
獣人さん達の捜索隊が松明に火をつけたようだ。
ガチな山狩というやつですね。すごい数である。
当然、神殿側でも厳重警戒体制になりつつある。
きっと私がこの屏風岩をホイホイと登っているうちに、姿を見失ってしまったのだと思う。
私、ちっこいし、マントの視覚阻害も効いてるだろうし。
途中で見失わないわけがない。
うん、どう考えても、私はアサシン。
単なる通行人なんてありえない。
獣人の里をチラッと観光して現地の人たちと交流してみたいわーなんて可愛いこと言えるわけがない。
なんでこうなった…
屏風岩の上で、周囲を囲まれて、行きたい方向は、獣人の里を横断した向こう側。
なんか無事に済まなさそうな予感がヒシヒシとしますね。
迂回ルート…意味あるかなあ、ムダに手間がかかるだけのような気がして、しょうがないなあ…
ま、まあ、いいか。
そっと気づかれないように下まで降りて、警戒の網を掻い潜って、
里の向こう側まで着いたら、また岩山登って脱出すればいい。
…大丈夫、いけるいける、うん。夜だし。
さて、岩山を降りていくと、当然、石がカラカラと落ちていくのです。
落石注意です。
どんなに慎重に触っても、触った瞬間に崩れ落ちる石を止めることなどできません。
そうすると、下に居る人たちはわかるのですね。
ああ、上に誰か居るな、と…
えっちらおっちらと降り始めて、しばらくしたら、照明弾のように眩しい光に晒された。
おお、明るい。手元が良く見える。
これは光魔法?
いや、言ってる場合か、ヤバい、これはさすがに見つかる!
身を隠す場所がなさすぎる!
何発かの光魔法弾で、完全に私の位置が把握されると、
今度は炎系の魔法による火炎弾がボンボンと放たれ始める。
当たっても大したことないだろうとは思う。
思うけど、怖い。ヤバい。
と思ってたら、直撃した。
私自身は特に何も感じなかったけど、周囲の岩がガッツリと抉れた。岩が崩壊する。
両手両足が岩から離れる。
背中から落下する。
手が何かの岩に当たる。
掴もうとするが、掴めない。
足が岩に当たる。
姿勢がクルリとひっくり返り、頭から落ち始める。
必死で手足をジタバタさせているうちに、
私は壁のような岩を4本足で真下に向かって全力ダッシュしてるような感じになった。
ほぼ自由落下だけど、落ちるスピードにあわせて手足が動いている。
照明弾は打ち上がり続けているが、火炎弾は止まった。
あまりに私のスピードが速いためだろう。
冷静に分析しているけど、私の心境はウッギャー!!の一言だ。
垂直に近い壁を駆け降りたことがある人にしか、私の気持ちはわかってもらえないと思う。
落ちても死なないとわかっていても、怖いもんは怖い。
昔よく見た落ちる悪夢みたいだ。
これは夢だ、落ちても死なないとわかっていても、怖いもんは怖いのだ。
ヤバい、このまま走り落ちしてると、地面に落ちる。
と、感じた瞬間に、身体が勝手にビヨーンと跳躍していた。
ビヨーンと飛び跳ねてみたら、もう神殿の屋根の真上だ。
身体をギュッと丸めて、衝撃に備える。
バキベキバキと派手な音を立て、神殿をぶっ壊しながら、私は建物内に落ちて行く。
バベシ!みたいな音と共に、私の身体は止まった。
当たり前だが、痛くはない。
けど、立ち上がるとクルクルと目が回る。
ふと見上げたら、真っ直ぐに私の落ちてきた穴が見えた。
十階分くらい突き抜けたような気がする。
隕石が落ちた通り道みたい、と呑気なことを考えた。
ぼんやりと立ち上がり、見渡してみたら、そこは会議中の大広間であった…




