タンネルブ5~奴隷商人イシュタルト2
あー、ありがとうございました?
居たのか…
なんか私のせいで、いろいろとすいませんでした。
ふ。
ふふ。
そうだな、いろいろとな…
それで、お前は何を返してくれるのかな?匿った礼に。
いや、匿ってくださいとか頼んでないですし。
たぶん、一人でも何とかなりましたし。
そうだったか…
ふ。
全ては俺の一人芝居か…そうだな…
ふ、ふふふ…
やばい。
さすがの私もチクチクと良心が痛んできた。
でも、オオカミの獣人にしか欲情しない変態さんかー
生きづらいのも、しょうがないかなー
お金で良ろしければ、このくらい。
と言い、銀貨を適当に5枚ほど置いてみる。
お前、どうしたんだ、こんな大金。
ギロリと睨まれた。
ご、ご主人様に頂いているお小遣いです。あまり使うこともないもので。
そうか。
ずいぶんと気前の良いご主人さんだな。
いや、お前が有能だということか。
先ほども上手くやってくれたしな。
金はいらん。
そのまま持っておくがいい。
金というものは、もっと大事な局面で使うもんだ。
金がないと助かるものも助からなくなる。
そうですね。
そう言えば、一体、何をしでかしたんだ?
あー
私から言わせてもらえると、ぼーっと町を眺めてただけなんですよね…
あのダレンさん?でしたっけ。怪我したとか言ってた人。
あの人が前を見ずに、道の端に立ってた私にぶつかって、転んだだけで。
突き飛ばしたりしないですよ。
あーんーまあ、しょうがないな。
そのダレンさんが、大声で叫び始めたから、人が寄って来て、危ないなと思ったから、逃げまして。
ふむ。
逃げ切れたかな、と後ろを確認しながら、ゆっくりと走っていたら、
坊やが角から不意に飛び出して来まして。
これは私も少し不注意で、悪いことしたかな、とは思えるんですが。
うーむ。
坊やが転んだので、慌てて介抱したら、ナイフが飛んできました。
あの奥様方に追いかけられて、この路地に逃げ込んだら、行き止まりということでして。
お前、なぜ金を使わん?
さきほどの銀貨を一枚、最初にダレンに払ってたら、それで済んだ話じゃねえか。
お金を持った獣人がいると知られれば、みんなが奪いに来るでしょう?
違いますか?
揉めごとでお金を使うと、もっと酷いことになると…学習しているのですが…
いや、さすがにそんな事は起きないだろ。あり得るか?
獣人一人で保護者なし。
いや、ないだろう?そんなこと。
うーむ。
過去の経験から考えるなら、お金を差し出すと、より悪い方向へと物事が進むよう思えるのですが。
お前、よほど治安の悪いところにしか行ったことないんじゃないか?
タンネルブの町だと、いくら獣人でも、金持ってるからって、狙われたりはしないだろ。
そもそも獣人が持ってる金は、主人のお使いの金だろ?
その獣人の主人に後で何されるかわからないんだぞ?
強奪なんてしない。
スリならまだしも。
ふーむ。
ふと、思いついて、聞いてみた。
イシュタルト様、なぜ、獣人はこれほどに差別されるのでしょう?
私は今のご主人様に幼い頃に拾われ、あまり外に出ずに育ったのですが、
最近、あちらこちらの町を回るようになって、
なぜ、これほど獣人は嫌われるのだろう、と不思議になることがあるのです。
あーんーんー?
お前は他の獣人に会ったことはないのか?
ありませんね。
んーむ。
それは特殊な育ちをしてるな。
さっきの話を盗み聞きしてたらわかるだろうが、今、獣人奴隷はいない。
実際に他の獣人に会わせてみたら、話は早いだろうが…
さて、どこから説明すればいいのかな。
まず、一般的にだが、獣人はお前のように、論理的な会話はできない。
もちろん、獣人には様々な種族があり、個性がある。一般的にだ。
奴らの会話は、感覚的で、何を言ってるのか、よくわからないことが多い。
話もよく飛び跳ねるからな。
奴らも、どうせヒト族には理解してもらえないと思っているから、
そもそも会話にならないことが多い。
会話をする気がない者と理解し合うのは難しいことだ。
はー
私は何となくオートマタと呼んでいた頃のミトンちゃんとの触れ合いを思い起こす。
なるほど?
言葉は間違いなく通じているのに、お互いが何を言ってるのか、よくわからんのだ。
まず、これが一つ。
ふむ。
次に獣人全般の性格だな。
今の説明でもわかるだろうが、
獣人に事務作業は全く向いてない。
そもそも事務という概念を、よくわかってない。
では、戦士としてどうか?
獣人にとって、一番大切なものは自分の命だ。
それはヒト族も同じことだが、戦時となれば、自分の命より、戦線の維持の方が大切なケースがままある。
だが、死んでも守り抜け、という命令は獣人には意味がない。
自分の命が危ないと思ったら、さっさと逃げる。
奴らが戦うのは、自分が負けないと確信があるときだけだ。
獣人にはそれが当たり前なのだ。
しかし、我々ヒト族としては、いつ逃げるかわからない連中に、背中を預けることはできない。
これはヒト族にとっては当たり前のことだ。
おっしゃる通りです。
獣人個々の武勇は素晴らしい。
身体能力も高いしな。
しかし、傭兵もできないし、護衛もできない。
少しでもヤバくなったら即座に護衛対象を放り出して逃げるからな。
それはまた…酷いですね。
必ず勝てる戦いなら、獣人の手を借りる必要などないからな。
では、農作業は?
考えるまでもなく、無理だ。
奴らにとって、食い物とは探すものであり、育てるものではない。
ハンターは?
個々は優秀だが、獲物を勝手に自分のモノにするから、仲間や雇い主に信用されない。
鉱夫は、鍛治は?
見込みがあっても、ちょっとイライラするだけで、すぐに周りの人間たちにケンカをしかけてくる。
我慢ができない。
力を合わせることができない。
結論として、獣人族とヒト族は合わない。
そもそも、獣人は仕事をして金を得る、という概念自体を理解できないのだと思う。
食うものは奪う。弱ければ奪われる。
それが獣人の社会だからな。
理屈じゃないんだ。
教育で何とかなるもんでもない。
なら、獣人は獣人の森で暮らし、町になど出て来なければいい。
町に出て、ヒト族と接触を持たなければ、お互い幸福に暮らせる。
そう思うだろ?
はい。
獣人は繁殖力が強い。
森から溢れて出るのだ。
そしてヒト族の村を襲う。
溢れた獣人達も最初はいいんだ。
しかし、奴等の足並みは揃わない。
すぐに調子に乗って、油断する。
そして、一人一人捕まっていく。
捕まったら、吊るされるか、奴隷として売られるしかない。
しかし吊ったら金にはならない。
被害は弁償される方が良い。
本来なら獣人たちをヒト族は有効に活用したいのだ。
だが、奴隷にするにしても使い道がない。
ヒト族は食べ物を沢山持っているのに、我々から更に奪おうとする、と獣人たちは主張する。
しかしヒト族からすれば、獣人とは災害そのものであり、
関われば関わるほど損をする、というのが常識だ。
うう…
ヒト族は獣人との付き合い方を決めた。
すなわち、奴隷契約の魔術を結んだ上で、死を前提とした使い捨ての汚れ仕事、闇の仕事。
それと…愛玩道具だ…
ふ、オレのような変態相手のな。
ふ、ふふふふふ…へっへへへへ…
会話は途絶えた。
私は世界の果てに来たような気分になった。
どうだ、少しは獣人が蔑まされる理由がわかったか。
は、はい。




