深海2
しかしながら、凄まじい水圧がのしかかっているようで、とても身体が重い。
ゼリーの中を歩いているようだ。
おそらくこれくらいで済んでいるのがすごいんだろうとは思う。
賢者の石のボディはすごい。つまり私はすごい。
周囲があまりにも真っ暗なので、タンネルブの街を混乱に陥れた読書灯のことを思い出した。
落下中にコレのことを思い出していれば、少しは気が楽になったかもしれない。
気づくのが遅過ぎる。
点火。
弱々しく優しい灯りだ。
何が狐火よねえ、まったく。
弱々しいせいで、しばらく周囲を照らしてみても、まったく状況はわからなかった。
が、ふと足元を照らしてみたら、真っ白で小さいカブトガニっぽいのが、
わたし目指して、カサカサと大量に集まってきてるのが、見えた。
アンギャー!!である。
あまりの気持ち悪さに、固まってしまう。
カブトガニっぽいヤツらは、私の足元にびっしりと集まり、身体をよじ登り始めてしまう。
いやムリムリまじでムリ
反射的にジャンプした。
フワリと浮かび、ズドムと着地した。
バリバリと何かを踏み潰した。
背筋が総毛立つ。尻尾がケバ立つ。
更にジャンプして踏み潰し、ジャンプして踏み潰して、
ようやくこのライトにカブトガニどもが引き寄せられていることに気づいた。消した。
更にジャンプし続けて、やっとカブトガニの群れから脱出する。
き、気持ち悪すぎる。泣きそう。
しかしジャンプして移動するのは、割と効率的であった。
調子に乗って移動してたら、頭からガッと壁に衝突した。
痛くはないけど、つい、頭を押さえてしまう。
これは壁というより、海底山脈の崖の麓ということなのだろう。
うし、と気合いを入れて、私は地上を目指して、海底の山登りを始めるのであった。
垂直の壁でさえ楽々に登れるようになった私だ。
比較的持つところの多い岩肌を攻略するのは簡単だった。
水の浮力もある。
えいえいと登り続けた。
楽過ぎて、つい考えてしまう。
そういえば、コンクラーダ号に乗っていた人たちはどうなったろう。
みんな死んじゃったりしたかな…
何人かは死んだと思うけど、みんな割と落ち着いてたぞ。
お船が一発でバラバラになったから、手近な木の破片にしがみついてたし。
渦に巻き込まれて沈んだやつ以外は、命だけは助かってるんじゃないかな。
荷物は全部沈んでたけど。
そ、そう。
よく見てるね、ミトンちゃん。
全然見てない賢者の石の方が不思議。
そ、そうでしたか。
陸地からもそんなに離れてなかったし、みんな泳ぐの得意そうだったから、半分くらいは生き残る。
船員はほとんど生き残る。
半分?
子供と女は運が良くないと死ぬ。
そっかー
陸に着いても運が悪いと死ぬ。
でも、そもそもあんな恐ろしい鳥に会って、生き残ってる方がラッキー。
そうだよねー
けど、アイツ見てるとなんかムカムカした。アイツ嫌い。
私も大っ嫌いだよ。今度会ったらぶっ殺してやりたいよね。
それはムリだと思う。
いや、何とかして一矢報いてみたい。
アイツ、私の話、まったく聞かなかったし。人間の都合とか何も考えてなかったよね!
ムカつく。
けど、空飛んでる敵を攻撃する手段がないのよね、ワタシ。
石投げたって効かないだろうしなあ。
弾かれちゃいそう…
そうだ!
レイちゃんとコロさんは?見た?
アイツら魔法で姿消したまま、賢者の石と一緒に甲板までついて来て、
あの鳥見た瞬間、海に飛び込んで逃げた。誰も気づかなかった。
マジかよ…あの畜生ども…
アイツらはきっと無事に逃げ切ってる。元気だと思う。
だろうね。まあ、いいや…
ガンビくんとか船長とかは?見た?
わかんない。似たような人間の区別は難しい。興味ないし。
そっかー
船長とガンビってこれっぽっちも似てるとこなかったけど、興味なかったら、そんなもんかねー
そんなもん。
少し気が楽になった。
そして会話は途切れた。
再びわたしは何も考えないようにして、黙々とロッククライミングを続ける。
…そういや、あの鳥、何て言ってたっけかな?
ザグリン…の第3の使徒、ネフタル?だっけかな…
第3の使徒のインパクトが強すぎて、正直、固有名詞があやふやだ。
ザグリン…
聞いたことあるような…ないような…
あるとしたら、エルフの長老にカマをかけられた時だろうな…
リュウモン?に拾われるかもしれない?
リュウモン…
わからない。
私はエルフの長老との会話を思い出そうとしたけど、
長老は呪文のように固有名詞をベラベラと羅列させただけだったはずだ。
一瞬のことで何も覚えてない。
ケルマンの手のモノは処分する…
ということは、ネフタルとザグリン様はケルマンのおっさんの敵なんだろうな。
お前もわかっていると思うが、私は急いでいるって言われたけど、
生憎と何を急いでいるのか、全くわからない。
大事なことな気がするなー
さて、一体、私は何がわかってないのでしょう?
私がいくら考えてもわかんないよなーあーもー
ケルマンのおっさんよー
私に常識をくれよ!常識をよう!
と、叫ぶ。
ザグリンって誰だよ?!てか、そもそもお前は何者なんだよ?!
深い深い海の底で、答えてくれる人などいない。
私は再び黙々と崖を登ることに集中する。




