豪華客船コンクラーダ号3
しかしながら、思わぬ機会が来るものよ。なあ。
そうだよなあ。あの間抜けな船員は殺されないといいがのう…ムリじゃろうなあ。
なあ、獣人よ、お前の飼い主はどのくらいの金持ちだね?
ん?
なんか話が見えないけど、何のこと?
いや、ワシらが揃って、ここから逃げ出すだろ?
そうすると、ワシらの飼い主は船主に賠償金を要求することになるよな?
んん?
そうするとじゃな、あの間抜けな船員は、まず縛り首になるであろう?
それはちと可哀想かな、とワシら二人で話しておったのよ。
能天気に肉バクバク食いおって、なあ?
そうなんだよあ。
なんで、お前の飼い主の懐具合が少し気になってなあ。
お前の飼い主が賠償金を景気良くすっぱり払うくらいの金持ちなら、
あの船員も奴隷落ちくらいで、何とかなんじゃねえかな、って話してたんだよ。
え?何?その話。
全然わかんないんだけど、二人が脱走するのは決まってるの?
ワシの幻惑魔術とフェンリルの脚力と風魔法。
二人が協力すれば、抜けられない包囲網などなかろう。
おうよ。
人をダマすのは上手いが、足の遅いドラゴンと、
力任せしかできないけど、移動力は高いオレが組めば、
また人間たちに捕まるなんてことねえだろうな。
森の中に逃げ込んじまえば、あとは何とでもならあな。
この2人が同じ檻に入れられる機会など二度となかろう。
ワシらの脱走が叶ったのは、まこと、お主のおかげよ。
豆も美味いし。
まったくだな。
後に残されるお前と間抜けは大変だろうが、何より大事なのは俺たちの命、俺たちの自由だからな。
しょうがない。
まったくであるな。
それで、お主の飼い主の資産状況はどんなもんなのか?
いや、あたし、飼い主なんていませんけど?
てか、脱走するのやめようよ、あたしらに迷惑かかるってわかってるんならさあ。
2人は頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
飼い主が居らんわけはなかろう?
だから、これ以上の脱走の機会なんて、そうそうないって言ってんだろ?
それから2、3日あーでもない、こーでもないと話し合いながら過ごしている。
船員ガンビくんは、私たちの脱走計画に気づくことなどなく、呑気に肉と酒の日々を送っている。
てか、ガンビくん、あっという間に太った。
こいつ他の船員に変な疑い持たれて、面倒くさいことになったりしないだろうな?
2人の脱走は確定した。してしまった。
さすがに解体される寸前のレイちゃん、ああ、そういや、名前をつけたのだ。
レインボーフォレストドラゴンのレイちゃんと子供フェンリルのコロさんだ。
2人とも名前はなかった。なので、命名したのだ。
おかしなことを言う獣人だ、というくらいの反応だったが、
3人で話してると、やはり固有名詞がある方が楽でいい。
そう。
解体寸前のレイちゃんを見捨てて、一人で脱走がんばれ、とは言えない。
コロさんも単独で飼い主の冒険者から逃げ切る自信がないらしいし、
このチャンスを見逃す気はないらしい。
気持ちはわかる。
この世界で知り合った数少ないまともな友達だ。
私としても、何とかして助け出してあげたい。
まとも?うん、たぶん。
彼らの考えた脱走計画自体はシンプルなものだ。
港に着いた時の喧騒に紛れて、レイちゃんの幻術を使い、
人目につかないよう、檻から抜け出し、甲板に着いたら、
レイちゃんをコロさんの背中に乗せ、脚力と風魔法で、一気に港町を駆け抜ける。
風に乗るので、壁も門番も障害にならない。
一瞬だ!とのことである。
檻を開けて、甲板まで案内するのは私らしい。
甲板で私と別れて、後は別行動だということである。
いや、誰がそんな計画に協力するのよ?
私はバンバンと床を叩く。
私と船員ガンビは捕まって、縛り首になるんでしょ?
そんで賠償金請求は、船長モールトに向かい、
モールト船長はたぶん客船、なんだっけ、この船の名前、コンクラーダだ、そうそう。
コンクラーダ号は賠償金でレイちゃんの飼い主に取りあげられる、
しかもたぶんそれでも足りないので、船長モールトは破産する見込み。
そりゃムリでしょ。もう少し何とかしようよ、頼むから。
やっぱりか。
そうじゃろうなあ。
せめて私とガンビくんは一緒に逃がそうよ、ね?
そうだなあ…
しかしあの船員がワシらと一緒に逃げるわけないじゃろ?
そうよねえ…
責任取らされて縛り首になるからって言っても、脱走を阻止するために誰かに密告するに決まってるわよねえ。
だからって、2人が逃げた後で、ガンビくん連れて逃げるなんて無理かなあ。
わたし一人なら何とでもなると思うけど…
なるのか?
どこから来るんじゃな、その自信は?
う、うっさいわね、何とかするよ、そんなの。
けど、わたしとしては、平和に船を降りたいのよ。
船のチケットを手配してくれた人に迷惑かかったりするかもしれないし。
何とかわたしとガンビくんが責任取らされない方法で逃げられないものかしらねえ。
2人の飼い主を殺害した後に逃げる。
いや、それはイヤだ。さすがに恩義がある。
飼い主を殺すくらいなら、あの間抜けな船員を殺して逃げる方がマシだ。
そうだよねえ。
あなた達が逃げたら、誰かがその償いをしなきゃいけない。
誰かが貧乏くじ引かないと収まらないのよね…
あなた達が大して価値がない存在だったら、良かったんだけど、価値あるのよねえ、あなた達。
そりゃそうだ、と2人は声を揃える。
むー
いっそ船ごと沈めるか?
そしたら何もかもチャラになるんじゃないか?
と、コロさんがさらっと物騒なことを言う。
レイちゃんが、お前、頭いいな、という目でコロさんを見る。
いや、いっそじゃないよ。
どこがナイスアイデアよ!
あのね、今、この船ってお金持ち専用の避難船みたいな感じよ?
どんな化け物やとんでもない金持ちがいるかもわかんないのに、そんなことできるわけないでしょ?
それに子供だっていっぱい乗ってるんだからね。
財産なくして、子供が溺れ死んだりして、その原因が私たちってバレたら、地の果ての果てまで追われるでしょ?
んむー
私たちは、何も知らないガンビくんと毎夜の宴会をしつつ、
甲板までの逃走ルートや目的地であるアマリクの地形などを聞き出したりしつつ。
結論の出ない会話を延々と続けるのであった。
やがて、その結論は全く予期せぬ形で現れてしまうのである。




