表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/68

タンネルブ8


やがて日も暮れてきたので、私は良さそうな木を探してみる。

我ながら何を言ってるのか、という気分になるが、この世界に順応してきたのだ、とも思う。

屋根の上だと泥棒に間違われるかもしんないしね。

かと言って、木の上に居るのも、どうかとは思うが、一番無難だと判断した。


港がよく見えて、木がいっぱい生えてて、公園っぽいとこなんて、そうそうないよね、と思いながら、


あったよ。


私は小高い丘の上にある森の奥に入って、周囲を窺いつつ、スルスルと子猿のように木に登る。

エルフの森で木登りはとても上手になった。

より眺めが良い場所を求めて、木から木へと、えいやっと飛び移る。

エルフのようにかっこよく飛びたいとこだけど、

私のジャンプはどっちかと言うと、ムササビっぽくて、少し間抜けだ。

可愛いと言えなくもないだろう。たぶん。



夕暮れの港をぼんやり眺める。

小舟が帰ってくるのは、漁船なのだろうか?

大きな帆船が何艘も停泊してて、活気がある。

ああ、人の暮らしだなあ、としみじみしていたら、あっと言う間に日が暮れて、何も見えなくなった。

ところどころに船の灯りが微かに見えるだけで、ほぼ真っ暗である。

月も二つあるはずだけど、揃ってお休みだ。


何てこったい。

何のために眺めの良い木を探したのか。一瞬だったなあ、景色良かったの。



さて、ほぼ真っ暗な森の木の上で、私は退屈と向き合わないといけない。

市街地での一人の夜は本当にやる事がない。

かと言って、フラフラと夜の町を歩き回っていたら、きっとトラブルに巻き込まれる。

確信がある。

ならば一人でやる事を見つけないといけない。


夜中に一人でやる事って何があるだろう?一般的に。


読書?

そう、とりあえず文字は覚えないとね。

ある程度は読めるけど、ある程度しか読めない。


音楽鑑賞?

シンプルに無理だわ、この世界では。


ゲーム?

あると良いな。

トランプでも自作してみるかな?

ソリティアってどんなルールだっけ。


あと、楽器演奏とか。

一芸を身に付けたら、何かと便利かも!

うるさいか…

市街地で夜中に木の上から不審な音を出してたら、怪しまれるだけだね。


けど、荒野を歩いてる時とかにはいいかもなー

ハーモニカ的なのあったら、気分も盛り上がるかもしんない。

魔物が寄ってくるだけかな。


んー


動画配信もないしね。

ああ、インターネットが恋しい…

インターネットもテレビもない時代って、みんな夜中に何してたんだろ?

働いてたのかな?内職とか。

家族で雑談とか?


フィギュアでも作ってみるかな…

あ、いいかも。

やった事ないと思うけど、木彫りの熊でもいいから、彫刻してみようかな。

どうせ腐るほど時間あるわけだし。


日記をつけるのも良い。

というか、これはやるべきだ。

なぜ今まで考えもしなかったんだろ?

そっか、紙とペンがどこにも売ってないからだ…

コンビニもないしねえ。



むー

ポンコツな思考が一巡してしまったので、

とりあえず文字の学習を再開してみるか、と思った私は、照明がないことに気づいて、

頭を抱えてしまう。

さすがに暗い。


照明ならあるぞ。

手元を照らすくらいだけど。


あれ?ホント?


イーブ様が付けてくれた。

イーブ様は優しくて親切だから。


そ、そう。


ミトンちゃんに言われて初めて気づいたけど、脇腹の辺りに飾りボタンがあって、

それを押すと、ホタルのような光がポヤンと灯り、ふわふわと漂う。

指で光を押す?というか、触れないのだけど、突いてみると、位置の調整ができた。

確かに便利。


ほう。


これくらいしか明るくならないけど、賢者の石の目は良いから、問題ない。


てか、こんな不思議装備あったんだ。

他にも何かないの?


ない。


本当に?


返答なし、と。

ミトンちゃんは本当に聞かないことには答えないからなあ。


私は地図と文字の教科書を取り出して、学習を始める。

やがて風が吹き始める。


パタパタと本が暴れるようになったので、場所を変えてみる。

照明は私にフワフワと付いてくる。

あら、ホントに便利だわ、これ。


面倒なので地面には降りずに、木から木へ飛び移る。

あんまり風の影響がないところを探して森を彷徨い、

良さげな場所にたどり着いたら、強風はおさまり、代わりに雨がシトシトと降り始めた。

学習を諦めて、収納袋に本を突っ込んだ。



野宿って何て惨めなんだろう。

せめて寝ることができたらなあ…

睡眠は本当に良い暇つぶしだった。

失って初めて知る。


屋根や壁のありがたさということを思いを馳せつつ、

段々と強くなる雨の中、私は闇を見つめて、夜が明けるのを、ひたすらに待つことにした。




夜明けのなんと美しいことよ!

明けない夜はないぞー!


長い夜が明けて、テンション爆上がりな私は、晴れ上がった朝日に向かって柏手をうつ。

どうか今日一日が良い日でありますように!


ていうか、私もう町の暮らしムリ。

町中で夜を明かすくらいなら、一晩中歩いてる方がよっぽど良いよ!

ちゃんと夜になったら、町から出るようにしないとね。

普通は逆だけどね。


私は木から降りて、森を散策してみる。

すると、昨日は気づかなかったけど、焼け崩れた廃屋を見つけた。

焼ける前は豪華な館だったんだろな。

焼け跡をしばらく歩いて、なぜ再建されなかったのか、不思議に思い、

この立派な森は館に付属したものだったのかな、などと思いを馳せた。


答えはすぐにわかった。


朝市が始まり、私は昨日思いついた日記用の紙やフィギュア制作用の彫刻刀、

あるいは楽器などがどこかに売っていないか、を調査してみることにしたのだけど。


町の様子がすごくおかしかった。

活気がなくて、あちこちでヒソヒソと深刻そうに話し込む人が多い。



適当に聞き耳を立ててみた。

推測混じりでまとめてみると、どうやらあの焼けた館は、

何年か前に町の住民の反乱で殺された領主の館だったらしい。

それで、偶然ながら、今日は町の自治が始まったことを祝う記念日なようだ。

月が二つとも新月だったのも関係あるかもしれない。

そのおめでたい日の前夜に、殺された領主の館跡で妖しい狐火が目撃されたため、

町全体が妙な雰囲気になってしまったようだ。



ん?

それはひょっとしたら、私の読書灯ですかね?

お、大袈裟よねえ、たかが狐火一つでねえ。ははは…


そんなわけで、情報収集は全くはかどらなかった。

みんな、獣人の探し物などに心を配るような余裕がないのだ。

しっしっと追い払われ続けた。


ちえ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ